
作品の概要と感想(ネタバレあり)

母を亡くした高校生のミアは、気晴らしに仲間とSNSで話題の「#90秒憑依チャレンジ」に参加してみる。
ミアたちはそのスリルと強烈な快感にのめり込み、チャレンジを繰り返していくが、仲間の1人にミアの母の霊が憑依し──。
2022年製作、オーストラリアの作品。
原題も『Talk to Me』。
「90秒憑依チャレンジでハイになろう!」という、アルコールやドラッグを憑依チャレンジに置き換えたようなティーン・ホラー。
シンプルなのですがスタイリッシュな作りで、合わないことも少なくないA24作品ながら想像していた以上に楽しめました。
監督はもともとYouTuberでもあった双子のダニー・フェリッポウとマイケル・フェリッポウ。
本作が初の長編映画だったようですが、2025年には続編の『Talk 2 Me(原題)』も製作されているようです。
インパクトある冒頭以降は、主にミア視点でのドラマが描かれていました。
憑依チャレンジであっさり霊の姿が出てきたときは「あ、そういう感じなんだ」と思いましたが、霊の姿で恐怖感を煽ってくるわけでもなく、あくまでもメインとなるスポットはミアたちティーンエイジャーの心理に当てられていたと思います。
霊が見えるのは当たり前として、それを取り巻くドラマを描いていくというのは、『シックス・センス』を観たときに近い感覚を抱きました。
大枠としては、ミアがだんだん暴走して自滅していくプロセスが描かれているので、常に間違った(とは言えないかもしれませんが、結果的にそう見えてしまう)選択肢を選んでしまうミアには、やや苛立ちを感じてしまう側面もあります。
ただ、ミアの心理面を考えたとき、ミアには強烈な孤独感が常に滲み出ていました。
それを考えるとただミアを責める気にはなれず、むしろかわいそうでしかなく、1人で暴走していくミアの姿にも、救いようのないラストにも、何とも言えない虚しさや切なさを感じました。
それは別として、こういう救いようのないラストは大好きです。
構図が入れ替わって終わるのは、ビジュアル的にも美しくまとまっている感じがありました。
どんでん返しというほどではありませんが、「なるほどそう終わらせるのか」という意外性もあり。
ハッピーエンドと見せかけて不穏エンドという定番ではなく、ミアが堕ちていく先には当然のようにバッドエンドしかないところは、シビアで良かったと思います。
監督自身の体験も反映されているようですが、憑依チャレンジをしてその様子をスマホで撮影しSNSに投稿するというのは、現代的な若者の心性も反映されていました。
かといって決して社会派というわけでもなく、基本的には深く考えずに楽しめる作品で、そのあたりのバランスもちょうどいい。
キャラはみんな個性的で、余計な登場人物が出てこないところもわかりやすかったです。
個人的には好きでしたが、霊が存在するのが前提であるところと、ミアのキャラを受け入れられるかどうかで、好き嫌いが分かれるかもしれません。
手の背景がほぼ描かれないところも賛否は分かれるかもしれませんが、それは意図的なものであると監督のインタビューで述べられていました。
映像はスタイリッシュな印象で、憑依パーティは個人的に苦手な若者のどんちゃん騒ぎでしかないはずなのに、なぜかお洒落さまで感じてしまいました。
終盤では、夢なのか現実なのか真実なのか嘘なのか、様々な境界が曖昧になる感覚に陥りましたが、観客もミアの心情と感覚的にオーバーラップする素晴らしい演出であったと思います。
憑依されると目が大きくなる演出も、ちょっとオーバーながら視覚的にわかりやすくて好き。
序盤で瀕死の動物を見かけたシーンは、不吉な予感を抱かせるホラー映画の定番です。
ですがその動物がカンガルーだったところが、いかにもなオーストラリア感でちょっと笑ってしまいました。
ほんとにあんな普通にいるんですね。
あの“手”と「Talk to me」というフレーズも、本作を象徴する存在となっており魅力的でした。
やってることはコックリさんだったりとほとんど変わりありませんが、ああいうオリジナルのやり方を生み出すだけで独自の世界観が強まるんだなぁというのを痛感しました。
手はまだ存在していますし、もう片方の手も存在するようですし、続編ではそのあたりも出てくるのでしょうか。
日本上陸に関してはまだ何の情報もありませんが(たぶん)、観られるようになったらぜひ観てみたいと思います。
考察:ミアの心理とラストの解釈(ネタバレあり)

