作品の概要と感想(ネタバレあり)
アートディレクターのデイは、プールでの撮影後に浮き輪に乗って休憩しているうちに眠りに落ちてしまう。
目を覚ますとプールの水が抜け始めており、プールサイドに上ることができなくなっていた。
やがてデイの恋人コイがやって来るが、彼女は足を滑らせてプールに落下し、意識を失ってしまう。
さらに獰猛なワニまで現れ、絶体絶命に陥る2人だったが──。
2018年製作、タイの作品。
原題も『THE POOL』。
タイ語の原題は『นรก 6 เมตร』で、「地獄6メートル」みたいな意味のようです。
タイ発のワニワニパニック・シチュエーション・スリラー。
『女神の継承』でバンジョン・ピサンタナクーン監督にハマり、他のタイ映画はどうなんだろう?と思い、前から観たかった本作を鑑賞。
結果、なかなか楽しめました。
何やら独特の空気感や雰囲気が漂っていて、癖が強めな印象。
ワンシチュエーション・スリラーは好きで色々と観ているのですが、これまで観てきたどれとも違う感覚になりました。
しかし、何が違うのかと言われるとなかなか言葉に詰まってしまいます。
何なんだろう。
たぶん大きいのは、緊迫感のなさでしょうか。
映像がチープだったり演技が下手だったりするわけでは全然ないのですが、なぜかあまり緊張感が漂っていませんでした。
それは、広いプールが舞台だったのが一因かもしれません。
だいたいワンシチュエーションものは狭かったり身動きが取りづらい場所に閉じ込められることが多いので、屋外のプールという開放感溢れる場所であったのは大きそうです。
それなのに脱出できない、というのはもどかしさも感じ、上手いシチュエーションだなと思いました。
あと、緊張感に乏しかったのは、主人公デイのキャラクタも大きいでしょう。
そもそもあの状況に陥ったのも自業自得ですし、それからはあまりにも運がなさすぎ、間が悪すぎ、粘り強い割に鈍臭すぎで、観ている方が苛立ってきてしまうほどです。
一生分の不幸があの数日に舞い降りたのか、日頃の行いが悪かったのか。
何となく、後者の気がしてなりません。
色々試行錯誤してうまくいかないのはシチュエーション・スリラーの定番ですが、あまりにもな間の悪さはもはやギャグというかコントのようでした。
たぶん、コメディ要素を意図した作りではないと思うのですが、笑ってしまうようなシーンも多々。
特に、排水溝を抜けたら隣のプールだったときですね。
横にもそんなどでかいプールがあったんかい!
と、観ている側も叫ばずにはいられません。
デイの立場になればとんでもない絶望感ですが、隣のプールで絶叫するデイの姿は完全にコントでした。
シチュエーション作りでは、脱出できない状況にワニまでプラスされているところが、やはり面白く光っていました。
ワニがメインではなく、あくまでも危機の1要素であるところも面白い。
ワニは、最初はCG感強めで心配になりましたが、観ているうちに慣れて自然に見えてきました。
ワニ映画は多数ありますが、だいたい姿が見えなくなり、どこにいった?みたいな恐怖感を煽ることが多いので、ほぼずっといるというシチュエーションは珍しく新鮮。
洪水によってワニが逃げ出したという設定は『クロール ―凶暴領域―』も同じ感じでしたが、なかなかの大事件ですよね。
ちなみに、動画配信サイトなどにおける作品紹介の多くでは、以下のように「マンホールからワニが出てきた」と書かれているのですが、なぜなのでしょう。
ずっと出演している分、ワニの造形に注目してしまいますが、しっかりとクロコダイルで安心しました。
頭が尖っているのがクロコダイル、丸みを帯びているのがアリゲーターで、凶暴で人を食べるのは主にクロコダイルです。
他にも色々と観察してしまいましたが、けっこうしっかりとしていました。
口の中がさっぱりしているな、喉が見えないな、と思ったのですが、調べてみたところこれはちゃんと現実に近かったです。
ワニの喉は、水が入ってこないように、弁があり蓋のように喉を塞ぐようです。
食べるときには開くんだとか。
舌がないように見えたのも実際にそんな感じで、舌がないわけではなく、下顎にくっついているような構造とのこと。
勉強になります。
ちなみに、アリゲーターはお腹が地面にくっついていますが、クロコダイルはお腹が浮いているので、時には人間より速く動けるようです。
しかし『THE POOL ザ・プール』では、あまり素早く動くことはなく、非常にのんびりしていて可愛かったですね。
