
作品の概要と感想とちょっとだけ考察(ネタバレあり)
タイトル:バベルの古書 猟奇犯罪プロファイル Book1《変身》
著者:阿泉来堂
出版社:KADOKAWA
発売日:2023年10月24日
札幌市近郊の町、荏原市で発生した女子大生殺人事件。
遺体の首と両手は切断されて持ち去られ、現場にはフランツ・カフカの『変身』の一節が残されていた。
その猟奇的な手口は5年前に発生した「グレゴール・キラー事件」に酷似しており、ほどなくして更なる被害者も現れる。
グレゴール・キラーに相棒を殺された過去を持つ刑事、加地谷と新米刑事の浅羽は、事件の捜査を進めるうち、被害者の霊を目撃したという青年に遭遇する──。
『ナキメサマ』から始まる那々木悠志郎シリーズが有名な阿泉来堂の新シリーズ。
オカルトホラーが得意なイメージでしたが、「猟奇犯罪プロファイル」と個人的に好きな言葉が詰め込まれたタイトル、期待せずにはいられません。
そして読んでみた結果……面白い!
けれど、プロファイリングはほとんど出てきませんでしたね。
おそらく捜査支援分析室の天野伶佳がその役割を担うのでしょうが、本作ではまだ活躍はなく、キャラ紹介程度でした。
『Book2《怪物》』が本作と同時に発売されているので、2作でセットと考えた方が良さそうです。
KADOKAWAの公式サイトにおける作品紹介でも「そして、謎の古書が導く物語は、さらなる事件とともに下巻へと続く」と書かれていたので、間違いありません。
なので、『Book2《怪物》』も読み終わってからまとめて書いた方がいいのかな、とも思ったのですが、一応本作でも一つの事件やエピソードが完結していたので、単体で取り上げておきます。
古書を巡る謎などは今後明かされていくと思うので、今の時点で深入りはせず、とりあえず簡単に。
しかし、シリーズ前提で2冊同時に発売されているとは、気合いが入っていますね。
まずちょっと言わせていただきたいのが、珍しく、とついつい形容したくなってしまうのですが、臨床心理士や臨床心理学について、ツッコミどころはありつつも、だいぶ丁寧に描かれていて嬉しかったです(自分が臨床心理士なので)。
さすが阿泉先生。
と、思いきや。
思いきやですよ。
と、とんでもねぇ……
とんでもねぇマザコンモンスターだったーーー!!!
ひ、ひどい……ひどいよ阿泉せんせぇ……(言いがかり)。
という半分冗談、半分本気な叫びは一旦置いておき、猟奇殺人を繰り返すシリアルキラーを追う刑事モノのサスペンス。
と思わせておいて、お得意のオカルト要素も織り込んで、見事にまとめ上げている1作でした。
公式では「猟奇事件 × スーパーナチュラルミステリー」と謳われています。
方向性としては内藤了作品に近いような、それでいて阿泉来堂らしさ溢れる雰囲気なので、今後も楽しみです。
事件にしっかりと猟奇性はありつつも、思ったよりはライトめなノリや書き方ですらすら進める。
正直、一番衝撃的だったのは、プロローグで垣内が燃やされたシーンでした。
けっこう容赦がないシリアスな作風かと思いきや、主要登場人物は白川葵含めて全員助かりますし、加地谷刑事の因縁も解決し、戸倉も前を向いたりと、けっこうハッピーエンドな読後感。
霊が見える青年・戸倉孝一はシリーズのメインキャラかと思ったのですが、力も失いましたし、エピソードの終わり方的にも今作限りでしょうか。
また少し顔を出す可能性はありそうですが、メインキャラというわけではなさそう。
依子との絡みなど、けっこう好きなキャラだったので少し残念。
まぁ、被害者の声を聞けちゃうとなると、ちょっとチートキャラになってしまいますかね。
なので、シリーズの主人公は、今のところ刑事の加地谷悟朗になるのかな。
相棒の浅羽賢介、そしてプロファイリング担当で今後存在感を増していくであろう天野伶佳あたりの警察の面々が、やはり軸となりそうです。
加地谷と浅羽のコンビは、「堅物の昭和気質なベテラン刑事に、チャラいけれどやるときにはやる新米刑事」という、おそらくあえてのベタベタな感じが好きでしたが、同じようなやり取りが若干くどい気も。
さすがに手を上げすぎでは……この調子でいくとシリーズが終わる頃には浅羽の脳がおかしくなってしまうのでは……と無駄な心配。
加地谷はすぐ手を出すところもあまり好きにはなれないのですが、ちょっと無鉄砲すぎるところも引っかかってしまいました。
元相棒の垣内を失っておきながら、危うく同じ轍を踏むところでしたからね。
熱くて信念があるというよりは、自分勝手で無鉄砲、という側面の方が本作では目立ってしまっていた印象。
