【小説】沼堂幼太郎『四ツ谷一族の家系図』(ネタバレ感想・考察)

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小説『四ツ谷一族の家系図』の表紙
(C)Yotaro Numado 2025
目次

作品の概要と感想(ネタバレあり)

タイトル:四ツ谷一族の家系図
著者:沼堂幼太郎
出版社:スターツ出版
発売日:2025年9月28日

古びた仏壇から見つかった奇怪な文言を記した一冊の古文書。
都内の出版社に勤める四ツ谷武尊は、歴史学研究者の友人・沼堂幼太郎を頼り、家系図をたどりながら先祖の調査を始める。
だが祖父は「先祖調査はやめろ」と繰り返すばかり。
ほどなく、武尊の自宅マンションには毛虫の詰まった袋が吊るされるなど、不気味な出来事が相次ぐ。
やがて辿り着いたルーツの地・K島で、一族にまつわる封じられた記録が掘り起こされる。
そこには、歴史から抹消された“四ツ谷一族のある真実”が刻まれていた。
島に根を張る奇怪な宗教、呪詛めいた古文書の意味、そして家系図に隠された因縁の正体とは──。


2024年末~2025年頭にかけて小説投稿サイト「ノベマ!」で開催されたモキュメンタリーホラー小説コンテストの長編賞受賞作品。
このときの大賞受賞作は、以前書いた海藤文字の『ある映画の異変について目撃情報を募ります』でした。

『ある映画の異変について目撃情報を募ります』も、同賞で最終選考に残った小林力『この本の拡散は防止不可能です』もそうでしたが、本作『四ツ谷一族の家系図』もまた、書籍化に際してタイトルが応募当時のものから変更されています。
本作の応募当時のタイトルは『K島発祥の「瘡ビゑん」信仰に関する蒐集資料』で、投稿名義も「四ツ谷武尊」でした。

上記2作もそうなのですが、本作もまた、改題によって若干タイトルと内容にずれを感じてしまいます。
確かに四ツ谷一族の家系図を辿っていくのですが、それはきっかけにすぎず、家系図が重大な鍵を握っているわけではありません。
家系図をアイテムとして持ってくるモキュメンタリーホラーは新鮮で良いのですが、タイトルからのイメージとはやや齟齬が生じてしまっている感も否めません。
その点やはり原題の方がしっくり来ます。

いきなり余談ですが、本作を読み始めたのとほぼ同時に雨穴『変な絵』も読み始めたのですが、『変な絵』も重要ではないですが家系図が出てきたり、親族の過去を探る、地方の村を訪れる等のシチュエーションが似ており、混ざってしまいそうなので本作を後回しにしてしまいました。
もちろん全然違う内容なのですが、キーワードや舞台が似ていると混乱してしまいがち。

さて、本作はモキュメンタリーとしてしっかり楽しめました
終盤は特に淡々と資料だけが提示される作りで、本質的な謎はかなり投げっ放しな方ですが、これはこれで良かったのではないかと思います。

個人的にモキュメンタリーにおいてはかなりリアルさを重要視しているのですが、気になる点はありつつも、レベルは高めだったのではないかと思います。
「ノベマ!」投稿時より、古い文章からわざわざわかりやすい文章に改変している箇所もあるようだったので、古い文書のリアリティについてはあまり触れるべきではないでしょう。

会話文の不自然さはやや気になってしまいましたが、文字起こしというよりは「ブログ用にまとめ直したもの」という形式なので、決してリアリティが損なわれているわけではありません。
インタビューの口調は、個人的には引っかかり。
片仮名交じりの狂気的な文章も、どうしても「まともな人が想像したおかしな人の文章」感を抱いてしまいました。

