【映画】FALL/フォール(ネタバレ感想・心理学的考察)

映画『FALL/フォール』のポスター
(C)2022 FALL MOVIE PRODUCTIONS, INC. ALL RIGHTS RESERVED.
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作品の概要と感想(ネタバレあり)

映画『FALL/フォール』のシーン
(C)2022 FALL MOVIE PRODUCTIONS, INC. ALL RIGHTS RESERVED.

山でのフリークライミング中に夫を落下事故で亡くしたベッキーは、1年が経った現在も悲しみから立ち直れずにいた。
親友ハンターはそんな彼女を元気づけようと新たなクライミング計画を立て、現在は使用されていない超高層テレビ塔に登ることに。
2人は老朽化して不安定になった梯子を登り、地上600メートルの頂上へ到達することに成功。
しかし梯子が突然崩れ落ち、2人は鉄塔の先端に取り残されてしまう──。

2022年製作、イギリス・アメリカ合作の作品。
原題も『Fall』。

高所を取り扱ったワンシチュエーション・スリラー
ワンシチュエーション・スリラーがそもそも大好きなのですが、『FALL/フォール』はとても完成度が高く、面白かったです。好き。
数あるワンシチュエーションものの中でも、おすすめを訊かれたときに安心して紹介できる1作

高所の恐怖は視覚による部分が大きく、映画との相性が特に良かったと思います。
さらには映画館の大画面で観ることができて、ベストでした。
映像も圧巻で、終始手に汗握り足がすくむ美しさでしたが、高所という状況だけに頼ることなく、様々な展開を次々と見せてくれるので、飽きることもありませんでした。

細かい伏線の回収も丁寧で、冗長になりがちなテレビ塔にのぼるまでの部分も、振り返ってみればほとんど無駄がありませんでした。
「愚かな若者たち」「動物の死骸という不吉な予兆」「夢オチ」といったスリラーもののベタな展開を織り交ぜているにもかかわらず、それを逆手に取った演出も見事。

特に、実は死んでいたハンターの幻覚の見せ方が秀逸で、手を擦りむいていたことにより、その後はベッキーばかり行動することの違和感を感じさせません。
この「実は幻覚だった」パターンは、とある他のシチュエーション・スリラー作品(ネタバレになるので作品名は伏せておきます)でも用いられましたが、それでも気がつかなかったですし、このパターンが初見であればなおさら衝撃は大きいのではないかと思います。

リュックを回収したハンターが落下したかと思い、ベッキーが恐る恐る下を覗き込むシーン。
あれは観客側には「いやいや、生きてるよ、大丈夫だよ」と思わせる「死んだと思わせて明らかに生きているパターン」のあるある演出でしたが、それが実はこのときに本当に死んでいた、というさらに逆転させる構成で、とても秀逸でした


他にも、上述した通り「愚かな若者たち」が主人公なところも定番です。
だいたいそういった主人公たちには共感できないことが多いですが、ベッキーやハンターは、観進めていくと不思議と応援したくなる気持ちになりました

『FALL/フォール』は、ワンシチュエーション・スリラーでありながら、『#フォロー・ミー』『ドント・ハングアップ』などの「調子に乗った動画配信者の成れの果て」作品でもありました。
テレビ塔にのぼるまでの展開は、「馬鹿と煙は高いところへのぼる」をまさに地でいく展開だな、と思いました。というのはちょっと口が悪すぎるかもしれません。

「短い人生の儚さや尊さを伝えたい」というハンターの理念は立派ではありますが、やっていることは迷惑系YouTuberと変わりありません。
立入禁止のテレビ塔に踏み入り、無断で登り、わざとガタガタ揺らしてふざけたりして、降りられなくなって救助を求めるというのは、自業自得かつ迷惑な行為でしかありません。

しかし、前向きにベッキーを励まし続けるハンターの姿は、「いや、お前のせいやろ」にもかかわらず、さらにはベッキーの夫ダンと不倫していたというトンデモ展開を見せるにもかかわらず、なぜか応援したくなる部分も持ち合わせていました
登場人物たちが無駄に口論して観客をイライラさせる、という展開がなかったのも良かったと思います。
とはいえ、死も覚悟していたはずの自業自得だよね、感もやはり否めませんが。
親友と夫が不倫をしていたという点については、ベッキーは何も悪くなくてひたすらかわいそう。


