作品の概要と感想(ネタバレあり)
妻や2人の娘と暮らすデヴィッドは、自分の船を持つことをずっと夢見てきた。
ある日、オークションで見かけた70年前の船「メアリー号」に魅せられた彼は、妻を説得し船を購入する。
しかし家族と船出してすぐに、船内で不可解な現象が次々と発生。
実はメアリー号には悲しい歴史があり、怨念と悪霊が潜む“死霊船”として、乗り込む者を呪い続けてきたのだ。
逃げ場のない船内で、家族を守るべく戦うデヴィッドだったが──。
2019年製作、アメリカの作品。
原題は『Mary』。
中古で買った船が呪われてたよ!
という、シンプルなゴーストシップもの。
厳密には「魔女+船」になるのでしょうが、「彼女」はほとんど悪霊的な存在で、特に魔女らしさは感じられませんでした。
冒頭の「魔女が連れ去られ溺死した。子どもも遠くにさらわれた。魔女は蘇り人の子を道連れにするだろう」という「船乗りの詩」通りの展開だったと言えます。
この詩、英文では「In Puritan times, a known witch by rite」と書かれていたので、溺れ死んだ魔女というのは、清教徒革命時代(17世紀)の魔女狩り時代の話なのだろうと思います。
本物の魔女ではなく、魔女扱いされて処刑された女性の呪い、ということでしょう。
なので悪霊と言う方が適切かもしれませんが、一応、以下ではわかりやすく「魔女」と表現します。
上述した通りシンプルなゴーストシップものなのですが、いかんせん個人が所有する小さな船なので、あまり話を膨らませようがありません。
先に正直に言ってしまえば、個人的には少々退屈してしまいました。
主人公デヴィッドを演じたのは、『ハリー・ポッター』シリーズのシリウス・ブラック役など多数の作品に出演しているゲイリー・オールドマン。
ゲイリー・オールドマンが渋くかっこいいので観ていられましたが、正直、彼でなければさらに退屈してしまっていたかもしれません。
「ずっと小さな船の中だけ」というマンネリ化を避けるためか、生き残ったサラの取り調べを通じて事件を振り返るという回想形式が取られていましたが、「サラは生き残るんだな、デヴィッドは死んじゃうんだな」というのがわかってしまい、緊迫感もやや低減。
簡単に事故扱いできないのもわかりますが、特に証拠もないのに完全に疑われまくっているサラはかわいそうでもありました。
少しでもホラー慣れしていれば、途中で監視カメラを見上げる不穏な表情から「あ、サラが乗っ取られてるんだろうな」というのがわかってしまい、良くも悪くもそれらの予想はまったく裏切られることなく終わってしまいました。
本作ならではの特徴があまりなかった印象です。
ゲイリー・オールドマンがかっこいいと言いましたが、デヴィッドはなかなかに自己中心的なキャラでした。
そもそも家族に相談もせずに船を買ったのもどうかと思いますが、「悪魔よりもローンの金利の方が心配だ」と現実的な一方、夢見る少年感も拭えません。
いつまでも少年の心を忘れないのは個人的には良いと思いますが、振り回される家族はかわいそうでもあります。
さらにデヴィッドは、理解があるように見せかけて、自分の意見を通すために優しく言い聞かせているだけという姿が多々見られました。
終盤では、言いくるめられないとわかるとついに本性を現し、キレるデヴィッド。
サラの不安な気持ちにはまったく寄り添いません。
魔女の影響を受けていたから、とも考えられますが、サラが不倫をしたという事実も踏まえると、「普段からああいう関係性だったのではないかな」と邪推します。
もちろん、それで不倫が正当化されるわけではありませんし、結局はデヴィッドのわがままを受け入れてしまうサラがデヴィッドの自己中心性を助長させてきた面もあったでしょう。
サラの不倫がデヴィッドの雇われ船長ではなくて自立したいという気持ちに拍車をかけたと考えると、夫婦関係としては悪循環に陥ってしまっていたのであろう感も拭えません。
そんな夫婦に起因する家族関係のごちゃごちゃで繋ぎながら、徐々に魔女の思惑通りの場所に誘導されるデヴィッド一家。
