【小説】五十嵐貴久『リカ』(ネタバレ感想・心理学的考察)

小説『リカ』の表紙
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作品の概要と感想(ネタバレあり)

タイトル:リカ
著者:五十嵐貴久
出版社:幻冬舎
発売日:2003年10月7日(単行本:2001年1月18日)

出会い系サイトで出会った「リカ」と名乗る女性。
主人公の本間は、リカと楽しくやり取りを重ねていくが、徐々にリカの様子がおかしなものへと変貌していく。
気がついたときには、引き返せない恐怖の沼に飲み込まれていた──。

第2回ホラー・サスペンス大賞の大賞受賞作で、2002年に発売。
ストーカーを扱った作品としては有名なようで、『リカ』シリーズは2022年6月時点で6作品刊行されているようです。
今まで知らずようやく入門、五十嵐貴久作品も初でした。

感想としては、期待していた以上に、というと失礼かもしれませんが、のめり込んで一気に読んでしまいました
確かに、実際にリカが登場し始めてからは、いきなりタクシーに追いつかんばかりの疾走に「ん?」と首を傾げ、その後のストーカーというよりモンスター化していく展開は、リアリティ寄りの作品かと思っていたので戸惑いもありました。
後半はもはや「ストーカーにつきまとわれている」というより「悪霊に取り憑かれている」といった方がしっくりくるレベルで、その点は割り切れないと好き嫌いは分かれるでしょう。
方向性を理解してからは、文章がとてもうまいこともあり、「本当にこんなのがいてこんなことになったらどうしよう」視点で楽しめました。
終盤のドタバタの頃にはもう、たとえリカが天井に張り付いても驚かなかったと思います

ただ、表面的なリカの存在に焦点を当てるとモンスターのように非現実的ですが、ストーカー被害に遭う側の心理や恐怖は、とても本質的であるように感じました
いざ被害に遭えば、どこで見られてつきまとわれているかわからない。
いつ何をされるかわからない。
もしかしたら殺されるんじゃないか。
常に日常を脅かされる主観的な恐怖に焦点を当てれば、決して非現実的な作品ではないと思います

約20年前の作品なので、時代背景やアイテムは古さを感じる部分もあります。
ただそれでも、我孫子武丸『殺戮にいたる病』でも書きましたが、時代に合わせて描写は古くなっても、本質的な部分でいつまでも楽しめるというのはすごいことだと思います
日常を舞台にしている作品は、時代背景が反映されやすいので、特に。

さて、『リカ』はストーカーを扱った作品ですが、もはやリカは超人的なモンスターなので、ストーカーとしての現実的な考察はあまり意味をなしません。
結局リカが何者だったのかもほとんど明かされないままですが、あえて描かれていないと思われるので考察の手がかりも乏しく、続編もあるのでそのあたりは置いておきます。

ただ、序盤や、姿を現さないときのリカ、つまり主に電話で話しているときのリカは、ストーカーとしてかなりリアルなものがあります。
妄想的、けれど支離滅裂なものではないバランスが、とても絶妙です

本作が刊行された2002年当時は、作中にもある通りようやく「ストーカー行為等の規制等に関する法律」(以下、通称の「ストーカー規制法」)が成立した時期。
ストーカーの問題が話題になり始めた頃のはずで、だからこそこういったストーカーを扱った作品が生まれたとも言えますが、リアリティを持って描くことは難しかったのではないかと想像します
序盤の異様なまでの出会い系サイトの詳しい説明と併せて、著者は実際に出会い系サイトでストーカー被害に遭ったのではないかとすら邪推してしまいます(失礼)。
もちろん、何でもリアルに描けるのがプロなわけですが、リカの超人的能力以外における部分のリアルさが、作品全体のバランスを上手く取っています。

本筋とはあまり関係ですが、一点だけ細かい修正をしておくと、終盤、リカに誘拐された本間の娘・亜矢は「ショックから口が利けなくなった」と井関医師から説明を受けます。
その際、医師は「失語症」と言っていましたが、この場合正しくは「失声症」です。
失語症は脳梗塞など脳の言語中枢に損傷を受けることによる症状で、ストレスやショックなどの心因性で一時的に話せなくなることは失声症と呼びます。

後半は、モンスター的な部分はさておいて、リカのリアルなストーカーの部分を少し考察してみたいと思います。


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考察:リアルなストーカーとしてのリカと、対策の難しさ(ネタバレあり)

リカのストーカー像

今でこそ、「ストーカー(stalker)」という概念は一般的なものになりましたが、その歴史はまだまだ浅いものです。
「ストーク(stalk)」とは「獲物を狙って忍び寄る」という意味で、ストーカーはもともと有名人をつけ回す人を揶揄して呼んでいたスラングだったのが、現在のような他人につきまとい迷惑を与える存在を指すようになりました。

