【小説】小池真理子『墓地を見おろす家』(ネタバレ感想・考察)

小説『墓地を見おろす家』の表紙
(C) KADOKAWA CORPORATION.
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作品の概要と感想とちょっとだけ考察(ネタバレあり)

タイトル:墓地を見おろす家
著者:小池真理子
出版社:KADOKAWA
発売日:1993年12月17日

新築・格安、都心に位置するという抜群の条件の瀟洒なマンションに移り住んだ加納一家。
だがそこは広大な墓地に囲まれていた──。

初読みの作家さん……と思っていましたが、朝宮運河(編)『再生 角川ホラー文庫セレクション』で短編「ゾフィーの手袋」を読んでいました。

タイトル通り、墓地を見下ろせる場所に建つマンションに引っ越した加納哲平と美沙緒、そして娘の玉緒(あとクッキーとピヨコ)。
終始漂う不穏なじめじめ感とは別に、どうも出てくるキャラクターがみんな微妙に胡散臭く陰湿な印象を受けたのですが、ミステリィ、恋愛や不倫を取り扱った作品なども多く書かれている作家さんなのですね。
何だか妙に納得しました。


内容は、「墓地や火葬場に囲まれたマンションに引っ越した途端、不可解な現象に巻き込まれる一家の様子を描いた作品」という説明ですべてが表現できてしまう感じでした。
それだけでこの長さの作品を織り成せるのも、飼っていた白文鳥ピヨコの死という何となく不吉さを感じるシーンから始まり、不穏さが途切れることなく徐々にエスカレートしていく様を描けるのも、すごい。

謎に関しては、良くも悪くも完全に投げっぱなしと言って異論はないでしょう。
結局、墓地や地下道が関係していたのか、何が起こっていたのか、といった謎はほぼほぼ明らかにはされません。
消化不良感が残るのも確かですが、だからこそ余韻が残るホラー作品に仕上がっているとも感じます。

これまで何度も書いていますが、曖昧でよくわからない対象にこそ、人は漠然とした恐怖や不安を抱きます
本作においても、対象がはっきり描かれ、たとえば地下道から幽霊なり土葬された遺体なりが這いずって襲いかかってきていたら、瞬間的には死の恐怖を感じるホラーシーンになり得ますが、一歩引いて作品世界を眺めている読者の目には、やや滑稽にも映るでしょう。
少なくとも、「戦うなり逃げるなり、その対象をどうにかすれば良い」という選択肢が絞られます。

しかし本作では、徹底してすべてが曖昧なままでした
なぜ不可解な現象が起こるかもわからなければ、マンションに閉じ込められた理由もわからない。
何がそのような現象を引き起こしているのかもはっきりしない。
もう、どうすればいいかわからない。
そして、見えるのはすべて現象だけで、幽霊などの元凶の姿は徹底して現れない。
その理不尽なまでの曖昧さが徹底されていたことで、読後にも何とも言えない後味の悪さが残り続ける仕組みになっていました。

謎がどんどん解明されていって、その先に広がる恐怖を描いたのが小野不由美『残穢』であるなら、本作はその真逆の作品と言えるでしょう。
明かされた事実も、結局関連していたのかわからない。
作中に起こった色々な出来事も、何の意味があったのかわからない。
はっきりしない作品が苦手な人には不満しか残らない作品でしょうが、個人的にはホラーの本質的な部分を突いている作品であると感じました


とはいえ後半は突然展開が加速し、最後も完全なる放り投げ感があるのは確かなので、雑さを感じてしまう部分があるのも否めません。
理不尽だから怖い一方で、理不尽すぎても人は不満を感じてしまいます。

だいぶ加速した終盤ですが、特に人が蒸発(?)して影になるシーンは、発想的にとっても面白くて好きなのですが、ちょっとやりすぎ感もありました。
引っ越し業者とかが音信不通になったらやはり会社の人や警察などがマンションに確認しに来ると思いますが、あのままだと次々犠牲になり、相当な大事件に発展しますよね。

なぜあのタイミングでこれだけの事態になったのか。
なぜ加納一家だけがあれほど執拗に狙われたのか。
「わからないから良い」という気持ちと、「わからないから良いのをいいことに理不尽すぎる」という気持ちが共存しています
たまたまだとしたら加納一家はかわいそうすぎますし、理由があって狙われたのだとすると、不倫がいけなかったんですかね?
玲子さんの恨みが関係していたのか?
あるいはマンションの最後の住民になったのがいけなかったのか?

