作品の概要と感想(ネタバレあり)
1985年。
運び屋アンドリューはセスナ機に積んだ大量のコカインをジョージア州の森に投下するが、自分自身も誤って落下し死んでしまう。
雇い主の麻薬王シドは、信頼するフィクサーのダヴィードにコカインの回収を命じる。
一方、絵を描くことが大好きな13歳の少女ディーディーは友人と学校をサボって森へ向かうが、そこで大量のコカインを食べて凶暴になったクマに遭遇。
麻薬王一味、子どもたちとその母、警察、レンジャーら、それぞれの思惑が絡みあい、事態は思わぬ方向へと転がっていく──。
2023年、アメリカの作品。
原題も『Cocaine Bear』。
ラリックマが大暴れ。
それだけの作品で、シンプルに楽しかったです。
以上。
いやもうほんと、それだけで終わっていいぐらい、ザ・エンタテインメントな作品でした。
もちろん中身がぺらっぺらという意味ではなく、クマの怖さと可愛さ、親子の愛情を中心とした人間模様が見事に組み込まれていました。
深みがあるわけではありませんが、母親の強さとか家族愛とか生態系のことといったような何か変に社会派なメッセージが含まれているわけでもなく、こういった作品の割に下ネタはほぼなし、グロさもマイルドなので、大人から子どもまで安心して楽しめる1作。
いやいや、実はグロさはそこそこありますし、そもそもR15+なのでお子様は観てはいけません。
ただ、ノリはコメディが中心なので、苦手な人は直視しづらいレベルかもしれませんが、全体的にはライトな作り。
それは何より、音楽の影響が大きいでしょう。
緊迫したシーン、グロいシーンでもポップなBGMが流れているので、良い意味で不思議と深刻さがあまりありません。
救急車のシーンなんてだいぶグロいし緊迫しているのに、ひたすら笑えるシーンになっていたのはすごい。
登場人物たちも、いかにもアメリカのコメディといった感じ。
ただ、イライラする人がいるわけでもなく、みんなどこか憎めない側面があり、そのあたりの描かれ方も上手かったです。
そこそこ登場人物が多めな割にあまり混乱しないのも、作りが巧みなのでしょう。
そんな本作の監督は、主演を含めて多くの映画に俳優としても出演しているエリザベス・バンクス。
俳優兼監督というのも最近珍しくはありませんが、多才ですごいです。
女性監督だからか、映像も非常に美しく、演出も細やかな印象でした。
リボンをつけた犬のロゼットとか、お下品ギャグがほぼないのも同じく。
などと言うとフェミ界隈ごにょごにょから怒られるのかもしれませんがごにょごにょ、実際そういう側面はあるように思います。
本作の主演、ディーディーの母親であるサリを演じていたのは、ケリー・ラッセル。
『ダークスカイズ』でも主演で母親役を演じていましたが、残念ながらほとんど記憶なし(作品の問題ではなく自分の記憶力の問題)。
ギャングのボス、シドを演じていたレイ・リオッタは、多数の映画に出演しつつ、本作公開前の2022年にまだ67歳という若さで亡くなられているようでした。
本作の最後にも追悼メッセージが添えられていました。
本作は実話ベースとも謳われていますが、実話部分は「1985年9月11日の朝。麻薬密輸人のアンドリュー・カーター・ソーントン2世がセスナ機からコカインが入ったバッグを投げ捨てたが、本人は墜落死。投げ捨てられたコカインを食べて過剰摂取により死亡したと思われるクマが発見された」というもの。
あくまでも背景となる部分のみで、現実では人的な被害は出ていないようです。
実際に人命が失われていたら、コメディ調の作品に仕上げるのは難しかったかもしれません。
しかしまぁ、本当に完成度が高かったというか、まとめ方が上手かったなぁというのが本作の感想です。
動物パニックもの、かつコメディというのは多数存在しますが、その中でも完成度は高く感じた1作でした。
その要因としては、まず、だいたいこういった作品は、『ブラックシープ』や『ゾンビーバー』などのように、完成度が高くても低予算でチープさが漂う、あるいは工夫が凝らされているイメージが強いですが、本作はかなり本格的に作られていました。
予算もけっこうかかってそう。
クマのリアルさもかなりレベルが高く、アフリカのサバンナを舞台に描かれる本格的なライオンのパニックサバイバルアクション『ビースト』などにもまったく引けを取らないクオリティでした。
あとは上述したような、イラつかせる登場人物が少ない中で繰り広げられた適度なコメディもポイントでしょう。
コメディは「適度さ」も重要で、度が過ぎても寒くなってしまいます。
みなさんお馬鹿なのは間違いないのですが、憎めない部分があり。
そのあたり、馬鹿なときはとことん馬鹿だし、真面目なときはみんなそれぞれに信念や想いがあるメリハリがとても良かったです。
刑事のボブが死んでしまったときは残念でした。
キッド(悪ガキの1人)がエディに対して言った「トカゲは聞き上手だ。でも人間は対話もできる」という台詞は、どう考えても脈絡はおかしいのに感動する名言のように勘違いさせられるほど。
森林警備隊かつ保安官?のおばちゃんリズは、何となく『ゲーム・オブ・デス』の森林保護官のおばちゃんを思い出しました。
ちなみに、冒頭に出てきたそこそこ年配のカップルの名前は、エルサとオラフでした。
怒られるって。
いやいやそれは偶然の一致かもしれません。
にしても、よりによって男性の名前がオラフて。
日本でオラフと言えば、好きなのでもうはっきり言ってしまいますが、初代声優のピエール瀧が逮捕されたのがコカイン。
もちろん意識されたわけはないでしょうが、日本ではあまりにも意味深というかブラックな感じが強まっていました。
そういうところも、ある意味「持ってる」作品でしょうか。
メリハリで言えば、クマの怖さと可愛さのメリハリのバランスも抜群でした。
怖いときはしっかり怖く、襲われるシーンは爪の鋭さなどリアリティがありました。
一方では、急に寝ちゃう可愛さを見せたり、そして言うまでもなく子グマの可愛さはあまりにも卑怯。
シドが子グマを蹴ったときには観客全員を敵に回しましたが、銃で撃つでもなく崖から蹴り落とすでもなく、ちょっと蹴り蹴りしただけで、唯一の完全な悪役であったシドらしからぬ最低限の攻撃に留めてくれていました。
エンドロール中には少しだけ「その後」が描かれるので、見逃し注意。
ダヴィードの指を犬のロゼットが食べてしまうなど、細かい要素の回収も見事で丁寧でした。
さらには『コカイン・シープ』とか、人肉の味を覚えてしまったロゼットとか、次作に繋げられるような伏線もばっちり(たぶん違う)。
というわけで、多く語るようなポイントがあるわけではありませんが、クマは存分に大暴れしつつ可愛さも見せてくれて、人間模様は綺麗にまとまっており、良質なパニックコメディエンタメ作品でした。
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