作品の概要と感想(ネタバレあり)
シングルマザーのレネーが見知らぬ男たちに拉致された。
謎の隔離施設に監禁された彼女を待っていたのは、被験者に「生きている中で一番嫌いな物」を与え続ける人体実験だった。
クモが嫌いなレネーは、拘束され身動きがとれない状態で、執拗なまでのクモ攻めに遭う。
誰が何の目的でおこなっているのか一切不明なこの異様な実験の果てに、レネーの身体は驚くべき変化を見せ始める──。
2016年製作、アメリカとカナダ合作の作品。
原題も『Rupture』。
「SMホラー」なんて書いてあるため、拷問大好きとしてはとても期待してしまいましたが、ゴア描写はほぼ皆無で、思ったよりSF的な物語でした。
とはいえ、レイティングもGですし、事前に「グロい拷問映画かと思ったら違った」みたいな感想も目にしたりしていたので、期待外れではありませんでした。
しかし、「その人が強い恐怖を抱いているものに向き合わせる」という発想はとても面白い。
恐怖の対象によっては絵面が地味だったり、滑稽さすら感じるものもありましたが、もっと長く、あるいは色々な拷問シーンが見たかったです。
設定として、「特定の遺伝子(G10-12X)を持った者が恐怖の臨界点を超えると破裂して、上位の存在(?)に変異する」というものがありましたが、どちらかといえばシチュエーション作りの意味合いが大きいでしょうか。
一応、それなりに科学的っぽい設定がなされていましたが、「そういうもの」レベルであり、本質は「恐怖の対象に晒される恐怖」の描写に重きが置かれていた印象です。
「恐怖」を考えるという目的で始めたブログですが、この本作のテーマは非常に興味深かったです。
もちろん破裂・変異云々の部分ではなく、あのような拷問がどのような影響を生み出すのか。
倫理的に、現代では絶対にできない実験です。
これまでも他の作品(『FALL/フォール』など)で触れていますが、恐怖症や不安症の治療法として「暴露療法」というものがあります。
雑に言えば、恐怖を感じる対象に少しずつ接することによって、「本当は怖がる必要はないんだ」ということを学んで認知(考え方や捉え方)を変えていくのです。
これは「認知が偏っている」という前提があります。
つまり、怖がって対象を回避するほど、より「怖いもの」としてイメージが強まってしまうのです。
本作の主人公レネーは蜘蛛が恐怖の対象で、触れることもできず、蜘蛛が出たら大騒ぎして息子のエヴァンに助けてもらい、横になって呼吸を整えないといけないほどでした。
しかし、レネーが最初からあそこまで怖がっていたかというと、きっとそうではなく、徐々にエスカレートしていったはずです。
恐怖を感じる要因には、先天的な要因(遺伝によるもの)と後天的な要因(環境によるもの)があります。
蜘蛛については、先天的な要因も考えられます。
蜘蛛は毒を持つなど危険な種類もいるので、蜘蛛に対して怖がって回避した方が、生存率は上がります。
つまり、蜘蛛を怖がらない人の遺伝子より蜘蛛を怖がる人の遺伝子の方が、現代に受け継がれいてる可能性が高くなります。
そのため、「特にはっきりした理由やきっかけはないけれど、物心ついた頃から蜘蛛を怖く感じる」ということもあるでしょう。
そして、その恐怖のために蜘蛛を見ると大騒ぎすることで、「これはとんでもなく怖いものなんだ」という考えがどんどん強まっていき、必要以上の恐怖を感じるようになってしまうのです。
暴露療法は、この「対象に対する認識の仕方」に注目し、段階的に対象と接することで「とんでもなく怖いものなんだ」という考えを「それほど怖がる必要はないんだ」といった考え方に変化させていくものです。
たとえば蜘蛛であれば、
蜘蛛のことを考える
↓
蜘蛛のイラストを見る
↓
蜘蛛の写真を見る
↓
カゴに入れた本物の蜘蛛を見る
↓
カゴから出した蜘蛛を見る
↓
蜘蛛に触れてみる
といったように行っていきます。
だいぶ話が逸れましたが、『ラプチャー -破裂-』に話を戻すと、レネーたちに行われていた人体実験は、ある意味では最高に雑な暴露療法と言えるかもしれません。
そう考えると、果たして発狂しそうになり破裂するのが先なのか、荒療治的に恐怖心が克服されていくのが先なのか。
けっこう後者の展開を見せる人もいるのでは、と個人的には感じました。
