作品の概要と感想(ネタバレあり)
タイトル:教団X
著者:中村文則
出版社:集英社
発売日:2014年12月15日
突然自分の前から姿を消した女性を探し、楢崎が辿り着いたのは、奇妙な老人を中心とした宗教団体、そして彼らと敵対する、性の解放を謳う謎のカルト教団だった。
2人のカリスマの間で蠢く、悦楽と革命への誘惑。
四人の男女の運命が絡まり合い、やがて教団は暴走し、この国の根幹を揺さぶり始める。
神とは何か。運命とは何か。絶対的な闇とは、そして光とは何か。
帯では、又吉直樹、西加奈子が絶賛。
「アメトーーク!」読書芸人で紹介され、米紙WSJ(ウォール・ストリート・ジャーナル)年間ベスト10小説、アメリカ・デイヴィッド・グーディス賞を日本人で初受賞したそうです。
よく知りませんが、何にせよすごい。
分厚い。
とにかく分厚くて読み応えがあります(Kindleで読んだので物理的な分厚さはありませんが)。
難しい。
とにかく理解が難しいです。
内容は、深いようでそこまで深くない気もするんですけど、とにかく風呂敷の広げ方が大きく、考察はもちろん、感想ですら難しい。
著者の世界に圧倒された、が適切でしょうか。
個人的には、そこまで吸引力は強く感じませんでした。
文体の癖が強いこともあり、ページをめくる手が(Kindleで読んだので指ですが)止まらなくなる、といったタイプの作品ではありませんでした。
でも、なぜか読んでしまう。
途中で若干脱落しかけたんですけど、読み切りたいという意地もありつつも、読み進めさせる不思議な魅力を持った作品でもあります。
後半、テロもどきが始まったあたりからは加速しました。
寝る前に少しずつ読んでいた上、途中で体調を崩し寝込んでいた(その間読めなかった)こともあり、序盤の記憶がややうろ覚え。
入り乱れる登場人物の「これ誰だっけ」現象にも悩まされ、Kindleではなく文庫本で買えば良かったと後悔。
しかしとにかく、上述しましたが文体の癖が強めに感じました。
まず浮かんでくるのは、「〜とでも?」「〜では?」という疑問形の多用。
これ、癖になります。
ついつい使ってしまいたくなります。
使ってはいけないとでも?
あと、視点が急に別の登場人物に移るんですよね。
「峰野は〜と思った」という直後に、「楢崎は〜と思う」という文章が来るんです。
これ、通常はけっこう禁忌とされているというか、良くない例として挙げられがちでもあると思うんですけど、意図的にやっているのでしょうか(意図はちょっと不明ですが)。
そのせいもあって、特定の登場人物に感情移入はしにくい作品です。
視点もどんどんと移動しますし、だいたい全員何かしらこじらせていますし。
プラス、思考内容がみんな似通っているので、この点も登場人物の区別をつけづらいものにしていました。
特に、性別が同じ「楢崎と高原」「峰野と立花」がごっちゃになりがち。
みんな「〜とでも?」と思考するので、本当に誰もが究極的には同一の存在で、分解すれば素粒子であり、お互いの素粒子が入れ代わり立ち代わり使われているだけなんだな、とここで納得したというのは過言です。
難解で壮大な作品なので、たぶん自分の脳が足りていないだけなのですが、深いようでそれほど深くないようにも感じてしまいました。
というより、どこかで聞いたことのある話の集合体というか。
「教祖の奇妙な話」も面白いのですが、聞いたような話も多く、オリジナルの思考というよりは切り貼りされたような印象。
と、何だか否定的に見える感想ばかり述べていますが、それらが一体となり、この著者、この作品でしか表現できない世界観や空気感をこれでもかというほど強く放っています。
たぶんそれが、最後まで惹きつけられた点です。
不思議な作品。
分厚さも相まって、読み終わっただけで達成感。
色々と詰め込まれているので、ジャンルが難しい作品でもあります。
個人的にはカルトを取り扱った作品と期待して読み始めたのですが、展開が斜め上すぎました。
