【小説】原浩『身から出た闇』(ネタバレ感想・考察)

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原浩『身から出た闇』の表紙
(C)KADOKAWA CORPORATION.
目次

作品の概要と感想とちょっとだけ考察(ネタバレあり)

タイトル:身から出た闇
著者:原浩
出版社:KADOKAWA
発売日:2025年8月25日

これは私が、角川ホラー文庫編集部から依頼を受けた連作短編集です。
駆け出しの私に依頼が来るだけありがたく、最初は喜んで引き受けた作品でした。
しかし、短編を提出するごとに、担当編集の休職が発生している以上、これを刊行するという編集部の判断が、正しいのか分かりません。
※このあらすじは、原浩氏の強硬な主張により、挿入されたものです。編集部の意図とは相違があります。本作は、あなたが望んでいる作品です。


『火喰い鳥を、喰う』で第40回横溝正史ミステリ&ホラー大賞《大賞》を受賞してデビューした原浩による、単著4作目。
読むのは『火喰い鳥を、喰う』に続き2作目で、その間に出版されている『蜘蛛の牢より落つるもの』『やまのめの六人』も積んでいるのですが、気になった本作を先に読んでしまいました。

本作は短編集でありながら、幕間によって繋がりが生じ、モキュメンタリー風にまとまるという凝った作り。
流行のモキュメンタリーに乗ったようでありながら、量産されているようなシンプルなモキュメンタリーに留まらないところがさすがです。
短編はそれぞれ単体の創作ホラーとして楽しめますし、全体を通して見れば「事実なのか?」というモキュメンタリーとして楽しめる
一粒で二度美味しい。

個人的には、本作をあまりモキュメンタリーとしては括っていません。
現実に侵食してくるような作りの作品は、近年「モキュメンタリー」という用語が流行る以前から存在していました。
個人的には「現実浸食系」と「モキュメンタリー」は似て非なるものだと思っており、その違いを詳細に語るのはここでは避けますが、本作は前者に位置付けています。
小野不由美『残穢』や芦沢央『火のないところに煙は』などに近い印象。

完成度の高さは言わずもがなですが、短編がそれぞれ独立してしっかりと面白いのが、デビュー間もないとは思えない貫録を感じさせます。
そしてそれを貫く幕間も、横溝正史ミステリ&ホラー大賞で受賞しているからこそのKADOKAWAや角川ホラー文庫編集部を使ったネタ。
もちろん別に受賞していなくても使えるでしょうが、カクヨムなど小説投稿サイトにおけるモキュメンタリーは無名であるほどリアリティが増すのに対して、商業作家として活躍されている方にしかできない方法であるのは間違いありません

短編は、それぞれキーアイテムが身近なところが、読んでいる側にも不安を抱かせます。
誰もが日常触れるものを使って、日常からのちょっとしたズレを恐怖に繋げていくテクニックが非常に巧み。
ホラーはすべて日常からのズレを描いていると言っても過言ではありませんが、日常の解像度が高いので、自分の日常にも当てはめて想像しやすいのです。
本作は特に「読者それぞれに落とし込める」という点に重きが置かれているので顕著でした。

全体を通して見ると、現実的で身近なキーアイテムを使ってリアリティを維持しつつ、オカルトでありながらもファンタジーのような、日常のすぐそばにある異界を織り交ぜるのが著者の得意技であるように感じました
『火喰い鳥を、喰う』はファンタジー(SF?)っぽさがさらに強かったですが、本作の短編いずれもその傾向があり、がっつりホラーというより「世にも奇妙な物語」系の作風である印象です。
それだけに、何とも言えない不気味さが印象に残りました。

色々と飛躍した発想は、ともすれば荒唐無稽な印象になりかねませんが、描写が非常に上手いために、現実に起こったこととして想像しやすいのも見逃せない点です。
『夜市』の常川恒太郎などもそうですが、幻想的な作風のホラーで人気の作家は、筆力が尋常ではないと感じさせられることが多くあります。
リアルなホラーも好きですが、作家の中にある独自の世界観を共有してもらえる面白さも何ものにも代え難いものがあり、それを提供してくれる原浩は今後も楽しみな作家のお一人です。

