作品の概要と感想(ネタバレあり)
タイトル:十戒
著者:夕木春央
出版社:講談社
発売日:2023年8月9日
浪人中の里英は、父と共に、伯父が所有していた枝内島を訪れた。
島内にリゾート施設を開業するため集まった9人の関係者たち。
島の視察を終えた翌朝、不動産会社の社員が殺され、そして、十の戒律が書かれた紙片が落ちていた。
“この島にいる間、殺人犯が誰か知ろうとしてはならない。守られなかった場合、島内の爆弾の起爆装置が作動し、全員の命が失われる”。
犯人が下す神罰を恐れながら、「十戒」に従う3日間が始まった──。
以下、完全にネタバレを含むので、未読の方はご注意ください。
また、同著者の作品『方舟』のネタバレにも触れます。
もし未読の方はぜひ『方舟』も読んでからお読みください。
『方舟』の感想については以下の記事をご参照ください。
さて。
買ってからもったいぶってしまっていたのですが、満を持して読みました、『十戒』。
そ、
そ、
そう来たか〜〜〜!!!
の一言に尽きます、この1作。
大いに話題になり、そして読んでみてしっかりと衝撃を受けた『方舟』。
『十戒』という聖書絡みのタイトルと似たような表紙のデザインは否が応でも『方舟』との関連を感じさせ、期待は高まらざるを得ませんでした。
とはいえ。
とはいえ、ですよ。
まぁ期待は裏切られるかもしれないな、と思っていたのが正直なところです。
何せ、『方舟』の衝撃は事前の期待や先入観がそれほどなかったからこそでしたし、世界観や物語も単発ものとして美しく完結していました。
それを踏まえて『十戒』なるタイトルの作品というのは、「絶対にもともとシリーズ的な流れを想定していたわけではないだろう」「『方舟』のヒットがあったからこそ生まれた企画で、十戒という聖書ネタをわざわざ絡めるためにきっと強引さが生じるだろう」と思っていました。
そして、いざ蓋を開けてみたら。
これもまた正直に、かつ誤解を恐れずに言えば、その予感は的中しました。
面白い作品であることに間違いはありません。
淡々としているシンプルな文章は読みやすく、何となく先が読めてもついつい気になって止まらず一気読みしてしまったのは、『方舟』同様。
しかし、先にあえて明言しておくと、個人的には『方舟』の方が圧倒的に好きです。
どんでん返しの衝撃も、読後の何とも言えない余韻も、『方舟』の方が圧倒的に上。
本作はやはり『方舟』ありきで作られた作品であり、どんでん返しも『方舟』頼みであることも異論はないでしょう。
読んでいる間や読後は、細かく引っかかる点の方が気になってしまいました。
『方舟』以上に強引さのある舞台設定。
淡々としすぎているような登場人物たち。
これもやはりやや強引に持ち込まれた感のある「十戒」の提示。
何となく想像がついてしまう真犯人。
案の定のどんでん返し。
何より、読後にまずマイナスに感じてしまったのは、「ずるい」という印象でした。
「これはさすがにずるすぎないか?」と思ってしまったのが、里英視点での情報操作です。
登場人物的に、意外性があるとすれば綾川が犯人しかないだろう、というのがだんだん見えてきてしまいます。
それを阻止していたのが里英によるアリバイでしたが、まさかの「視点となる登場人物が情報を隠していた」というトリック。
これは叙述トリックとしては、グレーゾーンではないかと感じてしまいました。
しかし、です。
じわじわと、やっぱりこれはこれですごい作品なのでは……?という感が高まってきました。
『方舟』もそうでしたが、けっこうツッコミポイントも多く、淡々としているのに、なぜか強く印象に残る。
そんな不思議な魅力のあるシリーズです。
そもそも、本格ミステリィにおいて、舞台設定に文句を言うのはナンセンスでしょう。
現実に、孤立して閉じ込められることもなければ、そこで連続殺人が起こることなんてあり得ません。
これはもう様式美で、よほど破綻していない限り、作られた枠組みの中で楽しむべきゲームです。
何より、現代において本格ミステリィの舞台を整えるのがいかに難しいことか。
どこでもネットが繋がりスマホが通じるのが当たり前の現代の日本では、吹雪や嵐が来たところでそうそう連絡も取れないクローズド・サークルなんてできません。
