作品の概要と感想(ネタバレあり)
ハロウィンパーティの帰りに、タラとドーンはダイナーでピエロメイクの男と出会う。
すぐにタラたちは店を出るが、車のタイヤがパンクしていた。
タラは姉に電話し迎えに来てもらうことになったが、同じ頃、ピエロ男がダイナーの店員を残虐に殺害していた──。
2016年製作、アメリカの作品。
原題も『Terrifier』。
ずっと観たいと思っていて、ハロウィン月間にようやく鑑賞できました。
ギコギコしちゃうぞ♪
もう最高ですね!
頭空っぽ系スラッシャースプラッタ。
ただただアート・ザ・クラウン(ピエロの殺人鬼)の不気味さと殺戮を楽しむ映画です。
映像のフィルタが強めで古い質感が特徴的でしたが、『13日の金曜日』など80年代スプラッタを意識しているのかな、と感じました。
オープニングの映像や文字も、昔のスプラッタ映画を彷彿とさせる演出でした。
内容も、性的なシーンこそありませんでしたが、無駄に露出の多いヒロインたちと、馬鹿な行動しかしない登場人物たちも、まさに古き良きスラッシャー映画の犠牲者たちといった感じです。
一歩間違えればギャグシーン、というよりもはや完全なギャグシーンとなってしまっていた場面が多いのも、また然り。
『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』がヒットしましたが、ピエロとホラーの組み合わせは決して新しいものではありません。
『IT』も、そもそも原作は古い作品です。
しかし、『テリファー』では、「背景もまったくわからないピエロ男が、ただ理由もなく純粋に殺戮だけを行う」という、現代の新たなスラッシャーキラーピエロ像が誕生したのではないかと思います。
アートのプロ根性も相当なものでした。
たとえ誰も見ていないかもしれないシーンでも、決してサービスに手抜きはしません。
何より、ぶっ叩かれようが刺されようがどれだけ挑発されようが一切声をあげないプロ魂は、並大抵の精神力ではありませんでした。
『13日の金曜日』のジェイソンなどよりも、一見ピエロメイクをしただけの普通の人間で、人間味があるところも魅力でした。
ヒロインたちが「頑張れば倒せるかも」と思わせるだけで、無敵モンスターよりも緊張感が高まります。
ただそれだけに、結局は不死身無敵モンスターだったような終わり方が、少し残念ではありました。
それもまた、定番と言えば定番ですけどね。
「ギコギコ」というキーワードだけは知っていた『テリファー』ですが、そのシーンを見た瞬間に「これかぁ」とすぐにわかりました。
これ以上「ギコギコ」という表現が適切なシーンもそうそうありません。
どう見ても錆びてるのに、骨など存在しないかのように人体を切り裂く抜群の切れ味。
『ソウ』のジグソウもびっくりなノコギリです。
「ギコギコ」という擬音だけではネタバレにならないところも良いですね。
人体破壊も血もチープではありますが、R18+だけあり、記憶に残るインパクトで爪痕をしっかり残してくれました。
スプラッタ映画の定番を踏襲しつつも、捻りも加えられていました。
まず、あの倉庫に勝手に住み着いていたらしい、人形を赤ちゃんだと思い込んでいた女性。
あの女性が登場した意味はまったくわかりませんが、不穏さを引き立てるには絶妙でした。
また、タラがあっさり死んで姉のヴィクトリアが主人公になるという、ヒロインの交代もなかなか斬新です。
ヴィクトリアがファイナルガールとなるのは定番ではありつつ、生き返った(?)ピエロに襲われるのではなく、逆にヴィクトリアが殺人者となる点も意外性がありました。
ただグロいだけで悪趣味な映画であり、人を選ぶのは間違いありませんが、現代版スラッシャー映画といった感じで、個人的にはとても楽しめました。
登場人物の行動がお馬鹿なのは必然なので突っ込んではいけませんが、それにしてもお馬鹿過ぎましたね。
「さすがに!さすがにそこはトドメを刺すでしょう!」と何回突っ込んでしまったかわかりません。
タラの「かかってこい!立て!」のシーンも謎行動過ぎて観客のもどかしさは最高潮に達しますが、そこでピエロ男が銃を放つシーンは意外性が高く、エッジが効いていました。
この点含めて、古き良きスプラッタ映画の現代版として見ると、定番から微妙にずらしてくるセンスが絶妙な作品でもありました。
だいぶ投げっぱなしな作品ではありますが、時間が経っても、ふとしたときにインパクトあるピエロ顔とギコギコシーンを思い出すことがあります。
それだけでも、作品として勝っているでしょう。
全体的に、疑問点が生じても、説明も何もないので考察しようもないのですが、気になった点をいくつか考えておきたいと思います。
