【小説】宇佐美まこと『角の生えた帽子』(ネタバレ感想)

小説『角の生えた帽子』の表紙
(C)KADOKAWA CORPORATION
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作品の概要と感想(ネタバレあり)

タイトル:角の生えた帽子
著者:宇佐美まこと
出版社:KADOKAWA
発売日:2020年11月21日(単行本:2017年9月22日)

運命の残酷さに翻弄される悲劇を描いた「悪魔の帽子」ほか、植物に取りつかれた男を描いた「花うつけ」、主人公が犬嫌いになった理由があかされる衝撃のラスト「犬嫌い」、著者の出身地である松山が舞台の正統派ゴーストストーリーの「城山界隈奇譚」などの他、文庫化にあたり雑誌掲載原稿を2篇、文庫版書下ろしも収録した充実の12篇。


興味がありながら手を出せていなかった、初・宇佐美作品。

珠玉の短編12篇
と表現して過言ではないほど、1作1作の完成度が高い短編集でした。

作品同士に設定や登場人物の関連がない短編集は、それぞれの世界観を理解し入り込むまでに時間がかかるものもありますが、『角の生えた帽子』はどの作品もすぐに引き込まれる素晴らしい吸引力でした。

ホラーとミステリィを使い分ける著者のホラー短編集ですが、どの作品にも必ず一捻りがあり、読後にはぞっとするような何とも言えない余韻を残してくれます
途中で「これはこういうことなんだろうな」という予想がつきますが、それも著者の術中でしかなく、それをさらに超えた1歩が必ず準備されているのが、快感ですらありました。

全体的に幻想感も漂う作品が多いですが、ファンタジーっぽくならないのは、深掘りされた登場人物に焦点が当てられているからでしょうか。
怪異や幽霊的な存在も出てきますが、それら自体の恐怖ではなく、あくまでもそれを取り巻く人間たちの人間模様が主軸
それが、現実離れしてふわふわしてしまわずに、地に足がついた恐怖感に繋がっていたと感じます。

長編と違い短編集は、著者の様々な側面やチャレンジングな作品が見られるのが魅力です。
その分、「これは自分にはちょっと合わなかったかな」という作品が少なからず紛れていることも多いものです。

しかし『角の生えた帽子』は、テイストの異なる12篇であるにも関わらず、どれも好きな作品と言えるものでした。
おそらく、どれか1作読んでみて気に入ったなら、12篇全部気に入るのではないか、と思います。
それはやはり、上述した通り、どの作品も「人間」に焦点が当てられているのが共通しているからかな、と感じました。
長編やミステリィも、今後読んでいきたい。

余韻も含めて完成しており、感想や考察は蛇足になりますが、1作ずつ簡単に感想を残しておきたいと思います。

悪魔の帽子

短編集タイトルの「角の生えた帽子」に関連するような作品。
直接的に「角の生えた帽子」というタイトルの作品がないのも面白いところ。

官能的な始まりから、すぐに不穏な方向へ。
そんな幻想的な夢とは対照的に、現実ではやや社会性に乏しそうで、機械的に精密な作業を仕事とする主人公。
生き別れた双子の兄が殺人犯で捕まり、自身も殺意の衝動を感じる。

実は三つ子だった主人公たち兄弟。
生まれてすぐ母親に殺された弟は、果たして何がどこまで影響していたのか。

その設定も見事ですが、しかし怖いのは、殺された弟に乗っ取られることでも、人を殺してしまうことでもない。
一番は、「育てられないと思って一番チビで弱々しい赤ん坊を殺した」母親でしょう。

赤い薊

死んだ母が植えた薊に侵食される家。

短いながら印象に残る作品でした。
花に疎いので「薊」と言われてもイメージが浮かびませんでしたが、画像で調べてみて、これがびっしり咲いていたらとんでもなく不気味。

これもまた、母親の復讐そのものよりも、その執念の強さに圧倒されます。
いや、それも本当のところはわかりません。
薊が侵食したのは、母親の復讐によるものなのかどうか。