怖いというより可愛かったのも、緊張感低減の要因だったかもしれません。
ドヤ顔でドアから入ってきたときとか、プールにごろんと落ちてしまったときとか、口を開いて寝ている姿とか、可愛さが溢れていました。
結局そんなに襲ってこなかったですし。
シチュエーション・スリラーの醍醐味である緊張感はあまりありませんでしたが、「痛い」要素は抜群に強い作品でした。
いきなり爪が剥がれたのは、大きなハンデにもなっていました。
しかし、とにかくシチュエーション・スリラーにしてもツッコミどころが多かったのが本作の特徴でしょう。
それが楽しかったとも言えますし、さすがに多すぎたとも言えます。
ツッコミながら楽しんでなんぼだと思っているので、突っ込んでいきましょう。
まず、とにかくあの状況になったデイのお馬鹿さ加減。
シチュエーション・スリラーは脱出しようとする試みが楽しいので、状況作りは雑でも良いのですが、それにしても間抜けすぎました。
水を抜いている状況であそこまでガン寝できるデイ、やはりただ者ではありません。
寝なかったにしても、1人であの大きな椅子とかどうやって片付けるつもりだったのでしょうか。
そもそも、あの深さでハシゴがないプールが恐ろしすぎます。
状況作りのためには仕方ありませんし、閉鎖寸前のプールだったので老朽化してハシゴが外れてしまったのかな、と考えて納得しようとしましたが、まさかの隣にも同じようなプールがあり、そちらもハシゴがないという状況によって、解釈が苦しくなってしまいました。
スマホはiPhoneに見えましたが、防水ではなかったのですかね。
ホームボタンがあった気がするので、iPhone7か8あたりだとすると防水性能はあるようですが、6とかだったのかな。
5のデザインではなかったはず。
本作製作の2018年にはXSが発売されていますが、お金のないデイなので古い機種を使っていた可能性は高そうです。
みたいなのは、さすがに細かすぎますかね。
単純に水の深くまで落ちてしまった影響かもしれません。
最大のツッコミポイントは、彼女のコイさんでしょう。
馬鹿かと。
いえ、それはさすがに問題のある表現かもしれませんが、いや、やっぱり馬鹿かと。
まず、バッグを持っていたのに、妊娠検査薬はショートパンツのポケットに入れていたのですね。
いや、それは良いのです、個人の自由です。
すぐ見せたかったのかもしれません。
とにかく最大のツッコミポイントは、妊娠しているのにプールに飛び込むかと。
まだ妊娠初期だとしても、妊娠がわかっているのにわざわざ飛び込むかと。
しかも明らかに水位が減っているのに。
避妊していながらも妊娠してしまった可能性もありますが、2人とも、計画性に乏しそうな様子が窺えて残念な感じでした。
ちなみに、作中でも言及されていましたが、タイでは性犯罪被害や母体の生命に関わる等の状況を除き、人工中絶は違法だったようです。
2022年に改正され緩和されたそうですが、本作当時の2018年はまだ違法で、中絶した女性には罰金あるいは懲役刑の刑罰があり得たとのこと。
そんな状況で、迷うことなく「中絶してくれ」と言ったデイ、やはり人間性がなかなかにクズいですね。
犬のラッキーへの八つ当たりもひどかったですし、言動はだいぶ自己中心的で、DVとかしてしまいそうなタイプだったので、助かったあともコイは大変そう。
話を戻すと、唇がかっさかさに乾いていたのはリアルでしたが、けっこう雨は降っていたので、水分はそれなりに補給できていたような。
でも、タイの夏、しかも熱気が溜まるプールの中は過酷そうなので、短時間で乾燥してしまった可能性はあるかな。
ゆで卵はなかなか面白い発想でしたし、ちょっと笑ってしまったシーンでもありました。
ワニの卵でも、あんな風に綺麗な黄身ができるゆで卵になるのでしょうか。
というか、そもそも食べられるのでしょうか。
というのも調べてみたら、どうやら食べられるようでした。
黄身の色はかなり薄めみたいです。
有刺鉄線をつかんで登ろうとした根性は尊敬に値しますが、最初からタンクトップとかを脱いで手に巻いた方が良かったですね。
6日間もほとんど食べていない生活、手はボロボロ、片足は骨折、そしてワニに噛みつかれたにもかかわらず、アクティブに動き回っていたデイ。
タフさと根性だけは評価できます。
ドローンのおじさん2人はかなり謎が深い存在でした。
友達なのか?
