作品の概要と感想(ネタバレあり)
人里離れ、雪に閉ざされた豪邸。
視覚に障がいがあるひとりの少女がそこに滞在し、猫の世話をすることになる。
ところが夜闇にまぎれて忍び寄り、屋敷内に侵入する男たちの影が。
目的のためには殺人を厭わない闇の請負人である。
武器ひとつ持たないまま、圧倒的多数の強盗集団に立ち向かう盲目の少女。
果たして、彼女に生き残る道はあるのか──?
2021年製作、カナダの作品。
原題も『SEE FOR ME』。
公開当時、映画館に行こうか迷っているうちに逃してしまった1作でしたが、ようやく鑑賞。
期待通り、いや、それ以上に楽しめた作品でした。
個人的にシチュエーション・スリラーが好きなので、どんなに出来がいまいちでもある程度楽しめてしまいます。
そして本作は、内容も相性が良くとても楽しかったので、1粒で二度美味しいみたいなお得感。
景色や豪邸がとても美しく、それが本作の芸術性を底上げしていたようにも思いますが、その点は『エスター』にも似ている印象です。
豪邸、突然の侵入者からの逃走、目の見えない主人公、電話越しのサポート、スマホの活用などなど、それぞれの要素は決して目新しいものではありません。
しかし、たくさんの要素を詰め込みつつも上手くまとめ上げており、完成度が高く個性も光る1作となっていました。
侵入される側が視覚障害で目が見えない、という設定は『ドント・ブリーズ』が一番に浮かんできますが、あちらは侵入者目線で、まさかの盲目おじいちゃんが元軍人でめっちゃ強くて侵入者側が恐怖に震え上がるという、予想外の展開とギャップ萌えを楽しむ作品でした。
しかし、本作のソフィは、元スキー選手ではありましたが元軍人でもなければ、精神的には強かですが肉体的に強いわけでもありません。
そんなソフィの助けとなるのが「SEE FOR ME」なるアプリと、そのボランティアガイドとして出会ったケリーでした。
ちなみに、「SEE FOR ME」というアプリは、タイトルにもなっているのでさすがに本作オリジナルのようです。
ただ、少し調べてみたところ、ほとんど同じシステムで「Be My Eyes」というアプリが実際に存在していました。
2024年2月現在の情報によれば、700万人のボランティア、あるいはAIが対応してくれるようです。
2017年にリリースされているので、映画より先行しています。
実は「See For Me」という同じようなAIを用いたサービスも見つかったのですが、これは2023年に開発されているので、映画に影響を受けていそう(あるいは便乗?)。
ソフィを演じていたスカイラー・ダベンポートは、初主演とは思えぬ素晴らしい演技でした。
スカイラーは実際に、2012年に片麻痺性偏頭痛の発作という珍しい疾患で視力を失っているようです。
さらに、スカイラーのXのプロフィールには「An androgynous amoeba」「Asexual autistic」と書かれています。
直訳すれば「両性具有のアメーバ」「無性愛の自閉症者」となるでしょうか。
また、18歳のときに両乳房切除術を受け、名前をキャサリンからスカイラーに変更したこともポストしています。
このような、マイノリティでありながらも自分を貫く芯の強さが、本作のソフィ像にもとても合っていました。
ちなみに、スカイラーは映画では本作が初主演でしたが、それ以前から日本のアニメやゲームの英語吹き替えを多く担当している声優でもあるようです。
障害のある主人公が逃げるスリラーといえば、『RUN/ラン』も浮かんできます。
そして、『RUN/ラン』で車椅子の主人公クロエを演じたキーラ・アレンも、実際に車椅子で生活しており、そのようなリアルさが反映されている点が『シーフォーミー』とも似ています。
何となく顔も似ている気がするのですが、2人ともタレ目だからですかね。
『シーフォーミー』に話を戻すと、ソフィの主人公像が新鮮でした。
「か弱く純粋な障害のある主人公」ではなく、「障害がありまながらも強かに狡猾に生きる主人公」。
作中の台詞や、観客の反感を買うことも想定されているであろうソフィの図太い態度からは、ステレオタイプを打破したり一石を投じようという意図も見られました。
