作品の概要と感想とちょっとだけ考察(ネタバレあり)
映画館で映写技師をしているシェーンは、金に困り同僚と一緒に新作ホラー映画「復讐の霊魂」を夜中に上映し、それをビデオに録画して海賊版VCD業者に流出させるという犯罪に手を染めてしまう。
だが、その作業中に同僚は失踪、やがて深夜の映画館では映画の内容と同じような奇怪な現象が次々と起こり始める──。
2008年製作、タイの作品。
原題も『Coming Soon』。
タイ語では『โปรแกรมหน้า วิญญาณอาฆาต』で「次のプログラム 復讐の霊魂」みたいな意味のようなので、いずれの言語でのタイトルも、作中作の「復讐の霊魂」が間もなく上映、といったニュアンスでしょう。
監督は『プロミス/戦慄の約束』のソーポップ・サクダービシット監督で、本作が監督デビュー作。
本作について調べていてわかったのですが、バンジョン・ピサンタナクーン&パークプム・ウォンプム監督の『心霊写真』や『フェート/双生児』では共同脚本を手掛けていたようです。
また、タイの短編ホラーオムニバス『フォービア/4つの恐怖』や『フォービア2/5つの恐怖』でも、あまり表立って名前は出ていませんでしたが、いくつかの作品に共同脚本として携わっていました。
本作『カミングスーン』の途中で、映画の上映中、主人公のシェーンが観客席にチャバー(「復讐の霊魂」に出てきた髪の薄い老婆)の後ろ姿を見かけて観客席に駆けつけて探すシーンがありました。
このとき、上映されていた映画は映像は映らず音声だけでしたが、台詞からして『フォービア/4つの恐怖』の中の「最後のフライト」でした。
ちょうど最近観ていたので気がつけて、面白い小ネタだなと思いましたが、「最後のフライト」にもソーポップ・サクダービシット監督は共同脚本として関わっていました。
また、主人公のシェーンを演じたチャンタウィット・タナセーウィーは、俳優であると同時に脚本家でもあり、『女神の継承』の共同脚本も担当していました。
シェーンのせいですっかりクズ男なイメージがついてしまいましたが、多才ですごい。
最近立て続けにタイホラーを観ていますが、色々繋がりが見えてきて面白いです。
さて、本作は「実話をもとにしたホラー映画を作ったら、映画の内容と同じような現象が現実でも起こり始める」という面白い作品。
こういったメタ的な構成の作品は少なくありませんが、現実での死体が映画の中に映っていたり、映画での首吊りシーンで死体が消えて現実に現れる、スクリーンに首吊りの影が映るなど、虚構と現実をリンクさせる演出がとても巧みで楽しめました。
『心霊写真』を筆頭に、2000年代のタイホラーはJホラーの影響も色濃く感じるのですが、本作は特に強く感じました。
中でも、映像が現実を侵食して広がっていく様はまさに『リング』で、影響を受けているのは間違いないでしょう。
これは考えすぎかもしれませんが、老婆が髪を梳かす姿も『リング』のビデオ中の貞子を彷彿とさせますし、他にも中田秀夫監督のデビュー作『女優霊』などの影響も。
とはいえ、もちろんパクリのような作品ではなく、しっかりとオリジナリティがあり、個人的には好きな作品でした。
序盤からガンガン霊が出てきたり怪奇現象が起こり、ホラー演出もジャンプスケアに頼ることなく、色々な見せ方が工夫されていて好印象。
設定的に、作中作の映像なのだろうとわかりましたが、いきなり衝撃的な映像が流れる始まり方も好きでした。
『プロミス/戦慄の約束』ではほとんど霊の姿が映らない点が印象的でしたが、本作ではガンガン登場。
髪の薄い老婆であるチャバーのビジュアルはインパクトがあって良かった、と言うのは差別的になってしまうのでしょうか。
とはいえ、恐ろしいビジュアルとしてデザインされていたはずなので、そのような捉え方も自然なはず。
少ない髪を梳かす姿は若干切なさも漂ってしましたが、不気味さは素晴らしかったです。
しかし、街中に貼られていた「復讐の霊魂」のポスターや広告は怖すぎませんでしたかね。
日本だったら苦情が殺到しそう。
単純に、モデルとなった事件の犯人であるチャバーが元凶だったのではなく、チャバー役を演じていた主演女優のインチャンが撮影中に事故死し、インチャンの呪いだった、という真相が明らかになっていく過程も面白かったです。
「そんなに私が死ぬのが見たい?」という怒りが呪いの原動力でしたが、製作関係者はともかく、観客たちに対してはやや八つ当たり感も。
とはいえ、あんな死に方をしたら、恨みの念が強く残っても仕方ありません。
しかしあの撮影現場、怖すぎました。
パワハラじゃん……あんなプレッシャーかけたらもっと演技できなくなるじゃん……と思ってしまいましたが、芸術の創造はシビアなのでしょう。
そもそも、ここを突っ込んだら本作が成り立たなくなってしまいますが、主演女優が撮影中に事故死したのに、大きな問題になっている様子もなく、普通に上映するという判断もすごいですね。
公開前の上映会をしてからは、監督たち関係者も全員消えてしまったようですし。
上映会の直後に監督は「首吊りシーンはカットする」と言っていましたが、いやいや、あれほんとに主演女優が死んだ映像ですよね?
