
作品の概要と感想とちょっとだけ考察(ネタバレあり)

ジェイムスは、最愛の妻・メアリーを失い、失意の底にあり、酒に溺れている日々を送っていた。
そんなある日、失ったはずの妻から届いた一通の手紙。
それは助けを求め「サイレントヒル」で待っているという内容だった。
ジェイムスは、かつて二人で過ごし、愛し合った街「サイレントヒル」へと導かれる。
しかし、かつて思い出の場所だった街は、今や闇に飲み込まれ、不気味な霧が立ち込めるゴーストタウンと化していた──。
2026年製作、フランスとアメリカ合作作品。
原題も『Return to Silent Hill』。
どうしてこうなった。
いきなりですが、その一言に尽きてしまう1作となっておりました。
現場からは以上です。
さて、以下はすべて戯言です。
無駄にネガティブなことは書かないようにしているのですが、原作が好きゆえにほぼネガティブな愚痴になってしまうかと思いますので、苦手な方はお控えください。
また、のちほども触れますが、本作はクリストフ・ガンズ監督が自分なりに『SILENT HILL 2』を新解釈し再構築したもので、原作とは大きく異なります。
映画版の設定に対する自分なりの解釈や考察もありますが、原作ファンの自分がさほど魅力を感じられるものではないので(これは自分の問題)、ここではほとんど書いていません。
映画版の細かい設定や考察を求める方は、すみませんが他の方のサイトなどをご参照ください。
あと原作となるゲーム『SILENT HILL 2』のネタバレにもある程度触れると思うので、ご注意ください。
まず自分について語ると、ゲームの『SILENT HILL』シリーズは大好きで基本的にプレイしていますが、海外製の一部とfおよび2リメイクは未プレイ(やりたいのですがPS5がないため……)。
1作目の映画『サイレントヒル』は非常に高く評価している一方、2作目の『サイレントヒル:リベレーション』は(もはやほぼ記憶にないのですが)残念だった思い出だけが残っています。
原作愛が非常に強く感じられた映画版『サイレントヒル』のクリストフ・ガンズ監督による、シリーズ中でも屈指の名作『SILENT HILL 2』をベースとした20年振りの帰還作品。
ティーザートレーラーでも『SILENT HILL 2』らしさが感じられ、否が応でも期待が高まっていました。
それが。
それが何でこんなことに。
いやまぁ、海外で酷評され日本での映画館上映が流れた時点で覚悟はしていました。
なのでそれほどダメージはないと言えばないのですが、何でこうなってしまったのか……という残念な気持ちは拭えません。
まず、良かった点から挙げましょう。
クリストフ・ガンズ監督による、ゲームに逆輸入すらされたサイレントヒル世界の描き方は健在でした。
特に裏世界への切り替わりや裏世界の描き方は、同監督ならではのクオリティで圧巻でした。
また、映画1作目に引き続き原作の音楽を使用していたところも、山岡晃サウンド好きとしては絶大なる評価ポイント。
自分の中で映画1作目の評価が高いのも、この点が大きく影響しています。
本作にも山岡晃が関わっており、音楽も映画用に作り直しているとのことでした。
ラストのジェイムスとメアリーの再会(?)シーンで「Theme Of Laura(Reprise)」が流れただけで感動し、「これは名作なのでは?」という思考に囚われかけました。
裏世界の描写とも被りますが、クリーチャーの生々しさ、悍ましさもさすがでした。
怖い以上に生理的な嫌悪感を喚起させる造形はしっかりと維持されており、ストーリーやキャラの設定は色々改変されていましたが、それがクリーチャー像にもしっかり反映されていたところも、監督のサイレントヒル愛が感じられました。
虫大嫌い人間なのに、本作の虫はなぜか大丈夫だった。
ただ、うーん、良い点はこのぐらいになってしまうでしょうか……。
まず全体的に、中途半端感が否めません。
『SILENT HILL 2』ファンとしては、原作のコアとなる部分が失われており、抵抗が大きい。
かといって原作を知らない人には、何が何だかわかりづらいのでは、という作り。
結果、どちらからもネガティブな反応が多くなってしまったのではないか、という印象です。
