【小説】阿泉来堂『ナキメサマ』(ネタバレ感想・心理学的考察)

小説『ナキメサマ』の表紙
(C) KADOKAWA CORPORATION.
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作品の概要と感想(ネタバレあり)

タイトル:ナキメサマ
著者:阿泉来堂
出版社:KADOKAWA
発売日:2020年12月24日

高校時代の初恋の相手・小夜子のルームメイトが、突然自宅に訪ねてきた。
音信不通になった小夜子を一緒に探して欲しいと言われ、彼女の故郷、北海道・稲守村に向かう。
しかし彼女は、とある儀式の巫女に選ばれ、すぐには会えないと言う。
しばらく村に滞在することになった主人公たちは、神社を徘徊する異様な人影と遭遇。
さらに、人間業とは思えぬほど破壊された死体が次々と発見され──。


第40回横溝正史ミステリ&ホラー大賞〈読者賞〉受賞作。

個人的にはかなり好きで、楽しめた作品でした。
映画『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』のようなシーンから始まり、オーソドックスなオカルトホラーと思わせて、終盤は突如スプラッタが展開され、二転三転するミステリィ要素に叙述トリック
文章も相性が良く、飽きることなく最後まで駆け抜けました。

地方の村の古い因習や儀式。
とにかくもう、ベッタベタなその設定だけで最高です。
ナキメサマはもはや怪異というより完全にモンスターで、じわじわ来るような恐怖感あるホラーではありませんでしたが、ひたすら怪しい村や村人が良い。
著者自身、インタビューで「話の骨格は『田舎に行ったらひどい目に遭った』系のオーソドックスなもので、少し既視感を感じる方もいるかもしれません」と述べられていました。

古い風習のある村を題材とした作品は無数にありますが、個人的には大好きなゲームの『ひぐらしのなく頃に』がどうしても出てきてしまいます。
久美が主人公に「小夜子と何で別れたのか」を尋ねた際、「本当にそれだけ?」と問い詰めた場面は、ちょっと意識していたのかな、と思うぐらいひぐらしみを感じました。
久美は佐沼を拷問の末に殺害したり、重傷を負った小夜子に儀式を強要したりと、なかなかにネジの外れたキャラで好きです

主軸はそんなオカルトホラー路線ですが、探偵役(?)の那々木悠志郎のキャラがなかなか異色でした。
癖や個性は強めながら、意外と影は薄め。
本作以降、「作家・那々木悠志郎シリーズ」として展開されていることは知っていたので、もっともっと活躍するのかと思いきや、本作では思ったよりキャラが目立たない印象を受けました。
いや、十分活躍して真相を暴いていましたけれど、終盤はちょっと置いてけぼり。
『ナキメサマ』が著者のデビュー作かつシリーズ1作目なので、まだ確立していなかったのか、あるいはこんな感じの立ち位置で今後も展開されていくのか。
ぜひシリーズも追っていきたいです。

前半〜中盤はややライトで読みやすい作風という印象を受けていましたが、その分、後半のスプラッタが輝いていました。
この頃にはもはや相当に現実離れしているのに、それなりに地に足がついているような安定感を感じたのですが、そもそも古き因習に囚われた村という舞台設定が個人的には非日常的なシチュエーションなので、その点も良かったのだろうと思います。
スプラッタもけっこうしっかりしていますが、綾辻行人『殺人鬼』のような執拗なゴア描写ではないので、読みやすい。


叙述トリックについては、当然ながら最初からはわかりませんでしたが、主人公=狭間征次というのは途中で気がついた方も多かったのではないかな、と思います。
ただ、別に叙述トリックに全振りしている作品ではありませんし、デビュー作ということも併せて考えるととても高い完成度。

改めて序盤のシーンなど読むと、主人公が「倉坂尚人さん?」と聞かれて気圧されていたり、有川弥生を名乗っていた久美が、家が広くて驚いている主人公に「単に土地が余っているだけじゃない?」と答えて主人公がやきもきしていたり、細かい伏線や巧みな描写に感嘆しました。
久美が佐沼と那々木に対して非常に警戒して態度が悪かったのも、以前の儀式の際に部外者によって儀式が失敗したためであるとわかります。
ちょいちょい地のサイコっぽさが滲み出る久美、良きかな。