などなど、考察や想像というより妄想する余地が無限にあるのも、この作品の面白さと言えます。
「恐怖を感じるのは想像力によるものだ」というのもこれまで何回か書いてきましたが、無限に妄想できるからこそ、読者1人1人が勝手にこの物語を解釈し、著者すら意図しなかった恐怖を引き起こす可能性を秘めているのではないと思います。

ただ、「怖い」というよりは「後味が悪い」という感想の方がしっくりくる作品でもありました。
上述した『再生 角川ホラー文庫セレクション』に収録されている「ゾフィーの手袋」もまた、謎がはっきり明かされず幻想的な作品だったので、著者の得意とするところなのでしょう。


そもそも、墓地に不気味さを感じるというのも不思議なものです
本作が出版された1993年当時よりは気にしない人も増えているのではないかと思いますが、それでも抵抗感のある人は多いでしょう。

墓地が怖いのは、霊的な存在が怖かったり、死を身近に感じるからであると考えています。
幽霊が怖いのもまた、死を感じたり、呪われたり害を及ぼされることを恐れたり、科学では説明のつかない得体の知れない存在に対して本能的に怯えるからではないかと思います。
このあたりの「恐怖」については深入りするとキリがなく、いずれ別でまとめたいので置いておきますが、いくら「私はそこにいません、眠ってなんかいません」と言われたとて、目を背けたい死の象徴の一つとしてイメージが根付いてしまっているのが墓地であると言えるでしょう。

と、あえて理由を挙げて説明を試みましたが、墓地や幽霊が怖い人は、実際には「何だかよくわからないけど怖い」という感覚が先行する場合が多いのではないでしょうか。
その場合、理由はむしろ理性による後付けです。
本能的に、あるいは無意識的に感じる恐怖
それをうまく拾っているのが本作という印象です。

そのような恐怖感の描かれ方として、哲平と管理人夫婦が地下室に降りて異常現象に巻き込まれたシーンは、とても秀逸であると感じました。
通常、ホラーでは、個々が異常現象を体験することが多いです。
そして、それを周囲の人に話しても、本気で信じてもらえません。

しかし本作では、哲平と管理人夫婦という、いわばほとんど他人同士が同時に異常現象を体験しています。
それによって強制的に、これは実際に起こっていることなんだというリアリティが生み出されていました
あのシーンあたりを転換点として、それまでの地味な異常現象が一転、どんどん危険で派手なものになっていきました。


全体的に、設定や現象はシンプルで物足りなさを感じる部分もありますが、1993年という発行年を考えれば当然でしょう。
娘の玉緒の喋り方や言葉遣いなどが幼稚園児らしくなくちょっと気になりましたが、そのあたりも1993年の作品という点も加味する必要があるかもしれません。
むしろ、極端に古臭さを感じなかったので、やはり普遍的な感覚が軸として描かれているのだと思います。

個人的に一番怖かったのは、エレベータでしか行き来できない地下室ですね。
詳しくないですが消防法や建築基準法的にはアウトそうですが、フィクションなのでリアリティは良いとして、エレベータしかない地下室など、そもそもあまり使う気になれません。

他のマンション住民は逃げ出せたのに執拗に閉じ込められた加納一家はかわいそうでしたが、一番かわいそうだったのは、引っ越し先候補になったマンションの住人女性でしょう。
引っ越し業者や弟の達二夫婦などもかわいそうでしたが、彼女はセントラルプラザマンションに近づいてすらいないのに死んでしまいました。
もちろん、ただの偶然だった可能性もありますが。
偶然じゃなかったなら、あんな強制的に閉じ込める力あるんだから、わざわざ引っ越し先を潰さなくても良かったのに。
と思いますが、加納一家に恐怖を与えたいという意図が感じられたので、そのために命を奪われてしまったのだとすれば、さすがにかわいそうでした。

あと、細かくは色々突っ込みたくなるポイントがあったのですが、どうしてもこれだけは言っておきたいのが、「何でご飯炊けたんだろう」です。
終盤、停電してから食料の確認をしていたとき、「お米があるから、いざとなったらおにぎりで食いつなげる」と美沙緒が言っていましたが、「え、停電してるから炊けないのでは?」と思いました。
しかし、その後、当たり前のように炊飯器でお米を炊いていた美沙緒……。
ここだけはちょっと、何で校正をもすり抜けたのか、気になってしまったのでした。

コメント

  1. tak より:

    読み終わって色々な方の考察を探してるうちにここに辿り着きました。
    考察とても面白かったです。
    得体の知れない怪異を得体の知れないままにして読者に恐怖を与えるという手法は今となっては当たり前になっていますが、この時代のホラー小説としては当時は新鮮だったのかな、と想像しながら楽しく読みました。

    最後に停電してるはずなのにご飯を炊けた謎についてですが、私も一瞬「おや?」と思いました。
    しかし、当時の時勢を鑑みると、もしかしたら電気の要らないガス炊飯器を使って炊飯したのかも知れないと考えました。

    • アバター画像 異端者のフォーク より:

      >takさん
      お読みいただき、また、わざわざコメントしていただきありがとうございます、嬉しいです。
      30年前にこの作品は新鮮だったろうと思いますし、スマホなどがあっても閉じ込められたら通じなくなりそうなので、現代でも通じる普遍性がすごいです。

      また、炊飯器についてもありがとうございます。
      なるほど、ガス炊飯器というのがあるのですね……!恥ずかしながら知りませんでした。
      さすがに出版まで誰も気づかないミスとも考えづらかったので、その可能性は高そうですね。
      すっきりしました、ありがとうございます。

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