それはどちらも良い。
しかし、真っ赤な薊が家の中まで、そして父親の眠る布団まで侵食していたのは事実
その光景を想像するだけで、得も言われぬ不安が喚起される作品。

空の旅

DV夫から逃げ、不倫相手と駆け落ちするために空港までたどり着いた主人公。

空港の蕎麦屋で相席になった老女が、飛行機事故の犠牲者の幽霊だろう、というのは途中で想像がつきます。
実は主人公も死んでいた、というのも、明確に説明される前には気がつくでしょう。

しかし、この作品もまた、「実は主人公も死んでいた」というトリックはむしろ本質的な恐怖を引き立てるための演出に過ぎません。

誰も知らない地方に移住した孤独感。
暴力を振るう夫。
そこに追い討ちをかけるのは、夫は思春期の頃から性的な関係にあった従姉と不倫を続け、開き直っているという生理的な嫌悪感。

そんな夫を、自らの愛人を利用して殺させようとして、しかしその前に夫に殺害されてしまった主人公。
ラストは切なさも漂いますが、それよりも、追い詰められていたとはいえ、自分に好意を抱く男性を利用して夫を殺させようとした主人公もまた、正常とは言い難いものがあります。

人間より、むしろ幽霊の方が優しい
「慰霊碑なんか建てられたからここから動けなくなった」という老女の霊の言葉が印象的でした。

城山界隈奇譚

図書館司書の塩貝さんと巡る、土地にまつわる謎。

まさにこの話自体が「奇譚」な短編。
謎がほぼ一切明かされない、それなのに不満を感じさせない不思議な1作。

山道で出会った男性は何だったのか。
塩貝さんは何者だったのか。

歴史や土地の重みというのは、人間の理解を超えた畏怖を感じさせます。
本作も、少し設定が浅ければ「いや、男性も塩貝さんも幽霊なわけないじゃん」と理性的に言い捨てて終わりでしょう。
しかし、そこに土地の歴史の重みが加わるだけで、「そんな不思議もあるのかもしれないな」と思わされてしまうのでした。

夏休みのケイカク

夏休みの図書館で、1冊の本を介して行われる秘密のやり取り。

あとからじわじわ来る不穏な空気を纏っていた印象です。

自分がやり取りをしていた相手が沙良ではなかった、というのが判明するシーンが一番ぞっとしました。
しかしそれに留まらない、時間軸が入り乱れる世界。
過去の自分との邂逅。

永遠のループに閉じ込められたような感覚は、手塚治虫の『火の鳥』に通ずるような怖さを感じる作品でした。

花うつけ

花に魅せられた男たちの物語。

花というのは不思議なものです。
女性的な象徴のように捉えられることもありますが、まさに花にとらわれて自分の人生を捧げてしまった男たち。
薔薇を介して表現される、前妻に対する後妻の静かに、しかし激しく秘められた想い。

そしてまさかの、ウツボカズラに少しずつ人間を食べさせて証拠を隠滅するという完全犯罪トリック。
義眼だけ吐き出してくるインパクトは抜群です。

花にまつわる恐ろしい人間たちのエピソード。
と見せかけて、花や植物に魅せられて我を見失った人間たちの物語なのかもしれません。

みどりの吐息

山奥に住む老人の昔話。

嵐に閉じ込められた山奥の家というのが、もう現実から切り離された落ち着かない感覚を抱かせます。

その中で語られる昔話。
木の洞から見つかったという人骨に老人が関係しているだろうというのは明白ですが、想像をはるかに超えるエピソード。

何をどうやれば、こんな話を思いつけるのでしょう。
「木の化け物」なんて、とんでもないぶっとび設定なのに、まるで現実のように感じられる語り。

一つは「昔話」であることもポイントでしょうし、上述した「現実から切り離された場で聞く昔話」というシチュエーションが、合理的な理性を緩め、何かしら根源的な恐怖に引き込む要因になっていたように感じます。

