【小説】櫛木理宇『残酷依存症』(ネタバレ感想・心理学的考察)

小説『残酷依存症』の表紙
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作品の概要と感想(ネタバレあり)

タイトル:残酷依存症
著者:櫛木理宇
出版社:幻冬舎
発売日:2022年4月7日

サークル仲間の三人が何者かに監禁される。
犯人は彼らの友情を試すかのような指令を次々と下す。
互いの家族構成を話せ、爪を剝がせ、目を潰せ。
要求は次第にエスカレートし、リーダー格の航平、金持ちでイケメンの匠、お調子者の渉太の関係性に変化が起きる。
さらに葬ったはずの罪が暴かれていき──。

個人的に櫛木作品で一番好きな『殺人依存症』の続編
『殺人依存症』から2年足らずでのハイペース。
『ホーンテッド・キャンパス』や『ドリームダスト・モンスターズ』以外の、いわゆるイヤミス系では初の続編作品でしょうか。

万が一『殺人依存症』を未読の方は、こちらも読まれると『残酷依存症』の背景がわかりやすくなります。

以下、『殺人依存症』のネタバレも含まれるので、念のためご注意ください。

『殺人依存症』の感想・考察については以下の記事をご参照ください。

『殺人依存症』の雰囲気とは比較的大きく変わりましたが、大好きなシリーズです
『残酷依存症』単体でも作品として独立はしていますが、やはり『殺人依存症』を読んでいないと背景はだいぶ理解しづらいと思います。
主に、拉致・監禁された大学生の1人、乾渉太の視点と、『殺人依存症』にも登場した刑事、高比良乙也の視点が交互に進んでいきます。
章の終わりに誰のものかわからないモノローグが挟まるのが、櫛木作品の定番になってきました。

監禁されている翔太の視点は、ひたすら苦痛と絶望感で溢れています
ゲーム性ある設定は、映画『SAW』などを彷彿とさせるもの。
勝手な印象としては、この残酷なゲーム的な設定ありきでストーリーが構成されているように感じました。

その分、ややリアリティは低下しますが、長々と描写される渉太の痛みや苦しみは、あまり耐性がない人にとっては、かなりしんどいものがありそうです。
逆に、ホラーやグロいもの好きな人にとっては、ややマイルド寄りかもしれません。

しかし、事件の背景が徐々に明かされ、渉太目線と高比良刑事目線がリンクして全貌が見えてくる構成は、さすがの一言です。
『殺人依存症』は、誰が?何のために?というミステリィ要素も強めでしたが、『残酷依存症』においては、続編であるために、浜真千代が絡んでいるであろうことは読者には自明です。
そのため、前作とは少し方向性を変えて、ゲーム的な方向性に舵を切ったのは、個人的には成功だったと思います。
また続編もありそうな終わり方なので、今後も楽しみ。

『殺人依存症』は、救われないラストシーンを含め、精神的な負担が大きい作品でした。
一方の『残酷依存症』は、拷問的な描写による直接的・肉体的な負担はありますが、読後の後味の悪さはそれほどでもなく、むしろある種の爽快感に近いものすら覚える人も少なくないはずです。

しかし、それで良いのか?
「残酷依存症」に陥っているのは誰なのか?
といった点を、後半では考察してみたいと思います。

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考察:誰が「残酷依存症」なのか?(ネタバレあり)

先に、細かな疑問点考察

まずは、考察のためのストーリーのおさらい、前提の確認として、作品中の細かな疑問点を考察しておきます。

①誰が何のために、どこまで意図的にやっていたのか?

この作品では、大きく分けると三つの事件が起こっています。

  1. 乾渉太、瀬尾航平、阿久津匠に対する拉致・監禁ゲーム
  2. 木戸紗綾への暴行・殺害
  3. 里見瑛介の自殺

1については、彼ら3人がこれまで行ってきた集団レイプ事件の被害者の関係者たちによる復讐です。
主に、最後に「〜〜を覚えているか?」と渉太に問いかけられた名前の被害者たちの関係者でしょう。
もしかしたら、被害者本人も参加していたかもしれません。

彼らにノウハウとして「人員」「手段と方法」「罪に問われないという保証」を与えたのは、浜真千代です。
うさぎの仮面を被って登場したり、拉致・監禁の実行をしたのは、浜真千代が集めた「人員」であったと思われます。
『殺人依存症』のラストで警察に捕まった浜真千代を救出に来たのも、彼らのような存在なのでしょう。
ただ、全部かはわかりませんが、少なくとも終盤で語りかけていた“声”は被害者の関係者であると思われるため、被害者の関係者ももちろん、ノートパソコンを通して渉太たちの苦しむ姿を観察していたのは間違いないでしょう
ただ、事故に見せかけて終わらせる以外にも、絶対に疑いをかけられないために、被害者関係者は自宅など遠い場所から観察しており、借屋での実行には加わっていなかったのではないかと考えられます。

