作品の概要と感想とちょっとだけ考察(ネタバレあり)
夫の死を目の前で目撃してしまったハーパーは心の傷を癒すため、イギリスの田舎街を訪れる。
そこで待っていたのは豪華なカントリーハウスの管理人ジェフリー。
ハーパーが街へ出かけると少年、牧師、そして警察官など出会う男たちが管理人のジェフリーと全く同じ顔であることに気づく。
街に住む同じ顔の男たち、廃トンネルからついてくる謎の影、木から大量に落ちるりんご、そしてフラッシュバックする夫の死。
不穏な出来事が連鎖し、“得体の知れない恐怖”が徐々に正体を現し始める──。
2022年製作、イギリスの作品。
原題は『MEN』。
小説家から脚本家に転身して『28日後…』などを担当し、監督デビュー作『エクス・マキナ』も有名なアレックス・ガーランド監督作品。
本作が初鑑賞でしたが、とにかくその映像美には圧倒されました。
スタンリー・キューブリックを彷彿とさせるほどの、強迫的とも言えるこだわりが圧巻。
そんな映像の美しさと、生理的嫌悪感を喚起させてくるような描写の対比が見事。
そのギャップだけでもホラー映画していると思います。
登場人物に関しては、主人公ハーパー役のジェシー・バックリーとほとんどの男性を演じたロリー・キニアの2人だけでほぼ成り立っていたと言っても過言ではありませんが、その素晴らしさは言わずもがな。
展開も衝撃的で、特に『進撃の巨人』に刺激を受けたという終盤のインパクトは、まさに悪夢。
もはやクリーチャーというレベルを超越しており、生命の神秘とまで言えそうな生々しいグロテスクさは、見なければいけないのはわかっているけれど見たくないものを直視させられるような居心地の悪さを感じました。
しかし、内容に関しては抽象的でありながら、メッセージ性は強めに感じました。
A24っぽいなぁという安直な感想を抱いてしまいつつ、どうやらA24はあまり自分には合わないのかも……とちょっと思い始めている最近。
大好きな人も多いので大声では言いづらい。
いや、もちろん、ただの自分の好みの問題ですし、「A24は」という大きな主語で決めつけはしませんけれど。
メッセージ性の強さに関しては、インタビューで以下のようにも述べられていましたので、監督の考えが強く吹き込まれているのは間違いないでしょう。
映画監督には二つのタイプがいます。
https://ginzamag.com/categories/interview/312701
一つは、映画についての映画を作るタイプ。
多くの場合、10代の頃に好きだった映画をもとに作品を撮っていて、過去作をある意味リサイクルし続けているんです。
もう一つは、自分の経験や、今の世界について思うことを題材にするタイプです。
どちらが優れているというわけではありませんが、私自身は後者に属しています。
で、私は権威に不信感を抱いています。
絶対的で、本能的な、完全なる不信感です。
権威ある立場の人から何か言われたらまずは疑います。
後になって同意することもあるかもしれません。
でも、絶対に鵜呑みにはしません。
そんな私の世界の見方が、作品に表れているなら嬉しいです。
個人的には、特にホラーは、メッセージ性よりもエンタメ的な作品が好みなので、本作がいまいち合わなかったのだと思います。
メッセージ性といっても、特定の考え方を押しつけられている感じではないのですが、何となく圧が強く感じてしまった作品。
社会派的な要素が組み込まれているのは良いのですが、本作は社会派的な要素にホラー映画を組み込んだような印象。
もちろん、作品は監督(たち)が創造主であり、何をどう織り込もうと自由で、思想的な自己表現やメッセージがあることに批判的なわけではありません。
あくまでも、求めるものや相性の問題です。
メッセージ性が強い一方、本作は各自がそれぞれの受け取り方で考えてほしい系の作品でもあるようです。
なので考察するというより、監督自身が色々とインタビューで答えられているので、それを見ながら自分なりに受け取ったものを味わうのが一番なのかな、と思いました。
基本的には、ハーパーのトラウマ克服であり、男性や人間関係の折り合いをつけていく物語なのだろうと感じました。
それだけでまとめてしまうとかなり陳腐になりますが、みんな同じ顔の男性たちは、ハーパーの中に内在化された男性像のイメージであり、ミソジニー的な男性の普遍的イメージであると同時に、ハーパーの中の男性性という側面もあるかもしれません。
年齢や職業が異なれど、当たり前のように女性を見下したような発言をする男性たち。
グリーンマンから次々と生まれてくる彼らは、ほとんど複製とも言えてしまうような個性に乏しい繁殖です。
神父というのは、父性的な機能の強い存在です。
そんな彼が性欲剥き出して襲ってきたのに対して、ハーパーは逆に、これも男性性の象徴として解釈されることの多い包丁を相手の身体に突き刺します。
あのシーンは構図の逆転であり、ハーパーの心理的には転換点だったのではないかと感じられます。
最後に出てきた夫のジェームズは、「愛」が欲しかったという始末。
それはもう、包み込むような母性的な無条件の愛情なのでしょう。
同じような男性たちと向き合い戦ってきたハーパーは、もはや呆れたか諦めたように「そう」と言い放ちます。