それをうまく作り出していたのが『方舟』で、ラストのオチに向けてもこれ以上ないほど完成度が高い舞台だったと言えるでしょう。
そういった点を踏まえて振り返ってみると、『十戒』は非常にチャレンジングな作品でした。
スマホも通じる、連絡も取れる。
しかし、それを使ったり、犯人を探すことが許されない。
「外部と連絡が取れない中で犯人を探す」という、いわば本格ミステリィのテンプレを逆手に取って打ち破ったような、斬新なシチュエーション作りと言えます。
その上で、『十戒』は複数の要素が絡み合っており、2周目の楽しさも生み出しています。
公式のネタバレ解説サイトにも書かれていますが、真犯人の綾川、真犯人を知っている里英、爆弾犯の3人、そして何も知らないその他というそれぞれの立場の伏線が楽しめます。
上述した叙述トリックのグレーゾーンも、レッドゾーンには踏み入っていない絶妙な表現がなされていました。
「犯人当て」がメインの作品ではなかったのです。
『方舟』のヒットにより、同じような衝撃的な作品を読みたいという期待が読者からも、そして編集者からもあったでしょうし、そのプレッシャーは尋常ではなかったと想像できます。
その上で、チャレンジングな要素を組み合わせながら、あえて『方舟』の要素も絡めて、『方舟』の世界観を引き継ぐ実質シリーズ的な作品を生み出してくれたことは、ただただ感謝と敬意を捧げたいと思います。
どんでん返しが当たり前のように期待されている中で書かないといけない本格ミステリィほど難しいものもなかなかないでしょう。
諸々気になる細かいポイントについての言及は避けますが、個人的に1点だけ物足りなかったのが、登場人物たちの個性の乏しさでした。
自分だけかもしれませんが、本作はもともと知り合い同士ではない上にあまりコミュニケーションの機会がないということもあり、キャラの掘り下げは浅く、特に沢村、草下、藤原、小山内といった男性陣が、どれが誰で何歳ぐらいなのかが最後までごちゃごちゃなままでした。
『方舟』は本作よりもキャラが立っており、誰が死んでも残念で、誰が犯人でも驚くという状況だったので、その点が少々物足りなさを感じてしまったポイントでした。
ただ、キャラで言えば謎に個性が強いというか、里英パパの口癖らしい「〜です?」という語尾の連発は微妙に気になってしまいました。
しかし何せよ、『方舟』もそうですが、シンプルだからこそなのか、なぜか読み終わったあとにわいわい語り合いたい、共有したいと思う度合いが強いのが、夕木作品の不思議な魅力だと感じます。
あと、絶対に『方舟』を先に読んでから『十戒』を読まないとどちらの魅力も半減してしまうように思いますが、「『方舟』から先に読んだ方がいいよ!」というのをあまり強く言っても怪しいので、『十戒』を先に読もうとしている人へのアプローチが悩ましいところ。
考察:犯人についてあれこれ(ネタバレあり)
以下も『方舟』のネタバレにも触れているので、ご注意ください。
さて、『十戒』における真犯人は、綾川でした。
細部の真相は確定的ではないにせよ、大筋は本人が説明していた通りで間違いないと思われます。
このあたりは本編と公式のネタバレ解説サイトでカバーされると思うので、あまり触れません。
また、「綾川=『方舟』の麻衣である」というのも間違いないでしょう。
途中、誰からも連絡が来ていなかったり、「勝手に他人に期待しすぎて、がっかりする癖があるんだよね」という台詞から、予想がついた方も多かったのではないかと思いますが、やはり最後に明かされたときにはインパクトがありました。
ただ、だいぶあからさまに明かされた感もあるので、個人的にはもうちょっとぼやかして「これは麻衣なのではないか……!?」ぐらいの感じでも良かった気もします。
以下、『方舟』の話も交えながら進めるので、綾川=麻衣と呼んでいきます。
本作における彼女の犯行は、小山内、藤原、矢野口の3人が島を爆破して他の全員を殺そうとしていたから、とのことでした。
それで咄嗟にあの十戒と完全犯罪を組み立てる綾川麻衣さん。
『方舟』も計画的ではなくその場で考えた犯行であることも踏まえると、アドリブ女王の称号を授けないわけにはいきません。