カルト性はそれほど深掘りされておらず、というよりあまりカルトっぽくなく、カルト宗教っぽい集団はあくまでも表現の手段の一部。
メインは、政治的・世界的な問題、そして人間の根源的な部分であったのかなと感じました。
難点としては、性的なシーンの描写でしょうか。
描きたいものの意図から、性的なシーンが多いのは別に良いのですが、その描写、特に台詞がかなりチープなものに感じてしまいました。
この点は、男女ともにただ夢中で溺れていた方が、リアリティがあったように思います。
『教団X』が中村文則の15作目ということでしたが、初めて読んだ作品でした。
1作読んだだけでも「個性が強い作家なんだな」とひしひしと感じるので、著者ならではの世界観や特徴を理解しきれていなかった部分も多々あったと思います。
なので、今後他の著作も読んでみたい。
後半は、ただ整理するような感じになってしまうかもしれませんが、主要な登場人物たちの背景や心理を中心に考察してみます。
考察:主要登場人物たちの背景や心理とその他諸々(ネタバレあり)
主要登場人物の背景と心理
松尾正太郎
謎の教団というか、サークルというか、グループというか、のトップ・松尾正太郎。
セクハラ発言を連発しながらも愛されるおじいちゃんキャラ。
不思議な魅力で人を惹きつけます。
彼は、地主である父親と、その下で働く女中であった母親の間に生まれました。
ただ、父親の正妻にも子どもが生まれたことで、家を出されてしまいます。
その後、太平洋戦争へ。
死を間近に感じて怖くなり、味方のために犠牲となることも自死することもできないまま、不思議な体験を経て助かり、日本へ帰ります。
10数年後、鈴木という師の宗教に入信。
芳子と結婚もしました。
素粒子の話のきっかけは、この師によるもののようです。
そして、沢渡とも出会いました。
師に対して疑心暗鬼になっていた中、罠に嵌められそうになったところを沢渡に助けられます。
松尾は数人を引き連れ、師が行っていた孤児院の支援を継続。
その後はサークルを人に任せて松尾は去りました。
その後、屋敷で瞑想していたら徐々に人が集まるようになってきたあたりまで、詳細は不明です。
屋敷も含めて、おそらく父親の残した資産的なものがあったと推察されます。
グループは大きくなりましたが、病を抱え、講話の最中に倒れて、最後のメッセージを録画して亡くなりました。
最後は夫婦愛。
以上が大まかな背景。
松尾の心理の根底にあったのは、おそらく戦争での体験による罪悪感です。
味方を助けもせず、自死する勇気もなく、弱い自分が生き残ったことへの罪悪感。
一種、サバイバーズ・ギルトと呼べるものでした。
その反動もあり、松尾は人間という存在の根源的な意味を問い続けながらも、全体主義への批判を掲げ、平和といった理想を追求し続けました。
一時期は宗教に取り込まれそうになりましたが独立し、独学で宗教学から物理学、脳科学などを学び、人間の意識や運命について思考を巡らせていたようです。
それは、沢渡と根源的な闇は似ていながらも、それを逆に活かしてエネルギーとした「生」を強く感じさせます。
逆に、「死」に呑み込まれてしまったのが沢渡であり、その似た者同士の2人の対比が本作ではとても印象的でした。
沢渡
「教団X」と呼ばれる集団の教祖、沢渡。
下の名前は不明ですし、「沢渡」というのも本名かどうかわかりません。
彼は、医学生時代から虚無感のようなものを抱えていたようで、宗教に、神という存在に興味を抱き、調べるようになりました。
医師となり、手術で女性の身体にメスを入れる瞬間に情欲を感じて以降、「この女の人生、運命を握っているんだ」といった感覚に強い情欲を感じるようになります。
それから、海外の貧しい国を巡り、医療が届かない地域で人の命を助けます。
と同時に、気に入った女性がいたら手術時に大興奮して手術後に性的関係を迫るという、医師の倫理的には完全にアウトな行為を繰り返します。
