【映画】ゴーストランドの惨劇(ネタバレ感想・心理学的考察)

映画『ゴーストランドの惨劇』のポスター
(C)2017 – 5656 FILMS – INCIDENT PRODUCTIONS – MARS FILMS – LOGICAL PICTURES
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作品の概要と感想(ネタバレあり)

映画『ゴーストランドの惨劇』のシーン
(C)2017 – 5656 FILMS – INCIDENT PRODUCTIONS – MARS FILMS – LOGICAL PICTURES

人里離れた叔母の家を相続し、そこへ移り住むことになったシングルマザーのポリーンと双子の娘。
奔放で現代的な姉ベラとラブクラフトを崇拝する内向的な妹ベスは、双子でありながら正反対の性格だった。
新居へ越してきた日の夜、2人の暴漢が家に押し入ってくる──。

2018年製作、フランスとカナダの合作作品。
原題も『Incident in a Ghostland』。

個人的に大好きな作品です。
ホラー映画の中でもトップクラス。
上映当時映画館で観て、今回再鑑賞。

世間的には、同じパスカル・ロジェ監督『マーターズ』の方が衝撃も大きく、比較されて『ゴーストランドの惨劇』の方が評価が低めのことが多いようですが、自分は『ゴーストランドの惨劇』が初パスカル・ロジェ作品だったので、その後『マーターズ』も観ましたが、むしろ『ゴーストランドの惨劇』の方が好きでした。

まず何より、この屋敷の雰囲気が大好きでした。
家中に置かれた、人形を中心とした古いギミックたち。
ゴシック調の雰囲気が好きなのですが、まさにその嗜好が刺激されます。

実際、屋敷には力が入っていたらしく、パスカル・ロジェ監督が長い時間をかけてリサーチして見つけた1880年代から建つ農家の屋敷とのこと。
不穏なキャンディーカーと合わせて「どす黒いおとぎ話のような映画」がイメージされていたようですが、それが個人的にすごくハマりました。
内容などは全然違いますが、文字のイメージから、乙一の『暗黒童話』も好き。

ドアがばきぃっと破壊されるシーンは「めっちゃ『シャイニング』やん」と思いましたが、実際、色々な作品がオマージュされているようです。

この作品をホラーとすると、その怖さは、唐突に不条理な暴力・支配に晒される点でしょう。
個人的に、拷問とか監禁とかが大好き(健全な意味で)なので最高な作品ですが、その辺が苦手な方には不快感しかない映画かもしれません。
後半なんて、姉妹の顔は終始ぼっこぼこ。

この「不条理さ」はひとつ、この作品の恐怖のテーマになっているのかな、と思いました。
襲撃されるシーンも、かなり唐突。
不条理さという点は『マーターズ』とも共通していますが、『マーターズ』では宗教的な思想が背景にあったのに対して、今回の犯人2人については、動機もバックグラウンドもまったくと言っていいほど語られません。
まともな台詞すらもほぼなく、ただただ不気味で暴力的な存在として描かれています。

暴力性や絶望感が前面に現れて、そっちに引っ張られがちな作品ですが、心理学的にも興味深い点が多々ありました。
後半はそれらの点について考察していきたいと思います。



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考察:トラウマと解離と絶望と(ネタバレあり)

映画『ゴーストランドの惨劇』のシーン
(C)2017 – 5656 FILMS – INCIDENT PRODUCTIONS – MARS FILMS – LOGICAL PICTURES

「トラウマ」と「解離」

『ゴーストランドの惨劇』は「トラウマ」「解離」がキーワードになっていると感じます。
どちらも近年かなり一般的に浸透してきているので、耳にしたことがある方も少なくないはずです。

細かい専門的な定義はさておいて、ざっくり言えば、

「トラウマ(心的外傷)」は戦争や災害、事故、虐待や暴力被害など、大きな衝撃やダメージを与える出来事によって、心に重大な傷を負うこと
トラウマにより心身に変調を来すことは多くあり、これもまた有名になってきている「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」もそのひとつです。

「解離」は、記憶や意識、アイデンティティといったような、本来ひとつにまとまって連続しているものが、一時的に失われた状態
記憶がすっぽり抜け落ちている、気がついたら知らないところにいた、など。
「読書にのめり込んで、話しかけられても気がつかない」というのも、プチ解離状態と言えます。

重大な解離症状も、幼少期に虐待を受けていたなど、トラウマ的な体験によって引き起こされることがほとんどです。
解離は自己防衛的な反応で、辛い体験から心を守るために、記憶が抜け落ちたり、現実感を喪失したり、自分を他人のように外側から見つめていたり、極端な場合はそれによって別の人格が生じる(解離性同一性障害=いわゆる多重人格)ことすらあります。

