作品の概要と感想とちょっとだけ考察(ネタバレあり)
シングルマザーのジェシカは愛する子どもたちと新生活を始めようとした矢先、怒った元恋人ロブにより家の貯蔵庫に閉じ込められてしまう。
ロブが連れて来た友人サミーは小児性犯罪者で、ジェシカは子どもたちを守るべく必死で密室からの脱出を図るが──。
2022年製作、アメリカの作品。
原題は『Shut in』でそのまま「閉じ込められる」といった意味。
『トジコメ』という邦題は『アオラレ』のヒットに便乗したのは間違いなく、ポスターにも潔く「『アオラレ』に続く〜」と書かれています。
細かいですが、『トジコメ』だと閉じ込める側の印象なので、ロブ視点っぽいタイトルになってしまいますね。
「トジコメラレ」は語呂が悪すぎますが。
しかし、『アオラレ』は原題が『Unhinged』(「(精神的に)不安定な、錯乱した」といった意)で、内容も煽り運転は一つの要素に過ぎません。
『トジコメ』の方が内容にはしっかりと合っている気がしますが、シンプルで丁寧なシチュエーション・スリラーなので、若干タイトルで損をしている気もします。
そんなわけで、「貯蔵庫に閉じ込められちゃった!」というシンプルなシチュエーション・スリラー。
シチュエーション・スリラーは、どのように脱出困難だったり危機的な状況を作り上げるかが鍵です。
本作は、自分の家で閉じ込められてしまうという何とも間抜けなシチュエーションではありますが、その状況に陥る過程が自然というか違和感はありませんでした。
脱出の困難さも、何とかなりそうでならないもどかしさの加減が絶妙でした。
どうにか突破できそうでできないドア。
右手を怪我をしているので思い切り行動できない不自由さ。
会話はできるけれどまだ判断能力が十分ではない年齢の娘。
さらに外には、恐ろしい薬物中毒の小児性犯罪者にDV元カレ。
森の中にある祖母の家で、少なくとも歩いて行ける範囲にご近所さんはほぼいなさそう。
引っ越し間近で、荷物も少なめ。
お金がなくて携帯電話の使用も制限されており、さらには奪われてしまう。
と、踏んだり蹴ったりすぎる状況ですが、色々と物資が足りない状況の作り上げ方も巧みでした。
そもそも、あのような閉じ込められかねない(実際に過去にも何回か閉じ込められたらしい)貯蔵庫があって、自分と幼い子どもしかおらず、近所に頼れる人もいないのに、ブロックを挟んだだけで入ってしまったのはどうかと思いますが、自分の家だからこその油断でしょう。
狭い場所に閉じ込められるというシチュエーションの中でも極端な状況を描いている作品の代表は、目覚めたら土中の棺に閉じ込められていた『[リミット]』だと思っていますが、本作はそのような非日常的な極限状況とは対照的で、日常の延長のようなシチュエーション。
ジェシカが意外とのんびりしていたこともあって、緊迫感はそれほど強くありませんでしたが、実際にあり得そうな身近さは良かったです。
どうにかなりそうでならない、仲間もいるけどあまり頼りにならない、他にも恐怖の対象がいる、といった構図では、スキー場でリフトの上に取り残される『フローズン』にも近い印象を受けました。
ワンシチュエーションモノは、状況や設定が違うだけで根本的な構図はやはり似ているのでしょう。
個人的な話、振り返ってみれば『フローズン』を観たのは2022年の年末でした。
2023年の年末は『トジコメ』を観たわけなので、年末にワンシチュエーション・スリラーを観たくなるのかな。
というのは誤った解釈で、ワンシチュエーションモノは好きなので定期的に観ているから、たまたま年末にも重なった、というのがおそらく正解。
このような事実の誤認や印象操作には気をつけましょう。
話を戻すと、上述した通り、本作はかなりシンプルながら丁寧な作りのシチュエーション・スリラーでした。
あまり観たことがない人にもおすすめできますし、シチュエーション・スリラー好きにもおすすめできるでしょう。
ただ、シチュエーション・スリラーとして斬新な点はあまり見受けられないので、スタンダードなシチュエーション・スリラーにマンネリ化している人には物足りないかも。