個人的には、小夜子視点と主人公視点の時間軸がずれているのはまったく気がつきませんでした
主人公の正体については、ストーカーの「狭間征次」というわざわざフルネームが出てきたときに違和感を抱き、ナキメサマ小夜子が主人公の姿を目にしたときの反応や突き飛ばした時点で確信。
冒頭、押しかけてきた久美が帰ったあと、車でゴミを捨てに言って泥だらけで帰ってきたときには「人殺してない?」とぼんやり思いましたが、そんなミステリィ要素があるとは思っていなかったので、その後すっかり忘れていました
「ミステリィ要素がある」「どんでん返し」といったワードを事前に目にしていたら「信頼できない語り手」としてもっと警戒してしまっていたかもしれないので、このあたりはほとんど情報がないまま読めたからこその醍醐味でした。

主人公も久美もお互い偽名で騙し合いながら進行していたと思うと、面白いですね。
というより、主人公も、村全体も、最初からお互いを騙し合っていたという構図がすごい。
ナキメサマの対処法を知っていたことから、有川弥生は村の関係者だろうと思っていましたが、弥生=久美とまでは気づけませんでした。

それと関連して、本作について書くときに難しいのが、主人公の名前表記です。
本作における「僕」は狭間征次だったわけですが、「征次」と書くのも何だか違和感があります。
かといって倉坂尚人でもなかったわけなので、ここまでも以降も、基本的に「主人公」で統一して表記します

余談ですがこの点、KADOKAWAのホームページにおける『ナキメサマ』のあらすじでは「音信不通になった小夜子を一緒に探して欲しいと言われ、倉坂尚人は彼女の故郷、北海道・稲守村に向かう」と書かれていました(2023年7月時点)。
これちょとアンフェアでは……?と思ってしまうのは本格ミステリィ脳でしょうか。

ナキメサマという存在や造形も最高に好きでしたが、だいぶかわいそうな存在でした。
本作の登場人物たち、けっこうみんな人間性が危ういですが、かなり問題があったのは御神体に傷をつけた大友と塚原(ライターとカメラマン)とで間違いないでしょう。
ただ、そもそもの「ナキメサマの儀式」の方向性が間違っていた可能性があるので、多かれ少なかれ惨事は起こっていたのかもしれませんが……。
そう考えると、一番罪深かったのは最初に結婚前に逃げ出した男性ですね。

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考察:主人公や小夜子の心理(ネタバレあり)

出来事の大まかな流れ

本作では、村の儀式に関する流れと、小夜子と尚人そして征次の人間関係と、大きく2つの流れがありました。
丁寧に説明されるのでわかりやすい作品ですが、大まかにそれぞれの流れを押さえておきたいと思います。

まず、舞台となった稲守村。
昔、稲守村を大飢饉が襲った際、とある祈祷師の教えによって村の若い男女を捧げて山神様を鎮めました
女性に山神様を降ろし、婚姻の儀式を行うというものだったようです(山神様、結婚したかったのかな)。

しかしある時、巫女に選ばれた女性が儀式前に23歳で死亡
花婿役だった男性はあっさり他の女性に手を出し、さらには村からも逃亡。
かくして亡くなった女性が怨霊となり、ナキメサマとなりました

そんなナキメサマに対して、村人たちは23年に一度、婚姻の儀式を行うことで鎮めてきました(那々木によれば、この儀式は逆効果)。
しかし、本作の半年前、小夜子と柄干泰輔(村長の息子)を巫女&花婿役に選んだ儀式が失敗。
その後、大怪我を負った小夜子を使ってなお儀式を強行しようとしましたが、さらなる大失敗。
これには、大友と塚原が御神体を傷つけたのも影響していた様子。

かくしてモンスターと化したナキメサマ小夜子を鎮めるため、小夜子が想いを寄せていた倉坂尚人を騙して連れてきて改めて儀式をしよう!となったのでした。


一方の小夜子と尚人は、高校で知り合い交際。
尚人はDV気質があったようです。
その後、征次によるストーカー騒動もあって、尚人は小夜子を切り捨て
それでも小夜子は尚人を想い続けていました。
高校を卒業してからは、3人とも関わりはありませんでした。