ミアの心理
学術的な視点を持ち出すまでもなく、ざっと見ているだけでも何となくわかると思いますが、ミアの心理について少しだけ。
ミアの根底にあったのは、先ほども書いた通り強い喪失感と孤独感です。
きっかけはもちろん、2年前の母親の死。
母親と非常に仲が良かったらしいミアにとって、母親の死は、悲しみに溢れているのはもちろん、怒りや見捨てられた感覚など様々な感情が混乱をもたらしていたでしょう。
自殺だった場合、自分を見捨てていなくなったとも考えてしまうのが自然です。
自分は必要ない存在だったんだ、という自己否定感も強まります。
おそらく一番ミアを悩ませていたのは、母親の死が事故だったのか自殺だったのかわからない点だったでしょう。
どちらかによって、母親の死をどう捉えて自分の中で処理していけば良いのかは、大きく変わってきます。
自殺だったのかも。自分は必要なかったのかも。いやきっとそんなことない。あれは事故だったんだ。いやでもやっぱり見捨てられたのかも……。
どちらを向いて歩いていけばいいのかわからず、スタート地点で延々立ち止まるしかなかったのです。
向き合う方法がわからないので、喪失感をコアとして混沌とした内面は、何かで誤魔化すしかありません。
それが他者への依存であり、憑依チャレンジへの依存でもありました。
本来であれば、同じ喪失を体験している父親がキーパーソンとなるべきでした。
ですが彼は、ミアに母親が自殺だったという真実を知らせることに躊躇してしまいました。
その気持ちもわかりますし、見た限りではもともと父親として機能できていない人物ではなかったと思うので、ミアのことを考えて真実は隠しつつも、彼なりにミアと向き合おうとしていたのだと思います。
ですが、真実を隠しているという負い目が、ミアと正面から向き合えない要因となっていたのは間違いありません。
10代という多感な時期に、ミアがその些細な壁を感じ取らないわけもありません。
結果論ですが、最初から真実を告げていれば、しっかりと向き合える父娘だったのではないかと思えてなりません。
父親に対しては、「お母さんを救ってくれなかった」と責める気持ちもあったでしょう。
心の中では「そんなことない、しょうがなかったんだ」とわかっていたとしても、誰かや何かを責めずにはやっていられないのも喪失後の心理です。
信じたい気持ちと信じられない気持ちが混在し、自分でもどうにもできなくなっていたはず。
そんなミアは父親を忌避し、親友家族との疑似家族、親友の彼氏、スマホに残る過去の動画、そして憑依チャレンジに依存していきます。
一つ見解が分かれそうなのが、親友ジェイドの彼氏であるダニエルとの関係でしょうか。
過去に子どもなりの恋人関係にあったのかはよくわかりませんでしたが、手を繋いだことがあるのは本当っぽく、ミアなりには好意を抱き心を許せる存在ではあったと思われます。
あそこでダニエルを家に招いたのは、まぁ明らかにマイナスな印象しか抱かれないでしょう。
ですが、ミアは決してダニエルを好きだったわけでも、関係を持ちたかったわけでもないはずです。
本当にただ1人になりたくなかっただけであり、その心の隙間を埋めてくれるなら、ダニエルでも他の人でも、たとえ霊でも良かったのだと考えられます。
ジェイドから奪う気もなかった一方で、それがどんな誤解を生じ得るかに気を配る余裕もなかった。
それぐらいミアはひたすら孤独感だけに苛まれ、他の事に気を回す余裕などなくなっていたのでしょう。
ライリーに憑依チャレンジを許してしまったのも、ライリーから「味方だと思ってたのに」と失望されたことに起因します。
彼女にとっては何より、嫌われて独りになってしまうことが怖かったのです。
そんなミアのもとに母親の霊が現れたのですから、それしか見えなくなってしまうのも仕方ありません。
思春期の激しい感情は、自分も周囲も破滅させかねないほどのエネルギーを持っています。
それを描いたのが、本作でもありました。
ラストの解釈
それほど複雑なわけではありませんが、ラストは少し抽象的な描かれ方になるので、整理しておきましょう。
まず、ラストでミアが死んでしまったのは間違いありません。
ライリーを「助けるために」ハイウェイに突き落として殺そうとしましたが、駆けつけたジェイドによって逆に突き落とされたと考えられます。
ここもはっきりは描かれていないので解釈はいくつかあるかもしれませんが、ミアが自ら飛び降りた可能性は低いでしょう。
それであれば自分が死んだことに気がつかないこともないでしょうし、心理的にも飛躍を感じます。
殺す気まではなかったと思いますが、ライリーを助けるためにジェイドが突き飛ばした、という結論で良いはずです。
そうだとすると、ジェイドもまた今後苦しみに苛まれるのは間違いないので、誰も救われないかなりのバッドエンドです。
夢っぽいシーンでは、ジェイド一家が回復したと思しきライリーとともに退院して去っていく様子が描かれていました。
同時に、父親もミアに背を向け、エレベータに乗って上階へと去っていきます。
死によりさらに孤独が強まったわけですが、最後に助けを求めるのはジェイドではなくやはり父親だったところが、かなり悲痛でした。
死の世界から上階へと上がっていったので、父親はおそらく助かったのでしょう。
ちなみに、ミアに霊が見えるようになっていたのは、最初の憑依チャレンジで90秒を越えてしまった影響かと思います。
ただ、あのときの霊が中に入ったままというわけではなかったはず。
その状態で死んだら乗っ取られてしまうはずなので、ラストで誰かの憑依チャレンジにミアが霊として出てきたのは、それを否定する材料になります。
そこまでではなかったけれど、死の世界に近づいてしまったのでしょう。
母親の霊は本物だったのか?
最後に、自分の中でもはっきりとした答えは出ていないのですが、母親の霊について。
母親の霊については、他の霊が化けていた可能性も否定できず、観終わった直後はそうだと思ったのですが、現時点では本物だったのではないかと考えています。
父親が読んだ母親の遺書は本物だと捉えており、つまり母親の死因はODによる自殺です。
そうだとすると、「そんなつもりはなかった、事故だった」という母親の霊の発言は矛盾するため、他の霊が化けていた可能性が高くなるのではないか、と思われるかもしれません。
ですが、本作に登場した霊は、皆強い未練を残していたような様子が窺えました。
自殺を決意し実行しても、死の瞬間にそのことを後悔する、というのは大いにあり得るでしょう。
その強い後悔や未練により、霊となった。
霊となっても優しい母親のままでいるとは限りません。
後悔や未練だけに苦しむ霊となり、他者を引きずり込む存在になり果てていたのでは。
そう考えるとさらに救いがなくなりますが、まさにそんなひたすら救いのない物語だったのではないかと思っています。
あのタイミングで母親の霊が出てくるのは都合が良すぎる気もしますが、こちらの説も推していきたい。

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