ナイラという少女を、最終的には手術中に意図的に殺害したことで、何か悟ったようなことを言い出し、一線を超えてしまいました。
日本に戻り、父親が経営していた病院からの収入で暮らし、「自分が神を演じてたら、本物の神が怒ってやって来るんじゃない?」というトンデモ理論のもと、ハーレムを作って好き放題します。
しかし、自身のエネルギー不足を感じてインドへ。
そこでボールを取ろうとして落下死した少女を目撃し、突然松尾と同じような「人間も、いや、世界も宇宙も、すべては素粒子だよね理論」を展開し、唐突に母親を性的暴行しながら絞殺。
そこで、昔から求めていた「神の秘密を知った」ように感じます。
その後はまた日本でハーレム宗教生活。
「自分のような存在は、神によって最終的にどうなるのだろう」とわくわくしていましたが、癌になって拍子抜け。
「神なんかいないんだ、じゃあ自分が神を作ればいい」と思い、破滅の計画を描いていきました。
以上が大まかな背景で、とんだ変態キャラでしかありませんが、その背景となる要因は一切不明。
医学生になる以前の話はまったくわからないので、もともとそのように生まれてきたのか、あるいは何か重大な出来事があったのかもわからないキャラであり、「そういう人」としか捉えられません。
自身の感情が乏しく、死に引き込まれそうになっているがゆえに、他者の命や運命を握っている感覚に悦びを感じる。
一方で、貧困国の人たちを助けるという善行は、沢渡の内面とは非常に対照的です。
それらの図式は非常にフロイト的なものも感じさせます。
しかしとにかく、沢渡の思考は非常に厨二病的であり幼稚なものでした。
根底に感じられるのは、支配欲であり、幼稚な万能感です。
神を求めていたというより「神の秘密を知りたい」というのは、自分が神と同等の存在であるかのような視点。
色々と言い訳をしていましたが、結局は「自分が神のようになりたい」といった願望に他ならないように見えてしまいます。
最後の破滅に関しても、ただ1人で死ぬ選択肢もあったはずですが、大勢を、そして国まで巻き込んで大騒ぎしました。
「機動隊に突入され、燃え盛る火の中で自殺するという最後。それが私に相応しい」というのは、完全にエゴでしかありません。
その心理メカニズムは、通り魔などの無差別大量殺人犯と非常に似通ったものでした。
上述した通り、松尾と沢渡は色々な面でとても対照的に描かれています。
意図せず宗教家のようにさせられてしまったのが松尾であり、意図して神になろうとしたのが沢渡でした。
楢崎透
楢崎は幼少期、両親の仲が悪かったようで、聞こえてくる喧嘩の声から逃避するため、音楽や本に没頭しました。
親は結局離婚しましたが、理性で自分の気持ちを抑え込むのが癖になってしまった楢崎。
大学卒業後、就職した会社でパワハラに遭った際も、同じように自分の世界に逃避して我慢します。
しかし、ある日突然、中途半端にブチ切れて上司を押し倒してしまい、退職しました。
仕事を辞めたあと、図書館からの帰り道で立花涼子から声をかけられ、知り合いました。
その後も何回か偶然(楢崎視点では)出会い、親しくなっていきます。
しかし、キスや抱き締めようとするような身体的接触は、毎回断られてしまっていました。
ある日突然、立花は楢崎の前からいなくなり、連絡もつかなくなります。
楢崎は知り合いの探偵見習い、小林に捜索を依頼。
彼からの情報をもとに、松尾の屋敷を訪れました。
そこで出会った吉田や峰野から、立花涼子が教団Xという宗教団体に属していることや、松尾に詐欺を働いたことを聞きます。
その後何度か松尾の屋敷を訪れたあと、帰り道で教団Xの女性から声をかけられ、彼女についていきました。
それからしばらく教団施設内に軟禁され、教団の女性との性的関係に溺れ、抑えていた自分の気持ちを解放。