改変で言うと、投稿時のものからはかなり加筆修正されているようでした
投稿版まで全部細かくは読んでいないのですが、大枠は同じとしても、細部では設定まで変更になっている点もありました。
大きな加筆部分としては、たとえば「K島の自警団」や「音声で伝播するのではないか実験」についてがそうで、どちらも丸々加筆です。
この自警団の襲撃が四ツ谷弾蔵が解放される要因にもなっていましたが、投稿時のものでは「使用人の佐々木キヌを口説き落として開錠させたことになっていました。

他にも細かい部分が色々と加筆修正されてるのですが、細部はけっこう変わっているな、という部分も散見されます。
名前や地名も多く変わっており、沼堂幼太郎という人物も投稿版では登場せず、書籍化にあたり生まれた名前のようです(投稿版は三井歩という名前)。

比較してしまうとリアリティが揺らいでしまうのでそれは置いておくとしても、改変したためにわかりづらくなってしまったり矛盾(まではいかないかもですが)が生じてしまっている部分があるのは難点でしょうか。
プラス、後半は時系列が入り乱れたくさんの人名が出てくるので、整理に時間がかかりました。

細かくて嫌なヤツですが、「宗教者の手紙」において「ダザエモーサんを 私ニ預けくダさい」とあり、「ダザエモーサんって誰だ?弾蔵って正式名称はダザエモンなのか?」などだいぶ混乱してしまったのですが、これは投稿版では「弾蔵」ではなく「弾左衛門」という名前だったことに由来しているミスだろう、というのがわかりました。
一括変換で「弾左衛門」を「弾蔵」に置き換えたけれど、「ダザエモーサん」だけはすり抜けてしまったのでしょうか(邪推するな)。

沼堂幼太郎なる名前をGoogleなどで検索すると、noteやX(Twitter)のアカウントが出てきます
奇怪な言動を繰り返しており、作品外の作り込みもなかなかのもの。
メルカリで海毛虫グッズなどが買えてしまうところは面白い。
noteでは、作中に出てきた「夢中になれて教養が身につく! 現代人のためのファミリーヒストリー入門」の記事も実在し、読むことができます。

ただ、noteには「沼堂幼太郎」名義になる前と思しき文章も大量に残っています。
「ファミリーヒストリー入門」シリーズもいくつかありますが、この投稿が本作にも流用されており、この記事を発展させて作ったんだなというのがわかります。
今はどうなのかわかりませんが、以前は「編集者、ライター、脚本家からなるユニット」としてアカウントを運営していた(しかもころころ名義を変えている)様子も窺え、ちょっと詰めの甘さが感じられてしまいました。

考察:瘡ビゑん信仰の背景と整理(ネタバレあり)

感想の後半ではちくちく書いてしまいましたが、別に細かいところを突ついて文句が言いたいわけではなく、このあたりは本作を考察する上でも重要になるかな、と思ったので挙げました。
つまり、最初から細部まで詰められていたというよりは、少しずつブラッシュアップして改変しながら完成したのが本作ということになります。
そのため、あまり背景を深読みするものではないでしょう。

そのため細かい考察は避けますが、大きな謎ポイントとしては、結局本作の現象は何だったのか?ということでしょう。

瘡ビゑん信仰を広めたのは、ベトナム人のグエンなる人物でした。
幼少期は大人しく優等生だったらしい弾蔵がおかしくなったのも、グエンと関わるようになった中学生頃からでしたし、グエンは実際、何らかの力を持っていたと考えるしかありません。

瘡ビゑん信仰は、「ソウビエン」という言葉を口にせずにはいられなくなり、それを聞いた者に伝播していくようです
発症のタイミングや重症度は個人差があるようですが、いずれにしても暴力的になったり常軌を逸したり死に至ったりと、負の影響しか窺えません。

グエンは、K島に住むようになってから住民たちの差別によって迫害されていたようなので、その恨みが原動力だったとも推察されていました。
いずれにしても、グエンが作り上げた瘡ビゑん信仰は、実際に呪術的な力を持っていたのだと理解するしかありません。
やや大雑把ではありますが、迫害され腕を切断されたり去勢されたりしていたグエンの呪詛と、土着的なウミケムシ信仰が組み合わさって出来上がったのだと考えられます