唯一気になったところとしては、2人の無尽蔵な体力でしょうか。
特にベッキーなんて、1年以上もブランクがある上に脚に怪我をしているのに、ドローンの充電のため最頂点まで登れたというのは、相当な力業。

ただ、演出側もあえてその強引な力業に踏み切っていた印象で、ハゲワシの肉を食べて覚醒したベッキーが、目力とオーラでハゲワシを追いやったところなんかは、もはや痛快。
その勢いで、ためらうことなくハンターの死体にスマホを入れた靴を詰め込んで落としたのも、もはや修羅。
一方でトイレや食料、徐々に日焼けしていくといったリアルな問題も(簡単にですが)描かれており、これらの点は現実的すぎると地味になりますし、ぶっ飛びすぎてても醒めてしまうのが難しいところですが、実に絶妙なバランスでした。

「頂上にも食料はあるよ」という発言、ハゲワシのことだろうなとは思いつつ、「もしかしたら2人がお互いの肉を食い散らかし合うのかも」というのをちょっと期待しましたが、全然違った

ベッキーパパは、ドラマ『ウォーキング・デッド』シリーズで有名なジェフリー・ディーン・モーガン。
ベッキーパパが彼であることにより、「冒頭のちょい役だけということはないのでは?」という思考から、「終盤でパパが活躍するのかも。ということは、ベッキーは生き残るのかも」と予想してしまった点は、やや理不尽ながらも個人的なマイナス点でした。

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考察:高所恐怖症と、ベッキーのトラウマ克服(ネタバレあり)

映画『FALL/フォール』のシーン
(C)2022 FALL MOVIE PRODUCTIONS, INC. ALL RIGHTS RESERVED.

色々伏線的なものもありながら、丁寧に回収されて説明されるので、それほど内容に関する考察ポイントはありません。
ここでは、高所恐怖症についてと、ベッキーの心理と、どうすれば助かったか?について少しだけ。

高所恐怖症

恐怖症は、大きく分けると2種類あります。
一つは、遺伝子に組み込まれた先天的なもの
もう一つは、学習された後天的なものです。

高所恐怖症の多くは先天的で、人間以外の動物などにも見られます。
先天的なものというのはつまり、先祖代々受け継がれてきた本能的なメカニズムです。
人間の脳は狩猟時代から大きく進化していませんが、その時代から危険だったものを回避するために刻み込まれているのが、先天的な恐怖心です。

高いところから落ちて死ぬというのは、むしろ狩猟時代こそ多かったはず。
高所に恐怖を感じない人は、危険を顧みず食料などを手にできたかもしれませんが、死に至る可能性も高くなります。
一方、高所に恐怖を感じる人は、落下死の可能性は低くなります。

長く生きた方が、遺伝子を残せる確率は上がります。
つまり、高所に恐怖を感じる遺伝子の方が、後世に残りやすいのです。


一方、後天的な恐怖症は、学習されたものです。
たとえば、コンビニで買い物をしていたら突然刺された、という体験をしたら、コンビニに行くと恐怖心を抱くようになったり、怖くてコンビニに行けなくなる可能性があります。
もともと恐怖の対象ではなかったコンビニが、怖い場所として学習されてしまったのです。

フリークライミングなどを好むような人たちは、当然ながら高所への恐怖感は薄いでしょう。
少なくとも高所恐怖症なのにフリークライミングを好んで行っている人はいないはずです。

ベッキーとハンター、そしてダンも、もともと高所への恐怖感は薄く、スリルを好むタイプでした。
そのためにダンは命を落としますが、それがベッキーのトラウマとなり、ベッキーはフリークライミングをやめました。
高所恐怖症にまではなっていないかもしれませんが、高所への恐怖が後天的に学習されたのです。

ベッキーのトラウマ克服

そのため、ベッキーの高所への恐怖心は、後天的なものです。

恐怖症は克服することが可能ですが、主には認知行動療法、中でも暴露療法という技法が用いられます。
細かくは省きますが、恐怖を感じる対象との接触に少しずつ慣れていって、「怖がる必要はないんだ」ということを学習していくプロセスです。
特に後天的な恐怖症の方が改善しやすく、誤って学習されたものを、再学習し直すようなイメージです。

