
作品の概要と感想とちょっとだけ考察(ネタバレあり)

1977年、ハロウィンの夜。
テレビ番組「ナイト・オウルズ」の司会者ジャック・デルロイは生放送でのオカルト・ライブショーで人気低迷を挽回しようとしていた。
霊視、ポルターガイスト、悪魔祓い……怪しげな超常現象が次々とスタジオで披露され、視聴率は過去最高を記録。
しかし番組がクライマックスを迎えたとき、思いもよらぬ惨劇が巻き起こる──。
2023年製作、オーストラリアの作品。
原題は『Late Night with the Devil』で、原題も邦題もオシャレで好きです。
監督のコリン・ケアンズとキャメロン・ケアンズは兄弟のようです。
と、初めて観たかのように書きましたが、以前に観た『スケア・キャンペーン』も同監督らの作品でした。
『スケア・キャンペーン』も、視聴率を求めて暴走していく集団を描いた作品だったので、お好きなテーマなのかもしれません。
本作『悪魔と夜ふかし』は、いわゆるファウンド・フッテージなモキュメンタリー作品。
テレビの生放送という点においては『イシナガキクエを探しています』など近年流行りのTXQ FICTION作品も連想しましたが、リアルさを追求し、伏線を散りばめるだけでほとんど回収せず雰囲気で攻めるTXQ FICTIONに対して、ある程度回収しつつモキュメンタリーとしてはかなり攻めたド派手展開で終わらせたところは、海外らしさでしょうか。
まずは何より、1970年代のテレビにおける深夜のトークショーの再現度がとても良かったです。
とは言いながら、生まれてもいないのでもちろん見たこともないのですが、断片的に見たことがあるような感じでしたし、イメージ通りというか、まさにこういう雰囲気だったんだろうなと思わされます。
監督らが幼少期に観ていたテレビの深夜番組が原型となり、また、監督らはテレビ業界で働いていた経験もあるようなので、再現度はかなり高そうです。
映像の質感もだいぶ良かったですが、機材はほとんど現代のものを使用したとのこと。
ちなみに、静止画に3つぐらい生成AIによる画像を使用したそうで、それが物議を醸したようでした。
是非はさておき、レトロな雰囲気の作品にゴリゴリ現代的な技術を用いるというのは、興味深くもあります。
オカルトブームやサタニック・パニック全盛期の混沌とした空気感も、ホラー好きとしてはたまりません。
本作に出てきた怪しい紳士クラブ「グローブ」は、実在し陰謀論も渦巻く「ボヘミアンクラブ」なる組織がモデルの一つにもなっていたようです。
前半は生放送ならではのバタバタ感も含めて、特に大きなことは何も起こりませんが、当時の空気感を楽しんで観られました。
伏線っぽい演出も細かく散りばめられたり、クリストゥの退場などトラブルはありましたが、しばらく何も起こりません。
クリストゥ、カーマイケル・ヘイグ、ジューン博士&リリーと、とにかく出てくる人出てくる人全員が胡散臭いのも良かったです。
クリストゥの胡散臭さがピカイチでしたが、退場後に死んでしまったのは予想の範囲内でありつつも、インパクトもありました。
ただ、クリストゥが黒い液体を吐き出したあたりから、ちょっと「ん?」という空気も漂い始めます。
その後、リリーにミスター・リグルズが憑依すると、ひび割れた肌、二重の声、卑猥な言動など、これでもかというほどにコテコテな『エクソシスト』的悪魔演出が展開されました。
これらはオマージュでしょうが、モキュメンタリーを期待して観ていた身としては、このあたりからやや置いてけぼりに。
後半の怒涛の展開にどれだけついていけるかどうかが、評価の分かれ目かもしれません。
『エクソシスト』以外にも1970年代の作品のオマージュが散りばめられているようなので、それらを知っているとまた違った楽しさが溢れているのでしょう。
個人的には、リリーが半透明の映像っぽくなってビリビリし、頭パッカーンしたあたりからはあまりにもカオスすぎました。
ただ、前半の溜めを一気に解放するようなお祭り騒ぎはしっかりと印象には残ったので、期待とは違いましたがこれはこれでアリだと思っています。
終盤の、現実と幻覚・妄想の境界が曖昧になるような演出も、『サイレントヒル』のような雰囲気を感じて好きでした。
個人的に一番面白いなと感じたのは、ヘイグの催眠術でした。
ミミズが溢れてくるあの展開も突飛すぎましたが、まさかの自分まで催眠術にかけられていたのだという演出はとても面白い。
それまでひたすら上から目線な物言いで空気をかき乱していたヘイグさん、ガチで優秀だったんか、と思わず突っ込まざるを得ませんでした。
それが伏線となり、強気なリリーが「それなら私たちの映像も観返してみてよ」というあたりから爆発していく過程も良かったです。
リリー役のイングリッド・トレリは、「こっち見んな」な不気味さや予測不能さが溢れていて、とても合っていました。
