【小説】三津田信三『のぞきめ』(ネタバレ感想・心理学的考察)

小説『のぞきめ』の表紙
(C) KADOKAWA CORPORATION.
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作品の概要と感想(ネタバレあり)

タイトル:のぞきめ
著者:三津田信三
出版社:KADOKAWA
発売日:2015年3月25日(単行本:2012年11月29日)

禁じられた廃村に紛れ込み恐怖の体験をしたあげく、次々怪異に襲われる若者たち。
そこは「弔い村」の異名をもち「のぞきめ」という化物の伝承が残る、曰くつきの村だった──。

地方の閉鎖的な村。
過去の陰惨な事件。
恐ろしい風習。

もう、地方の村で土着信仰・因習絡みの事件が起こるだけで大好きです(大雑把すぎる)。
自分が東京生まれ東京育ちなので、地方や田舎、故郷、因習、風習といった響きへの憧れがかなり強いようです。
もちろん、ないものねだりなのでしょうが。

怪談寄りの三津田作品を読んだのは、たぶん本作が初。
もうさすがの一言で、とんでもなく楽しめました。
勧めていただき読めたので、感謝。
『スラッシャー 廃園の殺人』とか『十三の呪 死相学探偵1』とか読んでる場合じゃなかった。
というのは冗談ですが、個人的には圧倒的に怪談系、リアル寄りの方が相性が良さそうです。
本シリーズ含め、他も読んでいきたい。
本作は映画化もされているようですが、だいぶ別モノのようなので……急ぎはしないかな。

本作は、とにかく深みと完成度が尋常ではありません
ミステリィとしての構成の妙もありますが、何よりそれを支えているのは、民俗学的な知識に対する造形の深さ。
上述したライトめな作品も十分面白かったのですが、本作はまさにもっとも得意とするテリトリー内というか、本領発揮という印象を受けました。
芦花公園が三津田信三信者であるというのも、本作だけで納得できたほどです。

導入部分も巧みで、近年流行りのモキュメンタリーほどノンフィクションっぽさを売りにしてはいませんが、明らかに著者自身を連想させる「僕」はサービス精神旺盛ですし、何より現実と創作の境界を曖昧にしています


しかし、それ以上に巧妙なのは、とにもかくにも「視線を感じたら気をつけてね」のくだりでしょう
それこそが本作全体の本質とも言えますが、もう本当にいやらしい(褒め言葉)。
カドブンのインタビュー(本作のインタビューではありませんが)の記事の一つで「ホラーを知り尽くした作家」という肩書きで表現されているのですが、それが決して大仰ではないことが本作だけからでも感じ取れます。

この、怖がりな読者ほど勝手に自滅していく煽り方が、正直本作において一番素晴らしいと感じました
繊細な人ほど、怖がりな人ほど、ありもしない視線を感じる気がしてしまい本作の恐怖感が増すでしょう。
内容だけに留まらない巧妙な仕掛け方は、ホラーを知り尽くしているのはもちろん、本を作って売るという編集者時代の経験も活きているのではないかと思いました。

自分はそのあたり、かなり鈍感なので、残念ながらまったく視線を感じませんでした。
「全然怖くなかったですよ」マウントとかではまったくなく。
悲しみ。

そして本作のもう一つの魅力は、ホラーミステリィのパイオニアと言われるだけある著者による、二つのエピソードの謎が解き明かされていく終章でした。
完全なオカルトと思わせておいて、まさかの「本当に子どもがいたのではないか」という見解。
表紙のイラストは美しくもインパクトに残りますが、これが伏線だったとは。
未読の人にはネタバレにならず、既読の人には意味がわかるという、お手本のような表紙です。

ただ、油断ならないのは、決して親切な伏線回収ではないということです
そもそも序章と終章を「著者の三津田信三が書いている」とは限らないので、この解釈が著者による解答の提示とは限りません。
触れられていない謎もありますし、最終的には読者それぞれの解釈に委ねる余韻の残し方。
最後まで本当にいやらしい(何度でもいいますが、褒め言葉)作品でした。

さて、そんな終章の見解は、果たして妥当でしょうか。
こうやって自分の見解を語ることが著者の掌の上で転がされているのは重々承知の上で、それを楽しみながら、自分なりに感じた点を以下、まとめておきたいと思います。

