作品の概要と感想とちょっとだけ考察(ネタバレあり)
仕事をクビになり、バス事故で大けがを負った青年・ノーンは父に説得され、出家することに。
何も知らずその寺院を訪れたノーン、ファースト、バルーンの3人組に、怪現象が次々と襲いかかる──。
2019年、タイの作品。
原題は『Pee Nak』。
2024年7月に日本公開予定の『フンパヨン 呪物に隠れた闇』が面白そうだな、と期待しているので、同じ監督の作品である本作『祟り蛇ナーク』を鑑賞してみました。
その監督の名は、ポンタリット・チョーティグリッサダーソーポン監督。
『プロミス/戦慄の約束』などの感想で「タイ人の名前は覚えられない」とたびたび言ってきましたが、中でもポンタリット・チョーティグリッサダーソーポン監督は暫定1位かもしれません。
さて、本作はタイの寺院を舞台に、タイの宗教や文化が味わえるホラーコメディ。
現時点の情報の限りでは真面目な(?)ホラーっぽい『フンパヨン 呪物に隠れた闇』に対して、『祟り蛇ナーク』はいかんせんコメディ要素があまりに強かったので、あまり参考にはならなかった気もします。
が、『祟り蛇ナーク』からは勢いと個性、そして魅せ方や才能をひしひしと感じて、個人的には好きな作品だったので、期待は高まりました。
特に、冒頭の「これは面白そう……!」感は尋常じゃありませんでした。
タイの短編ホラーオムニバス『フォービア2/5つの恐怖』に収録されていた「見習い僧」でも同じような舞台でしたが、タイの山奥の寺院というだけで、ホラー映画にあまりにぴったりすぎます。
そんな寺院で夜中に行われている怪しげな儀式。
首のない行列に襲われ、首を吊らされてしまう男性。
もう、つかみは完璧と言わざるを得ません。
しかし残念ながら、ホラーとしてのピークはこのシーンだった感は否めません。
もう1ヶ所、ピークたりえるシーンとしては、主人公のノーンが夜中に仏像の前でお経の練習をしていたシーンがありました。
ただあれはホラー演出というよりは、あの場が怖すぎました。
大仏とか仏像って、着色されるだけでとんでもなく不気味な感じになるんですね。
しかも、それを取り囲むように大量の小さめな(とはいえ人間サイズの)仏像たち。
明らかに怪奇現象が起こっているのに、あの場所で夜中に1人でお経の練習をするノーン、真面目というよりは感覚がバグっている気がしてなりません。
仏像たちが一斉に首を向けてくるシーンは、かなりお気に入り。
その他のホラー演出も巧みでしたが、あくまでもコメディ路線で貫きたいのか、執拗なまでに定期的にギャグがねじ込まれるので、ホラーとしてはかなりライトな作りでしょう。
純粋にホラーを求める人にはおすすめしづらく、あくまでもドタバタエンタメを楽しむホラーコメディ作品として捉えるべき1作でした。
そんなギャグも、効果音含めて古くベッタベタな感じなので、その点で本作の好き嫌いは大きく分かれそうです。
個人的には、最初は「え、このノリはきついな」と思ったのですが、悔しいながらだんだん癖になってしまい、最終的にはけっこう好きだったのですが、それでも若干胃もたれするぐらいくどさは感じたので、合わない人にはなかなか苦痛な108分かもしれません。
エンドロールのNGシーン含めてレトロなコメディ感が強めでしたが、あれは別に日本の感覚だからというわけではなく、タイでも同じ感じで、あえてレトロ調で作られているのではないかな、と勝手に思っています。
いわゆる「オネエ」も日本と同じ感じなのは面白かったです。
とにかくオネエのファーストとバルーンが、本作における強い個性を放っていました。
最初は3人組だったオネエ軍団ですが、顔の圧が強すぎるゴートが早々に退場してしまったのは、意外でもあり残念。
ただ、あの顔圧にずっとさらされたら、それはそれでちょっと疲れてしまったかも(悪口じゃありません)。
ポスターも、どう見てもノンよりゴートの方が怖いです。
ちなみに、バルーンの歯が青いのが気になったのですが、あれは矯正器具のようでした。
日本だと見せるのを嫌がる人が多いイメージの矯正器具ですが、タイでは「歯科矯正をしていれば裕福で教養のある家庭出身に見える」という一種のステータスシンボルになっているらしく、若者の間ではカラフルな矯正器具も流行っているようです。
うーん、面白い。
そのような文化も含めて、タイの宗教観や風習がたくさん味わえるのが、本作の魅力でもありました。
『女神の継承』などを筆頭に、タイホラーはタイの風習や文化が学べる作品が多いように思いますが、宗教的な価値観は今のところ本作が一番強く感じられました。
そもそも、あんな流れで出家するというのが日本人にはわかりづらい感覚でしょう。
調べてみたところタイの仏教は、日本でメジャーな大乗仏教ではなく、上座部仏教と呼ばれるものがメインのようでした。
欧米のホラー映画を理解するにはキリスト教の知識が必要だなぁと思っていましたが、タイなどのホラーをきちんと理解するには仏教も勉強しないといけなさそうです。
そんなタイでは、成人の通過儀礼として一時的に出家し、親への恩と感謝と幸福を祈る、という文化もあるようです。
短期間の出家で、その後は本作でも述べられていた「還俗」をして、一般社会に戻るとのこと。
何と、「出家休暇」なるものまである企業も多いようです。
出家するのは、徳(タイ語ではブン)を積むため。
そして、基本的に男性しか出家できないため、女性が徳を積むためには、息子が出家することが最良の方法であるとも信じられているようでした。