アメリカでは1970年代頃から、有名人を中心としたストーカー(スターストーカー)による脅迫や殺人事件といった事件が問題視され始め、ついには殺人にまで至る社会的衝撃の大きい事件が相次いだことで、1990年代にストーカー防止法が制定。
日本でも同じように、1999年の桶川ストーカー殺人事件を契機に、2000年にストーカー規制法が制定されました

ストーカーについて細かく書き始めれば、それだけで1冊の本が成立してしまうのでここでは端折りますが、ストーカーもいくつかの類型に分類されています。
まだ歴史が浅いだけあり、研究者によって分類の仕方や名称は異なるのですが、ストーカー研究の第一人者であるミューレンらによる代表的な分類は、以下の通りです。

  1. 拒絶型:元交際相手や元恋人が主な対象。別れなどの拒絶をきっかけに、愛が憎しみに転じる
  2. 憎悪型:日々ストレスを溜めがちなクレーマータイプで、たまたま不満を爆発させるきっかけになった相手(誰でも良いことが多い)に執拗ないやがらせを行う
  3. 親密希求型:妄想的に、被害者と自分が恋愛関係にある等と思い込んでつきまとう
  4. 無資格型:サイコパスなど、共感性に乏しく、相手は自分の思い通りになって当たり前と考えており、思い通りにならないと攻撃的な行動に出やすい
  5. 捕食型:レイプや快楽殺人を行うための情報収集が目的で相手につきまとう

ただ、6として「その他」があり、「ストーカー」と一口に言っても様態や問題は多岐にわたるため、精神医学や心理学の観点からもとても難しい対象になります。

さて、『リカ』における雨宮リカと名乗る女性は、当てはめるとしたらどれに当てはまるでしょうか。
「その他」の「呪い・怨霊型」だろう、というのはさておいて、基本的には「親密希求型」に当てはまります。
主人公・本間と運命の関係にあると妄想的に思い込み、それに基づいた行動を取っていました。

妄想というのは「非合理的かつ訂正不能な思い込み」を指します。
その程度は様々で、「寝ている間にFBIによって脳にチップを埋め込まれ、電波を送られている」といった誰が聞いても明らかに妄想であるとわかるものから、「あんなに好きって言って愛し合っていたのに、急に冷たくなったんだ」といったような、知らない人が聞けば特に疑いなく現実だと思うようなものまであります。
妄想があっても、常に支離滅裂というわけではなく、一見普通で最初はわからず、よくよく聞いてみたらおかしいということも少なくありません。
ストーカーのタイプや対応を一括りにできないように、「妄想」も広い概念で、統合失調症や妄想性障害だけでなく、うつや認知症の症状として見られることもあるなど、様々な可能性がある点に、難しさがあります

リカも、メール上では相当に支離滅裂な妄想を送りつけてきているシーンもあったので、その臨床像ははっきりしません。
ただ、基本的に電話での「日本語のやり取り」としての会話は成り立っており、まったくコミュニケーションになっていないということはありませんでした。
何も知らない他者が聞けば、ただの男女の痴話喧嘩にも聞こえるでしょう。

なのに、絶望的なまでに噛み合わない

上述した通り、妄想は「訂正不能」であることが特徴なので、どれだけ正論で説得しようと思ってもできません
「脳にチップを埋め込まれている」という人に対して、MRIなどの脳画像を撮って見せて「ありませんよ、大丈夫ですよ」と説得を試みても、受け入れられません。
「MRIには映らないんだ」「この医者も仲間なんだ」など、都合の良い情報だけを、都合の良いように解釈して受け取るのが特徴です

リカも、本間がどれだけ明確に拒絶を示しても、「恥ずかしがっちゃって」「本音はちゃんとわかってるよ」などと返ってくる。
そのもどかしさや、根本的な部分で噛み合わない恐ろしさが、実にリアルでした

どう対処すれば良かったのか

本編では、誰がどう読んでも本間の死亡フラグが立って幕を閉じました。
その期待は裏切られることなく、文庫版から追加されたらしいエピローグによって、無惨な死を遂げたことが確定した本間。
彼は、どうすれば良かったのでしょうか。

リカに狙われた時点で、もうどうしようもありませんでした

その一言に尽きてしまうのですが、それでは元も子もないので、ストーカー対策の難しさを少し。

序盤で警察に駆け込んだ本間ですが、あっさりとあしらわれてしまいます。
本間目線に立てば、何とももどかしく苛立たしい対応に見えますが、舞台背景的にも、当時は実際あのような対応も普通であったように思われます。
特に、既婚者なのに出会い系サイトを使っていたというような、本人にも落ち度があると思われるような場合であればなおさらです