その点、600mのテレビ塔にのぼるというのは、成功すれば確かに恐怖心を克服できますが、相当な荒療治。
しかし、ハンターの協力もあって、そのプロセスは成功しかけました。

ところが、頂上で取り残され、とんでもない恐怖を体験したベッキー。
さらには、ハンターまで死んでしまったことで、これはもう今後は完全に高所恐怖症になってしまうことは間違いないでしょう
「自分だけ生き残ってしまった」というサバイバーズ・ギルドにも悩まされるはず。

ただ、「短い人生の儚さや尊さを伝える」というハンターの想いは、ベッキーには十分すぎるほど伝わったでしょう
ダンの死後、一切の人間関係を断ち、ただ酒に溺れて留守電のアナウンスに残されたダンの声を聞くという、現実から逃避して生きていたベッキー。
あのまま生き続けていたら、それはそれでどうなっていたのか、とも思います。
今回の事件のあとも同様のパターンに陥る可能性もありますが、今を生きることの大切さや、父親の存在のありがたさを痛感したベッキーは、そうはならないのではないかと予感させます。

ベッキーが巻き込まれたのはハンターのせいでもありますが、ハンターの存在によって、真にダンの死を受け入れ、今回の苦難を乗り越えることができたのも間違いありません
しかも、ベッキーを励まし続けたのは、実際のハンターではなく、ベッキーの心にいる内的な存在としてのハンターでした。

高所への恐怖心はより刻み込まれたでしょうが、ダンの死というトラウマと向き合い、自分の生と向き合うことができたベッキー。
今後、ハンターの死など新たなトラウマが刻み込まれ、その道は容易ではないと思いますが、今度こそ父親のサポートも受け入れ、少しずつ前を向いていきていけるのではないかと感じさせるラストでした。

ただ、生の鶏肉食べちゃっているので、危険な菌に感染して死ななければ……。

ちなみにラストシーン、ベッキーパパが現場に駆けつけ、ベッキーを見つけて抱き合ったシーンでは、「このベッキーも実はパパが見てる幻覚なのでは。そんな鬱エンドだったらこの作品はすごい」と思いながら観ていたのですが、これも全然違いました

どうすれば助かっていたか

こういったワンシチュエーション・スリラーでは、「自分だったらどうするか?」「どうすれば助かっていたか?」を妄想するのも醍醐味です。

しかし『FALL/フォール』は、だいぶ詰んでいて難しいですね
作中では試行錯誤がことごとく失敗するのが常ですが、『FALL/フォール』ではフレアガンが成功したにもかかわらず、まさかの発見者が悪人で車を盗んで去っていった展開は、悪意が強すぎて笑ってしまいました。

唯一思いついた方法としては、映画中ではもう手遅れになってしまっていましたが、「スマホをドローンに載せて、電波が届くところまで下降させる」というものです。
ドローンが手に入ったところで「手紙じゃなくて、スマホを載せて下降させればいいんじゃないの?」と思いましたが、あれは操縦するのにスマホが必須なのですかね。

そうだとすればスマホが2台必要になりますが、逆に言えば、2台あればその手が使えました。
そう考えると、靴にスマホを入れて落としたシーンが、最大の分岐点だったことになります。

とはいえ、ここでスマホを投げ落とさなくても、ドローンが入ったリュックを回収する際にハンターは死んでいたので、ハンターは死んでベッキーだけ生き残る、という結果は変わりません。
リュックを落とした時点でハンターの死亡ルートが確定するフラグが立っており、2人が助かるというルートは、最初からもう無理だったのかもしれません。

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『FALL/フォール』が好きな人におすすめの作品

『[リミット]』

棺に入れられ生き埋めにされるという、閉所の恐怖を描いた息の詰まるワンシチュエーション・スリラー。
『FALL/フォール』を観たら「常に足元が不安定で、一瞬も油断できない緊張状態が続くなんて最悪。どんな状況であれ地に足ついている方がよほど良い」と思い、
『[リミット]』を観たら、「1人で狭い空間で発狂しながら死を待つしかないなんて最悪。開放感があって自分の意思で死ねる高所の方がよほど良い」と思います。



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