沢渡と会い、「松尾のグループに入り込んでいろ、指示はいずれ必要なときに出す」と言われ松尾のグループに戻りましたが、それほど洗脳されてはおらず、楢崎は松尾に惹かれていきました。
しばらくしてから、同じく松尾のグループに「潜入」していた小牧に連れられ、再び教団Xの拠点であるマンションへ。
そこで小牧とセックスしていたところを立花に見つかり、超焦る楢崎。
「かつての助手に似ていた」という理由で沢渡の死の直前に立ち合わされますが、冷たい言葉をかけられ部屋を出ます。
しかし再度戻ってきて、沢渡の死体の傍らにいた峰野を連れて脱出。
楢崎は松尾の屋敷に戻り、警察に出頭する峰野を見送りました。
その後、楢崎は松尾の遺言を受け、海外で慈善事業の展開を始めたところで物語は終わります。
楢崎は、一番常識的な感じのキャラクターでした。
ただ、幼少期の影響からか抑圧的であり、他の登場人物たちと比べてあまり自分の意思が感じられません。
そのため、流されやすく、立花に目撃されたあとでも小牧の身体をちょいちょい思い出すなど、一番人間っぽいというか、俗っぽさが感じられました。
ただ、松尾の遺言を受けての行動とはいえ、身体を売るアフリカの少女たちを助けようという事業自体は、おそらく楢崎主導のプロジェクトでした。
松尾の遺志を引き継いだとはいえ、その内容を自分で選択した楢崎の人生は、これから改めて始まっていくのだろうと思わせるラストでした。
立花が楢崎に接触してきたのは、楢崎の友人である小林(探偵見習い)を教団に取り込むため、というのが目的でした。
そんな立花に惚れてしまった楢崎。
少なからず立花も楢崎に好意を抱いてしまっていたというのは救いですが、踏み台として利用するために近づいてきた相手に惚れてしまうというのは、なかなかかわいそうですね。
高原雄介
高原は幼少時、酔うと手を上げる父親から虐待と呼べる扱いを受けていました。
一度家出をしたあと、部屋に閉じ込められ、餓死寸前の状態にまでなります。
その体験は、高原の記憶に強く刻み込まれました。
その後、父親は再婚しますが、再婚相手の連れ子が立花涼子であり、義理の兄妹関係になりました。
2人は13歳頃からセックスするようになり、それは両親が離婚してからも続きました。
大人になってから、高原は自身の体験から貧困をなくしたいという思いが強く、NGOのスタッフとしてアフリカで働いていましたが、突然拉致されます。
拉致したのは「R」という小さな宗教を母体とした「YG」という武装組織で、その組織の「師」により命は助かりましたが、YGのメンバーとなることが求められました。
しばらくして、テロに加担させられそうになったところで逃亡。
高原は日本に帰ったあと、引き続き貧困撲滅のための理想を抱き、「世界を変えたい」と思い沢渡に接触しますが、性に溺れるだけの沢渡に失望。
そんなときにYG(の振りをした公安)から再び接触があり、「テロを起こし、テレビ局を占拠して、我々の名を世界に広めろ」と指示されます。
高原は、多くの人を犠牲にするテロに抵抗を感じ、わざと失敗するように進めました。
沢渡に隠れて準備を進めていましたが、高原の動きを見通していた沢渡に逆に利用され、篠原に撃たれて退場。
その後、街を彷徨っていたところを立花に発見され、「YGはもう存在しない。公安に騙されていたんだ」と説得されます。
そのときに近づいてきた公安の30代の捜査員に、高原は銃で撃たれました。
撃たれた高原はどうやら生きていたようですが、もう意識が戻ることはないようです。
本作随一のモテ男、高原。
だいたい彼のせいでこの物語や登場人物たちはこじれていったと言っても過言ではないように思います。
優しい、というよりどこか醒めている高原に、多くの女性が夢中になり、嫉妬争いを繰り広げていました。
中途半端な優しさや優柔不断さは、罪ですね。
結局、彼の起こそうとしていたテロ行為は、YGではなく、公安に唆されたものでした。
幼少期は虐待され飢餓を経験し、アフリカでは極限の体験をして、日本に帰ってきてからは公安にも沢渡にもうまく利用されて騙される。
