
作品の概要と感想(ネタバレあり)
タイトル:拷問依存症
著者:櫛木理宇
出版社:幻冬社
発売日:2025年10月9日
廃墟と化したラブホテルで、男性と思しき全裸の遺体が発見される。
所持品はなく、指は切断され、歯も抜かれ、身元の特定は難航。
検死の結果、全て被害者が生存中の所業だった。
あまりの惨忍さに「せめて怨恨であってくれ」と願いながら捜査に当たる高比良巡査部長らだったが、再び酷似した事件が発生する。
これは復讐か、または連続快楽殺人か──。
依存症シリーズ4作目。
以下、前3作『殺人依存症』『残酷依存症』『監禁依存症』のネタバレも含まれるので、ご注意ください。
前3作の感想・考察については以下の記事をご参照ください。



さて、個人的に大好きなシリーズもついに4作目。
とりあえずは5部作予定らしいので、シリーズも終盤となります。
『監禁依存症』の感想で「ヒトコワ系、胸糞、イヤミス、しかし一種の爽快感、という要素は変わりませんが、社会派の要素がより強まっていたように感じました」と書きましたが、本作はそれがさらに加速していた印象です。
それもあってか、拷問好き(もちろんフィクション内では、ですよ)な身として『拷問依存症』というタイトルから期待していたよりは、ダークな爽快感は薄めでした。
主な要因としては、被害者側の凄惨さが目立っていたからかと思います。
加害者に対して制裁が加わるところは爽快ポイントではありますが、ロクな人間が出てこない割に『残酷依存症』に比べて加害者側の絶望感描写は少なめ。
拷問も、内容は十分えぐいものではありますが、『監禁依存症』のようなオリジナリティ溢れる制裁方法というわけでもありませんでした。
被害者側の絶望感に比べて加害者側の絶望感はあまり描かれないので、精神的疲弊が先立ちます。
そのように感じる時点で、誰が残酷依存症なのだという話ではありますが。
そもそもがそういうコンセプトだろうと思うのですが、現実の問題提起のような側面が強すぎるように感じてしまいました。
もちろん、そのような問題が存在することを知ってもらうのも大事なのですが、現実の事件を絡めて書かれると、精神的な負担が大きいのも事実。
これまでのシリーズ以上に、オリジナルの事件というよりは、現実の延長のような事件であったことも影響していそうです。
ミサ(梅園妙子)に鈴木昂星と佐田龍介を殺害させる手法も、『侵蝕 壊される家族の記録』でもモチーフとして取り上げられている北九州監禁連続殺人事件を彷彿とさせるものでした。
ただ、現実の問題提起のような側面が強すぎるのをネガティブに感じてしまったのは、個人的な要因も大きいです。
目を背けてはいけない現実であるのは言うまでもありませんが、自分が以前、依存症の治療に関わっていた中で性犯罪加害者にも接していたため、あまりエンタメとして切り離して楽しみづらく、あれやこれやと色々な考えが巡って疲れてしまいました。
このシリーズは2作目以降、性犯罪にまつわる問題を何か一つピックアップして大きなテーマとされているように思いますが、本作のテーマとしては、一番はやはり暴力的なポルノの有害性でしょうか。
個人的にも非常に問題だと思っていますが、切り取り方がやや一面的なので、そのあたりも少し気になってしまいました。
暴力的な作品(ポルノに限らず)の有害性は研究によっても議論が割れていますし、認知の歪みへの影響については、日本における性教育の遅れなど様々な要因も絡み合っています。
このあたりも含めて、書きたいテーマが先行して展開やキャラの強引さが増してしまっている、という印象を抱いてしまいました。
現実は小説以上に、凄惨な事件が起きたり「救いようがない」と思ってしまう人間がいるのも事実。
性犯罪にまつわる問題や知識を知ってもらい、考えてもらうための作品として、これ以上のシリーズはなかなかないでしょう。
しかし、シリーズを追うごとに、小説としての内容よりも「テーマありき」になってきてしまっている印象も受けました。
ストーリーに関しても、終盤の回収がやや唐突だったり雑にも感じてしまいました。
ただこのあたり、好きなのであえて言ってしまいますが、櫛木作品では終盤が駆け足に感じられてしまうことが少なくありません。
「その作品におけるテーマが設定されており、それに即した事件があって、それに合わせた動機が設定されている」というイメージを勝手に抱いているので、良くも悪くも櫛木作品の特徴として捉えるべきなのでしょう。
叙述トリックは櫛木作品にかなり多く見られるので、急に名前のカタカナ表記が出てきた時点で「トリックがありそう」と警戒し気づいた方も、ファンであるほど多いのではないかと思います。
と、何だか改めて見るとネガティブめな内容が多くなってしまいましたが、それだけ好きで期待しているシリーズだからでもあります。
次作の5作目が最終作、少なくとも一旦の区切りにはなるはず。