ただ、2と3に関しては、1とは少し独立しているのではないかと考えています
木戸紗綾に関しては、大学サークル「FESTA」でのエスカレートしてからの犯行には加わっていないはずで、里見瑛介も、貝島道哉以外の事件には関わっていないはずです。
これら2人に関しては、浜真千代が独断で、昔お世話になった貝島道哉の祖母・泰子のために、1の事件のついでに実行した(というより誰かに実行させた)事件であると考えられます。
明確にされてはいませんが、示唆されている通り、里見瑛介も自殺ではなく、自殺に見せかけた他殺でしょう。

里見瑛介のフィールドワークと、立石繭の京都旅行は、それぞれ本当に予定されていたものです。
「それらが重なった偶然を利用して、誰かが青写真を描いた」と高比良刑事は推理していますが、それで言えば、渉太たちの大阪旅行は犯行グループによる偽装ですが、そもそも渉太たちが借屋に行ったのは、これも偶然重なったということになります。
それがなければまた別の方法を考えていたのかもしれませんが、偶然に合わせて、いつ計画を組み立て詰めていったのか、は若干疑問の余地が残ってしまう部分です。

②転落炎上事故の遺体は誰?

最後に、阿久津匠の乗用車が転落炎上し、3人の遺体が発見されました。
このうち、身元が判明したのは乾渉太だけとされています。

遺体は焼けて損傷しており、DNA鑑定できたのが渉太だけと書かれていました。
実際、焼け尽くした場合は、DNA鑑定は難しいとされています。
しかし、歯の治療痕などからも、個人の特定は可能です。
差し歯だった瀬尾航平は、少なくとも何かしら照合は可能だったのではないでしょうか。

ただの矛盾と捉えることもできますが、『殺人依存症』においては、歯の治療痕から個人を特定していた場面があり、著者の知識不足でないことは確実です。
さらに、高比良刑事も疑っていた通り、自動車による殺人を事故に見せかける偽装は、相当難しいものです。
事故と断定されているのはそれなりに不審な点がなかったからであり、高比良刑事の推理通り、少なくとも運転席に座っていたのは、瀬尾航平あるいは阿久津匠ではない、生きていた第三者としか思えません
おそらく、終盤で“声”が言っていた、「集まった中には余命わずかな人もいた。覚悟の上で、志願してくれた」という人物だったのではないかと思います。

つまり、瀬尾航平と阿久津匠はまだ生かされている、あるいは生きてはいないが遺体はまだ発見されていない可能性が高いです。

③浜真千代の名前

『殺人依存症』のラストで、浜真千代は「『浜真千代』の名も今日限りだ」と独白していました。
しかし『残酷依存症』でも同じ名前を使っていたのは、単純に、古くからの知り合いである貝島泰子と接していたからであると思われます。
浜真千代本人が述べている通り、「女と子どもはターゲットにしない」も守れていませんでしたし、「ある程度は微調整していかないと、なにごとも長つづきしないから」ということなのでしょう。

浜真千代の変化と、「残酷依存症」

さて、以上を前提として踏まえて、本題です。

先に述べた通り、『殺人依存症』の方が、いわゆるイヤミス度は圧倒的です。
その違いは、被害者の属性でしょう。

『殺人依存症』では、基本的に何の罪もない少年少女が被害者となっていました
浜真千代が勝手に「弱かった頃の自分」を重ね合わせ、「弱かった自分」を消し去るために少年少女を殺害していました。
『殺人依存症』のラストでは、加藤亜結の存在により、浜真千代の心境に変化が現れます。
弱さを克服し、過去の自分を殺す必要はない、という考えに至っていました。

『残酷依存症』においては、「過去の自分を救うことも、やっと考えられるようになった」と述べています。
それは、『殺人依存症』での最後に述べられた「伯父、祖父、曾祖父、父への憎悪。そしてその同類の男たちへの敵意と嫌悪」による、そのような男性たちへの復讐です。
弱かった自分に似た存在を殺すのではなく、自分を虐待していた祖父たちのような性犯罪の加害者に復讐することで、過去の自分を救うという方向へ転じたのです。

『残酷依存症』で残酷にいたぶられる乾渉太、瀬尾航平、阿久津匠は、最初は『殺人依存症』と同じように「一方的に巻き込まれてひどい目に遭っているかわいそうな被害者」から、徐々に「自業自得で痛い目に遭っている裁かれていない性犯罪者」へと属性が転換していきます。
この被害者属性の変化が、『殺人依存症』との最大の相違点です。

無垢な少年少女が次々に凌辱され殺害されていく『殺人依存症』に対して、『残酷依存症』では、裁かれることなくのうのうと生きてきた鬼畜な性犯罪者が、被害者の関係者たちによって苦痛と死を与えられます。
現実でも、性犯罪は暗数が多く、被害に遭っても泣き寝入りせざるを得ない人たちもたくさんいます。
そんな彼らに報いが訪れるところに、『殺人依存症』とは異なる爽快感が生じるのです。

しかし、それで終わって良いのでしょうか。

確かに、犯罪を犯し、他者の人生を壊すような行いをしておいて、捕まることも法に裁かれることもなく、好き勝手に生きている加害者は、決して許されるものではありません。
それに復讐をしたくなる気持ちも、ひどい目に遭わせたくなる気持ちも、理解できます。
しかし、そこで私刑、私的な制裁やリンチを許容することは、法治国家、安全な社会を揺らがすことに繋がります