それは、自分にはどうしようもないことがあるという事実の実感でもあったでしょう。
ジェームズを幸せにするのも、ジェームズを死に至らしめるのも、自分だけの責任ではあり得ないのです。
ジェームズとの不仲の背景は描かれませんでしたが、暴力を振るうのはもちろん、「別れるなら死ぬ」などと脅すのも精神的DVの典型です。
彼は自己愛が強く幼稚であると推測され、自分の思い通りにならないことが受け入れられません。
あのように稚拙な言動で他者をコントロールしようとする自己愛の強さは、あの程度では自殺には至らないことが多いでしょう。
自分の思い通りにならない相手が許せないので、あのタイミングで自殺するにしても、きっとハーパーを殺してからであったはずです。
「忘れられない傷と罪悪感を負わせるために自殺する」タイプと、ジェームズのタイプは若干異なります。
そう考えると、あれはやはり事故だったのでしょうし、落下時の姿勢や向きからも、きっと現実にはハーパーは落ちゆくジェームズと視線が合いはしていなかったのではないかと思います。
親友であるライリーが妊娠してたことが明かされるラストシーンに関しては、プライベートなメッセージも込められた旨が監督のインタビューで述べられていました。
じつをいうと、すごくプライベートなメッセージだったんです。
https://girl.houyhnhnm.jp/culture/curious_same_faces
僕はたまにプライベートなメッセージを映画に入れこむことがあるんです。
映画っていうのはパブリックなものでもあるけれど奇妙なことにとても私的なものでもあって、映画の中にあるのがすべて理解できるかと言えば、身近な人へのプライベートなメッセージがこめられていることもあるんですよね。
じつはこれは友だちへのメッセージだったんです。
特にハーパーがiPadを持って家を見せているところなんかもそうでした。
これについて話すのは初めてです。
完全にプライベートなメッセージですが、本気で子どもをもちたいと思ったら、男は必要ないよね、ただ子どもをもてばいいよねって意味でした。
男なんて必要なくて、法的にもそれは可能なんです。
映画の終わりがたった一人の友人へのメッセージで、それを私的に送ったようなことなんですが、それをいまインタビューで初めて話している。
奇妙な感じですが、いままで誰もこのことを聞かなかったんです。
こういったポイントは、知らずに考察するとまったくもって見当違いの方向性に進んでしまいます。
オフィシャルサイト含め、色々なインタビューでけっこう多くのポイントを語ってくれているので、内容の解釈に関してはそのあたりを追うのが一番でしょう。
「僕は明確な答えがないことで観客の頭に疑問が残り、自分で何かしらの答えを探してもらえたらいいなと思っているんだ」とも述べているので、考察系とはまたちょっと違いますが、各自が考えてほしい系の作品であることも間違いありません。
ただ、そうは言いながらもインタビューではかなり色々と監督自身の考えを述べられているので、自分の意見や問題意識はかなりしっかりと持っている方なんだろうな、と思いました。
それを話したくてうずうずしているような印象も感じられて、ちょっと可愛い。
そんなわけで、内容の解釈はさておいて、個人的に好きだったシーンは、トンネルの向こう側からいきなり人影が走ってきたシーンでした。
かなり本能的にゾクっとした感じ。
現象だけ見れば怖いわけではないのに、シチュエーションによってこれほど印象が変わるというのは、とても面白い。
主人公が女性だからこそ感じられた怖さでもあるのでしょう。
監督は以下のようにも述べています。
「最終的にはホラーの鉄則を壊した作品」
https://www.gizmodo.jp/2022/12/men-directer-interview.html
「ヤバいことの多くは最初のほうで起こって、後半にいくごとに痛ましい感じになっていく。
クライマックスは最も危険な展開になっているべきなのに、望みがなくなっていくんだ。
ヒーローは怖がってもいない。
怒っているというか、呆れている感じ。
だから、ホラー映画かと聞かれれば、ある意味ホラー映画ではあるのだけど、ホラー映画らしい主人公はいないし、ホラー映画としてのストラクチャーには従っていないし、ホラーでありながらホラーであることをやめた映画という感じかもしれない」
個人的にはメッセージ性は少し圧が強く感じられてしまい、本作は残念ながらあまり刺さらず、あまり深掘りしたい気持ちにもなれず。
一方で前半の映像の美しさや音の使い方、そして美しさと対照的な不穏さや恐ろしさが好きだったのですが、それはあくまでも表面的な浅い部分を受け取っているだけなのでしょう。
ただ、逆に言えば、映像美や安直なインパクトを表面的になぞるだけでも印象に残る、そういった多層的に楽しめる奥深さを持った作品であると感じました。
独創性は疑いようがなく、たとえ自分に合わないとしても他の作品も観てみたいと思うような、不思議な魅力。
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