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考察:終章の考察再考(ネタバレあり)

大枠の前提は終章の解釈通り

まず前提としては、大枠は終章の解釈をそのまま受け入れたいと思います。
大枠というのは、特に、実際に少女が「持蓑」として存在した、というあたりです。
持蓑なんて全然知らなかったので、とても勉強になりました。
というか知らない知識だらけだったり文章表現が豊かだったりと、とにかく学びが多かった1冊。

綺麗な解答を導き出せる作りの作品ではなく、間違いなく科学では説明不可能なオカルト現象も混じっていますし、あらゆる点を検討し始めるとそれはそれでキリがありません。
そのため、必要以上にあらゆる要素を疑った考察、たとえば「覗き屋敷の怪」と「終い屋敷の凶」の舞台は同じ場所と見せかけて全然別の話なのではないか?といったようなことは考えません。

少し現実的に考えてみると、心理学的というより精神医学的な解釈ですが、鞘落家は統合失調症の遺伝リスクが高い家系だ、という解釈もあるかもしれません。
誰かに見られている、見張られているといったような妄想は、統合失調症などの精神疾患の症状として少なくありません。
本作の様々な現象はそれだけでは説明がつかないので採用しませんが、統合失調症などの精神疾患への偏見から村八分にされるという話も、古い時代や、下手をすると現代でも地方などによってはあり得るので、一応、本作に絡んで触れておきました。

本作全体としては、ホラーよりもミステリィ要素の方が強めでしょうか。
特に「終い屋敷の凶」の主人公・四十澤想一がとにかくよく思考して細かく描写しながら蘊蓄まで披露してくれるので、テンポはゆっくりめ。
ホラー要素はある意味「視線を感じるだけ」ではあるのですが、現実的に考えると、これが馬鹿にはできません
「常に見られている」といったプレッシャーは、尋常ではありません。
被害妄想の症状でも「見られている」「監視されている」といったような内容も多いですし、常に視線を感じるという状態の心理的な負担は相当大きなものです。

さておき、以降は終章の解釈を基本的な前提として捉えた上で、疑問に感じた点や言及されていない点を中心に考えていきたいと思います。

あのあと侶磊村で何が起こったのか

まず、四十澤想一が逃げ帰ったあと、侶磊村では何が起こったのでしょうか。

利倉成留がバイトをした頃には、侶磊村はすっかり廃村になってしまっていたようでした。
この間、50年ほどの時が流れているようなので、自然と人が減って廃村になった可能性もありますが、描写されている廃れ具合や、地図からも消えていることを考えると、廃村になってからもそれなりの時間が経過しているはずです

四十澤想一が逃走する前、何やらブチ切れた村人たちが押しかけていました。
村で続く恐ろしい出来事への恐怖心が限界値を超えたのでしょう。
巡鈴堂や祠を破壊したのは、おそらくそれらが元凶であると考えた村人たちで間違いありません

しかし、それで暴動が落ち着いたとすると、その後、鞘落家のあった南磊が廃村化したのはともかく、やや離れており砥館家のあった北磊まで数十年で地図から消えるほどの速さで人が減ったというのは、少々飛躍を感じます。

何より、利倉成留たちが感じた廃村での視線は、村人たちの視線を思わせます。
それを考えると、個人的に一番しっくりくるのは、村人たちの暴動、つまり四十澤想一が逃げた夜に村も滅びたという解釈です

巡礼母娘の霊を祀っていた巡鈴堂を破壊し、持蓑として怪異を留めていた少女もいなくなったとなれば、呪いが爆発してもおかしくありません。
それが村全体を襲い、村人全員が死亡し、廃村化させたのではないかと考えます
利倉成留たちが感じたのは、その村人たちの霊の視線でしょう。
ただ村人たちがどんどん逃げていって廃村になったというだけでは、この視線の説明がつかなくなってしまいます。

四十澤想一の妻は持蓑の少女か

終章では、四十澤想一の妻=持蓑の少女説で着地させていました。
しかしこれが、個人的には疑問です

まず、そんな過酷な過去を背負った少女が、いくら能力があるとはいえ、拝み屋として活動するでしょうか。
するかもしれません。
ただ、そうだとすると、「のぞきめ」に関するノートを探りに来た南雲桂喜を毒草で殺害しようとしたとう行動にやや矛盾を感じます。
拝み屋として有名になったら、そのルーツを探る人が現れても不思議ではなく、過去を探られたくないのであれば、そんなリスクを負う活動をわざわざしていたというのは不自然に感じてしまいます