ストーリーが、シンプルに引き込まれない。
『SILENT HILL 2』の魅力は、あまりにも悲しい個人の物語でした。
抑圧された感情や、自分の人生を苛み続けるトラウマ。
宗教や神といったオカルト要素も強かった『SILENT HILL』1作目に比べて、個人の心理面に大いにフォーカスされたのが2作目でした。
『SILENT HILL』は壮大な物語ですが、『SILENT HILL 2』はジェイムス個人の物語です。
それが、『リターン・トゥ・サイレントヒル』では、カルトなども絡んだなかなかに壮大な話に。
サイレントヒルの世界観としては許容範囲内(というよりむしろ得意分野)ですが、2はシリーズ1~3作の中でもやや異端であり、あくまでもジェイムス個人、そしてジェイムスとメアリー夫婦の物語で、それによってもたらされる葛藤や恐怖、怒り、絶望、喪失、罪悪感といった負の感情が蠢く暗さが魅力でした。
妻の病気、介護疲れ。
新婚旅行で一度だけ行った思い出の地。
また行こうと言いながら行けなかった、思い出の場所。
それが、メアリーがサイレントヒル出身、しかもカルト教祖の娘で虐待を受けていとなると、話は完全に別物となってしまいます。
それはそれで別に構いません。
ただ、それなら別に2をベースにしなくても良かった、というよりしないでほしかった、とまで個人的には思ってしまいました。
日本版公式サイトには、ゲームのシリーズ統括プロデューサーであり、本作のExecutive Producerでもある岡本基が以下のようにコメントしています。
この作品はゲームのリメイク版とは異なる解釈で作られたもう1つの『SILENT HILL 2』になります。
映画『リターン・トゥ・サイレントヒル』公式サイト
クリストフ・ガンズ監督の大胆にして鋭い考察によって生まれた新解釈は、多くのファンにとって刺戟的であると同時に、『SILENT HILL 2』の本質を突いた納得性も高いストーリーになっていると思います。新解釈の提供によって、ファンの皆様の考察も捗ると思います。
2001年の原作ゲームに対して、忠実に作られた2024年のリメイク版ゲームと、大胆な新解釈で作られた映画版。
どちらもお楽しみいただけるのは間違いありません。
このコメントは、個人的にはうーん……と思ってしまいました。
新解釈というよりは、完全にオリジナル設定を流用した再構築の域。
原作の本質が失われているように感じられてしまったのが、クリストフ・ガンズ監督の描くサイレントヒルが好きなだけに、残念でした。
ゲームを完全再現するだけなら、映画化する必要はないでしょう。
どんどんとリアルになる映像で作られたリメイク版もある今ならなおさらです。
なので、映画に最適化された形で改変することに異議はありません。
しかし、当初は原作に忠実に沿うかのような宣伝だった記憶もあるので、その期待との違いがまた批判の種になったような(宣伝の問題かもですが)。
ただ、明らかに原作の忠実再現であるシーンや演出は多々見られ、そこには強い原作愛が感じられます。
それを踏まえてのあえての別設定・別展開なので、そこをどう受け止めるかによって本作の評価は大きく変わるのでしょう。
自分の場合、イケメンすぎるとか以前に、ジェイムスがオープンカーに乗ってる時点で個人的には解釈違いで違和感バリバリなんですよね。
なので最初から自分の中にある『SILENT HILL 2』とはあまりにも別物すぎたので、そもそも合っていなかったのだと思います。
さらには、個人的にはあえて改変してまで『SILENT HILL 2』を映画化した必要性が感じられず、それが一番大きいかもしれません。
クリストフ・ガンズ監督の解釈が、個人的には納得できるものではありませんでした。
それにより、上では褒めたポイントも、マイナスに転じてしまいます。
確かに裏世界の描き方は良かったですが、ジェイムスのトラウマや抑圧した感情や罪悪感といった『SILENT HILL 2』の核となるものはほとんど感じられませんでした。
罪悪感はちらほら見られはしましたが、さほど内面に焦点が当たっていなかった印象です。
それ以前にメアリーの育った環境が大変すぎる。