突然の虐殺シーンも、バリエーションに富んでいて好き。
ガスは絶対首が180度回転して死ぬんだろうなぁと序盤から思っていましたが、あまりにも期待を裏切らない展開に思わず笑ってしまいました。
わかっていたのに、人間の首が180度回転するって、やっぱりインパクトがありますね。
唯一の良心だったガスも殺されてしまったのは残念でしたが、こういった作品では死なないわけもないキャラとポジションだったので、仕方ありません。
終盤は急に混沌としてわかりづらくなりますが、基本的には主人公のジャック・デルロイが、視聴率のために悪魔に魂を売ったと理解するに留めて良いのでは、と思っています。
それ以上は背景が(おそらくあえて)細かく描かれてはいないので、それぞれで想像するしかないかと思います。
リリー(ミスター・リグルズ憑き)に「高い木に囲まれた場所で会った」と言われていたので、もともと以前からグローブおよび悪魔崇拝のアブラクサス第一協会と関係はあったのでしょう。
そして1972年の11月に番組の5年契約をした際に「犠牲は?」と問われていましたし、そのときに儀式をして悪魔と取り引きをしたような流れのはず。
グローブのアイコンがフクロウだったので、それが「ナイト・オウルズ」の由来にもなっていると考えられます。
1972年11月1日に契約したと考えれば、ちょうど5年で契約が切れる日が1977年の10月31日のハロウィン、つまりは本作で描かれた生放送の放映日となります。
妻のマデリンが亡くなったのも、おそらくはその代償でしょう。
ただ、それに留まらず、彼の魂は永遠に悪魔の?ものとなった(「これからも彼らのもの」とマデリンが言っていた)ため、大量虐殺に加担させられたような形でしょうか。
悪魔としてはたくさんの魂を手に入れられますし、ジャックにとっても、生放送であれだけの惨劇を繰り広げ、果てはリリーを自らの手で刺し殺したとなれば、視聴率1位どころか歴史に名を刻む知名度を手に入れることは間違いありません。
契約の最後の最後に、悪魔らしい大サービスを繰り広げてくれたわけです。
しかしよく考えれば、契約後も1977年のハロウィンまでは視聴率でカーソン(これも実在した司会者のようです)を超えられず、死の間際のマデリンを登場させてもカーソンには1%及ばなかったわけなので、悪魔としても誤算で焦りがあったのかもしれません。
やばい、このままだと1位にさせられないまま契約期間が終わっちゃう。
せや!ド派手な悪魔憑きと惨劇を繰り広げれば、視聴率1位も間違いナシや!
なぜ悪魔が関西弁なのかはさておいて、そんな悪魔なりのサービス精神が引き起こしたのが、本作における放送事故だったのかもしれません。
重要なポイントとしては、あの場がおかしくなったのはミスター・リグルズを召喚してからではない、という点です。
序盤から不穏なノイズがかかっていましたし、思わせ振りだった骸骨全身タイツ男はグローブ(あるいはアブラクサス第一協会)の手先だった可能性も高そうです。
つまり、あの番組自体、すでに悪魔の息がかかったものということになります。
また、霊聴師としては偽物っぽかったクリストゥがミニー(=マデリン)の存在を嗅ぎ取っていたことからは、あの時点ですでにマデリンもあの場にいたと考えられます。
ジューン博士とリリーが登場し、雑談をしていた際に超常現象っぽいのが起こったときも、机の上の小さな鏡の中にマデリンらしき姿が映り込んでいました。
これらから推察されることは何か。
マデリンがブチ切れていたということです。
ジャックに悪魔契約の犠牲として自分が差し出されたのに、約束を守れていない(=視聴率1位を取れていない)じゃないか。
どうなってるんだ?
悪魔だろうがちゃんと約束は守れよ。
契約の最終日に生放送をやるって?
見に行くからな、しっかりやれよ。
私も盛り上げてやるからよ。
そんな漢気溢れるマデリンからの圧力が、悪魔側にもかかっていたのかもしれません。
だからこそ、悪魔としても後先を考えずあれだけド派手な演出に踏み切らざるを得なかったのかもしれません。
悪魔としても、生放送であれだけ派手に無差別に「悪魔は存在しますよ」アピールをするのは、リスクもあったはずです。
危機感を感じた世界中のエクソシストたちが集結し、全世界がそれを支援したら。
悪魔とて、正面切っての全面戦争は避けたいはずです(知らんけど)。
などとついふざけた方向に走る悪い癖が発動してしまったのでここらで食い止めますが、一番怖いのは、視聴率のためなら悪魔にも魂を売るようなジャックの価値観と、視聴率主義で視聴率のためなら手段を択ばない当時の(今も?)テレビ業界でした。
思ったよりジャックのキャラが深掘りされず、色々と背景が曖昧なまま終わってしまったところは消化不良感も残りますが、楽しめた作品でした。

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