【映画】ザ・キラー(ネタバレ感想・心理学的考察)

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作品の概要と感想とちょっとだけ考察(ネタバレあり)

ある任務失敗により、雇い主を相手に戦うことになった暗殺者。
世界中で追跡劇を繰り広げる彼は、それがかたき討ちであっても目的遂行に個人的な感情を持ち込まないよう自分自身と闘い続ける──。

2013年製作、アメリカの作品。
原題も『The Killer』。

デビッド・フィンチャー監督にアンドリュー・ケビン・ウォーカー脚本という『セブン』のコンビ。
『セブン』が好きなので、観に行かないわけにはいきませんでした。

とはいえ、ほぼ情報を入れずに行ったので実は観に行くまで知らなかったのですが、フランスにおける同名のグラフィックノベルが原作のようでした。
そう言われると確かに、画の美しさと独白の多さは、コミックっぽさも感じます。

とある暗殺者の、ミスから始まる復讐劇。
若干、逆ギレと言えなくもありません
それはさておき、暗殺者とか大好きな厨二病患者なので、最高に楽しく好きな作品でした。

暗殺者もののフィクション作品は無数にありますが、本作はよりリアル寄りな「動」ではなく「静」の作品
それでもまったく飽きることなく2時間弱を駆け抜けるのは、出演者たち全員の素晴らしさはもちろん、画の美しさ、効果的な音楽、カメラワークや編集といったデビッド・フィンチャー監督の手腕によるものなのでしょう。
とか言いながらまだたぶん『セブン』以外観ていないので、これから他も観ていきたいです。


暗殺者とはいえ、実際にターゲットを殺害するのは時間にすればほんの一瞬。
ほとんどの時間は、その入念な準備に費やされます。
派手なイメージがありながらその実態はほとんど地味というか地道な積み重ねというのは、弁護士とかオリンピック選手とか、その辺のイメージと被りました。

そのため、ド派手なアクション映画ではなく、まるで「プロフェッショナル 仕事の流儀。本日はベテラン暗殺者に密着しました」みたいな印象
クールにスタイリッシュ。
でもけっこう抜けていて人間味溢れる主人公がとても魅力的でした。

個人的に本作で特徴的に感じたのは、まさにその地味さです。
緩急のつけ方が素晴らしい。
特に、冒頭で最初のターゲットを撃とうとするまでの長さ。
機会を窺いながら、暗殺のためのルーティーンや、食事、ヨガといった日常が、主人公のモノローグを中心に長々と繰り返されます。

下手をすれば退屈にすら感じてしまいかねない長さですが、この待ち時間の退屈さこそが暗殺者の日常であり、仕事の大部分なのだろうな、と感じさせます。
仕事はとにかく孤独なので、語り合う相手は自分のみ。
そりゃあ独り言も増えます。

しかしその一方で、常に油断ならないというのが、重低音や不協和音を中心としたBGMに表れていました
平和だったり美しいロケーションのシーンでもあの音楽が流れていたのが印象的で、一定のリズムで刻まれる重低音は、心音ともオーバーラップしました。
いつ自分が狙われるかわからない裏稼業にとっては、気の抜ける瞬間などほとんどないでしょう。
ちなみに、個人的にはこの音楽が本作においてはとても重要に感じられたのですが、この重々しさは映画館でないと味わえなかったと思うので、映画館で観られて良かった。

そして、その重々しい不安定なBGMをかき消していたのが、イヤホンで聴いている音楽でした
この音楽の使い方もまたとても効果的。
使っていたのはたぶん今は懐かしきiPod nanoだったように見えましたが、いずれにせよスマホではなく音楽再生に特化したミュージックプレーヤーを使っていたのは間違いなく、そのこだわりやレトロさも良い。


それこそ映画のような派手な無敵暗殺者ではなく、現実の暗殺者に必要なのは、作中でも述べていた通り「溶け込むこと」です。
マクドナルドを食べたり、スターバックスを飲んだり、Amazonを使って道具を調達したりと、一般人と同じく有名巨大企業の商品を消費する名前もわからない暗殺者。
それでありながら確固たる個性を放っていたのは、こちらも初めて見たのですが、マイケル・ファスベンダーの演技の素晴らしさによるものでした。
あの歳であれだけ動けるのがすごいのはもちろん、ヨガの姿勢の美しさと柔らかさ。
あらゆる所作の美しさやスタイリッシュさは、ああいった柔軟性や体幹のなせるわざなのでしょう。

