【小説】氷桃甘雪『六人の赤ずきんは今夜食べられる』(ネタバレ感想)

氷桃甘雪『六人の赤ずきんは今夜食べられる』の表紙
(C) Shogakukan Inc. All rights reserved.
目次

作品の概要と感想(ネタバレあり)

タイトル:六人の赤ずきんは今夜食べられる
著者:氷桃甘雪
イラスト:シソ
出版社:小学館
発売日:2018年5月18日

名声のために罪を犯した過去を恥じ、いまは猟師として各地を旅する「私」。
ある日、迷いこんだ村の村長から奇妙な警告を受ける。
「森には、秘薬を作れる『赤ずきん』と呼ばれる少女たちが住んでいる。赤い月の夜、彼女らはオオカミの化け物に喰い殺されるが、決して救おうとしてはならない」と。
だが、出会った「赤ずきん」のひとりに、かつて見殺しにしてしまった少女の面影を見た「私」は、警告を無視して彼女たちを護りぬくことを決意する──。


氷桃甘雪。
可愛くて美味しそうな名前ですね。
「こおりももあまゆき」と読むようです。

そんなペンネームやガガガ文庫であること、そして第12回小学館ライトノベル大賞・優秀賞受賞作品であることからも明らかな通り、ザ・ラノベといった感じで気軽に楽しめる1作でした
ザ・ラノベというのはもちろん悪口ではなく、こういうの大好きです。
ちなみに、公式の表現によれば「戦慄のパニックミステリィ」とのこと。
ただ、著者あとがきには「ホラーテイストを加えたダークメルヘン風味の作品」「パニックホラー要素を主軸に、ほんのりサスペンスホラー風味を足した、割りとごった煮気味の内容」と表現されていました。

いわゆるB級ホラー映画のように気張らず気軽に楽しめるのが魅力ですが、途中からは「紛れ込んでいる魔女は誰か?」というミステリィというか人狼っぽい要素もあり、先が気になる構成。
とはいえ登場人物が少ないので、何となく消去法で絞れてしまいますが。
それでも、誰もがどこかしらでは怪しく見えてきたので巧妙でした。

中二病には何より、童話のようなダークメルヘンな世界観だけでたまりません
それでいて文章や表現は比較的シンプルで、悲しいかな、さすがにラノベラノベしすぎている表現はもう年齢的に厳しさを感じてしまうのですが、本作はそれほど引っかかりませんでした。

鬼ごっこから人狼要素、バトル、そしてジェヴォーダンの獣を倒したと思ったら実は子どもがいた!という二段構成など、飽きさせないように色々な要素が詰め込まれつつ、著者自身の言うようにごった煮ながらしっかりまとめ上げている点も素晴らしかったです。
こういった作品はラストが中途半端になってしまうことも少なくありませんが、ラストまで十分面白さが維持されていました。

細かく見れば粗は多いのですが、ラノベにそれを突っ込むのは野暮というもの。
勢い良く読めばテンポ良く楽しめるので、それで十分です。

こういう系は大好きなのでシンプルに楽しめたのですが、色々な要素を詰め込んでいる割に、それぞれの要素を活かしきれていないようなもったいなさも少し感じてしまいました
赤ずきんはそれほど多くなく、キャラや秘薬も個性的であるはずなのに、どうしても覚えきれず何回もキャラ紹介を見直してしまいました。

その原因が何なのかは難しいのですが、基本的に赤ずきん1人1人の背景はほぼ深堀りされず、口調と表面的な性格だけで差別化されていたからですかね。
赤ずきんの歴史を考えればだいたい同じところで生まれ育って同じ経験(毎年ジェヴォーダンの獣から逃げる)をしているわけなので、仕方ないところではありますが。
ラノベに求めるのも間違っている話ではありますが、グリム童話モチーフの赤ずきんたちという発想は面白いにも関わらず、個性は弱めに感じてしまいました

ミステリィ要素は、普段ミステリィを読みまくっているので物足りなく感じてしまいましたが、作品の立ち位置を考えれば十分すぎるほどでしょう。
後出しのヒントも多かったので推理しながら読むという感じではありませんが、随時謎が提示されるので先が気になる構成。
ジェヴォーダンの獣が年に1回しか襲ってこないところも、赤ずきんを食べるところも、「ただのそういう設定」というわけではなく理由付けされているところも良かったです。

ホラー要素に目を向けると、恐怖感や緊張感は終盤薄れてしまったかな、という印象。
もっと鬼ごっこ的な展開を勝手に期待していたのですが、後半はほぼほぼ籠城戦で、秘薬は使いつつも頭脳戦というよりはけっこう力業でした。
バトル路線にシフトしたのでしょうが、もう少し追い詰められる恐怖や緊張感も味わいたかったなという贅沢な希望も。

あとは趣味の悪いホラー好きとしては、赤ずきんたちがもっと食べられるダークな期待もしてしまっておりましたが、生存率は予想よりも高め
というより結局、魔女と召し使い以外はみんな助かってますかね。
その点は、序盤のリンゴずきんが頭部を食べられたシーンでスプラッタな期待が高まってしまったので、個人的には残念ポイントでした。
召し使いの歪んだメンヘラ具合は好き。

色々な要素を詰め込みつつうまくまとめている分、良くも悪くも優等生感が漂います。
これもまた贅沢を言えば、いずれかの要素にもう少し何か突き抜けるものがあると印象に強く残ったかもしれません

ちなみに「ジェヴォーダンの獣」というのは本作オリジナルではなく、フランスで実際にあった事件が元ネタでした。
ジェヴォーダンの獣の正体については諸説あるようですが、外見や知性については本作に出てきた怪物のような説もあったり、首を切断された遺体も発見されたりしたようです。

手記に出てきた魔女の名前「cendrillon」はフランス語で「シンデレラ」を意味するようですし、ネーミングに限らず色々な童話がモチーフにもなっていそうです。

それでいうと、ラストで明かされた、猟師が青ひげというのも、童話「青ひげ」モチーフである可能性が高くなります。
童話「青ひげ」は、王様である青ひげの妻になった女性が、青ひげの先妻である女性複数名の遺体を発見するお話(実は青ひげが結婚しては殺していた)です。
本作ラストの時点で猟師が「青ひげ」モチーフのエピソードを経ているとは考えにくいので、今後、猟師が赤ずきんを殺害するような悪魔と化す可能性を匂わせる不穏エンドなのでしょうか
そう考えると、ラストはハッピーエンド風に見えて、実はコテコテのホラーらしい終わり方だったのかもしれません。

というわけで、ライトな作品なのでそれほど多くの感想はありませんが、サクサクと楽しめました。
ラノベにおけるこのような作品の中では、完成度は高いのではないかと思います。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

SNSでシェア
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次