【小説】山翠夏人『キャンプをしたいだけなのに 雪中キャンプ編』(ネタバレ感想・心理学的考察)

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小説『キャンプをしたいだけなのに 雪中キャンプ編』の表紙
(C) TO Books, Inc.
目次

作品の概要と感想(ネタバレあり)

タイトル:キャンプをしたいだけなのに 雪中キャンプ編
著者:山翠夏人
出版社:TOブックス
発売日:2025年8月1日

死にかけたにもかかわらず、またソロキャンプをしようとする斉藤ナツに周囲は呆れていた。
行くなら安全な場所へ、と紹介されたキャンプ場で出会ったのは、寡黙な老人、謎の少女、不審な動画配信者。
ここ、本当に大丈夫か?
不安に駆られる中、懐かしい人物と再会を果たすが……なんだか様子がおかしい──


投稿サイト「小説家になろう」において連載されている作品の書籍化2巻目。
以下、前作『キャンプをしたいだけなのに』のネタバレも含まれるので、ご注意ください。
前作の感想・考察については以下の記事をご参照ください。

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【小説】山翠夏人『キャンプをしたいだけなのに』(ネタバレ感想・心理学的考察) 【ネタバレ感想・考察】 社会に疲れてなるべく人と関わらず、平日は会社員、休日はソロキャンプを楽しむ斉藤ナツ。 今日も山奥のキャンプ場で一人を満喫していると、暗がりで声をかけてきたのは、顔半分が無い女。 幽霊っぽいけど興味無いし、癒し時間を邪魔されたくない。 早くどっか行ってと願うが、始まった幽霊女の身の上話に付き合ううち、彼女は気づく。 このキャンプ場、幽霊よりもヤバい奴がいる──。

さて、待望のシリーズ2巻目。
「小説家になろう」で最新話まで読むことができますが、微修正されるであろう書籍化を待っていました。
そして発売日に買いはしたのですが、雪中キャンプ編なので「冬に読みたい」と思って温めておき、ようやく読了。

今回もまた期待に違わぬ面白さでした。
X(Twitter)などではすでによく見かけますが、もっと話題になっても良い気も。
いずれドラマ化などもされそうです。

前作は短編1作と中編1作の計2作でしたが、今回はがっつり長編。
ですがまったくだれることなく一気読みできたのは、優れたリーダビリティによるものでしょう。
もっとがっつり冬のキャンプの様子を味わいたかった気もしますが、それだけだと飽きかねないので、過去と現在を行き来したのも飽きなかった要因でしょうか。

本作では主人公である斉藤ナツの過去が描かれ、キャラが深堀りされていました。
岸本美音に藤原紗奈子という、前作のキャラが引き続き登場してレギュラー化しそうなのも嬉しいところ。
著者ご本人が「登場人物達(敵役も含めて)は私の家族のようなもの」とも仰っていましたが、登場人物1人1人の描写が丁寧で、愛情が伝わってきました。

作品としては、ホラー色はやや弱まり、ミステリィ色が濃いめだったでしょうか。
というより本シリーズは、既存のジャンルに当てはまるようで当てはまらない、独自の路線を切り拓いているように思います
スリルありアクションあり、笑いあり涙あり。
前作の感想で「サバイバルホラーと謳いながらも、メインはヒューマンドラマだったのではないかとすら思いました」と書きましたが、本作ではその印象がさらに強まりました。

伏線の回収もまとめ方も非常に上手く、美音の初めての指名客、難燃素材の上着、タイムループもののホラー映画、といったような本編とは関係なさそうなネタまで伏線として回収する手腕はお見事でした
感動の再開からの二転三転も秀逸。
前作から引き続き、ハッピーエンドとまでは言えない切なさもありますが前向きで希望のある終わり方で、読後感も爽やか。
ホラー要素も怖くはないので、非常に間口が広い作品でしょう。

上述した通り、冬のキャンプの様子をもっと見たかったなという気持ちもありますが、キャンプをしたいだけなのにできないのがナツの定めなので仕方ありません
それでもしっかり雪中キャンプのネタが詰め込まれており、キャンプ知識も学べる楽しさも前作から引き続き。
過去と現在を行き来することで、キャンプ中という特殊な環境下でトラブルに見舞われるスリル感は減少してしまっていましたが、その分、ドラマ性に重きが置かれていた印象です。

「水曜どうでしょう」が大好きな個人的には、「ここをキャンプ地とする」が激熱でした(水どうファンだけわかってください)。

ちなみに本シリーズは、当初は第1章のみの短編想定だったようですが、続編を求める声が多かったためシリーズ化したようで、本作を第3章として、2026年2月20日時点では第7章まで連載されています。
先が気になりますが、上述した通り書籍化に際して少なからず加筆・修正されると思うので、書籍化されるうちは書籍で楽しんでいきたいと思います。

