作品の概要と感想(ネタバレあり)
ヨーロッパを旅行中、ドイツの森の中で立ち往生してしまった2人のアメリカ人女性が、助けを求めて1軒の邸宅にたどりつく。
翌朝、目を覚ました2人は病室のベッドの上におり、隣には同じように日本人男性が寝かされていた──。
2009年製作、オランダとイギリスの合作作品。
原題は「The Human Centipede (First Sequence)」。
本作は、First Sequenceとある通り、もともと3部作構想だったそうです。
正確には、長い1本を3分割するつもりだったけれど、観客のリアクションも取り入れながら2、3と作っていったようです。
さて、ホラー好きならおそらく知らない人はいない?カルト的人気を誇る本作。
初めて観たのはだいぶ前ですが、久し振りに再鑑賞。
改めて観ても、インパクト強いです。
今となってはシリーズ通してそこそこ有名ですが、まだ『ムカデ人間2』が公開される前に1を観たので、当時から話題にはなっていましたが、初めて観たときのインパクトは相当なものでした。
好きとは言いづらいですが、好きな作品です。
「つ・な・げ・て・み・た・い」じゃないんですよ。
と突っ込みたくなるほどマッドもマッド、スーパーマッドサイエンティストなヨーゼフ・ハイター博士。
ヨーゼフ・ハイター博士の名前は、アウシュヴィッツ強制収容所で非人道的な人体実験を行ったヨーゼフ・メレンゲなど、実在するナチスのマッドサイエンティストからつけられているそうです。
舞台もドイツであり、トム・シックス監督も1作目では「ナチスの医者を描きたかった」と述べていました。
そんなハイター博士ですが、演じていたディーター・ラーザーがこれまた素晴らしすぎました。
本当にマッドサイエンティストにしか見えません。
他の役だったらまた違うのでしょうが、別に何もしていなくても、見ているだけで不安になってくる顔つきは見事としか言いようがありません。
インパクトという点では2作目のローレンス・R・ハーヴィーが強烈すぎますが、1作目はやはりハイター博士あってこそです。
ストーリーはいたってシンプル。
「人間を繋げてムカデ人間を作っちゃおう!」というワンアイデアをもとにストーリーを組み立てていったのだろうと思います。
正直、「狂った医者がムカデ人間を作っちゃうお話」ですべてが説明できてしまいます。
なので考察ポイントもほとんどありません。
ハイター博士の心理はなかなか興味深いですが。
鏡の中の自分にキスしちゃうナルシスト具合なんて、相当に拗らせています。
マッドサイエンティストというより、ただの変態ですね。
途中、カツローに反撃されて脱走されてから、階段をのぼるときに血を舐めており、変態度に磨きをかけていましたが、あれは自分の血が溢れ出てしまったためのセルフ輸血でしょうか。
そうであればあのシーンは必死だったのかもしれませんが、手術中も血のついた手袋で顔を触っていたりと、医者の割に血液に対する危機意識は低いようでした。
他人の血は危ないので、不必要に触らないように気をつけましょう。
ちなみにシャム双生児とは、綾辻行人好きとしては綾辻作品が浮かんできますが、生まれつき身体が結合してしまっている双子を指します。
その分離手術を専門とする医師が、逆に結合することに興味を持ってしまったという設定は面白いと思いました。
ハイター博士の家のリビングルームに飾られていた絵画は、来る人来る人ドン引いていましたが、シャム双生児をモチーフとした絵ですかね。
そんなワンアイデア作品ということもあってか、「こんなのホラー映画じゃない」という感想を昔見かけた記憶がありますが、それも確かにわかります。
完全なるインパクト勝負。
ですが、この狂気を映画にしただけでも、個人的には賞賛に値すると思います。
創作に条件なんてありませんし、狂気がこの作品のすべてでしょう。
ネガティブな感想の中には、生理的な嫌悪感による拒否反応であるものも少なくないのではないかと思います。
それが悪いわけではなく、というよりむしろ、そちらの反応の方が明らかに普通であり健全です。
ストーリーが面白いわけでもないし、ムカデ人間なんて気持ち悪いだけだし、何が面白いのかまったくわからない。
こんな作品、好きな方がマイナーなのは確実です。
構造としては「田舎に行ったら襲われた系」の作品に位置付けられます。
ただ、惨殺されるよりも変な嫌悪感を抱くのが『ムカデ人間』の特徴です。