主人公の名前はもちろん、過去や背景は一切語られないのも、個人的には良かったです。
生きるのはあくまでも「今」のみ。

そういったリアル感の一方でエンタメ性にも溢れており、暗殺者の復讐劇というのは、それだけで熱いものがあります。
派手なアクションはほぼなかったとはいえ、暗い家での対決はとてもかっこ良く、主人公が強すぎないのも良い
にしても、お互いタフすぎましたが。
犬を殺さなかったところもプロらしく偉いですが、あのままだと犬も家事に巻き込まれたんじゃないかと心配。
色々とタイミングが良すぎる部分は目立ちましたが、エンタメであり、スピーディなテンポ感を維持する役目を果たしていたと捉えるべきでしょう。

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考察:アイデンティティを取り戻す旅(ネタバレあり)

ストーリーとしては比較的シンプルで、考察というほどではありませんが、少しだけ。

クールで無慈悲な殺しっぷりが魅力の主人公でしたが、忘れてはいけません、本作の発端は自分のミスでした
過去が描かれない分、主人公がどれだけ暗殺者稼業をやっているのかはわかりませんでしたが、少なくともそれなりにベテランの域であることは間違いないでしょう。
暗殺者にとって、小さなミスは自分の死に直結します。
それなりに暗殺者稼業を続けてきたということは、これまで失敗をしてこなったことと同義。
もともと抜けていたり凡ミスをするような人間ではなかったはずです。

どれだけ入念に準備して、毎回ルーティーンの儀式を行い、油断しないように自戒したとしても、どうしても慣れていってしまうのが人間です
素人目ですら「え、あのタイミングで撃つ?」と思ってしまいましたが、それも「慣れ」によるものだったのかもしれません。

その点も踏まえると、本作はパートナーを襲撃されたことの復讐劇でありながら、主人公のアイデンティティを取り戻す物語であるようにも感じました
片手間や趣味で暗殺者稼業ができるわけもないので、彼の人生のほとんどは暗殺者の仕事で埋められてきたはず。
つまり、暗殺者こそが彼のアイデンティティであり、任務の失敗というのは、自分や家族の命だけではなく、彼のアイデンティティそのものを脅かすものとなります

大切なものや守るものがあるというのは、その人の生きがいにもなり、弱点にもなり得ます。
年齢を重ねるごとに、人間は意識するにせよしないにせよ、自分の中に様々なものが積み重なっていきます。
それは強みにもなれば、弱みにもなる。

家族を作ったというのも、年齢や彼の弱さによるものだったかもしれません。
それらを引っくるめてアイデンティティであり、「弱い=悪い」ではありません。
弱さこそ人間らしさであり、それがちょくちょく垣間見えたからこそ、主人公の人間味が際立っていました。

いずれにせよ、暗殺の失敗により、彼のアイデンティティも、大切なものである家族も、喪失の危機に脅かされることになりました。
それらの喪失はもしかすると、自分の死よりも恐ろしいことかもしれません
すべてを失ってなお生きていかないといけないというのは、とても辛いことです。

そのため、彼の復讐劇は、自分の命を守ったり、パートナーを傷つけたことへの復讐といった意味合い以上に、自分のアイデンティティを賭けた戦いであったとも捉えられます
暗殺者とは、相手がどれだけ隠れたり防御しても殺害することにこそ価値があります。
むしろ、それだけが価値とも言えるでしょう。

最後の最後にクライアントを殺害しなかったことも、復讐ということ以上にアイデンティティを取り戻すことが目的であったと考えれば、納得しやすくなります。
「殺害すること」ではなく「自分はいつでもお前を殺そうと思えば殺せるのだ」という優位性。
綿棒と表現するにはあまりにもかっこ良すぎて、登場時間の割に圧倒的な存在感を残したティルダ・スウィントン演じるエキスパートが言っていた通り、「いつでも相手の前に現れて任務を遂行できる」という感覚こそが彼のアイデンティティであり、それを取り戻すことこそが本作における彼の旅の大きな目的だったのです。

そのため、最後に無事に退院したらしいパートナーとても穏やかな時間を過ごせていたのは、彼がアイデンティティを取り戻せたからと言えるでしょう。
パートナーが回復したとしても、ただ拠点を変えて逃げただけであれば、あのような穏やかさはなかったはずです。
もちろん、あの仕事をしている限り、エキスパートが言っていた通り「その時」には常に備えているはずですが、それでもそれが「今」ではないと信じ、好きな食事やお酒を楽しんだり、家族との時間を過ごす幸せを噛み締めたりするのが人間なのです。

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