相棒を失って、あそこまで冷遇されて責められ続けるのもかわいそうではありますが。
浅羽や伶佳との相互作用でどう変化していくのか、今後に期待。
ちょっと話が逸れてしまう上に阿泉作品に限らない話になってしまうのですが、男性キャラは名字、女性キャラは名前で記載されるの、若干の違和感を抱いてしまいます。
別にフェミニズム的な話でもなく、確かにわかりやすくはありますし、いざ小説を書くと、読者が「これ誰だっけ」といちいち手が止まらないように色々書き分けたり工夫するのも難しく大変なのでしょうが。
話を戻して、肝心のグレゴール・キラーこと美間坂のキャラは、ちょっとシリアルキラーとしては浅かったかなぁという印象です。
事件自体にオカルトも絡んでくるのかと思いきや、グレゴール・キラーの事件は完全に美間坂だけの犯行でしたが、動機はちょっと強引な感じ。
事件自体は現実的な路線で、オカルトがその解決をサポートするという構成は好きでした。
「母親との関係をやり直したい、愛されたい」というのがベースにありそうでしたが、そうなるとその他の殺人はどういう意味合いがあったのかな。
恐怖を乗り越えて変身した先に、人間の本質が現れる。
おそらく「本来の母親に愛されたい」という想いがあったのでしょうが、白川葵以外の殺人は、変身させる練習のための実験台、ぐらいの感じでしょうか。
ただ、最初の犯行時にはまだ白川葵には出会っていなかったのではないかと思いますし、最初から母親の復活(?)や関係再構築が目標にあったのかというと、微妙なところ。
他にも途中では「恐怖を乗り越えて変身させることによって相手を救いたい」「加地谷をこちらに引きずり込みたい」みたいな話もありましたが、基本的にシリアルキラーの動機は一貫していることが多いので、少しブレも感じてしまいました。
ただ、「母親の愛情を求めていた」なんて、「いかにも」すぎる動機でもありました。
シリーズを通して古書を巡る謎が物語の軸となると考えられるので、最初に「いかにもなシリアルキラー」を登場させた、ぐらいに留めておくのが良さそうです。
実際、本作では作中でもほとんどプロファイリングは行われておらず、普通の捜査+戸倉の能力で解決していますからね。
ちなみに、心理学関係の細部にはついつい突っ込みたくなるのはぐっと堪えつつ、これだけはどうしても言っておきたいのが、美間坂は「私は精神科医ではないから守秘義務はないが」と言っていましたが、あります!
ありますからね!
当然ですが、ちゃんと臨床心理士にも守秘義務があります。
民間の資格なので法律で規定されているわけではありませんが、独自の倫理規定はきちんとあり、違反すれば最悪資格が剥奪されますし、民事で訴えられれば負けるでしょう。
国家資格として誕生した公認心理師はもちろん、法律(公認心理師法)で秘密保持義務が規定されています。
話を戻しますが、先ほど美間坂の動機にブレがあるとは言いましたが、『変身』の古書の影響を受けていた、という可能性は高そうです。
本シリーズはあくまでも「スーパーナチュラルミステリー」。
単なるリアルな連続殺人を描いた刑事モノでありません。
いや、そんなん絶対人間の皮膚やん?という雰囲気がひしひしと漂っていた怪しい古書。
古書が今後の鍵を握り、シリーズの事件を繋いでいくのは間違いありません。
それで言うと、加地谷らの周り、荏原警察署というローカルな警察署の周りでばかり大きな事件が頻発するというのは、リアルに考えれば不自然になってしまいますが、古書が引き起こしていると考えると必然性が生まれるので、そのジレンマが解消されるのは見事な仕組みです。
何にせよ、テーマ的にも好きな作品なので、『Book2《怪物》』を読んでようやく導入が終わるのかな、ぐらいの認識でいるので、楽しみに読み進めていきたいと思います。
最後に、以下、少しだけ那々木悠志郎シリーズの内容に触れるのでご注意ください(大きなネタバレではないですが)。
『忌木のマジナイ 作家・那々木悠志郎、最初の事件』の考察で、「那々木と澤村太一郎准教授、交流があるのでは?」と書きましたが、本作でそれがほぼ確定的となりました。
明北大学が出てきた時点で「もしかして」と期待したので、嬉しい。
こういった同じ作家の異なるシリーズ間での世界観のリンク、定番ではありますが、大好きな要素です。
追記
『バベルの古書 猟奇犯罪プロファイル Book2《怪物》』(2025/04/02)
続編『バベルの古書 猟奇犯罪プロファイル Book2《怪物》』の感想をアップしました。
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