ちょっとだけ心理学的考察(ネタバレあり)
アート・ザ・クラウンは何者だったのか
尖った鼻と顎が特徴的な、「ART THE CLOWN」ことピエロ男。
全身タイツのような頭に鼻が赤くないメイクなど、その外見もインパクトがありました。
彼の正体は何者なのか、というのは、正直わからないとしか言いようがありません。
まったくと言って良いほど背景や殺戮の理由が描かれなかったところが、ジェイソンなどとはまた違う不気味さを際立たせていました。
ヒントとなるものを拾って勝手に想像すると、一つは、何かしら「顔」に執着があるようにも見えました。
冒頭のダイナーの店長の生首も目や鼻が削ぎ取られて火をつけられていましたし、マイク(清掃していたスキンヘッド)も執拗に顔面を踏みつけられて破壊されていました。
何より、最後にヴィクトリアの顔面を食べていたシーンは印象的であり意味深でもあります。
いずれも、ただ残虐性を際立たせるための演出だった可能性もありますが、今後、背景を深掘りでき得るのではないかと思えるポイントでした。
ただまぁこういったキャラはあまり深掘りしない方が良いというか、少なくともアートに関しては、何もかもが謎なところがプラスに働いているとは思います。
また、倉庫に住み着いていた女性が、ピエロ男が抱く赤ちゃん(人形)を取り戻そうとした際には、子どもをあやすようにアートを抱き締め、それに対してアートは指を咥えて身を預けました。
この点、「愛情に飢えているのでは」みたいに考察できるポイントのようにも見えますが、その後あっさりと女性を殺していることからも、これはただのピエロとしての演技的なものであったと考えられます。
女性の胸や髪を切り取って、タラに見せかけてヴィクトリアを騙したシーンも、インパクトとサービス精神が抜群です。
また、検視事務所で起き上がったラストシーンについては、上述したように「アートはただの不死身な存在だった」としか解釈しようがありません。
人間ではない存在だった、ということですね。
殴られようが刺されようが、痛がってもすぐに回復していたのもそのためでしょう。
最初はピエロらしく自殺したフリをして警察官たちを騙したのかとも思いましたが、さすがに死亡確認ぐらいはされているはずです。
また、検視事務所で起き上がったときには、ちゃんと(?)頭の後ろにも穴が空いて中身が飛び出していました。
検視事務所で死体を詳しく調べるので、警察官たちはロクに死亡を確認もせず、死んだと思い込んで運搬した可能性もなくはありません。
ただ、あれだけ殴られたり刺されたりしながらもすぐに回復していたのは、不死身である可能性の方が高いです。
そうなると、痛がっていたのも演技でしょうか。
そのあたり、すべてが不可解ですっきりしないところも、おそらく意図された演出であり、不安や恐怖を抱かせる要因となっています。
タイトルにもなっている「terriffier」は「恐怖心を抱かせる人」「脅かす人」といった意味なので、ジェイソンのようにストーリー性のあるキラーというより、ただただ恐怖を与えてくる存在として強調されていたのだと思います。
ヴィクトリアによる司会者殺害の謎
冒頭のシーンは、事件後のヴィクトリアのインタビューを先取りしたものでした。
インパクトがあり、作品としてのつかみは抜群です。
ただ、あのシーンも全体的に見るとやや中途半端というか、いまいち納得し難いものもありました。
冒頭のテレビ番組で言われていた「唯一の生き残り」ことファイナルガールがタラ、と見せかけてヴィクトリア、というのは中盤過ぎぐらいではもう自明な感じになりますが、生還後、ヴィクトリアは1年ほど入院をして治療を受けていたようです。
今の医療技術ならもう少し顔も回復できるのではないかと思ってしまいますがそれはさておいて、長期の治療は、主にメンタル面の治療を受けていたのだろうと推察されます。
あれだけの被害に遭ったので、メンタルがやられてしまうのは当然です。
ただ退院時には、医療関係者から「周りを笑顔にする」「ユーモアの心は守った」「その調子で前向きでいてくださいね」といった言葉をかけられていました。
しかし退院の翌日、インタビューを受けたあと、ヴィクトリアは司会者の女性を殺害します。
あれは、おそらく司会者がヴィクトリアの顔を馬鹿にしていたためだと考えられますが、いざそのような言葉を聞いて頭に血が上ったのだとしても、病院内の評価からはかけ離れた行動のようにも思えました。
そのため、どちらかというと映画作品としてのインパクトに傾いていた演出だったのでしょう。
また、ヴィクトリアはインタビューで「私は(アートが)死ぬところを見ました」と言っていましたが、あれだけ顔面を食べられた状態で、アートが銃で自殺するシーンはさすがに見えなかったのではないかと思います。