ベスは、トラウマ的な経験(見知らぬ男たちに襲撃され監禁される)から解離して空想世界へ逃げ込むことで、自分の心を保っていました。
現実で戦い続けたヴェラが強いとも言えますし、もともと小説を書いていたベスは自分の空想世界に入り込む才能があったとも言えます(有名作家になってインタビューを受けている空想まで書いていましたし)。

絶望へのこだわり

『ゴーストランドの惨劇』の大きな転換点のひとつが、事件を乗り越えた先の未来だと思われていた幸せな生活が、実はベスの妄想・空想であったこと。
そのトリックには、ヒントも多かったので観ながら気がついた人も比較的多いようですが、「びっくりさせたいトリック」というより、「さらに絶望を際立たせたい演出」のように感じました。

過去に苦しめられながらも、それを小説という芸術に昇華して、家族と華やかで幸せな生活を送っているという空想への逃避(=解離)。
それが、(現実世界で戦い続けてきた)ヴェラによって現実に引き戻され、実は母親も殺されていて、ずっと監禁生活が続いていたという絶望
その対比こそが、このトリックの意図したかったところのように思います。
どんでん返し的にびっくりさせたかったわけではなく。

その執拗さは尋常ではなく、今度は現実世界で逃げ出し、警官に無事保護された……と思わせておいて、再び引き戻される更なる絶望感。
監督の、徹底した絶望感へのこだわりが感じられます。
この徹底したこだわりは、映画『ファニーゲーム』に通ずるものも感じました。

続く苦しみ

終盤、再度「完璧な世界」である空想世界に逃げ込んでからは、自ら現実世界に戻る選択をしたベス。
閉じこもっていた心の殻を自ら打ち破り、戦い、最終的には姉妹揃って助かるというハッピーエンド風ですが、あの後はまたさらなる地獄の日々が待っているはずです。

虐待されていた子どもがようやく保護された、というような、単にようやくスタート地点に立っただけでしかありません。
長期間、虐待環境に置かれていた場合のトラウマの影響は非常に大きなもので、特に双子は思春期。
「せめて命は助かって良かった」という綺麗事では済まない、苦しみの継続。
「母親は死んで自分たちだけ助かった」という罪悪感に苛まれる、サバイバーズ・ギルト。
しばらくはPTSDで苦しむでしょうし、ベスの場合は解離症状も続くのではないかと思われます。

助かったのに、「最終的に助かって良かった」……というすっきり感はまったくない。
そういうところ、好きです。

さらに言えば、この作品の巧みなところは、最後の救出されたシーンすら、現実かどうかはわからないという点です。
あれももしかしたら、ベスかもしれない。
そう思わせるような、現実と妄想が溶け合った感覚が、独特の絶望的な世界観を生み出していました。

魔女と海坊主

さて、今回は完全な「悪」というか「日常を脅かすだけの存在」として描かれていた魔女と海坊主(作中では「怪物」でしたけれども)。
結局何者だったのか全然わからない、というのも個人的には好感でした。

けれど、海坊主はたぶん知的障害として描かれていますが、「怖い」より「かわいそう」が先立ちます
魔女が海坊主の保護者かはわかりませんが、最後、海坊主が死んだときに嘆いていたところからは、単なる犯罪パートナーというだけではなく、それなりの関係性があったことが窺えます。
それなら、しっかり海坊主を社会的サポートに繋いであげてほしかった、と思ってしまうところ。

海坊主もたぶんトラウマ経験があって、人形の声が自分を罵倒する声に聴こえるという幻聴によって、思い切り暴れてから人形を抱き締めてしょんぼりしている姿は、心理学的視点からはもはや切ないものがあります。
ただ、海坊主の無邪気さゆえの、決して悪意によるものではない暴力行為は、不条理な恐怖を際立たせていました。

海坊主に少女が追いかけられるという構図は、『デメント』というゲームを思い出しました。
あれもゴシック調の世界観でのホラーで、『ゴーストランドの惨劇』が好きな方は好きなのではないかと思います。
久し振りにやりたいな。

暗いシーンが多く、魔女はあまりはっきり顔が映らないことが多かったので、髪型とファッションのせいか、魔女を思い出そうとするとどうしてもなぜか『ハリー・ポッター』のスネイプ先生が思い浮かんできてしまいます。
ごめん、スネイプ先生。


とにかく、後味悪く、賛否両論の映画であることは間違いありませんが、個人的にはBlu-rayを買おうか迷っているぐらい好きな映画でした。
パスカル・ロジェ監督に、今後も期待。

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