作品の概要と感想(ネタバレあり)
タイトル:らせん
著者:鈴木光司
出版社:KADOKAWA
発売日:1997年11月28日(単行本:1995年8月3日)
幼い息子を海で亡くした監察医の安藤は、謎の死を遂げた友人・高山の解剖を担当し、冠動脈から正体不明の肉腫を発見した。
遺体からはみ出した新聞に書かれた数字は「リング」という言葉を暗示していた──。
本記事には、前作『リング』のネタバレも含まれるのでご注意ください。
前作『リング』については、以下の記事をご参照ください。
第17回吉川英治文学賞受賞作品。
『リング』に続く、山村貞子を巡る物語。
『リング』に続いてこちらも再読。
今読んでも、もはや圧巻の完成度ですね。
SF的な世界観が加速しつつも地に足ついた設定と筆力で、圧倒的なオリジナリティを放つ作品。
ジャンルも『リング』以上にホラーとも言えず、SF的でもあり、謎が解き明かされていくサスペンス・ミステリィ的でもあり。
それらすべての要素が詰まっていながら、どれも中途半端ではなく必然性が認められます。
人気爆発した『リング』に比べれば『らせん』の方があまり目立たないのと、同時期のSFホラーといえば瀬名秀明『パラサイト・イヴ』がエンタメ性も高く目立ちがちですが、本作も負けず劣らず高い完成度。
しかし、『リング』と『ループ』は何となく覚えていたのですが、間の『らせん』についてはほぼ完全に忘れてしまっていました。
覚えていたことといえば「あぁ、そういえば安藤というお医者さんが主人公だったな……」ぐらいで、他はすべて新鮮に楽しめたのが、二度楽しめておいしいような、ここまで忘れているのが不甲斐ないような。
とはいえ、展開としてはだいぶ地味でもあるので、忘れてても仕方ないよね、とも自分に言い聞かせています。
謎というか世界観というか、が解き明かされていく過程がとにかく圧巻でした。
前作で助かったと思われた浅川が助かっていなかったところとか、容赦なく前作の努力を無効化していく絶望感も素敵。
高野舞の部屋で安藤が感じた気配など、ホラー要素も相変わらずありましたがだいぶ薄まっていました。
オカルト感はほとんど鳴りを潜めて、「これからどうなっていくんだろう、どうなっちゃうんだろう」的な怖さが強めな1作。
コロナ禍を経た今となっては、ある意味では『リング』よりもリアリティが感じられ、パンデミック的な恐怖感の方が強く喚起されます。
山村貞子は、もはやオカルト的な存在というよりは、まさにウイルス的な存在ですね。
映画版の貞子像は逆に完全なるオカルト的存在(だった記憶)なので、対極的になっている感じが興味深いです。
面白かったのが、浅川が記録した手記『リング』の出版と映画化の話でした。
『らせん』の単行本発売が1995年で、『リング』の映画公開が1998年なので、『らせん』執筆当時に『リング』映画化の話がすでにあったのかはわかりません。
そもそも、『らせん』に出てくる浅川著の『リング』=鈴木光司の『リング』ではありませんが、浅川の手記の記載、たとえばビデオ映像を文字で表現した部分(「真っ黒な画面に、針の先程の光の点が明滅したかと思うと〜〜」)などは、鈴木光司の『リング』とまったく同じで、明らかにメタ的な表現になっています。
浅川『リング』=鈴木光司『リング』ではないにしても、この点が前作を読んだ読者に「日常が侵食される恐怖感」を喚起させる付加的な要素になっていました。
実際に映画化もされ、その後の展開を見るに形は違えど貞子パンデミックは現実で起こったとも言えるのを考えると、非常に示唆的です。
このメタ的な構造はさらに『ループ』に引き継がれますが、あっさりと前作の世界観を崩していき、主軸となるジャンルすら切り替えながら、かといってめちゃくちゃにならずさらに大きな一つの世界観としてまとまっているのが、『リング』シリーズの魅力であると感じます。
少し先取りしてしまいましたが、『らせん』に話を戻すと、前作の「ダビングすれば助かるんだ!」という1冊かけて辿り着いた結論が、本作ではあっさり役立たずに。
そして山村貞子、高山竜司の復活というトンデモ展開にもかかわらず、綿密な医学的SF設定が説得力を持たせています。
ある意味『ジュラシック・パーク』みたいなワクワク感すら感じました。
しかし、展開としては本当にだいぶ地味ではあります。
ずーっとコツコツと調査していく過程が描かれ、たまにホラー的な要素が挟まれる程度。
『リング』も地味ではありましたが、エンタテインメント性は明らかに『リング』の方が上です。
それでもついつい止まらずに読み進めてしまうのがすごいところ。
落ち着きや貫禄すら感じる1作。
復活した山村貞子が安藤を振り回しながら無邪気にはしゃいでいた姿は、ある意味萌え要素かもしれません。
映画版貞子はもはやアイコン化を超えてアイドル化していると言っても過言ではないと思っていますが、本作の貞子像と合わせたらさらにアイドル化できるのでは。
キャラで言えば、『リング』『らせん』となぜか男性キャラがニチャア……としているのが個人的にはちょっと気になりました。
『リング』の感想では、「浅川が高野舞を見る目がちょっと気持ち悪い」と書きましたが、本作の安藤はそれ以上。
いや、別に離婚していますし高野舞に関心を抱いたり高野真砂子(こと貞子)と寝たりしたのは全然良いのですが、高野舞の部屋に入った際、当たり前のように下着の匂いを嗅いだのは度肝を抜かれました。
ど変態ですやん。
しかも、「ミルクの匂いがする」「まだ男を知らない身体なのだろうか。無垢な女の匂いは乳児のそれと似ている」なんてマジなトーンで考察しているの、ドン引きです。
その後、聡明さを見せて真相を解き明かしていく安藤ですが、「いやでもいきなり下着の匂い嗅ぐ変態だしな……」というのがどうしても頭から離れませんでした。
というのは半ば冗談(半ば本気)として、安藤たちは見事に貞子や竜司の掌の上で転がされていたのでした。
多様性に欠ける世界の行く末は不安要素しかありませんが、貞子の存在は死者を蘇らせる可能性を秘めてもいます(厳密には死者の復活というよりクローンに近いですが)。
男性・女性という性別を超越し、死者をも蘇らせることができるようになった貞子は、もはや人間を超越した存在と言えるでしょう。
自分の命も懸かっていたので仕方なかった面もありますが、世界を犠牲にして息子の復活を選んだ安藤の選択は、とても人間的であるとも感じました。
マクロ的に見れば『リング』シリーズの世界観が解明されていく一過程を描いた作品でしたが、ミクロ的に見れば、安藤がトラウマを乗り越え失った家族と自分自身を取り戻そうとする作品でもありました。
とはいえ、たとえ本作のエピローグ後に、今度こそ海の中で息子の孝則の手をつかむ儀式が成功したとしても、自然の摂理に反して息子を蘇らせたことが「トラウマを乗り越えて前を向いて生きていく」と言えるかは微妙でしょう。
『リング』の感想で「視点が入り乱れる点が気になった」というのも書きましたが、本作ではそれはほとんど見られず、リーダビリティも上がっていました。
『リング』ではまだ慣れていなかっただけなのか、あえて入り乱れさせていたけれども『らせん』ではずっと安藤視点が中心だったから目立たなかっただけなのかはわかりませんが、この点、今後も注目してみたいと思います。
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