立花などに甘えられれば良かったですが、幼少期の環境からか、どうも人を頼ったり甘えるのも苦手な様子。
その意味では、高原は自分の意思で様々な行動を起こしていたアクティブなキャラクターに見えましたが、結局は常に振り回されていただけでしかなく、最後までかわいそうなキャラだったとも言えます。
立花涼子
立花は上述した通り、幼少期に高原と義兄妹の関係になりました。
それが性的な関係を持つようになり、両親が離婚をしてからも、恋人と呼べるような関係が続いていきます。
高原はドライでしたが、少なくとも、立花は高原を想い続けていました。
小林(探偵見習い)の調査によれば、立花は大学を退学したあと、東京にある小さな宗教団体の施設で目撃されるまで、詳細は不明。
その後もさらに消息を絶ったあと、楢崎の前に姿を現しました。
このときにはもう、教団Xの幹部になっており、そこではリナと名乗っていたようです。
楢崎とは、しばし親密な、しかし身体接触は拒む関係性が続きました。
その目的は、楢崎の友人の小林を、優秀な探偵になりそうだと見込んで教団に取り込むことでしたが、楢崎に好意を抱いてしまったため、罪悪感を感じて楢崎の前から姿を消します。
前後して、他のメンバーと一緒に松尾に対して詐欺を働いていました。
立花は教団幹部でしたが信仰はしておらず、とにかく高原のことだけを考えていました。
というより、教団に入ったのも高原のためでしょう。
教団内のごたごたに巻き込まれ、一時的に軟禁され、恋のライバル・峰野と再会。
峰野が録音した高原の電話音声を聞いて、高原がテロを起こそうとしていることを知り、何とか止めようと奔走。
高原が公安に騙されていることも見抜きます。
1人では抱えきれず、助けを求めて楢崎の部屋を訪れたら楢崎と小牧がセックスしていたという修羅場をくぐり抜け、面会した沢渡からは「男に振り回され、生真面目さでそれと向き合い、その苦しみの中で自分を慰める。それがお前だ」と指摘されます。
その後、命を賭けて高原の説得を試みますが、「一緒に逃げよう」という言葉が言えず、目の前で高原は公安の捜査員に撃たれました。
そのときの様子をスマホで録画していた立花は、動画をネットに流し、松尾の屋敷で芳子に挨拶をしてから出頭しに警察へ向かいました。
幼少期など含めて、立花の背景の多くは、謎に包まれたままでした。
しかしとにかく、高原君がすべて、高原君ラブ。
義理とはいえ禁断の兄妹愛から、その歪んだ愛情は始まりました。
立花がなぜこれだけこじれているのか、高原に執着しているのかはいまいち謎ですが、立花も幼少期は複雑な環境にあったようであり、それも影響していたことが推察されます。
思春期に高原と禁断の関係になったのも、きっと支えがほしかったから。
それからは、高原との関係こそが立花の指針となり、高原に感情を揺り動かされることによってのみ、彼女は生きる意味を感じていたのでしょう。
それは沢渡の指摘した通り、苦しみといったようなネガティブなものも含みます。
その彼女は、犠牲になった教団のメンバーのため、自ら出頭して証言することを決意しました。
しかしそれもきっと、高原の意思を継いでの行動です。
また、彼女は、高原について「意識が戻ることは恐らくもうないそうです」と言いながらも、「奇跡があるかもしれない」と言います。
それがきっと、それだけがきっと、彼女が今後生きる支えになるのでしょう。
峰野
松尾のグループの中心人物の1人、峰野。
彼女もまた、不遇な幼少時代を過ごしていました。
母親から、家に帰ってこない父親の悪事を事細かく聞かされる日々。
成績優秀だった峰野ですが、高校のときに彼氏ができてから急落。
逃れようとしても、「あなたしかいない」としがみついついてくる母親。
家出までしましたが、母親の自殺未遂騒動までありました。
母親は数年後に膵臓癌になりましたが、峰野がもう母親に対して愛情を感じていないことを悟っていた母親は、恨みの言葉を残して亡くなりました。