数年後、両親を亡くした小夜子は祖父らが住む稲守村に赴き、儀式を行わされてモンスター化。
その約半年後、征次が尚人の部屋で尚人を殺害。
尚人の身体を解体中という抜群すぎるタイミングで、有川弥生を名乗る久美が押しかけてきました。
そして、尚人のバラバラ死体を埋めたあと、征次は尚人の振りをして久美と一緒に稲守村を訪れたのでした。

小夜子の心理

先に簡単に、葦原小夜子の心理から。

小夜子の内面については多くは描かれませんでしたが、DV(正確にはデートDV)彼氏の尚人に別れたあとも想いを寄せ続けるなど、なかなか闇深そうな存在でした。
DVパートナーから離れられない人の特徴としては、依存傾向があります。
自分には価値がないと思っていたり、1人では何も決められなかったりすることが特徴です。
マインド・コントロール的に、そのように思わされているケースもあります。

小夜子もそのような傾向や依存気質が見られましたが、何が影響して、いつ頃からそのような傾向が見られるのかは不明です。
両親が亡くなった寂しさも影響しているのかと思いましたが、両親が亡くなったのは大学卒業後のようでした。

いずれにせよ、小夜子には「愛されたい、受け入れられたい」という欲求や、優柔不断さや頼みを断れない傾向などが見られたのは間違いありません。
「どんな形であれ必要としてくれるのは嬉しいじゃない」という発言は、その傾向を顕著に表していました。

どんな両親だったのかはわかりませんが、小夜子は「ありのままの自分が受け入れられている」と感じられる機会はこれまであまりなかったのだろうと推察されます。
別れて数年経ってなお尚人を想い続ける姿や孤立感はやや重症なので、穿って見れば、もしかすると親からの虐待もあったのかもしれません。

主人公の心理

さて、主人公の狭間征次。
彼もなかなかのぶっ飛びキャラだったわけですが、小夜子ラブ!では一貫していました

大学入学後、小夜子への片思いがエスカレートし、だんだんと現実と妄想の区別がつかなくなり、妄想のデートを現実のように語ったり、盗撮したり、捨てられた衣服を盗んで体液をかけて送るといったようなエグい行為にまで及ぶようになっていったようです。

ストーカーの類型の分類については、五十嵐貴久『リカ』でも取り上げましたが、代表的な者として以下のような分類があります。

  1. 拒絶型:元交際相手や元恋人が主な対象。別れなどの拒絶をきっかけに、愛が憎しみに転じる
  2. 憎悪型:日々ストレスを溜めがちなクレーマータイプで、たまたま不満を爆発させるきっかけになった相手(誰でも良いことが多い)に執拗ないやがらせを行う
  3. 親密希求型:妄想的に、被害者と自分が恋愛関係にある等と思い込んでつきまとう
  4. 無資格型:サイコパスなど、共感性に乏しく、相手は自分の思い通りになって当たり前と考えており、思い通りにならないと攻撃的な行動に出やすい
  5. 捕食型:レイプや快楽殺人を行うための情報収集が目的で相手につきまとう

この分類でいえば、征次は明らかに「親密希求型」に該当します。
他の類型より、妄想性が高いのが特徴です。
芸能人に対するストーカー(スターストーカー)も、このタイプが多く見られます。

ストーカーには多かれ少なかれ、自分に都合良く物事を受け取る傾向が見られます。
偏った捉え方や考え方を、心理学では「認知の歪み」と言いますが、特に親密希求型においては、その認知の歪みがかなり極端であることが少なくありません。

たとえば、目が合っただけで「自分のことを好きなんだ」と思い込むような考えもそうですし、相手から「他に好きな人がいるから」などと拒絶されても、「きっとそいつに無理矢理言わされているんだ」「そいつがいなければ自分と付き合えるということなんだ」などと考えることもあります。
たとえ「あなたが嫌いです、もうやめてください」と明確に拒絶されたとしても、「何か理由があって、本心じゃないのにそう言わざるを得ない状況になっているんだ」と思い込むことすらあります。

