【小説】阿泉来堂『バベルの古書 猟奇犯罪プロファイル Book3《肖像》』(ネタバレ感想・考察)

【小説】阿泉来堂『バベルの古書 猟奇犯罪プロファイル Book3《肖像》』(ネタバレ感想・考察)
(C) KADOKAWA CORPORATION.
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作品の概要と感想(ネタバレあり)

タイトル:バベルの古書 猟奇犯罪プロファイル Book3《肖像》
著者:阿泉来堂
出版社:KADOKAWA
発売日:2024年07月25日

高校時代からの親友が行方不明になり、独自に行方を探そうとする道警捜査一課捜査支援分析室所属の刑事、天野伶佳。
そんな中、札幌市で殺人事件が発生する。
被害者は『死に顔を描いた不気味な肖像画』の通りに殺害されており、第一発見者である被害者の友人は、現場から立ち去っていく犯人らしき人物を目撃していた。
その人物は、かつての友人に酷似していたのだが、数十年前と変わらぬ若々しい容姿だったという。
それはオスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』を彷彿とさせる奇妙な事件だった──。


シリーズ3作目。
以下、前2作の内容にも触れるのでご注意ください。
とはいえ、他のシリーズ作品以上に、前2作を読まずに本作を読んでいる人も少ない気がしますが。

前作『Book2《変身》』の感想でも書きましたが、「前2作が世界観やキャラ紹介にして導入」という印象は合っており、本作『Book3《肖像》』からいよいよキャラの深掘りやシリーズのストーリーが動き出した感じです

と、簡単に言いたいところですが、いきなり情報量が増えすぎ、というより本作では様々な出来事や時系列が入り乱れており、だいぶ混乱してしまいました。
那々木悠志郎シリーズも、4作目の『邪宗館の惨劇』で一気にストーリーが動いて壮大になりましたが、本作はそれ以上に伏線が増えた気がします。

余談かつ個人的な話ですが、ちょうど本シリーズと並行してピエール・ルメートルのカミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズを併読してしまっていたのも、混乱の一因だったかもしれません。
猟奇連続殺人、小説にまつわる殺人、監禁、誘拐といったようなキーワードが共通していたり、2作目の『その女アレックス』にまさかの『ドリアン・グレイの肖像』の書名が出てきたときには、シンクロニシティすら感じてしまいました(こちらは名前が1回出てきただけでストーリーとの絡みはまったくありませんが)。
併読するにしても、似たジャンルの作品は良くないですね。

『バベルの古書』シリーズに話を戻すと、本作で謎や伏線が一気に増え、点と点が繋がってきてスケールも大きくなりましたが、そのほとんどがまだ解明されていないので、ここはとにかく続編を待つしかなさそうです
主要キャラ4人が抱える問題も明らかになってきたので、今後はどんどんメインのストーリーが進んでいきそう。

しかし、この記事を書いている2025年4月時点では、4作目についてはまだ何も発表されていないので、早く……!早くしてくれないと、忘れちゃう……!

というわがままはさておいて、ごちゃごちゃしていた本作での出来事は後ほど整理したいと思いますが、『Book3《肖像》』だけの印象としては、主要登場人物たちの関係性が進展したのが楽しかったです。
前2作では、感想でも書いた通りキャラがいまいち好きになれなかったのですが、本作ではだいぶ好印象に改善されました(偉そうな言い方になってしまった)。
事件自体はだいぶオカルト頼みで強引さもありましたが、猟奇性は『Book2《変身》』より高かったので良かったです。

小ネタでは、那々木悠志郎シリーズに出てくる裏辺刑事の登場がやはり熱かったです。
今後協力してくれるのかなと思いましたが、登場は結局あの捜査会議の場面だけ。
まぁ裏辺刑事が絡んできてBABELの存在を詳しく知ってしまうと、那々木が首を突っ込んでこないのが不自然になってしまうので、小ネタ程度の登場に留まりますかね。

とにかく感想としては「早く続きを読みたいな」に尽きるので、ここでは多くは語らず、ひとまず本作での出来事や現時点での謎について、整理しておきたいと思います。

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考察:出来事の整理と今後の謎(ネタバレあり)