動きの少ないシチュエーション・スリラーの場合、物語を動かすには、脱出や解決のために色々と試行錯誤するか、登場人物同士で揉めるか、というのが主な時間稼ぎになります。
本作では両方取り入れつつ、後者が強かった印象です。
問題の元凶にもなったロブとサミーが、ひたすらイライラさせるキャラなのが難点と言えば難点。
なので、全部が繋がるあまりにも綺麗なラストは若干強引さも感じましたが、ロブとサミーによるイライラ度は同系統の作品の中でも高めなので、2人がしっかりと死んでほっこりハッピーエンドというのは、バランスは取れているように思います。
優れた未製作脚本を称える“2019年ブラックリスト”にランクインした脚本を映画化した作品のようなので、その点も踏まえれば、綺麗なまとまり方をしているのも納得。
綺麗なラストとはいえ、恐ろしい思いをした上に2人が死んだあの家に住み続けるというのは、なかなかの選択と言えます。
床や天井の脆さも今回のトラブルで露呈してしまったので、修理や改修もかなりのお金がかかったはず。
そこはおばあちゃんからのお金(相続税とか大丈夫なのかな)でどうにかしたのかもしれませんが、そもそもあの2人の死体はどうしたのか、正当防衛で通ったのか、などは気にはなりますが、そこまで描いたら冗長になってしまっていたでしょう。
個人的には、2人が揉めてロブがサミーを殺し(これは事実ですし)、ロブはドラッグでハイになって転落死した、とでも報告したのかな、と妄想しています。
あるいは、誰もいない森の中の家。
埋める場所はいくらでもあるわけで、実は隠蔽していた……とするとラストの印象はちょっと変わりますね。
りんごの木の下に埋めていたら完全にホラー。
あとは、娘のレイニーが、思った通りに動いてくれなくて大人目線で見るとついついもどかしく感じてしまう面と、必死に頑張っている可愛い面とのバランスが絶妙で、演技も上手でした。
5歳ぐらいでしょうか。
何回も聞こえるたったったっという足音がとにかく可愛い。
弟のメイソンもただただ可愛かったですが、大雨に打たれていたのはかわいそう。
あそこはメイソンをレイニーに預けてジェシカが一人で車に行っても良かった気がしますが、離れるのが怖かったのかなとは想像できます。
主人公のジェシカを演じたレイニー・クアリーの演技が自然であったところも、シチュエーション・スリラーとしては大事なポイント。
どうしても一人での演技や独り言が多くなるので、難しいこと間違いなし。
いっぱいいっぱいになって子どもの言動にイラッとしながらも何とか抑えてコントロールしているような様子も、しっかりと伝わってきました。
ちなみに、出演作を観たことはなかったのですが、サミーを演じていたヴィンセント・ギャロは名前は知っていたので、贅沢な使い方。
薬物依存で小児性愛犯罪者と、なかなか救いようがないキャラでしたが。
途中、絶対死んではいないだろうなと思いつつ、あれだけ元気に動いていたのはさすがにすごい。
聖書、十字架、りんご、手に釘と、キリスト教の要素も散りばめられていました。
ストーリー上、聖書の内容などが絡められていたのかはわかりませんが、祖母の家だったので、クリスチャンだったのはおばあちゃんでしょう。
ただ、ドラッグやアルコールなど、当事者が支援し合う自助グループのほとんどは「スピリチュアルモデル(12ステップモデル)」に基づいています。
ジェシカが聖書片手に葛藤したのは、信仰心というよりも、祖母への想いや、これまで自分が回復してきた過程の象徴であったのだろうと考えられます。
りんごとジェシカを重ね合わせる演出は面白かったですが、若干くどく感じてしまった面も。
特に、「りんごが傷んでも捨てないで。悪い部分を切り取っていい部分は残すの。それこそが最高のアップルバターを作るための秘訣よ」というおばあちゃんの言葉は、さすがにアップルバターの秘訣としてその言葉は選ばんやろ、と思ってしまったのは自分が捻くれているだけでしょうか。
あるいは、おばあちゃんはジェシカの状況を知って受け入れていたはずなので、そもそもがジェシカへのメッセージであった、と捉えられるかもしれません。
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