それは映画化に際しては仕方ないのかもしれませんが、結局それなら2をベースにしなくても良かったのでは、となってしまいます。
映像も1作目に比べて没入度やリアルさが低く、CGや合成感が強く感じられてしまいました。
CGだけに頼らず実際に撮影することにこだわってもいたようなのですが、あまりその点が活かされていたとは言えないような。
原作の『SILENT HILL 2』のクリーチャーたちは、登場人物たちのトラウマや抑圧された感情、負の側面が具現化されたというコンセプトがありました。
その点もまた、心理面の描写が大幅に削減されることにより、クリーチャーの魅力や生々しさが削がれてしまっていたように感じてしまいました。
それによって、「元ネタとなっているクリーチャーはわかるし、設定の改変に伴ってこのような造形にアレンジしたんだろうけれど、何となくこれじゃない感」が強め。
クリーチャー誕生の背景の弱さ、つまりはクリーチャーの存在意義そのものの弱さに起因しているのではないかと思います。
そんなクリーチャーたちも、出てきてはすぐに消えたり逃げられたりして出番終了、はい次、という消耗品に。
ほぼ一切戦わないのは斬新でしたが、現実と向き合ったりしたわけではないのに都合良く乗り越えていけたのは、違和感も。
そして何より肝心のレッドピラミッドシング(以下「三角頭」)。
『SILENT HILL 2』を象徴するこのクリーチャーは、原作では自分を罰する存在を求めるジェイムスが生み出した存在でした。
そんなジェイムスとは切っても切り離せない存在である三角頭が映画1作目に登場していたのも賛否両論でしたが、まさか本作において1作目より圧倒的に影が薄いなんて。
両手でぽかぽか殴っているシーンは、ちょっと可愛く見えました。
三角頭=ジェイムスであることはよりはっきりと描かれていましたが、ジェイムスが自画像の上から赤い絵の具で三角頭を描いた演出は好きでした。
ジェイムスが画家なのも謎設定でしたが、あのシーンのためだけであっても納得。
マリアも、何か違うなぁ感が最後まで抜けませんでした。
コスプレっぽさが強かったのもありますが、ジェイムスとあっさりキスしていたシーンはちょっと引いてしまいました(これはジェイムスも悪いですが)。
ちなみにマリア役のハンナ・エミリー・アンダーソンは、『ジグソウ:ソウ・レガシー』にも出演していたようです。
大好きシリーズですが、さすがに全然思い出せない。
アンジェラ、エディー、ローラといった脇役たちも、完全におまけと化していました。
エディーなんてもうどこ行っちゃったの。
アンジェラとローラに至っては、まさかのメアリーから派生したキャラという、原作ファンびっくりの設定に。
原作では、彼女らは個々にサイレントヒルに迷い込み、個々の裏世界を体験していたので、そこまで描く余裕がないのはわかります。
ただ、それをみんなメアリーにくっつけるというのは、あまりに乱暴なような。
「メアリー・アンジェラ・ローラ・クレーン」という名前の雑さ&強引さは、ちょっと笑ってしまいました。
メアリーの大幅改変によって、アンジェラの性的虐待被害者要素はメアリーに吸収されましたが、なぜローラまで……。
唯一心に闇がなく裏世界が見えていなかったローラは、原作では異質であり鍵を握る存在でもありました。
そんな彼女がメアリーに取り込まれ、赤ちゃんを抱えていたのは、メアリーが父親に妊娠までさせられた暗示だったりするのでしょうか。
それはそれであまりに闇深いですが。
ちなみにローラを演じていたのは、Netflixドラマ『ウェンズデー』シーズン2でアグネスを演じたイーヴィー・テンプルトン。
あまりに大きすぎる目と特徴ある喋り方ですぐわかりましたが、リメイク版『SILENT HILL 2』でもローラを演じていたようです。
映画では「ローラにしては大きすぎない?」と思いましたが、リメイク版と同じキャストはなかなか熱いですね。
時間の都合でキャラの設定を変えたり簡略化させたりする必要があるのは理解はできる(許容できるかは別として)のですが、その割に、カウンセラーとかカルトメンバーとか、結局さほど重要ではなかった新キャラに時間が割かれていたのは、少々謎でもありました。