グエンは「隻腕」、つまり片腕がないと書かれていました。
「ウデカクシ」とも呼ばれる海毛虫に刺されたとも書いていたので、それが理由で腕を失ったのかもしれないと思ったのですが、淵上騒動でスケープゴートとして差し出された際に左腕を切断されたと記載がありました。
もしかすると、この事件で腕を切断されたことを利用して「海毛虫に刺されてから開眼した」というバックグラウンドを設定したのかもしれません

ただ、腕を切断されるというのは、海毛虫を連想させます。
そもそもK島の海毛虫信仰が元来不思議な力を帯びており、グエンも被害者であり利用されただけなのかもしれません。
難破船から略奪していたりと、そもそもK島が呪われていてもおかしくはないルーツもありそうでした。

いずれにしても、この呪いの被害者はK島の住民に留まらず、「ソウビエン」を聞いた者全員に伝播していくようなので、かなり邪悪です
対策としては「聞かない」しかありません。
海毛虫を食べるとさらに致命的っぽいですが、細かくはわかりません。
『バイオハザード4』に出てくる、宿主をコントロールする寄生虫「プラーガ」を思い出しました。

なので、決して四ツ谷家だけが呪われているわけでも、弾蔵の呪いというわけでもありません。
ただ、弾蔵はかなり影響を受けていたようで、凶行にも走り、壮絶な死を遂げました。
四ツ谷武尊の祖父である継雄は「ダンゾウの呪いだ」と述べていたようですが、そういうわけではないにしても、四ツ谷家は特に逃れられない影響を受けていた可能性も推察されます。
黒金屋絡みの淵上騒動でも、最終的に恨みつらみが溜まっていそうな死者をかなり出したようですし。

弾蔵は執拗に被害者の片腕を切断し、自らも片腕を切断して自死しました。
島には腕を背後で縛って走り回る奇祭がありましたし、このあたりはウデカクシとも呼ばれる海毛虫の影響と推察されます。
四ツ谷継雄が交通事故で両腕が吹き飛んだのが事実だとすると、それも呪いの影響によるものでしょう。

結局、何とか封じ込め忘れようとしていた瘡ビゑん信仰の呪いを、四ツ谷武尊と沼堂幼太郎が掘り起こしてしまったことになります。
人類絶滅の危機ですね。
ここは自業自得感もありますが、四ツ谷武尊が弾蔵の血に導かれてしまったとも捉えられそうです。

四ツ谷武尊のもとに届いた怪文書は、祖父の継雄の仕業でした。
調査をやめさせたかったのでしょうが、あまりにも不器用すぎました。
ですが、玄関に毛虫が入った袋が届けられたのは継雄に話を聴きに行く前だったので、別人の仕業でしょうか。

それも違和感がありますが、「隣人の外国人がおかしい」と言っていた時点で武尊は妄想に侵されていたわけなので、自分でやっていた可能性もありそうかな。
「警察に行け」と執拗に言われても行かなかったので、あり得そう。

もう一つ考えられるのは、今回の発端は、武尊が継雄から仏壇の掃除を頼まれた際、古文書を発見したことでした。
本当に封印し忘れたい過去なら古文書や資料を取っておいたのも不自然ですし、継雄が以前からすでに影響を受けていた可能性も考えられます。

いずれにしても、K島においてグエンによって生み出された瘡ビゑん信仰は、迫害された呪いのようなものであり、「ソウビエン」の音を聴いた者に呪いを広めていきます。
そして、彼が強く憎んでいた四ツ谷家の子孫たちには、その影響がより強く残っている可能性も示唆させるというのが、本作の現象のベースとなっていました。

小説『四ツ谷一族の家系図』の表紙

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