そもそも南雲桂喜を毒殺しようとした、という点が疑問でもあります。
いくら野草だったとしても南雲が死んだら事件化するでしょうし、隠蔽も難しいでしょうし、南雲殺害を察した四十澤想一が南雲に食べさせないために出前を取り続けたというのも不自然です。

また、遺言の通りだとすると、四十澤夫婦が亡くなったために著者にノートが送られてきました。
ということは、南雲がノートを手に入れて著者が四十澤にノートを送り返してから、四十澤想一が亡くなって遺言に沿ってノートが送られてくるまでの間に、四十澤妻も亡くなっていたことになります

出会った当初、大学生だった四十澤想一と10歳に満たない少女との間には、少なくとも10歳は差があるはず。
10歳下の妻が先に亡くなることはあるでしょうか?
それはもちろん、いくらでもあるでしょう。

ただ、これらすべてを総合して考えるると、四十澤想一の妻=持蓑の少女というのは、個人的にはミスリードではないかと思います
他にも大きな理由があるのですが、それ後述します。

では、そうだとすると、持蓑の少女はどうなったのでしょう。

四十澤想一は、祠を開けて絶叫しました。
なぜか。
ここまでの四十澤想一は、悲鳴を危ういところで留めることにおいてはプロフェッショナル(?)です。
あらゆる場面でひたすら、ぎりぎりのところで悲鳴を飲み込んでいます。

そんな四十澤想一が、のぞきめがいるかもしれないと覚悟を決めながら覗いた祠に本当に少女がいただけで、悲鳴をあげるどころか絶叫するでしょうか
プラスして鞘落惣一の骨壷があったのだとしても、です。

個人的には、少女の死体を見つけたのではないかと思います
雑林住職を突き落とし、鞘落家の面々を毒殺した少女は、母親の復讐を果たしました。
自分を捧げるほど大切な存在だった母親も失った少女が、祠に隠れてやり過ごしてまで生きようとするだろうかといえば、復讐を果たした少女もまた毒草を食べるなりして自殺したのではないかと考えます
少女の壮絶な死体を発見したから、四十澤想一は絶叫したのです。
もしかすると、その死体の目は、っとこちらを見ていたかもしれません。

利倉成留たちに起こったこと

それが過去の出来事だと考えると、利倉成留たちに起こった怪異もやや理解しやすくなります。

まず、上述した流れで、侶磊村は廃村と化しました。
持蓑の少女が死に、怒りと恐怖に駆られた村人たちにより巡鈴堂と祠が破壊されたことで、過去の巡礼母娘たちの霊と持蓑の少女の霊が合体して、さらに強力な怪異となったのです
最悪ですね。

雑林住職や鞘落家の面々を殺したのは怪異ではなく少女だったにしても、全員がお腹から捩れていたのはオカルト要素もないと説明がつきません。
過去の巡礼母娘たちの恨みによるオカルトの要素も実在したというのが前提です

そんな怪異が村を滅ぼし、境界線であった大岩もその内部からの圧力に耐えられなくなりヒビが入りました。
そんな中、のこのこやってきてのこのこ導かれた利倉成留たちが巻き込まれてしまったのでしょう。
村を超えて外部にガンガン呪いを与えるほどの力まではなかったようですが、境界が曖昧になったことで少し行動範囲が広がり、村に招き入れては取り憑いて拡散させていくぐらいの力があったのかなと思います。

城戸勇太郎の転落死は、岩登和世が突き落としたと考えています
城戸勇太郎=雑林住職の血縁・子孫説を採用すれば、持蓑の少女の霊も混ざった怪異が取り憑いた岩登和世が、雑林住職の最期と同じように突き落として殺したとしても不思議ではありません。
城戸=浄土は若干強引なような、個人的には「生草(いぐさ)」さんで「なまぐさ」とも読めたりする方が雑林住職には合っているような気もしますが、「雑林住職に相応しく」ではなく「寺の住職に相応しく」だったので、とりあえず城戸説を採用しておきます。