しかし第3章にしてナツは失職しているので、7章まで保ちますかね(何が?)。
すでにコナン君扱いというかトラブルメーカー的な扱いになっているので、7章にたどり着く頃には疫病神になっていそう。
何も悪くないので、クビになってしまったのはちょっとかわいそう。

主人公が別キャラになる可能性もありますが、既存キャラの人気も高そうなので、ナツたちが出てこなくなる可能性は低そうです。
ナツがずっと主人公の場合は、過去エピソードが挟まれる可能性も高いでしょうか。
どこかで、本作で何回か出てきた「夏休み」は描かれそう(後述します)。

以下、あくまでも書籍化されている第3章までをベースとして、少し考察してみたいと思います。
ウェブ版での連載を読めばすでに明かされている謎があったりと見当外れな部分もあるかもしれませんが、ご容赦ください。

考察:清水奈緒の心理と残された謎(ネタバレあり)

清水奈緒の心理

本作の殺人犯であった清水奈緒。
彼女は前2作の殺人鬼である管理人(名無し)や白鳥幸男とは異なり、シリアルキラーではありませんでした(たぶん)。
ですが彼女の心理は、彼らに負けず劣らず歪んでいました。

彼女の核にあったのは、アイデンティティの問題でしょう
アイデンティティとは、自分が自分であること。
大人になってからも死ぬまで変化はし得るものですが、その基盤は思春期頃には出来上がります。

アイデンティティ形成に影響を与える要因は多々ありますが、大きな要因の一つが他者からの受容や承認です
ありのままの自分が家族や友人、グループなどに受け入れられることによって、「自分は自分で良いのだ」という感覚が育まれます。
さらに最もベースとなるのは、両親、特に母親からの受容(≒母性)です。

しかし奈緒は、それを得ることができませんでした。
10歳以前がどうだったのかはわかりませんが、10歳頃からは父親の再婚相手である新しい母親のもと「メイちゃん」であることが求められました。
実の親である父親もそれを容認していた様子。

母親を亡くし、父親からはほぼ無視されていたらしいナツも愛着に問題がありますが、「自分ではない人間であることを求められる」というのは、あまりにも過酷でしょう
無視されるのも自分が否定されている感覚になりますが、自分以外の人間であることを求められるというのは、アイデンティティにさらなる揺らぎをもたらすであろうことは想像に難くありません。

「そんな押しつけは無視すれば良い」というのは大人の意見であり、子どもには通用しません。
子どもにとって親は、どんなにひどい扱いをされていても唯一無二の存在であり、生死を握られていると言っても過言ではありません。

メイちゃんであることを求められた奈緒は、期待に応えようとしました
「いい子でないと認められない」「テストの点数が良くないと褒められない」といった条件付きの愛情は自己肯定感を育まず、自信がなく他者の顔色を窺いがちな子どもを育てますが、奈緒の場合はそれがさらに極端な形であったはずです。

もはや自分とは何なのかわからなくなった奈緒は、自分を貫き通すナツに憧れました。
その憧れの気持ちは、奈緒の本心だったでしょう。
しかし自分がない奈緒には、どのように接すれば良いのかわかりません。
結果、ナツの求めるものを先読みして合わせるという、軽母に対するのと同じ対応しかできません。

通常、憧れる相手は理想像となり、その人の言動や価値観を取り入れようとします。
これを心理学ではモデリングと言いますが、中身が空っぽで表面的に合わせることしかできない奈緒は、表面的な模倣しかできません
それが「斉藤ナツというカテゴリに自分を入れ込む」ということです。
「形から入る」のはモデリングの第一歩ではありますが、それしかできなかった、というよりそれ以上のやり方がわからなかったのが奈緒でした。

それが暴走して「相手そのものになる」というのは飛躍がありますが、確かに「形から入る」がエスカレートした延長上には位置します。
そうなったとて当然ながら中身は空っぽのままなので、いずれ綻びが生じ、次々に容れ物を入れ替えていくしかなくなるでしょう。

中身のない奈緒は、自分がどうなれば良いのか、どうなりたいのかがわかりません。
だからこそ、大人になってなお「またナツの友達になりたい → そのためにレイジと仲良くなりたい → 無理ならレイジになればいい → それでも無理なら自分がナツになればいい」と、考えが簡単に変化するのです。
目的を見失っているのではなく、そもそも目的がわからなかったのです
現在立っている場所すらわからないのですから、当然でしょう。

彼女に必要だったのは、彼女の存在そのものを受け入れてくれる存在でした
最終的には自分で自分を認めることがアイデンティティには重要ですが、やはりその前には他者に受容される経験が必要です。
中学校以降も、そのような人には出会えなかったのでしょう。
そもそも自分で自分がわからない奈緒なので、「ありのままの自分を受け入れてもらえる」という体験がしにくいという難しさもあります。

奈緒は極端だったにしても、価値観の多様化が進む現代はアイデンティティ危機の時代でもあります。
X(Twitter)の読書アカや映画アカでも、SNSにポストすることが目的になっているのでは?と勘繰ってしまうような人も散見されます(辛口かもしれませんが、自戒も込めて)。
安定したアイデンティティは、他者への発信や承認を極度に重要視しません。
純粋に楽しみ、自分自身と向き合う時間も大切にしていきたいです。

清水奈緒はなぜレイジ(山本貴史)を殺害したのか?