出来事の整理

まずはとにかく、色々入り乱れていた本作での出来事を整理しましょう。
はっきりしないポイントはあえて飛ばし、後ほど謎として取り上げます。

まず、本作ではそもそも大きな二つの事件が入り乱れていました。
一つが『ドリアン・グレイの肖像』にまつわる事件。
もう一つが天野伶佳の誘拐・監禁事件です。


まず一つ目の『ドリアン・グレイの肖像』にまつわる事件。
これは、主に掛井和弥による復讐劇でした
その裏で糸を引いていたのが、楠真理子であったようです。

発端は20年前まで遡り、古賀明人が交際していた掛井美帆を手ひどく振ります。
柳井や蛭田といった演劇サークル全体を巻き込んだ「そこまでするか?」と思わずにはいられない作戦でしたが、古賀明人も古賀明人なら、協力した演劇サークルメンバーもだいぶめちゃくちゃですね。

同じサークルに所属していた明人の弟・古賀誠人はこの作戦を知らなかったようで、片想いしていた掛井美帆を励まそうとしましたが、拒絶されてしまい、逆上して家の地下に監禁します。

……いやいやいや!?

と、思わず突っ込まずにもいられませんが、事実は事実。
掛井美帆はそのまま地下室で命を落とし、行方不明扱いに。
また、掛井美帆の監禁が兄の明人にバレたため(そりゃ家の地下に監禁してたらバレますね)、明人を殺害して裏庭に埋めました。

時は流れ20年後。
掛井美帆の弟・和弥に、楠真理子が真実を伝え、誠人、柳井、蛭田殺害を持ちかけます。
掛井和弥は古賀邸を訪れ、誠人を殺害し、誠人になりすましました。

そこにやって来たのが、何と、明人の隠し子!
いや、隠し子だったのかはわかりませんが、幾嶋奏汰がやって来て、掛井和弥を誠人と勘違いしたまま、バベルの古書『ドリアン・グレイの肖像』の力を使ってコントロールされ、柳井と蛭田を殺害。
幾嶋が来なかったらどうしていたのか?と思いますが、もしかすると幾嶋奏汰も楠真理子が呼び寄せたのかもしれません。

そしてさらに、楠真理子が幾嶋奏汰に真実を伝え、さらに騙し、掛井和弥を殺させます。
楠真理子は楠真理子でバベルの古書『サロメ』に沿って動いていたようで、恋人であった掛井和弥の生首にキスをしてハッピーエンド(?)。
逃走した幾嶋奏汰は自殺、楠真理子は再び行方不明となり、幕を閉じました。


一方、天野伶佳の誘拐・監禁事件
こちらも楠真理子の主導で、掛井和弥の手によって行われました。

目的は、11年前、伶佳の父親が殺された際、それを目撃していた伶佳に犯人が言い残した言葉を聞き出したかったようです。
しかしその目的は達成されることなく、楠真理子は「また会おうね」と捨て台詞を残して立ち去りました。


いずれも、楠真理子が掛井和弥および幾嶋奏汰を利用して起こした事件でした
その目的は?というのは謎ポイントなので、後述します。

今後に向けての謎ポイント

①謎の存在「BABEL」

シリーズ最大の鍵を握るのが、当然ながら「BABEL」でしょう
個人なのか組織なのか、人間なのか超常的な存在なのか、その正体は現時点では何一つわかっていません。
ただ、「BABEL」の印章が印字された古書が超常的な力を持つことは間違いありません。

今回ヒントとして提示されたのは、天野伶佳の父親を殺した犯人も「BABEL」絡みであったということです。
刑事だった父親は「BABEL」のことを調べていたために殺されたようですが、伶佳のことは殺さず、肩に本と同じ「BABEL」の焼印を押したのは何の意味があったのでしょう。

もう一つ重要なのが、犯人の男が伶佳に言い残した「──その本は、永遠を超えて存在する」という言葉。
これは、ホルヘ・ルイス・ボルヘス『伝奇集』に収録されている短編小説の一つの中に「図書館は永遠を超えて存在する」という台詞があるようです。
そして、その短編のタイトルは「バベルの図書館」。
明らかにこれが元ネタとなっているのでしょう。

『伝奇集』は読めておらずそもそも持っていないので、ネットで調べた程度のにわか知識を得ましたが、それでも正直よくわかりません。
「バベルの図書館」のことを主人公は「宇宙」と呼び、ほぼあらゆる文章が保存されている、無限に近い広がりを持つ図書館のようです。

解釈の仕方は多々ありそうですが、いずれにせよ、超常的な存在であることは疑いようがありません
バベル(Babel)という単語自体、もともとは「神の門」を意味していましたが、旧約聖書では「混乱」を意味するとの神話的解釈が与えられているとのこと。
そもそも「バベルの古書」と「バベルの図書館」がイコールなわけでもないと思うので、「バベルの古書」や「BABEL」の正体は続編を待つしかありませんが、何にしてもやはり超常的な存在が示唆されます。