なので、本作においても、主人公のノーンも霊のノン(この似た名前もややこしい)も「母親のために出家する」という気持ちが強そうでしたが、そういった背景があったのでしょう。
本作に限らずですが、社会的に僧侶がとても尊敬されている様子も窺えました。
さて、本作の内容に関しては、後半はホラーというよりはドラマ性が強くなるものの、細部の整合性はだいぶ粗いものでした。
なので、演出面に関しては疑問点も多々残りますが、あまり深く考察するような作品ではなく、勢いで楽しむべき作品でしょう。
たとえば、バスのバックミラーでノーンたちの首から上がないように見えたシーン。
これは、バルーンが「ナークの祠」で「宝くじが当たったら友達みんなで出家する」という約束をしてしまっていたので、宝くじが当たった時点であのみんながナークの祠があるタムナーカーニミット寺院で出家する、つまり呪われることが確定してしまっていたのかもしれませんが、どちらかというと単なるホラー演出として捉えた方が良いと考えられます。
そもそも、本作における呪いは、出家目前で事故死してしまったノンの呪いのようなものでした。
なので、出家の儀式がモチーフとなっているのだと思いますが、あの首のない行列の進行も謎ですし、とはいえあの行列はお気に入りだったので終盤では一切出てこなかったのが残念。
それらの細部はホラーのためのホラー演出として置いておくとして、一つ重要なのは、本作のあらすじに関して色々なところで「出家志願者を呪い殺してしまう大蛇ナークの伝説」といった感じで書かれているのですが、これ、間違っている気がしてなりません。
大蛇ナークの伝説は、昔、蛇でありながら出家しようとしたナークという蛇が、人間ではないので出家を拒否されてしまった。
なのでナークは出家を諦め、ナークという名前を後続の出家する人間たちに託し、自分は違った形で出家や仏教を支えた。
そのため、出家志願者をナークと呼ぶようになった、というものでした。
そして本作における呪いは、上述した通り、ノンの呪いでした。
出家志願者、つまりナークとして修行していざ出家する日を迎えたノンでしたが、出家の儀式の最中に不慮の事故で死亡。
出家することができなかった彼は、「自分が出家できなかったのに、他の人間が出家するのは許せない」という理由で、出家志願者たちを出家前に殺害していたのでした。
「自分が幸せになれないから、他の人たちが幸せになることが許せない」といったようなかなり自己中心的な考えですが、まぁもともと犯罪を繰り返し、殺人まで犯していたようなので、元来の人間性に難があった、としか言いようがありません。
霊の割に相当物理攻撃でしたし、チャック(冒頭で殺されてお葬式が行われた出家志願者)の遺体も踏みつけていましたし、脅して出家の儀式をさせようとしていましたし、マナーはだいぶ悪かったですね。
ただ、顔は安藤政信似でちょっとかっこよかったので、霊のメイクをしてもイケメン感が漂っていました。
ちなみに、主人公のノーンはニューヨーク(お笑いコンビ)の屋敷と溝端淳平を足して2で割ったような感じ(どうでも良い)。
話を戻すと、今回の呪いは蛇のナークは関係なく、ノンの問題でした。
原題の『Pee Nak』ですが、「Pee(ピー)」については『女神の継承』で大きく取り扱われていましたが、タイ語で精霊や霊を指します。
「Nak」がナークで、蛇のナークに限らず出家志願者のナークを指すとすると、「出家志願者の霊」つまりはノンを指すことになります。
本編でも、最初に案内されたノーンの僧房に蛇がいましたが(これ、NGシーンを見る限り本物の蛇だったんですね)、それとナークに関する伝説以外ではほとのど蛇は出てきません。
なので、蛇の呪いではないでしょうし、『祟り蛇ナーク』という邦題も間違っているのでは……?と思っています。
ただ、海外のサイトでも「cursed by the wrath of Pee Nak, a mythical giant snake」など同じような紹介をされているので、やっぱり蛇の呪いなのかなぁ……。
ラストではまだ新たな呪い(還俗しようとすると死ぬ?)が継続するような仄めかしがありましたし、手が出てきていましたし、ホラー的なエンドでありつつも、ノンだけの問題ではなかった可能性が示唆されていると考えられなくもありません。
何より、本作について調べてびっくりしたのですが、何とこのシリーズ、4作目まで作られているようです。
『祟り蛇ナーク』こと『Pee Nak』は2019年ですが、その後2020年に『Pee Nak 2』、2022年に『Pee Nak 3』、2023年に『Pee Nak 4』と、怒涛の勢いでシリーズが製作されていました。
しかも、ちゃんと同じ監督で。
なので、そのシリーズを追えばわかるのかもしれませんが……。
最後に余談ですが、上述した『フォービア2/5つの恐怖』の「見習い僧」でも書いたのですが、タイの僧侶は、眉毛まで剃るのが基本のようですね。
頭を丸めて眉毛までなくなると、なかなか区別が難しくなるんだな、と痛感。
最初、チャックとノンが同一人物だと思って混乱してしまいました。
あと、本当に剃ったのかはどうかはわかりませんが、皆さん(特にノーン)頭の形、ものすごく綺麗じゃありませんでしたか?
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