話が逸れたので戻し、YTuberのレイジこと山本貴史。
決してシリアルキラーだったわけではない清水奈緒は、なぜ彼を殺害したのでしょうか。

奈緒はナツに認められるためにレイジと恋人になりたかっただけであり、彼に対する殺意はありませんでした。
「レイジになりたかった」という動機はあり得ますが、殺害後に「ふと思った。レイジが死んだなら、これ、全部、あたしのものなんじゃないか」という独白があったため、殺人の動機としては否定されます。
「殺してその人になり替わる」という選択肢は、レイジの殺害(=おそらく奈緒にとって初めての殺人)によって生まれた選択肢であったはずです。

レイジ殺害時の奈緒の視点を振り返ると、「ナツのためにレイジとお近づきになる」から「レイジを殺す」にスイッチが切り替わったのは、レイジの思い人の存在に思い当たったことでした。
つまり、「メイちゃん」こと木下芽衣子です。

これがなぜレイジ殺害のきっかけとなったのかは、あまり説明がありません。
そのためここからはいくつか可能性がありますが、メイちゃんの存在がレイジ殺害の動機となった理由に関する自分なりの考えは「メイちゃんを恨んでいたし羨ましかったから」です

奈緒にとってメイちゃんは、自己喪失の原因でもありました。
メイちゃんが母親の期待に応えていれば、奈緒が「メイちゃん」を求められることもなかったはずです。
どう考えても悪いのは母親ですが、奈緒のヘイトがメイちゃんに向いてしまうのも自然な心理でしょう。

そんなメイちゃんを一途に思い、過去の約束を果たそうとしていたレイジ。
自分に見向きもしなかったレイジが見つめていたのは、よりによってメイちゃんでした。

自分ではなくメイちゃんを見つめるレイジに対する怒りもあったでしょう。
他者からいつまでも大事に想われ続けるメイちゃんに対する嫉妬もあったでしょう。

それらがない交ぜになって生じたのが、レイジへの殺意であったと考えます
メイちゃんへの恨みや妬み、レイジへの怒り。
そして、メイちゃんを大事に想い続ける人をメイちゃんから奪う、というニュアンスもあったはず。

レイジだろうがナツだろうが、自分を大事に想ってくれる人が欲しかったのが奈緒の核だったと考えると、とても切ないものがあります。

残された謎

主人公・斉藤ナツの心理についても色々検討しがいがありますが、まだまだこれからも過去が描かれたり活躍・成長してくれそうなので、ひとまず置いておきます。
そもそも本シリーズが、ナツのトラウマ克服や成長物語でもあるでしょう。

本作において残された謎は、上述した「夏休み」についてです
夏休みについて言及されたのは3ヶ所ほどで、情報を整理すると以下の通りでした。

  • 小6の夏休み~2学期はナツの記憶が特に曖昧
  • 奈緒と一緒に山の中を走り回ったような謎の記憶がある
  • そのときに、もう1人ぐらい女の子がいたような妙な記憶もある
  • 夏休みの森の中で、ナツは「幽霊には何かを伝えようとするタイプと、死ぬ前の行動を繰り返すタイプがいる」と言っていた(奈緒談)

奈緒も言及しているので、夏休みにもう1人の女の子を含めて森の中で何かがあった、というのは間違いなさそうです
もう1人の女の子についてはメイちゃんかと思いましたが、それは辻褄が合いません。
おそらく、この夏休みの出来事については、本作ではまったく描かれていないと考えて良いでしょう。

奈緒の独白によれば、このときからすでにナツには幽霊が見えていましたが、大人になったナツには(前作のエピソードまで)幽霊が見える自覚はありませんでした。
つまりこの夏休みのエピソードが、ナツが霊感を抑圧するきっかけになった可能性が高いと推察されます

鍵を握るのは間違いないので、おそらく今後のエピソードで描かれるのでしょう。
大きな根拠として、書籍版にあった「その時にはもう一人ぐらい女の子がいたような妙な記憶も。」という文章が、ウェブ版にはありません。
つまり、書籍化にあたりわざわざ加筆された1文ということになります。

奈緒も本作の描かれ方では死んだとは限りませんし、再登場する余地があります。
あれだけナツとの過去が描かれた割にはあっさり退場してしまった印象もあるので、期待したい。
先が気になる……!と思いつつも、このように書籍化にあたり細部が詰められた「完全版」で読み進めたいので、まずは3巻目を心待ちにしたいと思います。

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