トミーとマイクはただただ巻き込まれてしまってかわいそう。
マイクは良い人そうで家族同然の扱いのようでしたが、あまり感慨なく撃退されてしまいました。
デヴィッドたちも必死だったので仕方ありませんが。
本作一番の引っ掛かりポイントは、魔女の目的がいまいちよくわからない点です。
自分が溺れ死んだ場所に誘導して道連れにしているということと、自分が失った子どもを求めていた?ということかと捉えてはいますが、その先は不明。
「船に取り憑いた」という発想はやや斬新です(もちろん、本当にそうだったのかはわかりませんが)。
「メアリー」はあくまでも船の名前のはずなので、魔女の名前は不明。
美しい歌声で惹きつけ、船を海に引きずり込むセイレーンを船首の像にしている時点で不吉ですが、そんな船を購入してしまったデヴィッドや過去の船長たちも、その時点から魔女の術中にあったのでしょう。
ただ、このメアリー号と魔女の関係もよくわかりません。
溺れ死ぬ場所までこの船で運ばれていったのか、溺れ死んだときにたまたま近くにあった船だったのか。
後者だとすれば、もし豪華客船に取り憑けていれば一気に大量の人たちを引き寄せられてラッキーだったでしょう(?)。
わざわざ溺死ポイントまで誘導していたのは、冒頭の「船乗りの詩」によれば「人の子を道連れに」ということなので、別に自分が復活できるとかそういった目的があったわけではなく、ただただ恨みから犠牲者仲間を増やしたかった、ということでしょうか。
子どもについては、連れ去られた自身の子どもを求めていたのでしょう。
上述した通り、結局その先の目的がいまいちわかりませんが、霊的な存在に理屈や合理性を求めるのが間違っているとも言えます。
いずれにせよ船が呪われ、子どもが呪われやすいようですが、トミーやマイクもおかしくなったりと、どうにも一貫性がありません。
「取り憑く」のと「思い通りに操る」のはまた別なのでしょうか。
それでも、トミーは人間の言葉も忘れて暴れ回っていましたが、マイクは会話はしていました。
また、遠く離れたトミーを自殺させたのだとすれば、船から遠く離れても力が及ぶことになります。
遠くまで力が及ぶのであれば、もっと溺死ポイントまで人々を誘導するのも色々な方法があって楽だったはずです。
船と同じ名前の次女メアリーが鍵を握っていそうで、『エクソシスト』ばりに取り憑かれた少女を演じてくれていましたが、結局さほど活躍しないまま有耶無耶になってしまいました。
そもそも一気に全員に取り憑いたり操っちゃえばいいじゃん、とも思いますが、さすがにそれは言ったらおしまいな気がします。
怖がらせることで恨みを発散していたのかもしれません。
極めつけは、終盤ではかなり実体を持ったモンスターモードで襲いかかってきました。
あれこそ恐怖の質を変え、マンネリ打破の工夫として頑張っているのはわかるのですが、どうにも一貫性のなさばかりが目立ってしまいます。
しかもラストではサラに乗り移っていたらしい魔女。
人に取り憑いたまま船を離れられるんかい、とついつい突っ込んでしまいました。
しかしあれは、船が破壊されたからこそ可能になったとも考えられます。
冒頭の取り調べでサラが「デヴィッドはよく闘った。最期まで」と言っていたので、デヴィッドは家族を守る活躍を見せて感動的な最期を迎えるかと思いましたが、目を離した隙にあっさり死んじゃってました。
そのあたりも、どうにも盛り上がりに欠けてしまった印象です。
ちなみに、船から落とされても這い上がってきたデヴィッド夫婦は相当タフ。
と、振り返るとどうしても不満点というか、物足りない点ばかり浮かんできてしまいました(本作がお好きな方、すみません)。
正直、ホラー演出もベタベタですし、2019年製作とは思えないほど本作ならではの要素に乏しく、なぜゲイリー・オールドマンが出演したのか……?というのが一番の謎かもしれません。
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