作品の概要と感想(ネタバレあり)
年老いたジョイスは突然、唯一の家族だった夫を失う。
夫はジョイスが知らないうちに多額の借金を抱えており、銀行口座の預金も使い果たしていた。
途方に暮れたジョイスは、BnBとして自宅の一室を貸すことで収入を得ようと考える。
最初の宿泊客の1人であるサラとはすぐに強い絆で結ばれ、母娘のような関係性を築く。
サラが去った後、謎めいた青年・ボブがジョイスの部屋に長期滞在することとなる。
すっかりボブに心を奪われたジョイスは、彼の世話を焼き続け、やがては恋愛妄想に取り憑かれるようになる。
幸せなボブとの日々は、サラが再びジョイスの家を訪れたことで崩壊する──。
2019年製作、アメリカの作品。
原題も『Room for Rent』。
『インシディアス』などを筆頭に、ホラー映画にも多数出演しているリン・シェイ主演。
スクリーム・クイーンとしても有名な彼女ですが、本作では観客を悲鳴の渦に引きずり込みます。
本作ではCo-Producerとして製作にも関わっていたようです。
自分の魅せ方、よくわかっていらっしゃる。
ロマンス小説を愛読し、序盤から空気読めない系おばあちゃんらしさ全開のリン・シェイが部屋を貸す。
それだけでもう、何も起こらないわけがありません。
些細な仕草に至るまで、あらゆる言動が絶妙に痛々しいおばあちゃんを見事すぎるほどに演じたリン・シェイの独壇場にしてワンマンショー。
全力笑顔からスッと無表情になるのやめて。
どんどん若返り過激になっていくファッションにメイク、そして暴走していく狂気は、リン・シェイ好きであれば、ついつい笑ってしまうのは必至。
服装はもちろん何を着ようと自由ですが、年齢相応に魅力的に見えるファッションというのはやはりありますし、ボブを前にしてから唐突に若返っていくところが何とも。
逆に本作で初めてリン・シェイを見た人には、だいぶ偏った印象がついてしまいそうで心配です。
性欲に駆られた殺人鬼おばあちゃん、という設定は、『X エックス』を彷彿とさせます(製作は『ルーム・フォー・レント』の方が先)。
しかし、『X エックス』の老女パールは直接的かつ猟奇的にアプローチしていたのに対して、本作のジョイスは実に陰湿というか、変態チック。
直接的なエログロ描写は皆無と言っても過言ではないなのに、かなりの不快感を喚起し観ている側の気持ちを不安定にさせてくる最強おばあちゃん。
歯ブラシを口に含んだりスプーンを舐め舐めしちゃうところなんかは背筋がゾワゾワしましたし、むしろ前半の方がホラーです。
彼女の心は完全にこじらせた思春期。
『ヴィジット』、『テイキング・オブ・デボラ・ローガン』、そして『X エックス』を「裸のおばあちゃん3大ホラー作品」と呼びましたが、『ルーム・フォー・レント』のジョイスを合わせて、「ホラーおばあちゃん四天王」が出揃いました。
部屋を貸すBnBでは、以前観た『ルームシェア 忍び寄る魔の手』も似た雰囲気がありましたが、あちらは本作とは逆で、部屋を貸した相手がヤバい奴だったタイプ。
本作のボブは、コカインを持っていたり、夜な夜なバーで女の子と遊んでいたりした様子で、結局最後まで得体は知れませんでしたが、ジョイスへの対応は基本的に丁寧でした。
サラの良い人感は言うまでもありません(ボブと寝たのと、ジョイスのことを小説のネタにしていたらしい点はだいぶ微妙ですが)。
そしてジョイスも、決して根からの悪者ではなく、ただただ心は思春期のまま、自己中心的で、裏切られるとブチ切れてしまう衝動性を持ち合わせていただけでした。
そちらの方がタチが悪いかもしれませんが。
ジョイスは、過去に子どもを中絶し、夫のフレッドからDVを受けていたと話しており、フレッドの死後は孤独感も抱えていました。
その寂しさによる犯行だった、ジョイスもかわいそうだ……と思えなくもないですが、実はそんな単純な話ではなく、ジョイスは思っている以上に危ない人物なのでは?と考えており、その点について後半で検討していきます。
考察:どこまでが真実か?ラストシーンの意味は?(ネタバレあり)
どこまでが真実か?