ピエロ恐怖症
最後は、直接的な内容からは離れた考察になりますが、なぜピエロが怖いのか、について少し考えてみます。
世界的に用いられている精神疾患の診断基準であるDSM-5においては、「限局性恐怖症」という診断名があります。
これは、大雑把に言えば、「特定の状況や対象物に対して、急激な恐怖と不安が襲ってきてしまう疾患」です。
「特定の状況や対象物」は多岐にわたり、蜘蛛や蛇といった生物、血液、高所・閉所などで、ピエロもその一つです。
恐怖症は、厳密には日常に支障が生じるレベルの場合に診断されるので、「私、○○恐怖症なんだよね〜」といった雑談レベルで用いられるような「怖い、苦手」程度であれば、恐怖症とまでは言えません。
ただ、ここでは広義の恐怖症として取り扱っていきます。
恐怖症の原因は、明確にはわかっていません。
ただ、一つは、脳の進化メカニズムによるもの、つまり死の危険性があるものを恐れるようにできているという考え方です。
毒性のあり得る蛇や蜘蛛、高所などは、本能的に回避することで、それらに近づいて死んでしまう可能性が低下します。
それらに恐怖を感じ生き延びてきた遺伝子が、現代の我々にも引き継がれているのです。
しかし、ピエロなどはそれには当てはまりません。
そこで考えられるもう一つは、学習された恐怖、そしてそれが強化されたものという考え方です。
心理学の古い実験で、以下のようなものがあります。
- 小さい子どもが白いウサギと遊んでいる
- 実験者は子どもに対して、白いネズミと一緒に大きな音を出して怖がらせる
- 繰り返すと、子どもは白いネズミを見ただけで怖がるようになる
- 次第に子どもは、白いウサギや白い髭のサンタクロースを見ただけでも逃げ出すようになった
今だったら倫理的に問題のあるような実験ですが、これは誤った学習により、本来は恐怖を感じる必要のない対象に恐怖を抱くようになってしまうことを示しています。
ピエロに対する恐怖も、このようなメカニズムの可能性が推察されます。
色々なものが怖く感じる幼少期にサーカスを見に行って、ピエロを見て不気味に感じ、それが刷り込まれていまったというパターンなどです。
アメリカなどでは、このパターンが多いかもしれません。
あるいは、ピエロのホラー映画や殺人鬼に関する情報を見たことで、怖い対象として学習されてしまったパターンもあるでしょう。
実在したピエロの殺人鬼としては、ジョン・ウェイン・ゲイシーなどが有名です。
それ以外にも、以下のような可能性も考えられています。
- 白塗りの顔が、死者を想起させて本能的な恐怖を喚起させる
- 表情が読み取りづらいことに不安や恐怖を感じる
- 場にそぐわない不自然な笑顔が怖く感じる
3つ目の「不自然な笑顔が怖く感じる」点については、『死霊のはらわた』の考察でも触れているのでご参照ください。
また、喋らないピエロは、コミュニケーションが取りづらい相手でもあります。
『テリファー』のピエロ男アートも、こちらの言葉や考え、気持ちが伝わっているのか、わかるようなわからないような不気味な存在でした。
コミカルな動きで容赦なく人を殺すギャップも、恐怖を喚起させる要因になります。
さらに、一旦「怖い」と感じるようになると、見るたびに「怖い」といった気持ちが生じて対象を回避するようになります。
それが、対象に対する恐怖心を強化させていってしまいます。
つまり、怖いと思い込んでどんどん怖くなってしまうのです。
恐怖症の治療では曝露療法という治療法が用いられることがあり、これは段階的に恐怖を感じる対象に触れていき、「怖がる必要はないんだ」ということを学んでいくものです。
高所などの本能的な恐怖を感じる対象に対しては効果が出づらいこともありますが、学習された恐怖症に対しては効果が高く示されています。
つまり、ピエロ恐怖症の人が『テリファー』を観て恐怖を感じれば、さらにピエロに対する恐怖心が強化されるでしょう。
日常生活でピエロに接することはほぼないので、恐怖心が弱まる体験をする機会はほとんどありません。
そうやって、怖いもの見たさでピエロを見て「やっぱり怖い」と感じることで、どんどんとピエロが怖い対象となっていくのです。
追記
『テリファー 終わらない惨劇』(2023/06/11)
続編『テリファー 終わらない惨劇』の感想・考察をアップしました。
『テリファー0』(2024/10/30)
前身作品『テリファー0』の感想をアップしました。
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