【小説】飯野文彦『ハンマーヘッド』(ネタバレ感想・心理学的考察)

小説『ハンマーヘッド』の表紙
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作品の概要と感想とちょっとだけ考察(ネタバレあり)

タイトル:ハンマーヘッド
著者:飯野文彦
出版社:ティー・オーエンタテインメント
発売日:2013年6月1日

完膚なきまでに叩き潰されミンチになった死体。
ある夜起きた殺人事件の容疑者は、親の権力を盾にやりたい放題の町長の息子。
しかし彼は「黒い影が頭突きで女を殺した」と言うばかり。
停職中の刑事である幹也は町長に直談判をし、独自に捜査を始めた。
それは自分をおとしめた腹黒い上司を見返すためだったのだが、やがて次の犠牲者が──。

エロ・グロ・狂気の3拍子!

常識なんて放り投げて、ハンマーヘッドのように頭を打ちつけ、脳を麻婆豆腐状にシェイクさせてから読みましょう。
バグった脳で、考えるんじゃない、感じる作品です。

さて、何かグロそう面白そうと思って読み始めた本作ですが、予想の斜め上をいく意味不明具合でした。
褒め言葉です。
「超Z級スプラッタホラー」の表現は、まさに的確。
間違っても万人には勧められない作品の一つ。

冒頭から訳のわからない虐殺シーン。
全員頭のネジが外れている登場人物たち。
意味がわからなさすぎる、ハンマーヘッド。

エロ・グロ・狂気な小説というと飴村行『粘膜人間』や友成純一『獣儀式 狂鬼降臨』などが好きなのですが、それらとは違って比較的現代寄りの町が舞台なので、現実的な舞台とぶっ飛び展開のギャップが激しすぎる作品でした。

正直に言うと、『ハンマーヘッド』は残念ながら個人的にはいまいち合いませんでした
ただただ下品な印象でしかなかったこと。
スプラッタ描写も、基本的にミンチ状にするだけのワンパターン。
全員同じような思考回路の、魅力に乏しい登場人物たち。
思ったよりストーリー性がある割に、特に犯人や先が気にならない展開。
まさかの人間だったハンマーヘッドの正体。

これらは推しポイントでもあると思うので、そこが個人的には合わなかっただけで、これらがハマった人にはカルト的な1作になるであろうことは間違いありません。

常識的な解答を求めていたわけでは一切ありませんが、さすがに町民の1人が、というよりは普通の人間がハンマーヘッドだとは思っていなかったので、加奈子が犯人として浮かび上がってきた際には、驚きよりも「あっ、えっ、そういうやつ?」と戸惑いが上回ってしまいました。

さすがに何度も睡眠薬を飲まされて昏睡させられ、いたずら(というより完全なる性犯罪ですが)されていたら気がつくのでは……といったような常識的な突っ込みを始めてしまうと、この作品の存在すべてに突っ込まないといけなくなってしまうので置いておいて。

幹也が患っていたらしいコルサコフ症候群は、攻撃性が高まることもあるようですが、主には記憶障害を主症状とする認知症の一種です。
社会性はある程度保たれるので、幹也も実は記憶を失っていたなどの裏設定もあるかもしれませんが、幹也のようにブチ切れるような疾患ではなく、風評被害が甚だしくかわいそう。


さて、まともな感想や考察を述べるような作品ではありませんが、あえてハンマーヘッドとは何だったのか?という点について、少しだけ考えてみましょう。

ハンマーヘッドの特徴は、もちろん「影」です
つまり、加奈子が薬によってただ暴走したというだけではなく、その姿まで変貌してしまう様子。
映画館の女子トイレでは、姿が見えないという特性も持ち合わせていました。

心理学的に「影」とは、その人が生きることのできなかった別の一面を指します。
人生は常に選択の連続であり、何かを選択するということは、何かを切り捨てることと同義です。
その切り捨てられたものが、個人の影となります

ハンマーヘッドが加奈子の影であると考えれば、加奈子が抱えていた深い悩みは、セックスができないこと、つまり幹也の母親の民江の言うところの「生娘」であったことでしょう。
愛する人の期待に、応えたいのに応えられない葛藤や苦しみ。

そのため、ハンマーヘッドは加奈子とは真逆の、つまりは性的に奔放な女性をターゲットとしていました
それが冒頭で殺害された美由起であり、昭治の妹の玉恵であり、刑事の草田の娘で真彦と関係を持っていた貴美子でした。
美由起と一緒にいたにもかかわらず、昭治が殺されなかったのもこれで説明がつきます。
影になったあとは性的興奮が高まるところも、同様の理由と考えられます。

性という自分が生きられなかった人生を、何の不自由もなく好きなように堪能しながら生きている。
それは羨望や嫉妬を超えて、強い恨みや憎しみにまで変貌を遂げてしまっていたようでした。

民江と草田が殺されたのは、単純にハンマーヘッドの邪魔をしたからだと思います。
あるいは、加奈子の愛する相手である幹也にとって邪魔となる存在だから、というのもあったのかもしれません。
残存怨念が漂うほど憎しみの虜になっていた加奈子は、性的に奔放な女性への積極的な攻撃に限らず、少しのきっかけで憎しみが爆発してしまう状態にあったのだと考えられます。

そのために、ラストシーンでの幹也との結合(頭突き合戦というセックス)が意味を持ち、抑圧されていた願望の成就によって加奈子の憎しみは浄化され、ハンマーヘッドは消え去ったのです。
もう、訳わかりませんけれども。

エピローグは、いかにもスプラッタホラーっぽい、おまけ的な演出でしょう。
変態医師の際本の遺書(?)の最後には「昭和四十×年」と書かれていたので、本作のメインは1965〜1974年頃の話。
一方、エピローグは「平成二十×年」と書かれていたので、2008〜2017年頃です。
加奈子が実は生きていた、とかではなくて、おそらく都市伝説化されたような、そんな存在になったのではないかと思います。

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