逆コナンくんというか、殺人事件を起こさないといけない状況に居合わせてしまう、かわいそうな星のもとに生まれついてしまったようです。
本作では、真相を明かしたのも犯人なので、上述した通り、細かい部分の説明が真実かどうかはわかりません。
息を吐くように嘘が吐ける麻衣のことなので、嘘が混じっている可能性も十分あり得ます。
細かいところはわかりませんが、大きいところでは「本当に計画的な犯行ではなかったのか?」という点が検討に値します。
つまり、彼らが爆弾班であることを知っていて、もともと殺そうと思って島に来た、という可能性です。
この点については、里英が来ることになったから麻衣にも声がかかった(自分から積極的に参加しようとしたわけではない)点や、計画的であったならやはり里英と一緒の部屋は避けたと思うので、ここは場当たり的な犯行であったことは間違いなさそうです。
アリバイを証言してくれる人を作って動きやすくするために、あえて懐柔できそうな里英と一緒の部屋を選んだ可能性もあるかもしれませんが、本作の連続殺人が計画的であったというのはやはり不自然さが強まってしまうでしょう。
麻衣なら、里英を利用して、裏切りそうだったらすぐに殺すぐらいのことはしそうなので、それはそれで面白いですが。
『方舟』で発揮された冷酷さを考えれば、麻衣が小山内を殺害したあと1人で島を脱出し、島を爆破するという手段もあったはずです。
それを避けたのは、さすがに里英あたりを巻き込むのはかわいそうとか、無駄に人殺しはしたくないと思ったと信じたいところですが、一番は「また1人だけ生き残った」という状況は避けたかったのだろうと推察されます。
麻衣の言葉を信じれば、『方舟』の被害者たちは行方不明扱いになっているようです。
ただ、夫の隆平たちと出かけたことは知っている人もいたでしょうし、彼らの行方不明については何かしら警察などにも説明して誤魔化しているはずです。
なので、今回もまた「爆破した島からたまたま1人だけ脱出して助かった」となれば、怪しまれるのは必至。
それを避けるために、今回は最低限の殺人に留め、他の人(=藤原)に罪をなすりつけ、それを証明してくれる人が必要だったのだと考えられます。
あと、一番気になってしまったのは、最後の「──じゃあ、さよなら」の台詞です。
この決め台詞で綾川=麻衣説がさらに強固なものとなり、インパクトがある終わり方となっていました。
そのため、「どんでん返し用に言わせた台詞」と考えるのが、おそらく一番妥当でしょう。
ただ、あえて深読みして考えると、この台詞はもともと柊一が麻衣に放ったものであり、『方舟』の最後で麻衣がこの台詞を吐いたのは、麻衣を選ばなかった柊一への当てつけのようなもので、自分を裏切った柊一(勝手な期待があったわけですが)をさらなる絶望へ突き落とすような復讐的なニュアンスを孕んだものでした。
つまり、ある意味では麻衣にとっては裏切りの象徴でもあり、裏切り者に引導を渡す言葉でもあり、因縁の台詞です。
これを本作でも最後に里英に対して吐いたというのは、なかなか意味深にも捉えられます。
連絡先を交換したことからも、「今後も裏切ったらいつでも殺すからね」みたいなニュアンスが含まれているのではないかといった想像も膨らみます。
上述した通り「どんでん返しのための台詞」と考えた方が自然なので、そこまでの深読みは不要かもしれませんが、底知れぬ麻衣の闇が窺い知れるラストでもありました。
次作があるとすれば、さすがにまた麻衣が犯人というのは使えず、本作限りの奥の手だったでしょう。
『方舟』ありきのどんでん返しはずるいとも思いましたが、1回限りの必殺技のようなもので、やはりチャレンジングな攻めの作品だったと思います。
あえて、さらなる麻衣が犯人であるパターンを想像してみると……「現代と思われた舞台が実は『十戒』の50年後で、犯人のおばあちゃんが麻衣だった」とか、「屈強な男性の犯人が性転換手術した麻衣だった」とか……むむ、それはそれで批判は噴出しそうですが、読んでみたい。
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