
作品の概要と感想とちょっとだけ考察(ネタバレあり)
タイトル:暗殺競売
著者:曽根圭介
出版社:KADOKAWA
発売日:2017年2月25日(単行本:2013年8月30日)
──殺りたい仕事がきっと見つかる。殺し屋.comへようこそ──
暗殺仕事専門のオークションサイト<殺し屋.com>。
誰でも匿名で殺人を依頼(出品)することができ、誰でも落札したら暗殺仕事でお金を稼ぐことができる。
ただし、仕事の失敗は、いかなる理由があっても許されない──。
単行本のタイトルは『殺し屋.com』で、文庫化に際し『暗殺競売』に改題。
2007年に日本ホラー小説大賞短編賞を受賞した『鼻』がずっと有名で読みたいと思っているのですが未読のため、本作が初めて読んだ作品となった曽根圭介。
思った以上に好きな作風で、一気に読みました。
まずもう〈殺し屋.com〉の設定だけで、個人的には大好きです。
そして〈殺し屋.com〉を軸として繰り広げられる、様々な人間ドラマ。
繋がりのある連作短編集ですが、主婦から伝説の殺し屋まで登場人物の立場が違うだけではなく、ミステリィっぽかったりハードボイルドっぽかったりと作品によって全然空気感が異なる幅の広さも魅力的で器用。
そして最後はストーリーが繋がる構成も見事でした。
どれも後味悪めですが、エピローグでその後味の悪さがさらに加速する感があり、好き。
全体的に救いようがないですが、〈殺し屋.com〉を利用する時点で救いようがないので仕方ありません。
〈殺し屋.com〉の「実際にこんなのありそう」と思わせる感じも良かったです。
ただ、〈殺し屋.com〉はあくまでも道具で、メインとなるのはそれを取り巻く人間模様だったため、〈殺し屋.com〉や〈組織〉の詳細はまだまだ謎だらけ。
いくらでも続編が書けそうな気がしますし読みたいですが、文庫化からも10年近く経っているので、望みは薄めでしょうか。
というより、最近あまり新作自体発表されていないようなので、少し心配かつ残念。
あくまでも道具なので全然良いのですが、〈殺し屋.com〉からの連絡がメールなのはちょっと笑ってしまいました。
2013年にしてもセキュリティガバガバすぎますし、絶対誰かから漏れそうですよね(意図的ではなくミスで)。
現実にあるとすれば場所は確実にダークウェブですが、そうなるとなかなか一般人は参加できなくなってしまうので、運営は難しそう。
淡々としてわかりやすく、ちょいちょいブラックユーモアが挟み込まれる文章も好みで相性が良かったです。
会話もシニカルですし、ちょっとしたたとえや表現もかなり好きでした。
他の作品を読むのも楽しみ。
作品数は多くないですが、2007年は『沈底魚』も第53回江戸川乱歩賞、2009年には『熱帯夜』で第62回日本推理作家協会賞短編賞を受賞しており、すごい。
以下、それぞれの感想と、それぞれの繋がりなど少し考察を。
第一話 佐分利吾郎の決断
警察官が副業で殺し屋!
まずそれで面白いですし、佐分利のキャラも良い。
人間として全然好きではないのですが、なぜか憎めないキャラです。
如月蜜子はシンプルに嫌いで苦手なタイプでしたが、「三頭身」は笑ってしまいました。
漫画のキャラか。
第一話だからといって決して導入的なスロースタートではなく、いきなり飛ばしている感があるところも好きです。
4作の中では一番ミステリィ要素が強めでしょうか。
戸倉日名子が怪しいと思いきや、真犯人はストーカーの五百鬼仁(第一話の時点では)。
ホームレス連続殺人の事件がどう関係してくるのか?と思わせておいて、まとめ方も見事でした。
この親にしてこの子ありなのか、小6で銃を買って自分なりの思想で連続殺人を犯すというのは、かなりネジが外れています。
それを守ろうとする佐分利吾郎も、親心としてはわからなくもない……いやいやわかりません。
そもそも銃を買えたのも、吾郎のせいでしたしね。
明らかに父親として機能していませんし、今回の件は乗り切ったとしても、今後が心配な親子です。
笑ってしまったポイントや表現は色々あるのですが、第一話では「ダッチワイフなんかじゃねぇっ。マイワイフだぁ!」が好き。
ダッチワイフに合わせて表現している時点で、ちょっと認めてしまっている気がします。
第二話 邪魔者
普通の主婦まで手が出せる、それが〈殺し屋.com〉!