その他の経緯は終章の解説通りでだいたい合っていると思いますが、これだけ怪異が進化しているのは、過去の巡礼母娘たちの霊に持蓑の少女の霊まで合わさったからと考えるのが一番しっくりきます
そう考えると、やはり四十澤妻=持蓑の少女の可能性は低いのではないかと思います。

実は他にも、それを支持する部分がありました。
それは、部屋に閉じこもった岩登和世の「騙されないから」という言葉です。
この言葉は、外から声をかける阿井里彩子にぶつけられた台詞でした。
「部屋の外にいるんは、本物の阿井里彩子と利倉成留やない。騙そうとしても騙されんからな」という宣言。
それはまさに、母親が生きているかのように騙された持蓑の少女による思考としか考えられません

転落死が多い理由

最後に、転落死が多かった点について。
転落死したのは、鞘落惣一、雑林住職、鞘落訓子、そして城戸勇太郎です。

これはほぼ上述なり作中で解説されていますが、雑林住職と鞘落訓子は、持蓑の少女が突き落としたと考えられます。
城戸勇太郎も上述した通り、雑林住職の子孫であったがゆえと考えられるでしょう。

では、その起点となった鞘落惣一はなぜ転落死したのか。
この点はいまいちはっきりしませんが、考えられるのはやはり作中で説明されている通り、蒼龍郷においてのぞきめを祓う方法を探っていたからでしょう

ただ、この時点では大岩もヒビが入らず存在しますし、村を出てからの鞘落惣一にはこれまで何の影響もなかったことを考えると、のぞきめはなぜそんな遠征ができたのか、という疑問が生じます。

一つ目の仮説は、のぞきめらしく「ずっと見ていた」という可能性です
村を出たとて鞘落家の人間なので、惣一もずっと見張られていた可能性はあります。
ただ、鎮女の風習にはあまり関わっていませんし、持蓑の少女にも好かれるほどに優しい心を持った惣一なので、関わりたくなくて村を出たなら、と見逃されていたのかもしれません。
それがしかし、友人にすべてを話し、解決方法を探し始めたので、襲われたというのが一つ。

二つ目の仮説は、怪異ネットワークのようなもの(半分ふざけていますが、半分真面目)。
蒼龍郷の怪異さんたちが、「お宅のところの惣一さんがこんなことを調べ回ってますよ」と侶磊村の怪異さんに連絡。
それを受けて実は遠征できる侶磊村怪異が出張したか、あるいは「うちはこういう風に追い詰めるんで、そちらでどうかやっていただけませんか」と蒼龍郷怪異に伝えて、蒼龍郷怪異がのぞきめを真似て惣一を追い詰めた可能性。

あるいは、三つ目の仮説として、鞘落惣一が自滅した可能性もあるかもしれません
四十澤想一にすべてを話し、解決方法を探し始めたことで繊細の彼の精神が敏感になり、ありもしない視線を感じるようになり、怯えて転落死。
実はこれが、一番可能性としては高いのかも。

いずれにせよ、鞘落家の因縁のせいで惣一が転落死したのは間違いありません
慕っていた惣一が鞘落家の因縁のせいで転落死したことを耳にした持蓑の少女が、復讐の際に突き落として転落死させるという方法を取った考えても不思議ではありません。
もちろん、10歳に満たない少女が大人を殺すのは難しいので、ただ確実で手っ取り早い方法だったからかもしれませんが。

鞘落惣一絡みで最後に付け加えておくと、惣一が言っていた「ある人」は、個人的には砥館隺蔵かなと感じました
これは根拠はありませんが、雑林住職はあまり信頼できる感じでもなく、荒々しい方法を試すなど惣一とは方向性が違いそうでしたし、何より作中でも言われている通り、信頼できない人物だったとしてもわざわざ「ある人」とぼやかす必要もありません。
そう考えると、表立って協力してもらっているとは言いづらい人、それによって迷惑をかけたくない人なのでは。
とすればそれは、砥館隺蔵なのではないでしょうか。

などなど、他にも色々細かい謎はありますが、ひとまずこのあたりにしておきます。
個人的には少なくとも「持蓑の少女は死んでいたのでは?」説はけっこう可能性が高いのではないかと思います。
つまり、終章の「僕」の考察を、著者による解説として信用してはならないということです
それをただただ鵜呑みにして、自分なりにのぞきめについてしっかり考えないと、もしかすると……。

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