自然は人間の理解を超えた恐ろしい存在である、というような単純な物語ではありません。
意識の力を緩め、無意識の領域に引き込むような力を持った作品でした。

犬嫌い

性犯罪被害に遭い、トラウマを持つみっちゃんとの物語。

人間の怖さと、オカルト的な怖さが見事に調和した作品です。

性犯罪加害者に対する不快感。
姿の見えないジョン(犬)の霊?が家の周りを這いずり回る音への恐怖。

そして、みっちゃんはそのどちらをも崖から突き落としたのか。
しかし、そうだとしても、それはすべてみっちゃんが悪かったと言えるのか。

何が正解で何が間違っており、何が良くて何が悪いのか
そんな境界の曖昧さが作品自体の不安定さに繋がり、読む側の心を揺さぶってくるものがありました。

あなたの望み通りのものを

望み通りの映像作品を制作してくれる「リアライズ」。

一番ホラーっぽい雰囲気が漂う作品であり、個人的に好きな作品です。

というかもう、認知症の女性が、実在しない家族のDVDを毎日楽しみに見ているという状況が恐ろしいですよね。
しかし、それは第三者からの見方であり、女性にとってはそれが幸せかもしれません。
認知症患者の周囲はとても大変ですが、果たして本人にとっても不幸なのかどうかは、誰にも判断がつけられません。

技術の発達した現代はそれこそ、現実と虚構の区別が曖昧になっています。
溶け合って共存しているとも言えるでしょう。
もはや心霊写真なんて、せいぜい自分が撮った写真に映っていたとかでなければ、誰もが本気で怖がることはないのではないでしょうか。
少なくとも、ネットに流れているような心霊写真は、「合成じゃないの?」とこれっぽっちも思わない人はいないはずです。

それは逆に、虚構が現実を侵食する危険性も孕んでいます。
フェイクニュースやフェイク画像は、もはや政治的な利用がなされて当たり前な時代。
それが現実に与える影響は計り知れず、むしろ現実が虚構に近づいていくこともあります。

そうなれば、もはや虚構は現実と何も違いがないのかもしれません

縁切り

「縁切り」のおまじないとともに受け継がれる母娘の秘密。

これもまたホラーとミステリィが見事に調和したような作品でした。

過去に母親が殺害し家の下に埋めた「旦那さん」。
家の外で聞こえる「歌っているような声」。
それは旦那さんの歌声なのか、ただの風の音なのか。

そして、母親と同じように殺人に手を染め、旦那さんと同じ床下に埋める主人公。
それが家を離れない理由であり、「縁切り」をすれば怖くないという精神。
代々続く因縁のようなものを感じさせます。

左利きの鬼

子どもを連れて家から逃げ出した主人公が出会う1人の女性。

これはまさにミステリィ寄りの作品でした。
ここまでのホラー作品の流れに位置づけられているからこそ、輝きが増しています。

鬼子母神、ハーリティとの関連を想像させる安岡京子の存在は異彩を放っていますが、本質はそちらではありませんでした。
実は自分の子どもではない子を連れて家を飛び出してきた主人公。
ここまでの構図がひっくり返る構成は、見事としか言いようがありません。

湿原の女神

事故で脚を失った主人公が出会う男性イタチと、不思議な少女ミズナの話。

本筋部分の物語の完成度が高いのはもちろんですが、「脚を失う」ということの重さと、ヤチマナコのインパクトが印象的
ヤチマナコ、人知れず落ち込んで誰にも見つからないまま死んでいくかと思うと、とても怖いですね。

ミズナを想うイタチ、そして先天性四肢欠損症の弟・晴之を想う主人公の想いは、ホラー要素を含みながらも友情、恋愛、家族愛、そして運命的なものを感じさせ、短編集最後の作品に相応しい温かさも伝わってきました
お互い大切なものを失いながらも、前を向いて走り出す主人公とイタチ。
脚を拾ってきてくれたミズナに対して主人公が言った「もういらねえよ」という台詞が、とても象徴的でした。

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