征次もまた、小夜子にはほぼ拒絶されていたのに妄想的に思い込み、執着し続けていました
上述した小夜子の性格からは、明確な拒絶まではできなかったと考えられるので、曖昧な表現で征次の妄想性を助長させてしまった面もあったかもしれません(それでももちろん、悪いのは征次ですが)。


あえて野暮にリアリティという面で考えると、征次はけっこう重症であり、高校卒業後に小夜子から逃げるように離れたというのは少々考えづらいものがあります。
その後、本作では「客観性を取り戻し、過去のストーカー行為については申し訳ないと思いつつも、まだ小夜子に恋心を抱き続けている」存在として描かれていた印象ですが、その描写には少々ブレがありました。

ここは叙述トリック上、仕方ないのが明らかですが、「小夜子との別れはひどく一方的で、僕は深い傷を負った」「ともすれば失われた関係を修復し、再び同じ時間を過ごすことだってできるかもしれない」といったような独白は、明らかに妄想の延長上の考え方です。
そもそも「もう一度会いたい」と思って会いに行こうとしている時点で、自己中心的な傾向は変わっていません。
「謝りたい」という気持ちがあったのだとしても、あれだけ一方的なストーキング行為をしていたわけなので、本当に相手のことを考えて決めるのであれば、関わらないのが一番であると判断するべきでしょう。

一方では、ナキメサマ小夜子に過去の過ちを謝罪したり、久美に対して尚人の振りをしたまま「小夜子にストーカーをしていた狭間征次」の話をするところなどは、かなり客観性がないとできません

一番大きなところでは、尚人は客観性を取り戻したとのだとすると、小夜子を忘れようとしていた征次が尚人をこのタイミングで殺害したのは少々謎になってしまいます。
動機としては「過去に小夜子を苦しめていた恨み」として理解はできますが、なぜ6年経った今……?というのは謎が残ってしまうポイントでした。

小夜子が主人公を突き飛ばしたシーンの解釈

終盤、ナキメサマ小夜子が主人公を突き飛ばし、小夜子だけが死亡したシーン。
ここを主人公は「崩れ落ちてくる柱から小夜子が僕を救ってくれた時」と表現していましたが、果たして本当にそうでしょうか

終盤の「結婚しよう」のシーンでは、一瞬ナキメサマ小夜子の気持ちが揺らいだように描写されていました。
これは征次視点なので「これすらも征次の都合の良い思い込み」である可能性もありますが、愛されたたい、受け入れらたいと渇望していた小夜子の心が、ここまでのストレートな言葉で揺らいだ可能性は十分にあると思います。

しかし、それも一瞬のこと。
その相手は「あの」狭間征次であり、一方的に自分を苦しめ、大好きな大好きな尚人くんとの破局の原因となった存在です。
小夜子視点での描写では、狭間征次に対してはいまだに拒絶反応が強く、トラウマといっても過言ではない対象であることが窺えました。
いくらこんな姿になった自分を受け入れてくれようとしているとはいえ、小夜子側が到底受け入れられる相手ではないことは明らかでしょう。

というわけで、あの突き飛ばしは「征次を助けようとしたため」ではなく「拒絶」であると解釈しています。
こんなやつと永遠に一緒だなんてとんでもない。
っていうか、こっち来んな、触んな。
そんな想い溢れる一撃であったはずです。

それを「自分だけでも生きろと助けてくれた」と都合良く解釈した征次。
さらには、「ナキメサマが自分と小夜子の間に真実の愛を見出したから、彼女は僕を突き飛ばしたのだ」と曲解。
これはまさに、ストーカーの思考プロセスです。

尚人のバラバラ死体が見つかっても動揺せず、尚人への恨みばかり募らせていたり、眼球が入った御神体(どうやって持ち出したん。あとスマホも取り戻せたのかな)を手になお小夜子への執着を見せる征次の姿は、明らかに正常であるとは言えません。

これらを踏まえると、征次は決して6年以上前のストーキングをしていた頃から大きく変わっていなかったはずです。
エピローグでの征次によるナキメサマの解釈も、すべて「自分と小夜子の間に真実の愛があった」という考えを補強するための、自分に都合の良い妄想の域を出ないものであったと考えられます。

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