作品の概要と感想(ネタバレあり)
タイトル:なまなりさん
著者:中山市朗
出版社:KADOKAWA
発売日:2022年12月22日
沖縄で退魔師の修行を積んだというプロデューサーの伊東礼二。
彼の仕事仲間の健治が、沙代子という女性と婚約をした。
しかし沙代子は、妖艶な双子姉妹による執拗ないじめにより自死へと追いやられる。
彼女の死後、双子姉妹の周囲で奇妙な事件が続発するようになるが、それにとどまらず、被害はやがて双子の実家へと移っていく──。
ホラー好きながらほとんど触れてこなかった実話怪談。
本作でついに入門しました。
本作の初出は2007年、メディアファクトリー「幽ブックス」から単行本が出版。
その後、2009年にMF文庫ダ・ヴィンチとして文庫化。
それに後日談が追加され、新装版として角川ホラー文庫から発売されたのが本作。
なので本作である角川ホラー文庫版は2022年発売ですが、内容自体はそこそこ古い1作ですね。
著者が体験したというよりは、主に伊東氏から伝聞した内容をまとめた作品。
しかし、実話怪談というのは、面白いですが感想に困りますね。
何せ実際にあったことなので、「そうかこんなことがあったのかぁ……こわ」としか言いようがない感も。
どうでもいいですが、「なまなりさん」ってちょっと可愛い。
実話怪談はだいたいそうなのだと思いますが、極力主観を排し、見聞きした内容を淡々と記載していくスタイルは、フィクションとはまた違ったリアルな恐怖感を高めてくれます。
これも創作でも多いパターンでしょうが、退魔師ながら伊東氏がオカルトに懐疑的というのも、リアリティを高める要因になりますね。
自分もオカルト的なものに対しては「否定はしないけれど信じていない」というのが現状のスタンスなので、そういった懐疑的な人たちが巻き込まれていく、という展開の方が共感しやすいです。
怪談というと短い話がメインな印象でしたが、本作は2日間にわたる伝聞内容な上、実際にあった出来事自体はかなりの年月を経ています。
主には白石沙代子の呪いといった趣でしたが、とにかくまぁ、人の恨みつらみというのは恐ろしいものです。
内容に関して、正直に言えばあまり怖いと思えず、もしかしたら実話怪談は自分には合わないのでは……?という危惧を抱いている現状です(だからこそこれから、色々読んでいきたい)。
霊や呪いに関しては自分がだいぶ懐疑的なのが良くないのでしょう。
本作は、作品としてはもちろん、再出版されているほど語り継がれているわけなので、完成度が高いのは間違いありません。
あとは相性の問題。
本作のような現象に実際に自分が巻き込まれたら、当然怖いです。
個人的にはどちらかというと小野不由美『残穢』のような、ダイレクトに呪われる系よりも、自分は悪くないのに知らぬ間に負の現象に触れており、日常が侵食されていってしまうような恐怖感の方が、恐ろしさを感じます。
理不尽さがあまりないのが、本作にそれほど怖さを感じない要因なのかも。
本作も、関わった人にも少なからず影響が及んでおり、それは読者にまで広がってくるのでは?と思わせるような要素もありました。
ただそこは、著者の中山市朗も無事にご健在のようですし、それなりに古い作品ですでにたくさんの人が読んでいるわけなので、大丈夫だと信じるしかありません。
本作における沙代子の呪いは、拡散してくる部分もありますが、大きなウェイトを占めているのは島本鈴江と香奈江の双子姉妹、そして島本家に対するものでした。
そして鈴江と香奈江に関しては、理不尽に呪われたというより、自業自得としか言いようがありません。
双子姉妹がなぜあそこまで健治にこだわり、沙代子に犯罪レベルの嫌がらせまでしたのかの理由はわからず、そのような背景も全部綺麗に説明されるわけではないのがフィクションではない現実感にも繋がっていますが、嫌がらせの内容が内容なので、共感できる要素が皆無。
結局、単純にお嬢様だったので欲しいものが手に入らないのが我慢ならず、思い遣りや常識も有していなかった、ということなんですかね。