以下、簡単にそれぞれの感想を。

トゥルージー

一時期流行ったBeReal(やったことはないです)をモデルとしていると思われる1作。
SNSの中でも流行のものを取り入れつつ、それに合った内容のホラーを考えるというのは非常に高度だと思います。
鮮度が失われることを恐れない攻めの姿勢も好きです。

トゥルージー(BeReal)ではなくとも、何かしらのSNSをまったくやっていない人というのは、現代では少数かもしれません。
そんな現代ならではのツールを使いながらも、繰り広げられる怪異はほとんど古典的なメリーさんと言っても良いでしょう
換骨奪胎でもこれだけ現代的で個性を出せるというのを教えてくれる作品でもありました。

怪異はもちろんですが、SNSへの依存や現代的な人間関係の難しさや息苦しさも詰め込まれていた作品でした。
自分だけが情報から取り残される恐怖をFOMO(フォーモ/Fear Of Missing Out)と言いますが、現代の若者にとって仲間たちから取り残されることは、怪異以上の恐怖になり得るのかもしれません。

裏の橋を渡る

短編5作の中では一番幻想的で、『火喰い鳥を、喰う』を読んだときに近い感覚を抱いた作品でした。
これも橋という身近でそうそう回避できない物(しかも橋と認識できていないこともある)を恐怖の対象としているところが魅力的で、主人公の晴美はいわば「橋恐怖症」とでも呼べそうな状態になっており、どんどんと日常生活が制限されてしまう恐怖症に悩む人の不自由さや怖さなども垣間見える内容になっていました。

指示した絵を描いてもらう心理検査の描画法においては、川は無意識や精神エネルギーと解釈することがあります。
そんな川にかかる橋は、現実的な適応力や、分断された両側を繋ぐものとして、ポジティブな意味合いで解釈されることが少なくありません。

しかし、その橋の裏側というのがまた興味深いものでした。
恐ろしいのは、橋の下を流れる川ではなく、橋そのものの裏側。
物事は常に表裏一体です。
橋の裏側なんて普段目にする機会はないので、言われてみれば確かに何かが潜んでいる想像をしやすい場所でもあります。
タイトルも家の裏にあった橋を指していますし、本作は「裏側」がキーワードになっていました

本作全体を通して考えると、橋の裏の怪異は存在したにせよ、もしかすると晴美の罪悪感が生み出してしまった、あるいは呼び寄せてしまった可能性もあったのかもしれません。
怖がって逃げようとするほど恐怖心がさらに大きくなっていくというのは、恐怖症の心性にも通じます。

おおじいちゃんが助けてくれたようなシーンは、『火喰い鳥を、喰う』に通ずる壮大さを感じました。
個人では太刀打ちできないような怪異も、数多くあるのでしょう。

らくがき

本作の短編集はいずれも「日常の中の些細な異常や異変に気づいてしまった者たち」が共通して描かれていた印象ですが、それが一番顕著だったのがこの「らくがき」でしょう
一番ミステリィ要素が強い作品でもありました。

これから死ぬ者を示しているという落書き。
普段目に留めないような些細なものに注目することにより、見えていなかった重大なものが見えるようになるという逆説を生んでいました。

しかし、気づいてしまったが最後、生涯それに囚われてしまう。
理不尽ですが、理不尽さこそ呪いの怖さです。

正直言えば、あのような曖昧なヒントを知ったとて何ができるわけでもないので、まさしく呪いと言えるでしょう。
会長は上手くタイミングが合って東日本大震災を回避できたようですが、そのように活用できる機会は限られているので、割に合うとは言えません。

ちなみにですが、この東日本大震災の扱い方は、ちょっとどうかなと思ってしまいました。
事実を絡めるのはリアリティが増しますが、難しいですね。

「籠の中」執筆に関わる一連の出来事

この作品が一番、単体でモキュメンタリー風でしょうか。
作家と編集部のメールのやり取りを通して作品が完成していくプロセスを見られるという点は、八方鈴斗『Re:Re:Re:Re:ホラー小説のプロット案』を思い出しました。
実際のものではないにしても、単純に制作過程が垣間見れるだけでも興味深く面白い。

エレベータでの恐怖が描かれる作品は珍しいというほどでもないかと思いますが、エレベータメインというのはやや珍しいでしょうか。
作中でも言及されている通り、動きが乏しくなってしまうので難しそうです。
ワン・シチュエーションが一つのジャンルと化している映画においては『デビル』や『デス・フロア』など基本ずっとエレベータ内だけで展開されていく作品が浮かびますが、小説だとなかなか浮かびません(知らないだけ、の可能性も高いですが)。