いや、乗っ取りというかなりすましでしたけど、クスリとさせる“極楽ホン”のネーミングセンスからの、「ああっ!」と10円で落札してしまう間抜けさで始まる、つかみはばっちりな1作。
5分前に駆け込みで値下げしてくるとか、やはりオークション形式は何であれ同じなのですね。
簡単になりすませるガバガバ具合はさておいて、ホームヘルパーとして働く一介の主婦が経済的困窮から殺人に手を染め、破滅していく過程は妙にリアル。
申し込み制なのかスカウト制なのか、〈殺し屋.com〉を利用できるようになる条件や方法は通して読んでもわかりませんでしたが、そうそう誰でも気軽に登録できるとも思えないので、普通の主婦が利用できるようになる流れも自然で上手かったです。
このエピソードの特徴は、主人公の名前が出てこない点でしょう。
それにより「平凡な主婦」「どこにでもいそうな一般人」感がより一層増していました。
細かいですが、こういうところがとても巧みだな、と感心。
主人公はあくまでも家族のために何とかお金を得ようとしているだけという点がまた、何とも言えず哀愁を誘います。
頼りにならない夫と独善的な母親との板挟みになり、視野狭窄に追い込まれていた主人公はかわいそうでもありました。
まぁどんな理由があっても殺人に手を染めたのは自分なので、最後は自業自得としか言えませんが、返り討ちに遭って埋められるシーンで終わるのはなかなか衝撃でした。
後味はかなり悪いですが、そういう容赦のなさはとても好きです。
〈昇天市場〉のネーミングも良いですが、この話で笑ったのは「そう言った萌美さんの手に握られていたのは、なんと〈ビリビリ君〉!」でした。
そこそこ緊迫した場面で、西本萌美=kenji-777であることを〈ビリビリ君〉なるかわいい名前の凶器で明かすところ、なかなかウィットに富んでいます。
この話は他のエピソードとはあまり関係がないように見せかけて、主人公は非常に重要な殺人を行っています。
戸倉藤十郎です。
藤十郎は、戸倉日名子の父親で間違いないでしょう。
藤十郎の家からは、娘らしき女性が2人と、母親らしき女性1人が出てきました。
この娘2人が、日名子と、義妹となった平松愛莉であると考えられます。
つまり、日名子の父親の死もやはり、お風呂場での事故死ではなく、〈殺し屋.com〉に依頼された殺人であったということです。
そして第二話は第一話の2年前、という位置づけとなります。
1点引っかかるのが、第一話では日名子の父親の死について「当時六十八歳」と書かれていた点です。
第二話での出品情報では、65歳となっていました。
出品情報が間違っていたとも解釈できますが、もしかすると単に作者のミスかも?
第三話 ジャッカルの落とし所
〈殺し屋.com〉のサービスが始まる前から専業の殺し屋として名を馳せていた、伝説の殺し屋・ジャッカル。
第三話は急にハードボイルドなノワール小説っぽい雰囲気になりました。
殺人犯側ばかり描かれる本作において、加害者家族の苦悩が描かれていたのもポイント。
伝説の殺し屋も59歳。
それでもまだまだ現役で衰えを感じさせませんが、ついに完全無欠の彼の仕事に失敗を招いたのは、健康面でも身体能力の衰えでもなく、1人の女性の存在でした。
やはり年を取ると寂しくなり、情に脆くなるのでしょうか。
内村(菊池)雪乃のもとに健気に通い詰めるジャッカルの姿は、本作に登場する誰よりも人間くささを感じました。
殺し屋として人生を捧げてきた男の末路。
殺し屋が年を取ってうつっぽくなるというのも妙な説得力がありました。
ジャッカルという名前からも、何だか孤独に寂しく死んでいくラストを勝手にイメージしていましたが、まさかまさかの斜め上をいくハッピーエンド(?)。
餅は餅屋、適材適所ということでしょうか。
小動物を殺しシリアルキラーの卵としての片鱗を感じさせる新次郎とのタッグに、パートナーかつ秘書のような役割を務める雪乃。
この3人だけで見れば全員が幸せになれる、見事な落とし所でした。
〈組織〉の裏側が少し垣間見えたのも、このエピソードの特徴でした。
それでもまだまだ謎だらけですが、やはり優秀な人材を求め優遇しているところはどんな組織でも同じようです。
〈細工〉を必要とするカテゴリー3の仕事は、ダークながらも「そりゃあこういう処置も必要だよなぁ」と思わせるものでした。
〈殺し屋.com〉の細かい設定はあまり深入りしない一方で、こういったポイントを押さえているところがリアリティに繋がっていて巧妙。
ちなみに、彼が殺したプロボクサーのタイガー田中が、当時の戸倉日名子の交際相手である田中哲郎でした。
第一話の4年前です。
第四話 小さな依頼人 ~ エピローグ
一気にハードボイルド感が増した最終話。
伏線を回収し第一話と繋がる、最後に相応しいエピソードでした。
探偵の君島顕が、まさかの五百鬼仁という驚きが仕込まれていました。
この第四話は、やや考察の余地があります。
まずは、比較的まともに感じられた君島が、なぜ妄想に支配され、周囲から怪しまれまくるような人間になったのか?
