【小説】三浦晴海『走る凶気が私を殺りにくる』(ネタバレ感想)

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三浦晴海『走る凶気が私を殺りにくる』の表紙
 (C) KADOKAWA CORPORATION
目次

作品の概要と感想(ネタバレあり)

タイトル:走る凶気が私を殺りにくる
著者:三浦晴海
出版社:KADOKAWA
発売日:2022年7月23日

介護タクシー会社に勤務する芹沢千晶は、ある日、仕事中に後続車からあおり運転を受けた。
黒く巨大な車は獣のように荒々しく、車間を詰めてパッシングを繰り返す。
助手席に認知症の老人を乗せる千晶は、次第に不安と恐怖を抱き始める。
何が気に入らないのか、何が目的なのか、ハンドルを握る手に汗がにじむ。
やがて単なるあおり運転とは別の悪意を感じ始め──。


何ともストレートなタイトルな、カクヨムで連載されていた作品の書籍化。
面白そうなあらすじが多く、デビュー作『屍介護』を始めとして読んでみたい作品が多々ある三浦晴海ですが、本作が初読み作品となりました(カクヨム版は未読)。

結果は期待を裏切らず、とても楽しめました。
まずとにかく、ドライブホラーというこれまで見たことない設定だけで面白い
あおり運転を題材にした作品は他にもあるかもしれませんが、少なくとも目にしたのも読んだのも本作が初めてでした。
映画では『アオラレ』などがありますが、小説であおり運転の恐怖を表現するのはそもそも難しそう。
あおり運転の心理については『アオラレ』の記事に書いているので、ご興味のある方はご参照ください。というより、映画も面白いのでぜひ観てみてください。

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しかし、本作は決して煽り運転の恐怖だけを描いた作品ではありません
むしろ徐々に恐怖の質が変化していくので、そこそこ長いのに飽きにくい。
大まかには、

煽り運転
 ↓
ストーカー
 ↓
シリアルキラー

と恐怖の対象が変化していきました。
車の中だけだと動きのパターンが限られるので単調化しやすそうですが、過去の回想も絡めながら恐怖の質を変化させることで、面白さが維持されていました。
前を向いて生きていたいのに過去がつきまとってくる千晶の心情とあおり運転の恐怖がオーバーラップしているのも巧妙でした。

ちょいちょい回想シーンが挟まるので、決してテンポが良いわけではないのですが、過去シーンは過去シーンで引き込まれる文章力があり、冗長とは感じませんでした。
後半のドライブシーンはひたすら激走するだけでしたが、様々な表現を駆使して単調に見せない表現力は素晴らしかったです。

そうは言いつつもやや長めではあったので、終盤の運転パートは若干流し読みしてしまった部分も。
龍崎善三を名乗る男性の真相が明らかになるパートとも被ったため、頑張って走ってるんですよ描写がちょっと邪魔に感じてしまったり、「よくそんな道をそんな喋りながら運転できるな」とは思ってしまいましたが、後半は追いかけっこのスリルもありつつも、真相が明かされていくミステリィ要素の方が主軸だったでしょう

ミスリードさせつつ驚きの事実が次々と判明していくプロットも巧妙
特に後半は勢いが良く、龍崎(偽)が実は芹沢千晶の祖父だったというのはやややりすぎにも感じてしまいましたが、小出しにしながら最後まで読者を惹きつける必要のある投稿サイトならではの工夫でもあったのかと思います。

千晶の過去に色々ありすぎて複雑になっていましたが、簡単に整理すれば「祖父であるシリアルキラーをそうとは知らずに乗せて運転していたら、元夫のストーカー行為に遭ってしまった」とまとめられます。
いや、これだけでとんでもないですね。
現在の夫である戸村幸里はかなり頼れる男性でしたが、確かに芹沢家は男運がなさそう。
今回の事件を機に、千晶がそのジンクスを払拭したことを祈ります。

細かく見れば、認知症やシリアルキラーのリアリティなどに突っ込みどころは多数ありますが、強烈な違和感というほどでもなく「そういう設定」として受け入れられるレベルで、しっかりと世界観に没入して楽しめました
認知症やシリアルキラーが安直に都合良く使われていた点は個人的には少々思うことがありますが、実際に取材しただけあって、ドライブのリアルさは基盤となり本作を支えていた印象です。