グロ・ゴア描写に頼らずこれだけの嫌悪感を喚起させられるのはすごい(ある意味のグロかもですが)。
その嫌悪感はなぜと言えば、やはり人間性がこれ以上なく蹂躙されている点に由来するでしょう。
惨殺されたり拷問されるのも嫌ですが、「ムカデ人間にされる」というのは「実際にされたくないホラー映画の行為ランキング」の上位に確実に食い込みます。
四つん這いという体勢も屈辱的ですし、何より排泄物がリレーする仕組みがやばすぎです。
さらに嫌なのは、目的が「ハイター博士の趣味でペットにされるためでしかない」ということです。
『マーターズ』や『ソウ』などでは地獄の痛みや苦しみを味わい、あれも嫌ですが、犯人側に明確な思想があります。
宗教的であれ何であれ、常人にはまったく理解の及ばないものであっても、犯人側は崇高な思想に基づいて行っています。
それであれば「しょうがないか」となるわけではありませんが、それでも、ハイター博士の趣味や興味・関心でしかないというのが、ムカデ人間の嫌なところ。
人間を犬と同じく完全にペットとしか見ていないところは、完全なるマッド。
さらにはあまりにも屈辱的な姿で生きていかないといけないという、まさに「死んだ方がマシ」な状況です。
「死んだ方がマシ」な状況は多々ありますが、ムカデ人間はそのトップレベルに位置しているのではないでしょうか。
見た目だけで「死んだ方がマシ」と思えるあまりの惨めさが、『ムカデ人間』の嫌悪感の根源だろうと思います。
そんな陰鬱とした絶望感の中、癒しをもたらしてくれるのが北村昭博演じるカツロー。
彼の存在が、日本で『ムカデ人間』が妙な人気を誇っている要因なのではないかと思ってしまうほどです。
北村はロサンゼルス在住の日本人俳優で、急遽代役のオーディションで受かったそうです。
しかし、改めて観るとカツロー、めちゃくちゃですね。
「外せやオラ!」「火事場のくそ力舐めんな!」「変態!」とひらすら関西弁で叫びまくる姿は、ついつい笑ってしまいます。
急遽代役のオーディションで決まった北村昭博が、当初はほとんどなかったカツローの台詞を考えたそうですが、絶妙に違和感のあるワードチョイス、最高です。
脚はつるっつるの美脚。
関西弁で喚きまくるというのは、ボクシング亀田3兄弟の父・史郎が汚い関西弁で怒鳴っているのを北村がYouTubeで見て取り入れたそうです。
死ぬ前にカツローが告白したバックグラウンドも、北村案を監督が受け入れたようです。
そんな諸々の北村の提案を喜んで受け入れたトム・シックス監督も懐が深いですが、トム・シックス監督は、塚本晋也監督作品や三池崇史監督『オーディション』、深作欣二監督『バトル・ロワイアル』など日本の作品も好きと述べていました。
ストーリーがちょっとめちゃくちゃな要因としては、とにかく登場人物全員が愚かなことでしょう。
登場人物が愚かなのはホラー映画の宿命ですが、それにしても本作のキャラクターたちは愚かすぎます。
周到に見えてだいぶ隙がありまくりのハイター博士。
どう考えてもそこは意識のないリンジーを引きずりながら逃げようとするべきではなかったジェニー。
もっと早く腕を使って反撃できたはずのカツロー。
せっかくハイター博士が隙だらけなのに、同じぐらい隙だらけで油断しまくりな渋いイケおじ警察官たち。
ハイター博士は、あの体勢と構え方で銃をヒットさせる技術は相当なものです。
あの頑丈なガラス割れるんかい、も笑っちゃいました(あのシーンのハイター博士の登場の仕方ももちろん)。
最後はジェニーを残しての全滅エンドでしたが、警察官たちは捜査令状を持って来ているわけなので、彼らが帰ってこなければ警察が駆けつけるでしょう。
そこまで生きていられるかどうかですが、『ムカデ人間2』では本作に対してメタ的な構成になっているので、本作の細部やその後を検討するのはそもそも野暮かもしれません。
というわけで、観終わったあとには不快感と嫌悪感と絶望感と虚無感が綯い混ぜになったような、何とも言えない感覚を残してくれる本作。
『ムカデ人間2』は過去に観ているのですが、『ムカデ人間3』は観たいと思いながらまだ観られていないままだったので、このままシリーズを駆け抜けたいと思います。
追記
『ムカデ人間2』(2023/08/16)
続編『ムカデ人間2』の感想をアップしました。
『ムカデ人間3』(2023/08/18)
続編『ムカデ人間3』の感想をアップしました。
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