峰野は解放感よりも罪悪感を抱きます。
彼女が松尾のグループに入るようになった経緯は明らかではありませんが、松尾の妻・芳子は「彼女は明らかに、松尾と芳子に家庭を求めていた」「子ども時代に得られなかったものを、芳子たちに求めていた」と分析していました。
峰野は、高原や立花が松尾に詐欺を働いたあとに、高原と関係を持ちました。
その経緯はよくわかりませんが、峰野は一気に高原にのめり込んでいったようです。
松尾の妻・芳子から、高原との関係を見抜かれ、さらには高原の交際相手が立花であることを聞き、衝撃を受けます。
しかしその後も関係は続き、松尾の講演会よりも高原と会うことを優先するほど。
立花の存在に嫉妬した峰野は、高原の電話をこっそりと録音し、彼のテロ計画を知ります。
松尾が倒れたことに強いショックを受けた峰野は、おかしな精神状態で楢崎を誘惑しますが、楢崎は何とか我慢。
目を覚ましたあと、窓の外に楢崎の手を引く小牧の姿を見つけ、教団Xの拠点に向かうのだと察知し、尾行。
しかし途中で捕まり、教団の施設内に閉じ込められます。
その後、同じく監禁部屋に放り込まれた立花と再会。
高原のために一時休戦し、共同戦線を張ることに。
信者の協力を得て、沢渡に会う前に高原に会えた峰野ですが、我を忘れて重い愛情を気持ちのままにぶつけてしまい、「別れよう」という身も蓋もない言葉を返され、失望。
それから沢渡に会いましたが手は出されず、「そこで見ていろ」と言われます。
そこから本当にずっと事の顛末を見ていたらしい峰野は、沢渡が拳銃自殺を試みたあとに登場し、死を見届けました。
戻ってきた楢崎に手を引かれ、燃えるフロアから脱出。
生きる意味を見失った様子の峰野でしたが、どうやら再び松尾の屋敷へ、芳子のもとへ戻ったようでした。
ハイパーヤンデレガール、峰野。
若者4人の中で唯一下の名前が出てこない(たぶん)、不遇キャラ。
彼女もまた、重度の高原ラブに染まってしまっていました。
それはもう、想像妊娠をしてしまうほどに。
それはきっと、高原が自分を見てくれていないという焦りから来ていたものでしょう。
唯一になりたい、でも重いと思われたくない。
妊娠すれば。
子どもができれば。
彼女はずっとそう思い続けていたようですが、果たして妊娠したとしても、高原は峰野だけを見てくれたかどうかは疑問です。
少年のような彼には結局、自分の理想しか見えていなかったのだろうと思います。
峰野の根底にあるのは、依存傾向です。
いい子でありながら、自分の意思というものに乏しい。
これは、親が親として機能しておらず、むしろ子どもが親のサポート側に回らないといけなかったケースで多く見られる心理傾向です。
夫に対する不満をすべて娘にぶつけ、娘に構ってもらうためなら自殺未遂騒動まで起こしていた峰野の母親。
そこには何かしらパーソナリティ障害傾向があった可能性が推察されますが、幼少の峰野はできる限り母親の期待に応えようとしていました。
そうなると、母親の機嫌や反応が、峰野の行動の判断基準となります。
そんな彼女は、高校生になると男性に溺れました。
今までは母親の反応を基準にして過ごしてきましたが、思春期になれば、それを疎ましく思うようにもなります。
しかし、母親の気持ちを優先して自分の気持ちは抑圧することが習慣となり、幼少期に愛情が満たされていなかったために自己肯定感も低かった彼女は、表立って反抗することはできず、何かに依存・逃避しないと自分を保てなかったのです。
峰野の生育歴は、摂食障害や依存症の患者さんなどに珍しくないパターンです。
彼女の場合はそれが男性への依存であり、そして、高原と出会ったことで、それが極端で決定的なものになりました。
峰野にとっての救いは、芳子の存在です。
峰野は松尾夫妻に対して「親」を求めており、芳子はそれを見抜いた上で我が子のように想いながら見守り、できる限りの愛情を注いでいました。
