【小説】雨宮酔『夢詣』(ネタバレ感想・考察)

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【小説】雨宮酔『夢詣』(ネタバレ感想・考察)
(C) KADOKAWA CORPORATION.
目次

作品の概要と感想(ネタバレあり)

タイトル:夢詣
著者:雨宮酔
出版社:KADOKAWA
発売日:2025年10月24日

「もうすぐ私が御血をいただける順番です」
“死に至る夢”を見ると訴えていた女性と老人が突然死し、老人の胃から人外の血液が発見された。
2人の患者の死後、精神科医・紙森千里にも悪夢は「感染」り、謎の儀式に参列する夢を見る。一方、都市伝説〈呪夢〉を追うオカルトライターの伊東壮太は、死亡した同業者のメモ「鍵は夢詣」からある孤島の奇妙な祭祀の存在を知り──。


第45回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈読者賞〉受賞作にして、著者のデビュー作。
応募時は『夢に棲みつくもの』というタイトルだったようです。

見ると死ぬ夢、都市伝説、感染、オカルトライター、謎の儀式、精神科医、民俗学。
これでもかと贅沢に面白要素が詰め込まれており、面白くないわけがありません。

逆に言えば、他の作品と似た感じになりそう、ごちゃごちゃしそう。
しかしそこを「夢詣」というオリジナルの概念を軸として見事に唯一無二の作品としてまとめ上げており、とても楽しめて好きな1作でした

全体的な流れは、ある意味でコテコテの王道でしょうか。
ライターや医師が調査してタイムリミットのある感染系の真相が明らかになっていく過程は、鈴木光司『リング』シリーズを彷彿とさせます。
魅力溢れる「悪夢」という題材も、もはや使い込まれて擦り切れてきていると言っても過言ではありません。
そこに敢えてチャレンジして読者賞まで受賞したのは、まだまだオリジナリティの発揮の仕方は無数にあることを教えてくれます。

ホラー小説好きなので、しっかりと入り込んで楽しみつつももはや「ふむふむ、定番の題材をこうやって調理するのか」など考えてしまいますが、現実に起こったらと考えると、毎晩悪夢を見るのは地獄ですよね。
しかも、タイムリミットが目に見えてわかりやすい。

物語の展開は、とてもわかりやすく説明してくれるので優等生的。
そう、個人的には「優等生」という言葉がしっくりくる1作でした
揶揄するようなニュアンスではもちろんありません。

良くも悪くも、とても綺麗にまとまっている。
リーダビリティに優れた文章。
あまり嫌なキャラが出てこず、皆理解があったり協力的で調査も比較的スムーズに進みます。
かといってご都合主義すぎには見せない絶妙なバランス感。
謎の多くは丁寧に説明されますが、そもそも黄泉虬とは何なのか?などといった根本的なところは完全に謎のまま終わるところは、少し物足りなさも感じてしまいましたが良い余韻を残してくれました。

丁寧に謎が明かされるのは、最近の考察系からは一線を画しており、しっかりと我が道を歩んでいる感じがして個人的には好印象です。
偉そうに欲を言えば、楽しめて好きでしたがシンプルすぎて、好きなホラー小説のトップレベルに食い込むには深みや何かが少々足りない感じ
もっと個性放たれた作品も読んでみたい。
今後がとても楽しみな作家の1人となりました。

だいたいめちゃくちゃに描かれがちなので、精神医療の描写が丁寧だった点も非常に好印象でした。
最初は「専門家か?」ぐらいにまで思いましたが、著者の雨宮酔は「会社員」とあったので、医療従事者ではなさそう(言い切れませんが)。

他にも、細かい点ですが、世界的に用いられている精神疾患の診断基準である「DSM-5」について「DSM-V」と記載されていたので、少なくとも精神科医や臨床心理士などではなさそうです。
DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders:精神疾患の診断・統計マニュアル)は、第4版である「DSM-IV」まではローマ数字表記でしたが、第5版の「DSM-5」からはアラビア数字表記となっています。

逆に言えば、専門家ではないのにここまで丁寧に描いてくれたのはとても嬉しい。

内容に関しては、とにかく夢詣の概念がとても魅力的でした
夢の中で儀式をする。
自分だったら絶対、緊張して寝られません。

ラストもだいぶバッドエンドで好き。
青山咲以外は全滅と言えますし、そもそも黄泉虬の子どもが生まれてしまったので、本作のエンドの先には人類全滅エンドすらありそうです。

夢の中の禍々しさも良かったですが、常に感染者を5人にコントロールしないといけないので、大変ですね。
夢を見進めると正気を失い、黄泉虬の真名を口走ってしまう感染システムのようでしたが、島民の少ない島ならまだしも、間違って渋谷のスクランブル交差点の真ん中で叫んでしまったらどうなるのでしょう。
ディズニーランド並みに「主の御血:180分待ち」とかの大行列になってしまうのか、そんなことをしないようにうまくコントロールできるのか。

などというくだらないことを、いつも考えてしまうのです。

本作が好きな人には、共通するモチーフやテーマが多く扱われている、けれどまったく切り口の異なる芦花公園『ほねがらみ』もおすすめ(『夢詣』と内容が似ているわけではありません)。