一方の沙代子や健治側も、塩酸をかけられたり電車のホームで突き落とされそうになる、犬の首を玄関前に置かれる、といったようなことがあってまで警察に届けないというのは、どうなのでしょう。
巻き込まれている本人たちは判断力も低下していたと思いますし、会社への影響などを気にしてしまうのは仕方ありませんが、少なくとも会社や周囲の人たちが助けてあげるべきだったと思うので、とにかく不憫。
とはいえ、本作の初出が2007年で、エピソードは10年ほど前から始まっているとのことだったので、まだまだストーカーのような行為に対する社会的な問題意識は薄かったでしょうし、それが女性同士の嫌がらせとなればなおさらです。
なので、そりゃあ沙代子が双子姉妹をとんでもなく恨んで死んでいったのは当然ですし、双子姉妹が呪われても仕方ない、と思ってしまいます。
むしろ塩酸をかけたり犬の首を置くような、双子姉妹の方が怖い。
そして娘にそんな犬の首を使った犬蠱なる呪詛を教えた母親はもっと怖い(これは伊東氏の憶測に過ぎませんが)。
もはやヒトコワ系なんじゃないか、と思える本作です。
島本家の父親も、常識的な対応を見せていましたが、都合良く隠し事をしたり、追い詰められているとはいえ呼びつけておいていきなり追い返すなど、自分勝手さも窺えます。
なので、そんな島本家を助けようと奔走した伊東さんは優しいですし、それで自分が不幸になってしまっているのはとてもかわいそうでした。
健治も健治でかわいそうですが、沙代子の妹である今日子と結婚したというのは、何というかなかなかメンタルが強いように感じます。
一応の注意点としては、あくまでも中山市朗が伊東氏から伝え聞いた話に過ぎない、という点でしょうか。
どれだけ客観的に話そうと思っても話者の主観は入ってきますし、記憶も曖昧になっていきます。
書かれているすべてが客観的な真実とは限らない、というのも実話怪談の醍醐味でしょう。
本作からは逸れてしまうので、このあたりはまたどこかでまとめて書きたいと思いますが、個人的に呪いなどに対して懐疑的なのは、明らかに恨まれていそうな人が普通に生きているからです。
凶悪な犯罪者だったり。
某国のトップだったり。
それこそ、双子姉妹の比にならないレベルで、生きている人からも死んでしまった人からも大勢に恨まれているであろう人はたくさん思い当たります。
彼らが凄絶な最期を遂げることもありますが、普通に天寿を全うする人も少なくありません。
恨みつらみが負のエネルギーを生じさせ、呪いや祟りとなって相手に影響を与えられるのだとすると、どうにも一貫性がないな、と思ってしまうのです。
しっかりと儀式をしないといけなかったり、呪っても必ず発動するとは限らなかったり、呪いをかけられる才能(?)みたいなものもあるのかもしれませんが。
というのをあまりここに書いても水を差すだけになってしまうので控えますが、本作は本作で、不思議かつ恐ろしい話として楽しめました。
呪いの怖いところは、終わりの見えないところですね。
しかも、おそらく呪う側の意図を超えて負の感情やエネルギーが暴走してしまい、ほとんど関係のない人々にも影響を及ぼしてしまい得るところも。
本作も、かなりの長期間、じわじわと責め続けるところは嫌らしくもあり、恐ろしくもあり、その執念深さこそが恨みの強さを窺わせます。
他人事だから怖くないだけで、自分がこんなに執拗に追い詰められたら、きっと正気ではいられません。
呪いを信じるか信じないかというのはさておいたとしても、恨みの感情そのものが恐ろしさを感じさせる概念でもあります。
強烈な恨みの感情に支配されながら1人孤独に死んでいった沙代子の心情を想像するだけで、どこか落ち着かない気持ちになります。
たとえ呪いを信じていなくたって、自殺した相手が自分に呪いの儀式(本作の藁人形みたいな)を残していたことを知るだけで、普通であれば強い不安に苛まれるはずです。
相手に強烈な負の印象を残して死ぬ。
それが原因で、呪いが実在していなくても相手が自滅していくパターンもあるでしょう。
それだけでもせめてもの仕返しであり、呪いと言えるのかもしれません。
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