親子なのか?
そもそも若い方が年齢不詳。
あんなところでなぜ2人でドローンを飛ばしていたのか?
謎は尽きないまま去っていってしまいました。
そして最大の謎と言えば、排水溝です。
最初のプールの排水溝下から2方向に伸びており、片方の先はもう一つのプール、もう片方の先はコイが溺れかけた地上の排水溝に繋がる空間でした。
あれって、どこに排水しているのでしょう?
あの構造で、排水できる先がなくないですか?
そんなツッコミポイント満載ながら、あまり他では観たことのないシチュエーション・スリラーで楽しめました。
なのですが。
何ですかね、あの鬼畜すぎる脱出方法。
ラッキーの衝撃的すぎる死に方によってある意味、人によっては『ミスト』とか『セブン』あたりに並ぶ胸糞映画、鬱映画になっているのではないでしょうか。
冒頭、「動物は傷つけていません」というメッセージが流れた時点で半ばお察しでしたが、ここまで鬼畜展開とは思いませんでした。
序盤にスマホを諦めてまでラッキーを助けに行ったのも、悪趣味すぎる伏線でしかありません。
というか、メヨムは「犬がプールに落ちないようにしておく」と言っていたましたが、余裕で落ちてましたが。
現在、タイの映画は4作品観ているのですが、そのうち75%(3作品)で犬が死に、50%(2作品)で主人公が糖尿病でインスリンを打っていました。
サンプル数が少なすぎるので結論を出すには早計ですが、タイ映画に多い設定なのでしょうか。
ちなみに、『フェート/双生児』の感想にも書きましたが、タイはかなり動物愛護の精神は強いようなので、その分、絶望感や精神的ダメージを与える意図の演出として使われやすいのかもしれません。
最後はまるでハッピーエンドのように抱き合い、壮大な音楽が流れていました。
2人にとっては奇跡の生還でしょうが、観ている側の多くはとてもハッピーエンドとは思えないのではないでしょうか。
何なら2人が死んでラッキーが生き残った方が、作品の評価は上がったかもしれません。
ちなみに、コイは後頭部にけっこうな重症を負っていたはずですが、最後に抱き合うシーンではデイがコイの後頭部をベタベタ触っていたところも、最後まで抜かりのないツッコミポイントでした。
エンドロールもかなり謎で、イラスト風になったり、まるで恋愛映画のエンドロールのような歌が流れたり。
このあたりは、文化差でしょうか。
最後に余談。
ここまでタイ映画を4作品観てきて、監督や俳優の名前はめちゃくちゃ長いのに、作中では大抵2文字ぐらいで呼ばれていることの差にようやく気づきました。
これもまた調べてみたところ、タイでは通常、本名が長すぎるため、ニックネームで呼び合うそうです。
タイの人にとって名前は重要で、人生を決めるものであり、他の人と被らないような名前をつけることも少なくないそうで、タイ人でも本名を覚えにくいんだとか。
ニックネームも両親がつけ、本名とは全然関係がないものになるようです。
面白いですね。
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