松尾は死んでしまいましたが、まだこれからも芳子との関係は続いていくことが示唆されていることは、峰野にとって大きな希望の光であると考えられます。
「教団X」は何だったのか
沢渡を教祖とする名もなき教団。
教団Xは、オウム真理教(作中では「1995年に地下鉄にサリンを撒いたカルト教団」といったような表現)を重ね合わせながら、カルトとして描かれていました。
立花も、作中で自分たちの教団について言及した際には「カルト教団」と表現していました。
しかし、カルト教団としてのメカニズムは、作中ではほとんど見受けられませんでした。
『教団X』というタイトルながら、カルトを描くことが目的の作品ではなかったこともあると思いますが、その実態はほとんど不明であり、あまりカルトらしさは感じられません。
もともとは、沢渡が性風俗店で働いていた女性たちを解放してハーレムを作ったというところからスタートしたようですが、
- その後どのように大きくなっていったのか
- どのような教義があるのか
- どのように信者たちをマインド・コントールしていたのか
- なぜ信者たちは沢渡をあれほどまでに崇拝しているのか
- 信者たちはどのように生活しているのか
といったような点は、まったくわかりません。
かつての師であった鈴木の教義をモデルにしているのかとは思いますが、性に溺れさせた、というだけではさすがに無理があります。
カルトの特徴の一つは、その集団独自の用語を使用することです。
一般人には意味不明な表現を使うことが、排他性や一体感を高めます。
教団Xにおいては、唯一「キュプラの女」というのが思わせぶりに多用されていましたが、これは結局「信者ではなく、風俗で働いていてスカウトされた女性」を指しており、それほど深い意味があるわけではありませんでした。
教団Xは、作中の描写だけだと単に「何かわかんないけど不思議な魅力のある沢渡が率いる、乱交パーティ集団」でしかないのが、少々残念なポイントでした。
そこに重きを置いていたわけではないのは理解しており勝手な意見ではありますが、個人的には、もう少しカルトとしての描写を深めてほしかったと思ってしまいます。
全体主義へのアンチテーゼとして、抑圧された性の解放というのは面白い視点なので、特に。
いずれにしても、教団Xは結局、沢渡が神を演じ、破滅へと至るための道具でしかありませんでした。
公安は何をしたかったのか
途中で出てきた謎の30代の男と50代の男は、結局は公安の捜査員でした。
彼らは、「YG」を名乗って高原に接触します。
それは上述した、かつて高原が拉致された武装集団です。
おそらく高原の過去はすべて調べていたのでしょう。
YGの指示であるかのように見せかけて、立花の存在を人質に取り、日本で大規模なテロ行為を行うよう高原に脅迫しました。
日本を守るべき存在である公安が、なぜそのようなことをしたのか。
それは完全に政治的な事情によるものでした。
教団Xにテロを起こさせてイメージを悪くさせた上で制圧し、喝采を浴びて右傾化を進めるというシナリオ。
大義のためには少数の犠牲は仕方ない、という考え方です。
さらにその背景には、国を超えたエゴ的な利害関係が蠢いていました。
用済みになった高原を躊躇なく「処理」し、帰宅してからは銃を撃ったそのままの手で我が子を抱きかかえ「えらいでちゅねえ」と喜びを爆発させ、その喜びを「子育て侍」のハンドルネームでTwitterに投稿する30代の捜査員。
彼もよほど危険な人物に見えますが、結局は彼らも歯車の一つでしかなく、仕事とプライベートを割り切った2面性は、登場シーンは少ないながらとてもリアリティを感じるキャラクターでした。
長くなりましたが、他にも考察ポイントはあると思うので、思いついたらゆるゆる加筆していきます。
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