その一方で、ホラー作品の中ではエレベータを使った演出は非常に多いように感じます。
メインではなくともホラー作品でエレベータが用いられやすいのは、切り離された閉鎖空間であり、極端に言えば異空間じみた感覚が強いからでしょう
閉所恐怖症の人にはそれだけでも恐怖の対象となり得ますし、2ちゃんねるのオカルト板における「エレベータで異界に行く方法」が有名ですが、あり得ない世界へ行く装置としても機能します。
『フェイクドキュメンタリーQ』の「- (basement) – BASEMENT」という作品も印象に残っています。

そんなホラーとの相性が良いエレベータですが、小説で人食いエレベータが出てくるというのは、なかなか斬新。
ひたすら不気味さと不穏が続くじわじわした恐怖から、最後はメールでも言及されていた通りB級スプラッタで跳ね上がる展開、好きでした。
「籠の中」自体もシンプルに面白いですし、それをメタるメールのやり取りが不穏になっていくのも、最近ではベタではありますがやはり見せ方が巧かったです。

828の1

『潰える 最恐の書き下ろしアンソロジー』に先行収録(?)されていた1作。
謎の数字の真相は、個人がそれぞれ持っている死の原体験が生み出した、オーダーメイドの死神でした。

何より恐ろしいのは、その死神が自分にしか感じ取れないという点でしょう
他の人には見えなかったり信じてもらえなかったりして孤立するのはホラーの定番ですが、本作の死神はその仕組みからして、もうどう足掻いても自分以外には感じ取れないのが明確です。
しかも死の原体験をベースにしているというのは、トラウマ的な記憶が呼び起こされるわけであり、二重の恐怖として体験されるでしょう。

『潰える 最恐の書き下ろしアンソロジー』でも印象に残っていましたが、ただ流用されているだけではなく、『身から出た闇』に収録されることで、さらにその恐怖感が増す仕掛けになっているところも見事でした。

序章~編集者との打ち合わせ~終章

著者である原浩のメタ的な文章で物語を一つにまとめるモキュメンタリー的演出。
ですが、近年流行りのモキュメンタリーに比べて曖昧だったり投げっ放しな部分が少なく、綺麗にまとまっているところがさすがでした。
結局何だったのか?と考える余地や謎は残りつつも、不全感が残るものではなく、人智を越えた何かに導かれた恐怖が残ります。
その分、ああだこうだと多様な可能性を考察する感じではありませんが、個人的にはこれぐらいのバランスが好きです。

大まかな図式としては、とにかく怖く恐ろしいホラーを求める角川ホラー文庫編集部が生み出した闇が元凶でした。
いや、角川ホラー文庫にそのような禍々しい願いを投影し闇を生み出したのは、ほかならぬ我々ホラーファンです

とにかくもっと怖いものを読みたい。

さらには、そのように純粋に恐怖を求める気持ちだけではなく、批判もあったでしょう。
こんなつまらない作品を出すなんて。
全然怖くないじゃないか。
そんな感想は読者の未熟さを露呈する独りよがりでしかありませんが、それがぶつけられてしまうのは著者であり編集部です。
「角川ホラー文庫」という有名なレーベルに向けて、というのも多くあるでしょう。

そんな怨念とも言えるようなホラーへの執着まで投影されて生まれたのが、「とにかく怖けりゃいいんだろ?」とでもいうようなケンカ腰の怪異?概念?思念?でした
それが具現化した存在が、菰田だったのでしょうか。
フィクションで満足できなくなったホラー廃人を満足させるために、「読者諸氏が本書から自身に通じる部分を見出すことで、それがかたちとなり、障りとなり、血肉を伴って読者の身辺に現れる」という実害を厭わないレベルの作品が生み出されたのでした。

『身から出た闇』というタイトルは、改めて言うまでもなく「身から出た錆」に由来しているでしょう。
いわゆる自業自得を表すことわざですが、「読んだから呪われる」という自業自得系は多々あれど、「そもそもこんな本を生み出させたのも自業自得」という新しい形の自業自得まで、ホラー好きは生み出してしまったのでした

原浩『身から出た闇』の表紙

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