もちろん、暴露療法は相当に負担やストレスがかかるものですし、それこそ荒療治的にただただ暴露させれば良いものでもありません。
専門家のサポートのもとで慎重に進めていく必要がありますし、雑な暴露療法はそれこそ逆効果になり得ます。
ただ、本作のような拷問期間が長引くほど、意外と慣れていってしまう人もいるのではないかと思いました。
そういった意味で恐怖の本質について色々なことを考えてしまい、「怖がるもので拷問する」という発想がシンプルすぎるがゆえにとても面白く、個人的には非常に興味深い作品でした。
とはいえ、素直に観れば、あんな拷問、自分がされるとなったら地獄ですね。
個人的には虫が最高に苦手なので、虫で拷問されるぐらいなら速攻死にたいです。
でもなぜか蜘蛛は比較的大丈夫なので、本作は意外と普通に観ることができました。
もちろん「観る分には」なので、実際にあの顔面蜘蛛装置をつけられたら嫌すぎますが。
レネーは叫びまくっていましたけれど、口に入ってきたら最悪なので、自分だったら目と口はひたすら閉じます。
しかし、本作の拷問は「強い恐怖心を抱く対象がある」ことが前提なので、G10-12X遺伝子を持ちながらも怖いものがあまりない人だったらどうしていたのでしょう。
結局、あそこまで各人にカスタマイズされた凝った準備をしなくても、通常の拷問が一番効果的な気もします。
あるいは、極限の恐怖の先でないと破裂しないということであれば、あまり怖いものがない人は破裂できない人なのかもしれません。
G10-12Xといえば、施設内で出会った男性から「G10-12Xを忘れるな」という言葉を聞いたレネーでしたが、あれ、思わせぶりなだけで何の意味もありませんでしたね。
別にレネーがG10-12Xを知っていようが知っていまいが、覚えていようが忘れていようが、あまり関係なかった気がします。
組織のメンバーは、みんな個性強めで印象に残り、好きでした。
序盤や組織のメンバーは『マーターズ』のような雰囲気もありましたが、作品全体としては『マーターズ』のようなエグさはほぼ皆無。
組織はまだまだ人数が少ないのもあるでしょうが、あれだけの施設を作ったのはすごい一方、拉致の仕方はだいぶ雑でした。
あと本作の特徴は、主人公のレネーが聡明で行動力があったところでしょう。
無駄に喚くこともなく、そのときにできる最適な行動をすぐに探し出し、諦めずに実行する。
通気口を這い回るシーンなんて、もうゲームの『メタルギアソリッド』並みの逞しさでした。
脱出を試みるシーンはやや長すぎた気もしますが、屋上あたりでの「外が見られるのに出られない」絶望感の描かれ方など、良かったと思います。
まぁ、あんな要塞のような施設で監視されていないわけはなかったですけれども。
ちなみに主人公レネーを演じていたのは、『LAMB/ラム』でも主演を務めていたノオミ・ラパス。
設定の割にちょっと地味だった本作の完成度を高めていたのは、彼女の演技で間違いないでしょう。
相変わらず表情の演技が素晴らしいです。
ラストシーンは、「あっ、えっ、ここで終わるんだ」といった感じであっさりしており、少々物足りなさが残ってしまいました。
まだ理性が残っているレネーもいずれ染まっていき、彼らの仲間を増やすのに利用される。
エヴァンもすぐ捕まってしまうでしょうが、続編があるとすれば(なさそう)エヴァンが母親を取り戻そうとする物語もあるかもしれません。
ただ、「レネーの卵子は他の女性のものと異なり、人間の精子では破れない」と述べられていましたが、そうなるとエヴァンは何なのでしょうか。
エヴァンの父親(レネーの元夫)もG10-12Xの遺伝子を持っていた、ということなのかな。
俯瞰して見れば、結局は彼らも優生思想に染まっていただけと言えるでしょう。
さらには、「人間を超越した自分たちこそ、人間に破壊された世界に秩序を取り戻せる救世主だ」というメシア思想。
テレンス(組織のボスっぽい男性)が最初の変異者だったとすれば、レネーが変異者における最初の「母」になり得る存在であり、「昔からずっと待っていた」という最後のセリフは、自分とレネーを新世代のアダムとイブになぞらえていたのかもしれません。
細かい設定は面白かったですが、ちょっと活かしきれていない残念感も感じてしまう作品でした。
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