まさかの高比良まで落とされてしまいましたが、浜真千代が危険に身をさらしてまで心を折った浦杉がこのままで終わるわけもない気がしますし、架乃の存在が鍵を握る予感も。
楽しみに待ちたいと思います。
考察:『拷問依存症』に見る浜真千代(ネタバレあり)
本作もまた登場人物や時間軸が入り乱れましたが、真相については今までのシリーズ以上に、終盤で丁寧に時系列をまとめてくれていました。
そのため改めての整理は最低限に留め、今回は本作における浜真千代の心理を主に考察してみましょう。
大まかに整理
浜真千代の心理を考える上でも重要になってくるので、大まかに本作のおさらいです。
作中には書かれていなかった部分も少し補足してみます。
今回の発端は、『安郷会』幹部である梅園圭太郎が経営するSMクラブ「モナーキー」において、佐田龍介および長江静波が月島まのん(吉永海砂)の目を踏み抜いたりして殺害してしまったことでした。
それを知った静波の母が、心中未遂。
静波の父親である長江聖舟は、息子を失った悲しみと怒りをポルノ製造者やSMクラブ経営者にぶつけることで逃避し、お金に糸目をつけず浜真千代に依頼をしました。
主な依頼内容は、関係者を苦しめて死に至らしめることだったのでしょう。
一連の事件に関する細かいデザインは、浜真千代プレゼンツだったはず。
梅園の妻・梅園妙子(旧姓:三崎。ミサ)を監禁し、麻酔をかけて身動きが取れない鈴木昂星と佐田龍介の殺害を強要。
その映像を我孫子誠に編集させる。
妙子は、架乃がうまく取り入って自白を引き出した上で殺害。
樹海で首吊り自殺に見せかけて殺害しなければならなかったので、それほど身体的拷問は加えていないはずです。
ただ、長江聖舟の依頼は「安心させてから絶望させて殺す」だったので、心を許した架乃が裏切っていたことなどは知らされてから殺害されたのだろうと思われます。
梅園圭太郎は、安孫子誠が車で轢いて殺害。
これは梅園妙子同様、強要されたのでしょう。
安孫子も自殺に見せかけて樹海で殺されました。
こうやって見ると、長江聖舟が憎む「ポルノ製作者とSMクラブ経営者」である安孫子と梅園は、鈴木や佐田と比べるとだいぶ緩い殺され方であるように感じます。
どちらかというと安孫子と梅園こそ苦しめた方が長江聖舟の希望には添っていたようにも思いますが、そのあたりはトータルの演出をしないといけない現場監督である浜真千代の判断が優先されたのかもしれません。
本作に見る浜真千代の心理
浜真千代は、『殺人依存症』における加藤亜結殺害を経て、「弱かった自分」を克服するために支配する側に回っていた状態からは脱却します。
『残酷依存症』から『監禁依存症』あたりでは、自分や母親に性的虐待を加えていた祖父らのような、つまりは性犯罪を犯すような愚かな男性たちに復讐すること、および過去の自分を救うことに主な目的がシフトしていました。
そこでは、適切な制裁を受けない性犯罪者たちに私的制裁を加えるダークヒーローめいた存在にすら見えてきていましたが、本作ではその像がまた少し揺らぎます。
正直に言えば、浜真千代像はだいぶブレているな、と感じてしまいました。
本作ではパトロンの存在が明かされました。
浜真千代があれだけの事件を起こしてこられた背景には、パトロンたちによるバックアップがあったとのこと。
パトロンは主に、彼女の占いを信仰しているようです。
そして彼女は、依頼を受け、かつ彼女にとって実益がある場合に、本作のような事件を起こしているようでした。
本作は、新たにパトロンとなることと引き換えに、長江聖舟の(身勝手な)復讐のために動きました。
同時に、愚かな性犯罪者たちに制裁を加えること、および高比良を潰せることの2点が、浜真千代にとっての実益でした。
本人も言っていた通り、決して世直しやダークヒーローめいた活動をしているわけではありません。
あくまでも、自分の利益が目的です。
彼女もまた、性犯罪の被害者でした。
そんな自分を救済するために、支配する側に回ったり、性犯罪者に制裁を加えたり、被害者に手を差し伸べたりする。
それらはいずれも、過去の自分や今の自分の気持ちを救うためなのです。
彼女が性犯罪者にこだわっているという事実は、過去の出来事に囚われ続けていることを示唆します。
『殺人依存症』のラストでは、さも少し前進したかのようなことを独白していましたが、いまだ深い闇に囚われているのです。
もちろん、性被害体験が簡単に癒えるわけがありません。
一生、完全には消えることはない傷です。
そのため、今でも彼女は「支配する側」にこだわることから抜け出せていません。
「女と子どもはターゲットにしない」と『殺人依存症』のラストでは述べていましたが、本作ででは梅園妙子も手にかけました。
直接手を下していない、と言うのは詭弁でしょう。
殺害依頼は長江聖舟であったにせよ、簡単に覆してしまう程度の表面的なポリシーでした。
梅園妙子は、被害者でもあり加害者でもありました。
その構図は浜真千代と同じです。
梅園妙子が断罪対象となるのであれば、浜真千代自身も断罪対象となってしまいます。