一方で、ストーカーの執着や自己中心的な思い込みの激しさは、とてもリアルでした。
実際、殺人にまで至るようなストーカーは、時間が経っても怒りの感情が和らがない点が特徴です。
数年前の出来事を、今まさに起こっている出来事に対する怒りかのように話すことも少なくありません。
2012年に起きた逗子ストーカー殺人事件では、2008年に別れた女性に対して、2011年にはストーカー規制法違反で逮捕され執行猶予判決を受けたにもかかわらず、ものすごい執念で女性の情報を集め続けて居場所を特定し、2012年に凶行に至っています。

しかしまぁ、認知症かどうかは別にしても、微妙に疎通の悪い高齢者を横に乗せている状況であおり運転をされたら、と想像するだけでかなり恐ろしいものがあります
あんなに速度超過していたら警察が見つけてくれそうとか、さすがにあそこまで粘着されたら走りながら110番した方が良かったのではとか、野暮ながらどうしても思ってはしまいますが、何となく後回しにしていたら大変なことになってしまった、と理解できる勢いもありました。
千晶につい判断に迷ってしまう理由がしっかりとあったところも丁寧。
あれだけ堂々と殺人や放火を行った愛葉大我の車のナンバーはさすがに数時間でも手配されているだろう、というのはちょっとあれですが、そこは警察の怠慢としましょう。

全体的に丁寧に真相が明かされ、大きな考察ポイントはありません。
龍崎(偽)が千晶を助けたのか否かは読者それぞれの判断に委ねられていますが、個人的にはあれだけ自由を求めていた冷淡な人物が、いくら孫のことは可愛かったとしても情に流されて命を張るとは思えず、千晶も「一番可能性が高い」と推測していた通り偶発的な結果だと思っています。

龍崎(偽)は結果助かったようですが、それも計算して動いたとすると、さすがにかなり超人的になってしまうでしょう。
ただ、警察が大勢張っているかもしれない名所案内所まできちんと誘導したことを考えると、ほんとに自分より千晶を優先する人物として描かれていた可能性も高いのかな。

と、ここまで書いて気がついたのですが、千晶は最初は「認知症が発症して暴走してたまたま私を助けることになった可能性が一番高い」といったように予想していたのですが、最終章では「だから彼は、命がけで私を守ろうとしたのか」と意見を翻していました。
気になってカクヨムを見に行ったところ、何とこの最終章、書籍版で丸々加筆されたものでした。

カクヨムのあとがきには、以下のように書かれていました。

さらに書籍版では、謎のままで終わったラストを補完すべく、新たな終章を付け加えました。
一体、『彼』はなぜあのような行動を取ったのか。
全てを知れば、もう一度最初から読み返したくなるような、どんでん返しを仕掛けています。

https://kakuyomu.jp/works/16816927862620469652/episodes/16817139556473904089

これを読む限りは、やはり孫であるから千晶に会いたかったし千晶を助けようとした可能性の方が高そうですかね

ちなみに、書籍は公式で「ドライブホラー」と謳われていますが、カクヨムにおける著者ご自身の紹介は「ノンストップ・ドライブ・サスペンス!」で、タグは「サスペンス」「ミステリィ」でホラーはありません。
が、あとがきには「ホラー小説への新たな試みとして」と書かれていました。

文章は相性が良く読みやすかったのですが、やや違和感を抱いてしまう箇所もいくつかありました。
たとえば、龍崎(偽)を迎えに行った際に「千晶はその光景にふと奇妙な既視感を抱いた」とありましたが、この部分は「前回は介護士が矢田部だったのに、今回は別の人だったので違和感を抱いた」ということだったので、「既視感」だとおかしくなってしまい「違和感」が適切でしょう。

細かい点ですが、他にもちらほら気になってしまった部分がありました。
ですが本作がまだ2作目だったようですし、次々と作品を発表されているので、進化していそうな最近の作品を読むのも楽しみです。
久々に出てきた登場人物の名前に対して、どの人だったか思い出させてくれる補足情報を添えてくれているのは丁寧でありがたかったです。

全体的には、カクヨム発、かつメディアワークス文庫から刊行されていることもあり、雰囲気はライトめだった印象。
それでも思った以上に文章が上手く引き込まれ、自然で実際にいそうなキャラの造形も好きだったので、引き続き他の作品も読んでいきたい作家さんとなりました。

三浦晴海『走る凶気が私を殺りにくる』の表紙

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