②楠真理子

今後も重要となってくるであろう人物が、天野伶佳の親友であった楠真理子です。
彼女はどうやら、BABELとの関わりがあるようでした。

問題は、(BABELが組織的な存在であるとして)BABELにもともと属する人間なのか、彼女もまた操られているだけなのか。
また、それはいつからなのか。

天野伶佳と楠真理子が知り合ったのは、小学4年生のときでした。
この時点からすでに真理子とBABELに関わりがあったのかというと、微妙かなと思います。
真理子が失踪した際の両親の反応を見る限りでは、両親は関わりはなさそうな雰囲気ですし、小4の真理子だけが関わりがあったというのも少し不自然。

伶佳が高校2年生のときに、父親が殺され、伶佳も肩にBABELの焼印を押される事件が起こります。
その後の伶佳を支えたのが真理子でしたが、それも何かの策略の内であったのか。

明確に真理子とBABELの関わりが示唆されるのは、20代前半からです
留学先のドイツの大学で、グレゴール・キラーこと美間坂創とともに、バベルの古書を手に写真を撮影していました。
楽観的に考えれば、このドイツの留学時に真理子はBABELと関わりを持った、あるいは影響を受けたと考えられます。
そうだとすれば、伶佳にはせめてもの救いとなるでしょうか。


真理子もバベルの古書『サロメ』の影響でおかしくなっていただけ、操られていただけとも解釈できますが、他のバベルの古書の影響を受けた人たちに比べて「『あの人』に言われたことの意味が理解できた時、あなたもきっと目が開けるはず。その時に、また会おうね」といった台詞があまりにも意味深です

「あの人」というのは、おそらく、伶佳の父親を殺した男。
つまり、彼はただのBABELの下っ端ではなく、トップ、あるいはそれなりに地位のある人物である様子。
そんな人物がわざわざ自ら殺しに来たというのは、伶佳の父親も何か鍵を握っていそうです。
ただ「BABELのことを調べていた」というだけではなさそう。

その彼の影響を受けて、真理子は「目が開けた」のでしょう。
幾嶋奏汰や『Book2《怪物》』の青柳史也のような、ただ古書に操られていただけのキャラとは一線を画しそうです。
美間坂も、真理子と同じような感じだったのかな。

③幾嶋奏汰と古賀明人

細かく見ると、古賀明人と幾嶋奏汰の父子もけっこう謎が多く残ります。
ここは、意図された謎なのか、単純に作中うまくまとまっていないだけなのかは微妙なところなのですが。

謎の一つは、幾嶋奏汰の伶佳に対する反応です
肩の焼印を見つけたとき、「どうして……あんたが……」と非常に動揺していました。
楠真理子が「──もう、行った方がいいわ」と割り込んできたことからも、伶佳の過去の事件を知っていそうな雰囲気もあり、ただ操られていただけの捨て駒とは思えない節があります。

もう一つの謎は、自殺したあと、老化していたらしき点です
あれは単純に古書や肖像の影響とも考えられますが、幾嶋奏汰=古賀明人だったのでは?という飛躍した発想も浮かんできます。

そもそもプロローグの視点も謎で、独白の内容からは古賀明人に感じられますが、彼はすでに死んでいたとなるとよくわかりません。
幾嶋奏汰の思考とも思えないような。

となると、『Book2《怪物》』の青柳このみのように、「古賀明人の魂が息子の幾嶋奏汰の中に入っていた」とも考えられるかなと思いました
肖像の力で古賀明人が生きており、息子の幾嶋奏汰のフリをしていた可能性も考えましたが、誠人は明人を殺しているようですし、幾嶋奏汰の発言からもちょっと違和感。

古書『ドリアン・グレイの肖像』は、もともと古賀明人の持ち物だったようですし。
楠真理子が手に入れたのは、掛井和弥が古賀誠人を殺してなりすまし始めてからなので、今回の事件の数日前のはず。

幾嶋奏汰は「僕と父さんの肖像」といった表現もしていました。
作中に出てきた限りでは、幾嶋奏汰の肖像画はありません。
単純に幾嶋奏汰が父親と自分を同一視していたとも考えられますが、プロローグも合わせて考えると、幾嶋奏汰=古賀明人のような存在になっていた可能性もありそうかな、と考えています。

プロローグでの『ドリアン・グレイの肖像』からの引用である「──過去さえ死んでしまえば、俺は自由の身となれる」というのは、過去=古賀明人が死に、自由になる=幾嶋奏汰として生まれ変わった。
けれども、やはり『ドリアン・グレイの肖像』の影響を受け続け、今回の事件に巻き込まれるような形になってしまった。
という考え方、いかがでしょうか。

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