色々と詭弁を弄していますが、突き詰めれば、彼女の言動は矛盾が多々あります。
彼女がいまだに求めているのは、他者や状況を支配する感覚なのです。
架乃に対する支配もそうです。
浜真千代はおそらく、梅園妙子殺害の最終ジャッジは架乃が下したと言い訳するでしょう。
架乃に対しては、救済しているわけでも対等な関係を築いているわけでもなく、マインド・コントロールして支配下に置いているに過ぎません。
「ミサも浜真千代も同じじゃないか」という高比良の指摘は、非常に的を射ています。
言動もブレがあると言えるでしょう。
『殺人依存症』のラストでは、浜真千代の名前やキャラクターを捨てて、関西弁もやめようと独白していました。
関西弁に関しては、高比良に対してはわかりやすいように使っていたのかもしれませんが、架乃の勧誘の際に使っていたのはさほど必要性を感じません。
それは些事だとしても、今でも架乃らに「真千代ママ」と呼ばせているのは、結局は浜真千代から抜け出せていない証拠とも言えます。
ただこの点は、メタ的な視点を持ち出すと、もともと『殺人依存症』は読み切り想定で、発売後にシリーズ化が決定したようなので、それによる影響は大きそうです。
あえてそれは抜きに考えれば、浜真千代自身がいまだに浜真千代に囚われていると言えるでしょう。
わざわざ高比良にあそこまでしたのはやや違和感もあります。
浦杉に対しては脅威になり得ると野性の勘で感じ取ったからというのが理由でしたが、高比良はそこまでの大物ではない気がします(ごめん高比良)。
今回の依頼のついでであったとしても、浦杉に対する執着、ひいては浜真千代という存在に対する自身での強いこだわりを感じました。
彼女も決してすべてを見通し冷酷に支配するサイコパス的な存在ではなく、過去に苦しみ藻掻いている1人であるという印象が、今作では特に強かったです。
いくつか細かい点の検討
①若桑大智の事故死の真相は?
鈴木昂星にバイトを紹介した先輩・若桑大智。
彼は飲酒運転で事故死しましたが、これは本当に事故死だったのでしょうか?
偶然の事故死の可能性もゼロではないかもしれませんが、鈴木昂星と繋がりがあること、および佐田龍介の失踪とタイミングを同じくしての死であることからは、彼もまた事故死に見せかけて殺害された可能性が高いでしょう。
その場合、彼もまた安孫子誠の経営するアダルト映像制作会社『A-ZERS』に関わっていたので、それが理由かと思います。
ではなぜ鈴木や佐田と違って拷問にかけられたり苦しまずに殺されたのかと言えば、それほど暴力的な行為には関わっていなかったからかな、と推察されます。
②浜真千代が予告していた事件は?
高比良に対して浜真千代が予告していた『警視庁管内で連続して死体が見つかる。目玉をえぐられ、指を切断され、指紋を焼かれ、歯を抜かれ、陰茎と睾丸を切除された男の死体がな』というセリフ。
これは、本作における一連の事件を指すと思われます。
『今が九月やから……ええと、来月やね」というセリフもありましたが、実際、最初に鈴木の遺体が発見されたのが10月でした。
高比良が浦杉の名前を騙って「運命の館──フォーチュンホイール──」を尋ねたのは、事件前の9月です。
つまり、本作の最初の時点から、高比良はすでに浜真千代の支配下にあったということになります。
ただもちろん、事件の真相などは知らされていなかったでしょう。
③加藤鮎子と瀬川絢はどこに?
前作『監禁依存症』で、架乃は鮎子と絢とともに関西で過ごすことが示唆されていました。
しかし、本作では架乃は一人暮らしで、「同居人が出て行った」ためにミサを連れ込んでいました。
これはおそらく、ミサを騙すための計略でしょう。
表札があった通り、架乃は絢(妹の水輝も?)と住んでいたはずです。
絢は実際に出て行ったのではなく、ミサを騙す計画のために一時的にどこかに身を潜めていたのだと考えられます。
鮎子は、少なくとも高比良が「運命の館──フォーチュンホイール──」を訪ねた9月頃には、おそらく東京にいたはず。
場所は明言はされていませんでしたが、高比良がわざわざ訪ねて行けたので、「運命の館──フォーチュンホイール──」は東京にあった可能性が高いと思っています。
高比良が訪ねてくることがなぜわかったのかといえば、カフェで渡された架乃の「忘れ物」でしょう。
忘れ物の財布の中から店名と加藤鮎子の名前が書かれた名刺を見つけたのが、高比良が「運命の館──フォーチュンホイール──」を訪ねたきっかけでした。
なので、あれは本当の忘れ物だったのではなく、意図的に高比良の手に渡されたものだったはず。
忘れ物をしただけで高比良に渡してくれるとは限らないですし、「あの人に渡しておいて」とお願いするのも不自然なので、カフェの店員も浜真千代の仲間だった可能性もあるかもしれません(ちょっと考えすぎかもですが)。




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