先ほど、ジョイスは夫からのDVに遭っていたと書きました。
それにより奪われた、理想の男性像や幸せな家族生活。
結婚前後あたりで止まったままのジョイスの心が、夫の死やボブとの出会いをきっかけに動き出し、暴走してしまった切ない話。
そう読み取れなくもありませんが、個人的にはそうは考えていません。
まずジョイスは、息を吐くように嘘をつきます。
自分の都合が悪くなると、同情を引こうとして、まったく何のためらいも動揺も見せずにすらすらと嘘をついていました。
それを踏まえると、ジョイスの過去については、疑ってかかるべきポイントが多々あります。
もしかすると、サラに話した過去もすべて嘘だった可能性もあるのです。
客観的な情報としては、隣人のグラディスがサラに話した「妊娠をしたが夫のフレッドが子どもを望んでいなかったため、ぎりぎりまで隠していたが知られて激怒し、中絶しろと言われ、それから別人のようになった」ということだけです。
あまりぎりぎりになったら中絶可能な期間を過ぎてしまう気もしますが、そこはいずれにせよ、中絶なり死産なり、子どもは生まれなかったのは間違いないでしょう。
これについてはグラディスが話していたので事実だったと捉えてよさそうですが、その他のジョイスのエピソードについては、すべてジョイスが話していただけであり、真偽は不明です。
たとえば夫のフレッドについても、「妊娠に激怒し中絶しろと言った」のは事実のようですが、普段から暴力を振るったりしていたのかどうかは定かではありません。
フレッドのお葬式では、腰が悪く参列できなかったグラディスの代わりに看護師シーラが出席し、「グラディスも来たがっていた。フレッドを慕っていた」と話します。
これは社交辞令の可能性もありますが、少なくともジョイス以外から、妊娠の件以外ではフレッドの悪口は聞かれません。
多額の借金があったのも事実ですが、何に借金していたのかは不明です。
平然と嘘をついたり、グラディスを殺した上に悲しむ隣人を演じていたりと、ジョイスはなかなかに冷酷です。
それを踏まえると、もしかするとフレッドを殺害したのはジョイスである可能性も考えられます。
動機は、DVへの恨みがなかったとしても、子どもを産めなかったことに対する積年の恨みか、財産目的などがあり得ます。
明らかに窒息死させられたグラディスを病死として処理したっぽいガバガバな警察なので、屋根で作業していたフレッドを突き落としても、事故だったと言えば簡単に信じてもらえたのではないかと推察されます。
そもそも、お葬式のあと、骨壷をデスクの引き出しにしまったり、結婚指輪を投げ捨てるように外したりしていた姿は、悲嘆に暮れているようにはまったく見えません。
むしろ感じられるのは解放感であり、たとえ過去のDVが真実であったにしても、孤独感や寂しさから本作の犯行に走ったと考えるのは間違いでしょう。
猫のご飯を買うときにクレジットカードが使えなかったときの対応からなども、ジョイスに強く見えるのは自己中心性です。
ちなみに、ジョイスがグラディスを殺害したのは、過去に夫フレッドと関係があったと思っていたからでしょう。
冒頭で、シーラとグラディスの挨拶をガン無視していた理由も同様です。
実際に不倫をしていたのか、ジョイスの思い込みであったのかは定かではありませんが、少なくともジョイスはそのように捉えていたのだと考えられます。
サラと話しているのを見たのがきっかけにはなったと思いますが、根本はおそらくその点。
以上のように、ジョイスの過去の真相はほとんどが不明です。
極端に考えれば、過去の妊娠というのも、夫のフレッドとの子どもでなかった可能性すら考えられます。
フレッドとは性的関係がなかったのに妊娠して隠していたとなれば、フレッドが激怒するのも当然です。
そこまではさすがに穿って見過ぎかもしれませんが、自己中心性が強く、息を吐くように嘘をつくジョイスの話をそのまま鵜呑みにして「ジョイスもかわいそうだった」と考えるのは、もしかするとジョイスの術中にハマってしまっているのかもしれません。
ラストシーンの解釈
ラストシーンでは、ボブを殺害して埋めたジョイスは旅行に出かけ、その間、自宅にはサラに住んでもらうことにしました。
鍵の閉まっていた部屋には、ベビーベッドや赤ちゃん用のグッズと、「WELCOME HOME BABY」「GRANDMA LOVES YOU」といった文字の飾りつけ。
だいぶ唐突な展開で最初はよくわからなかったのですが、これはおそらく、サラとその子どもを自分の家族として取り込もう、と考えていたのかなと思います。
ジョイスは、決して男性だけに執着していたわけではなく、サラにもやや執着していた様子が窺えました。
それはサラを娘のように見るようになってからであり、男性とのロマンスだけではなく、家族、特に子どもも求めていたのだと考えられます。
サラを家に呼び寄せたのは、ボブ殺害の犯人の濡れ衣を着せるためかとも思いましたが、そうだとするとベビーベッドなどの存在がやや矛盾します。
おそらく、サラの性格を考えると、ジョイスが旅行から帰らなければ、猫のブードルもいるので黙って自宅に帰ることはないはずです。
もはやなし崩し的に、自由奔放な旅行をエンジョイしている間にサラをあの家に住ませて、あの家で赤ちゃんも出産させる。
そしてそのまま、娘や孫と一緒に暮らす。
それがジョイスの計画だったと考えています。
ただ、ブードルに「彼女を見張っていて」と言っていたことや、ボブがまるでサラの妊娠を知って怖気づいて逃げ出したと聞こえるようにサラに嘘を話していたことからは、サラに対する愛情はあまり感じられません。
一度でも裏切った相手に対して厳しいのがジョイスです。
そうすると、主な目的は赤ちゃんなのでしょう。
かつて自分が得られなかった赤ちゃんとの生活。
それを取り戻すのが目的だったと考えると、なかなかに恐ろしいラストです。
そもそも、飾りつけの文字が「WELCOME」ではなく「WELCOME HOME」なのが怖い。
「WELCOME HOME」は「おかえり」の意味であり、家族など親密な相手が長期の不在(旅行や入院など)から帰ってきたときに使用するもののようです。
過去に自分が妊娠した赤ちゃんと、サラの赤ちゃんを重ねて見ているのは間違いないでしょう。
自分の表現が「GRANMA」であり「MOTHER」や「MAMA」ではなかったところが、せめてもの救いでしょうか。
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