という諸々まで考えてしまうと、一番怖かった人物は監督かもしれません。
がっつり映る霊のビジュアルは、白目を剥きがちなタイホラーらしさが強めで良かったですが、だいぶ物理攻撃だったのと、他者に完全に化けたり、果ては時間や時空まで操る無敵っぷりで、ちょっとずるさも感じてしまいました。
フィルムを燃やしてもダメでしたし、もう解決方法はなかったのでしょうか。
ビデオのダビングが鍵を握る『リング』の貞子に対して、回避方法がない上に、一気に集団感染(?)させられるインチャンはだいぶチートキャラだったと言えます。
あとは、インチャンも目を抉って殺していたのも若干謎でしたが、あれは憑依型の女優でチャバーになりきっていたと解釈できるでしょうか。
自分が死ぬ映像を見せておいて、「私が死ぬところがそんなに見たいか?」と言いながら目を抉るというのはだいぶ理不尽。
むしろ、見られたくなかったらシェーンにリールを焼かせたままにしておけば良かった気もしますが、もはや怒りと恨みに支配されてしまっていたのでしょう。
ここは好みの問題ですが、内容によりつつも、あまり霊ががっつりと喋るのは個人的にはいまいち。
なので、ラストシーンは若干興醒めというか、蛇足にも感じてしまいました。
「復讐の霊魂」を観ていた観客も呪われるだけではなく、『カミングスーン』を観た我々も呪われる、というベタながらメタ的な構成は好きですが。
キャラで言えば、主人公のシェーンがとにかくクズ男でしかなかったので、助かってほしいという感情移入度はだいぶ乏しめでした。
冒頭、誕生日を忘れていたのに覚えていたかのように「おめでとう」と言ったり、夜に「今日はいい天気だね」とか切り出したり、空気読めないし不器用すぎる……!と心配していましたが、そんなかわいいものじゃありませんでした。
映画の海賊版を作っていたのももちろん問題でNO MORE 映画泥棒ですが、ドラッグ代のために彼女のソムの腕時計を盗もうとしてバレたら殴り、勝手に質屋に預けるというのは、クズ男が少なくないホラー映画界の主人公の中でも、だいぶクズ度が高めでした。
疲れていたにせよ、海賊版を作っている最中に寝落ちできるのは、だいぶ神経が図太い。
ストーリー上、別にあそこまでクズでなくても良かった気もしますが、映画の海賊版製作にまで手を染めるための設定ですかね。
クズ度が高かったためか、他の人たちよりもだいぶ怖い思いをさせられた上で殺されてしまいました。
周囲はソムに「殴ったのは薬のせいよ(だから許してあげなよ)」みたいな感じで言っていましたが、なかなか理解し難い感覚。
しかも、殴って出血するとも思えないので、腕時計で殴ったのかな(爪が当たったとかかもですが)。
殴ると言えば、フィルムを燃やそうとしてループしていることに気がついた際、やけくそになって「どうせなかったことになるんだろ!?」とばかりにチンピラを殴りまくってこれまでの鬱憤を晴らすところは、地味に適応力が高くて好き。
彼氏も兄も犯罪に手を染めていたソムはなかなかかわいそうでした。
最期も、目を潰された死体としてこっそり映画に映り込むだけという奥ゆかしさ。
ただ、「映画のラストでは死体を燃やすのに失敗して終わった。じゃあ、現実で私たちでやればいいじゃない」という発想はなかなかにアグレッシブ。
そんな感じでツッコミどころは少なくなく、ラストはややいまいちでしたが、アイデアや見せ方が面白く楽しめた、個人的に好きな作品でした。
続けて監督2作目の『ラッダーランド/呪われたマイホーム』以降も観ていきたいと思いますし、『プロミス/戦慄の約束』も好きだったので、今後の作品も楽しみな監督です。
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