その場しのぎで自己中心的な行動を繰り返すソフィにイライラする場面もありますが、そこも含めて「弱者だから応援したくなる」という陳腐な構図に還元されておらず、個人的には良い描かれ方であったと感じます。
そして、相棒であるケリーも良いキャラでした。
元軍人でFPSゲームのプレーヤーという、こちらもなかなか奇抜な設定。
それが主観視点での指示の的確さに繋がっているところがとても面白い。
クロックポジション(時計の「〜時の方向」といった表現)での報告もFPSゲームの定番であり、ゲーム好きならニヤリとするポイントでしょう。
内容に関しても、よくあるようなシチュエーション・スリラーの定番とは一線を画すオリジナリティの高い展開も多く、その点も魅力でした。
たとえば、けっこうすぐに見つかって捕まったり、侵入者と取引をして警察官を追い返そうとしたり。
ただ逃げて戦うだけではないので、緊張感は他作品より弱めですが、テンポも良く飽きることなく駆け抜けた93分。
定番の「スマホのバッテリー切れ」後の工夫も予想できずに見事でした。
また、こういった作品では、主に主人公視点、そしてたまに(特にやられるときに)敵視点で描かれることが多いですが、『シーフォーミー』では引きの画が多かったところも印象的でした。
それにより、ニアミスの緊張感が多く、ゲーム『メタルギア・ソリッド』のようなステルスゲーム的な面白さも。
せっかくなので、ケリーから見た主観映像の視点ももう少し活かしても良かったようにも感じます。
ここまで色々なゲーム名を挙げてきた通り、ゲームっぽい要素も多いので、ゲーム化しても面白そうな作品です。
昔、PS2で『オペレーターズサイド』というゲームがありました。
プレイしたことはないのですが、これがまさに「声で主人公キャラに指示を出す」というゲームで、今振り返ってもなかなか画期的な技術とシステム。
これを活かしてケリー目線でのゲーム化はかなり面白そうですが、1人でマイクに向かって喋りながらゲームするというのはなかなかハードルも高そう。
メリハリがはっきりしているところは評価がわかれそうですが、個人的にはこれで良かったと思っています。
具体的には、やや奇抜な主人公とバディ、特殊設定を駆使した緊張感、そしてそれを切り抜ける快感に重点が置かれていて、その他の細かい部分はあえて粗いまま放置している、という意味です。
冷静に考えれば、ツッコミどころはけっこうあります。
窃盗犯のボスは、電話だと冷静でかっこよさそうだったのに、いざ現れるとかなり間抜けで、聴力が頼りの相手にわざわざ名前を呼びながら近づいたり。
他の犯人たちも、反復横跳びとかしながら近づいたら撃たれなかったかもしれません。
警察の応援の到着がだいぶ遅かったり。
あれだけ撃ち殺しても過剰防衛にならないのかな、とか。
結局大金はどうなったのかな、とか。
そもそも、依頼人のデボラの元夫が犯人というのは何となく想像もつきましたが、接点がありすぎて、うまく盗めたとしてもすぐにバレそうです。
でもそこは、デボラもデボラでけっこう悪人で、発覚するとまずいお金だったようなので、通報されない自信があった可能性は高そう。
ラスト、ソフィが再びスキーの道に挑戦するのは予想通りでしたが、パートナー、まさかのカムでした!
そこはケリーじゃないんかい、と思いましたが、それはそれでリアルかも。
そして個人的に何より気になっているのは、猫のアーチーの行方です。
いざ本格的に逃走劇が始まってからは一切登場しませんでしたが、無事ですかね。
癒し、あるいは驚かせ要因として絶対に途中で出てくると思っていたのですが、外れてしまいました。
あの事件で裏金の存在がバレたとなれば、デボラも取り調べを受けているかもしれません。
心配。
という感じで細かくは色々ありますが、あくまでも特殊状況におけるスリルを楽しむ作品として作られていることがはっきり伝わってきて、個人的にはかなり好きな1作でした。
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