考察:細かいポイントをいくつか(ネタバレあり)

上述した通り、作中の謎はだいぶ丁寧に説明されているので、それほど大きな考察ポイントが残されているわけではありませんが、細かい部分を少しだけ検討しておきたいと思います。

黄泉虬(よもつち)再考

蛇は、様々な神話や昔話にも登場します。
手足がなかったり脱皮したりといった点が、人間を超えた神秘性を感じさせるのでしょう。

深層心理学においては、蛇の解釈は様々で、一義的なものではありません。
ただ、よく解釈される一つは、無意識の象徴です。
そのため、夢との相性はとても良いと言えます。

本作との共通項が少し感じられる話として、『蛇婿入』という昔話があります。
エピソードのパターンがいくつかあるのですが、その一つが「とある女性のもとに毎晩男性が通い詰めてくる。不審に思った女性の母親が、糸のついた針を男性の着物の裾に刺すように促す。女性が実行すると、男性は苦しんで蛇の姿に戻りながら逃げ、糸を辿っていくと洞窟の中でその蛇と母親の蛇が会話をしていた」というもの。

会話の中では、「お前は針を刺されたからもう死ぬ」と言う母蛇に対し、蛇は「あの女性に子どもを授けてきた。その子がきっと復讐してくれる」と言いますが、母親は「そんなもの、3月の節供の桃酒と、5月の節供の菖蒲酒と、9月の節供の菊酒を飲まれたら、死んでしまう」と返します。

その後、女性はこれらの3種のお酒を飲んで堕胎し難を逃れ、ここではあっさり蛇側がやられますが、「金気(『蛇婿入』では針、『夢詣』では水銀)」や菖蒲で蛇をやっつけたり蛇の子を堕胎するという流れをここでも見ることができます。

とはいえ『夢詣』における黄泉虬は蛇モチーフというだけで、オリジナルの概念のようです。
そのため、心理学的に解釈するというよりは、クトゥルフの神のような、超常的で侵略的な存在として捉えるに留めておいた方が良さそうです


いずれにせよ、黄泉虬の目的は、我々の世界への降臨?復活?子を産ませること?による支配だったでしょう。
ただ、儀式の成功後、しばらく間が空いてから関根や大野の夢が再開し、伊東も見るようになったことについては、少々謎が残ります。

そもそも悪夢の機能が拡散および器の選別だったとすると、すでに紙森が身籠っているので、改めてあのタイミングで再開された理由がわかりません。
紙森が出産したあたりのタイミングで再開したことを踏まえると、黄泉虬の子?黄泉虬自身?は降臨したけれど、それだけで満足なのではなく、さらに子どもを増やすべく早速次の器を探し始めていたのかもしれません。

紙森千里再考

終盤、紙森千里が魚島の巫女の娘であることが明らかになり、彼女が「夢よばい」に呼ばれたのは「必然」とオカルトライターの伊東は評していました。

このあたり、正直よくわからない点が残されています。

まず、紙森千里の母親が魚島の巫女であったことは間違いありません。
ただ、これが誰なのか?

40年前の夢詣は失敗に終わり、巫女を務めた羽葉友子は黄泉虬の子どもを妊娠してしまい、水銀を飲むも効果がなく、夢を見ていた島民と一緒に死ぬことを受け入れました。
つまり、このときの巫女は死亡しています。
捜査資料からも明らかです。

では、周防の助手であった紙森なる人物が駆け落ちした巫女というのは誰だったのでしょうか。
神社に巫女が何人かいたのか。
濃厚な線は、「妹だったらこんなことにはならなかったのに」との証言をしていた島民がいたので、羽葉友子の妹でしょうか

いずれにせよ、紙森千里は巫女の血を引いていました。
彼女が狙われたのは、巫女の血を引いていることがすなわち黄泉虬の子どもを産める存在であることと同義だからです。

ただし、黄泉虬は彼女の存在を把握していてピンポイントで狙っていたわけではないだろう、と思います。
それだったらもっと早く呼び込めたでしょうし、山崎梨香や芹沢一重を診察したのも偶然でした。
どのあたりまで人間の意思をコントロールできるかにもよりますが、どちらにしても効率も良いとは言えません。

そもそも「紙森が導かれたのは必然だ」というのは伊東の解釈でしかないので、それが間違っている可能性もありますが、いずれは巡り合う運命にあった、ぐらいのニュアンスで捉えておくのが良いでしょうか。

さらに伊東は「かつて自らの血を分けし一族」と独白していました。
これが紙森のことを指しているのかは定かであはりませんが、もしそうだとすると魚島の神社の巫女は代々血縁関係でなければいけなくなります。
けっこう安定していなさそうというか、夢詣が失敗して死を選んだり駆け落ちしたりしていますが、血を継ぐ者だけで長期間維持できたのかな……というのはちょっと気になってしまったポイントでした。
そもそもこれも伊東の妄想で、センスがあれば誰でも巫女になれるのかもしれませんが。

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