特に、男性が被害者で女性が加害者という場合は、今でも理解が十分とは言えません。
警察に相談に行っても、「モテていいじゃないですか」と言われて終わったという話もあるぐらいです。

念のため、もちろん警察批判という話ではなく、ストーカーの難しさは、通常の恋愛や男女関係の問題との線引きが難しいところにあります
実際、何度も拒絶されながらストーカーレベルでアプローチしても、最終的にそれが実れば、美談となります。
振られてもせっせせっせと手紙を送り続けることが、一途な愛情と捉えられていた時代もありました。

ストーカーは刑事ですが、男女(人間)関係のもつれは民事です(暴力とか違法行為があれば別として)。
民事不介入が警察の原則なので、その線引きが、話を聞いてるだけだととても難しい。
かつ、本間のように、実際にまだ何かされたわけでもないのに事件として扱うのは問題も生じます
「何かされないと動いてくれないのか?」という被害者側の絶望感はもっともで、被害に遭ってからでは遅いという最大の問題点は改善していく余地や必要性がありますが、現状では「何かするかも」というだけで犯罪者扱いすることは、それはそれで法治国家の崩壊を招きかねません。

同じ理由で、警察は法律や条例といった枠組みの中でしか動けません。
一方、様々な社会の変化により、ストーカーが用いる手法も当然変わっていきます
最近のストーカー規制法改正では、ようやくGPSを使ったストーキングが規制対象となりました。
ストーカー規制法の制定当初は、手紙やFAXは規制対象に含まれていても、メールは含まれていませんでした。
そのため、本間のようにどれだけ異常な数や内容のメールを送りつけられても、それだけをもってストーカー規制法の対象として扱うことができなかったのです。
時代に合わせてしっかり改正されているとはいえ、サイバー犯罪などと同じく、先を行くのは常に加害者側で、いたちごっこなのです

その意味では、本間が頼ったように、お金を払えば24時間監視してくれるような探偵などの方が頼りになる状況も、現実では少なくないかもしれません(原田はあっさり消されちゃいましたが……)。

現在は、ストーカーによる殺人事件が相次いで世間を騒がせ、その都度警察の対応が槍玉に挙げられたこともあり、緊急性が高いと判断された案件は警告なしに接近禁止命令を出せるようになっているなど、対策はもちろん練られています。
しかし、それで止めるのはある程度普通の感覚を持っているストーカーであり、本当にリスクの高いストーカーはそれも気にせずエスカレートします
どれだけ警察が介入しても、数年経っても執着がまったく変わらないストーカーもおり、精神医学的治療やカウンセリングに繋げる試みも始まっていますが、そもそもリスクが高いほど本人に問題意識がなく、課題点は満載で、今後もまだまだ、社会を悩ませる存在であることが予想されます
「そんな奴らは一生隔離して閉じ込めておけば良い」というのは正論でありつつトータルでは無責任な暴論でしかなく、しかし、現実的に被害者を生み出さない枠組みは作っていかないといけません。

大きなテーマになってきてしまいましたが、基本的なレベルとしては、ストーカー被害に遭い警察に相談に行く場合は、証拠を残しておくことが大切です
本間のように、メールや留守電を、残してすらおきたくないというのが気持ちとしては当然ですが、相談する上では得策ではありません。
相手が待ち伏せしていたり、家に来てインターホンを鳴らされたときなどは、防犯カメラなど客観的な証拠はなかったとしても、日時や内容はメモしておきましょう。

最後に、少し余談になりますが、ストーカーに絡んだ問題で別の難しさは、被害者として訴えてきた人に妄想が見られることもあるということです。
普通に話が始まったと思ったら、急に「近所に住む全員が自分を監視している。毎日同じ時間に家の前を車で通ってサインを送ってくるなど、嫌がらせをしてくるので悩んでいる」といったような方向に向くこともあります。
さらにややこしいのが、被害者だと主張して相談に来ながら、実態はその人がストーキングの加害者であったようなケースもあることです。

ストーカー被害は、実際に遭ってみないと、その恐怖感や日々常にストレスを感じる感覚はわかりづらいものです。
もちろん被害に遭わないのが一番ですが、まったく接点がなくてもストーカー化することがあるという点を考えると、老若男女、誰にも降りかかる可能性のある犯罪です。
主観的には、まさにモンスターに付け狙われているような恐怖であることも事実
『リカ』は現実離れしている部分も多々ありますが、「実際に被害に遭ったらこれぐらい怖い」という感覚を擬似体験するには、優れた作品の一つでした。

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