『残酷依存症』の渉太たちに対しては、フィクション作品であることもあり、復讐劇を肯定的に捉えて読んだ人も少なくないはずです。
結局、実際に投稿されていたのかはわかりませんが、渉太たちが監禁されている動画に対して流れてきたコメントは、やや過激ながら、読者の声を代弁する側面もありました。
前作では鬼畜だった浜真千代に、「よくやってくれた」と共感を抱く部分が生じた人も多いでしょう

しかし、その境界線はどこにあるのでしょうか
「自分勝手に恨みつらみを募らせて、一方的な復讐のために殺害する」というパターンまでも、許容できるのか。
大多数の意見が一致していれば、法に則らない個人攻撃が許容されるのか。
何をもって「殺されて当然」「ひどい目に遭って当然」と判断するのか。
それは、いじめや、現代のネット社会に溢れている、度を超えた誹謗中傷を正当化する論理にも繋がってしまい得るものです。

もちろん、やった者勝ちになったり、被害者が苦しみ続けるシステムは望ましいものではなく、改善していく余地や必要性が多分にあります。
それでも、『殺人依存症』はひたすらしんどかった、でも『残酷依存症』はちょっとすっきりした、というのは、無意識のうちに「命の選別」をしていることになります。

「殺人依存症」に陥っていたのは、過去の自分を消そうとする浜真千代でした。
では、「残酷依存症」はどうでしょうか
かつて自分を苦しめた性犯罪加害者に残酷な復讐をしようとする浜真千代なのか?
その浜真千代の助けを得て、復讐のために加害者をいたぶる被害者や関係者なのか?
あるいは、このような作品をフィクションのエンターテインメントとして求め、楽しむ読者なのでしょうか。

細かい部分のリアリティ

最後に少しだけ、重箱の隅を突く感じになりますが、細かい部分のリアリティを検討してみます。
明らかに矛盾っぽいな、という点は、ただの揚げ足取りになるので言及しません。
主に心理学に関連する部分で、揚げ足取りっぽいほど細かい部分もありますが、そういうつもりではなく、せっかくなので実際はどうなのか、という完全に余談なご紹介です。

①少年鑑別所と観護措置

どちらかというと『殺人依存症』の方で細かく描かれた点ですが、浜真千代は「16歳の頃に観護措置で少年鑑別所に10日間収容された」という設定になっています。
貝島泰子とも、ここで出会ったようです。

未成年の場合は、よほど重大な事件でなければ、裁判所で刑罰を与えられるのではなく、家庭裁判所によって今後の更生のための処遇が模索されます。
家庭裁判所が最終的な判断を下すために、様々な情報を集めたりするのが少年鑑別所です。

そこでは『殺人依存症』で描かれたような、知能検査や心理検査、面談などが行われます。
しかし、このパターンの場合は「最低2週間」であり、10日ではありません。

では、10日間になるパターンは?というと、「勾留に代わる観護措置」という場合です。
警察が犯罪者を捕まえると取調べをしますが、その間、逃亡したり証拠隠滅の恐れがある等の場合は、家に帰さず、警察署の留置場に身柄を拘束しておきます。
しかし、少年の場合は、あまり環境の良くない留置場ではなく、少年鑑別所に入れることがあり、この場合は10日間が上限になります。

つまりこの場合は、警察の取調べを受けることが主となり、家庭裁判所の審判のために細かく検査をしたり情報を集めるための観護措置とは異なります。
めちゃくちゃ細かい点ではあるのですが、通常の「観護措置」と「勾留に代わる観護措置」がごっちゃになっているのかな、という印象でした。

また、知能検査、特に浜真千代が受けたウェクスラー児童用知能検査は、構造化されており、「検査者のミスによって数値が大きく上がる」ことはまずありません(検査を受ける側が真面目に受けないで低く出ることはあります)。
検査内容を知られてしまうと正確な数値が測れなくなってしまうため、「おかしいと思ったのでもう一回やる」というのも、実際にはあり得ないパターンです。

浜真千代は「審判不開始になり、家族が引き取りにもこないので、保護司に預けられた」となっていましたが、こちらも現実ではありません。
審判の結果、保護観察になった場合に保護司が関わります。
ここはちょっと確実ではありませんが、家族が引き取りにも来ないというのは家族が機能していないということになるので、ネグレクトのときのような、児童相談所の案件になるのではないかと思います。

②公認心理師

これは単なる誤植的なものなので今後修正されていくと思いますが、初版では「公認心理士」となっていましたが、正確には「公認心理師」です。

公認心理師は、2017年にようやく新設された、心理職初の国家資格。
『残酷依存症』においては本編とはほとんど関係ないですが、こうやって取り上げてもらえる機会が増えていくのは嬉しいです。

追記

『監禁依存症』(2023/10/09)

続編3作目『監禁依存症』の感想・考察をアップしました。

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