このエピソードは最初から君島の主観で描かれるため、最初から実は君島は客観的に見ればおかしいヤツだった、という可能性も否定はできません。
ただそうなるとすべてが妄想の可能性すら否定できず、考察の余地がなくなってしまうので、ここではもともと君島はそれなりにまともな感覚の持ち主であったという前提に立ちます。
このエピソードの転換点は、バーのマスターであるドクに胸倉をつかまれたあとです。
刑事のタンクはもちろん、ドクも〈殺し屋.com〉と関係があったことが示唆されました。
〈組織〉の情報を嗅ぎまわっていた君島はカテゴリー3の対象であり、実際に命を狙われました。
それを、ただ旧知の仲だからといってドクがただ逃がすでしょうか。
逃がしたかもしれません。
その後の五百鬼となってからの君島の変化も、逃亡生活で追い詰められた心理によるものかもしれません。
あるいは、ドクに薬を盛られるか何かされた可能性もあるかな、とも考えています。
前半の君島のまともさが真実だと仮定すると、いくら逃亡生活で追い詰められたからといって、いきなりダッチワイフを嫁扱いするおかしな人物になるのは、やや飛躍を感じます。
ドラッグか何かでおかしくなったのかもしれません。
そして、第四話~エピローグで重要なのは、第一話の結末がひっくり返った点です。
つまり、一連の連続死の真犯人は戸倉日名子だったと見せかけて五百鬼仁だった……と見せかけての、やっぱり戸倉日名子でした。
五百鬼になってからの君島の語りは妄想に駆られている可能性もあるので何とも言えませんが、本作の作りからも、戸倉日名子が黒幕だったと考えて良いでしょう。
戸倉日名子がなぜそんなことをしていたのかは、明言はされません。
君島は代理ミュンヒハウゼン症候群を提唱していましたが、代理ミュンヒハウゼン症候群は詐病の一種で、他者の病気の捏造するものであり、殺害するのはやや定義とは異なります(結果的に死に至ることはありますが)。
「同情されたい」という動機は一致していますが、殺害までするのはどちらかというとサイコパステストとして流通しているクイズ(男性と再会するために息子を殺したやつ)に近いものがありました(ちなみにもちろんあのクイズはサイコパステストではありません)。
真実は戸倉日名子のみぞ知るですが、代理ミュンヒハウゼン症候群的な動機であったとすると、サイコパス的、あるいはパーソナリティ症的な傾向が推察されます。
〈殺人.com〉があったからこそできた犯行で、本作を象徴する犯人として見事でした。
そのような動機が理由であれば、君島が懸念していた通り、平松愛莉も危ないでしょう。
日名子は、愛莉含めてこれまで殺害した人たちも「愛してた」と言いましたが、おそらくこれは本心です。
本当に好きだったために本気で悲んでいるからこそ、悲劇のヒロインになれるのです。
そう考えると、君島は佐分利吾郎も平松愛莉も適切に守ろうとしていたわけなので、ダッチワイフをマイワイフにしていたところ以外は、やっぱりまともだったのかな。
平松愛莉はキャラがちょっと異質だったので、もしかしたら君島の妄想かとも思いましたが、他の人も普通に見えて話していたので、さすがに実在していそうです。
いずれにせよ、戸倉日名子が黒幕説も証拠はないので、実は第三者が真犯人説の余地も残されています。
そんなところも、なかなかに憎い。
戸倉日名子と〈組織〉の関わりも不明ですし、そこを深堀りしないにしても、もっと〈暗殺.com〉を取り巻く人たちを見てみたい。
望み薄だとしても、続編、期待したいと思います。
余談ですが、代理ミュンヒハウゼン症候群は、アメリカ精神医学会による精神疾患の診断基準であるDSM-5の中ではその名称は存在せず、「作為症」の中の「作為症,他者に負わせる(従来の、代理人による虚偽性障害)」に該当します。
代理ミュンヒハウゼン症候群については二宮敦人『殺人鬼狩り』や映画『RUN/ラン』の記事にも書いているので、よろしければ作品とともにご参照ください。



コメント