そんなこんなでキャラもストーリーも原作とは大きく異なるので、原作の音楽もやや浮いてしまいます。
1作目は原作愛と原作音楽の相乗効果で感銘を受けましたが、本作は残念ながら「原作音楽の思い出補正によってゴリ押しされている」感が否めず。
1作目のエンディングでは「You’re Not Here」(『SILENT HILL 3』のオープニング曲)が流れ、さらには「Theme Of Laura」(『SILENT HILL 2』のOP曲)に繋がったときは「この監督、あまりにも理解りすぎている!!!」と感動で泣き叫びましたが、本作は音楽の相乗効果による感動も弱めでした。
強いて言えば上述した「Theme Of Laura(Reprise)」ですが、本作視点で見れば、1作目で原作1~3のオープニング曲を全部使ってしまったのは、ちょっと痛かったかもしれません(だからこそ1作目がより輝きますが)。
というわけで、えぇ、愚痴だけでまだまだいくらでも語れてしまうのですが、あと1点だけにしておきましょう。
エンディングについてです。
エンディングは、原作で言うところの「In Water」エンドでした。
これは一応シリーズにおける正史とされていますが、理由はそれだけではなく、監督が初めてクリアしたのがこのエンドであり、そのときに強い衝撃を受けたことがインタビューで述べられていました。
バッドエンド寄りなので暗いですが『SILENT HILL 2』らしく、このチョイスは良いのですが、問題はそのあとの謎のループ。
あれは「同じ悲劇を繰り返している」という解釈を見かけましたが、個人的にはそうは思えません。
なぜなら、強くてニューゲームをしているから、つまりはジェイムスに記憶が残っているからです。
あれなら、出会ったメアリーとサイレントヒルに戻って同棲することなく、すぐに他所に向かうでしょう。
どこに行っても悲劇からは逃れらない、あるいはどうやってもサイレントヒルから出られない、とかはあるかもしれませんが、そうなるとまた別のお話。
原作では、マリアと脱出する「Maria」エンドがやや近いものがありました。
マリアがメアリーと同じような咳をしており、病気 → 介護疲れ → 殺害という悲劇の繰り返しを示唆します。
悲劇のループとしてはこちらの方がよほどインパクトがあります。
本作では、ループが持ち込まれたことによって、悲劇性が薄まっているように感じられてしまいました。
つまり、人生や失敗をやり直せるということになるからです。
やり直しても同じ悲劇にしか辿り着かないというのもまた別の苦しさはありますが、後悔と罪悪感に駆られ続ける『SILENT HILL 2』の本質からはズレたものと言えるでしょう。
ループしたシーンは死にゆくジェイムスの願望かもしれませんが、それにしても、俺TUEEEと言わんばかりに余裕のチャラさでメアリーを引っかけようとする、なろう系主人公なジェイムスなんて見たくなかった。
はい、というわけでだいぶ愚痴愚痴言ってしまいましたが、それだけ『SILENT HILL』シリーズが好きですし、だからこそクリストフ・ガンズ監督が復帰する本作にも期待していたので、自分には合わなかったのが悲しくも残念でした。
それでも、合わなかったのは自分の問題ですし、1人の原作ファンであるクリストフ・ガンズ監督の中にある『SILENT HILL 2』の世界を垣間見れたのは、自分が合わなかったところも含めて興味深く面白いものでした。
一時期はオワコンとなりかけた『SILENT HILL』シリーズですが(まぁKONAMI自身のせいですが)ですが、近年また再評価されているのはとても嬉しいです。
クリストフ・ガンズ監督はまた機会があれば続編を撮りたいと考えているようなのですが、本作の低評価と興行収入を踏まえるとどうなのでしょうかね……。
正直に言えば、原作愛はわかりますが1作目も改変部分はだいぶ違和感はありましたし、それがあまりに顕著になってしまったのが本作だったので、もしまた作ってくれるのであれば、原作のキャラやストーリーに囚わない、思い切り監督なりのサイレントヒル全開の1作を作ってみてほしいな、と思います。

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