作品の概要と感想とちょっとだけ考察(ネタバレあり)
タイトル:祭火小夜の後悔
著者:秋竹サラダ
出版社:KADOKAWA
発売日:2020年3月24日(単行本:2018年10月31日)
毎晩夢に現れ、少しずつ近づいてくる巨大な虫。
この虫に憑かれ眠れなくなっていた男子高校生の浅井は、見知らぬ女子生徒の祭火から解決法を教えられる。
幼い頃に「しげとら」と取引し、その取り立てに怯える糸川葵もまた、同級生の祭火に、ある言葉をかけられて──。
怪異に直面した人の前に現れ、そっと助言をくれる少女・祭火小夜。
彼女の抱える誰にも言えない秘密とは──?
第25回日本ホラー小説大賞&読者賞ダブル受賞作。
ダブル受賞は、ホラー小説大賞史上初らしいですね。
すごい。
その肩書きに負けない、とても楽しめた作品でした。
まず先に本作の内容とは関係ない話になってしまうのですが、角川ホラー文庫の表紙の上部黒帯部分にはいつもタイトルと著者名がローマ字で書いてあります。
これが基本的にタイトルを英訳したものではなく、SEKAI NO OWARI的な、日本語タイトルがそのままローマ字読みになっているのが「面白いな」とずっと思っていました。
たとえば矢部嵩『紗央里ちゃんの家』は、「SAORI’S HOUSE」などではなく「SAORI CHAN NO IE」です。
それが本作では、「SAYA MATSTURIBI’S REGRET」と、タイトルの英訳になっていました。
どこかで切り替わったのかと思いましたが、本作よりあとの2022年に発売されている北見崇史『血の配達屋さん』は「CHI NO HAITATSUYA SAN」でした。
著者の要望だったのか、選べたりするんですかね。
さて、本作の話に移りますが、上述した通り楽しめた、個人的に好きな作品でした。
短編4編、というよりは3つの短編と1つの中編でしょうか。
祭火小夜という謎の少女を中心に紡がれる、繋がりのある4つの物語。
それぞれが怪談としても面白いですが、恐怖度はそれほど高くないライトホラー。
どちらかというと、怖いというよりは不思議な感じのお話でした。
KADOKAWAの公式ホームページでは「キャラクター文芸」として紹介されている通り、キャラ小説としての側面が強そうです。
本格的なホラーを求めて読んだ場合は、ちょっと肩透かしでしょう。
今やキャラものの怪談系ホラーも少なくありませんが、本作の特徴は、祭火小夜に何の力もないことでした。
たとえ解決したり祓ったりするほどの力はなくとも、本作のような作品では、たとえば芦花公園『異端の祝祭』の主人公のように、最低限「視える」なり何かしら怪異を察知する能力を有していることがほとんどです。
しかし祭火小夜は視えることすらなく、ラストシーンまでは完全な一般人。
霊的な力があったのは兄の弦一郎でした。
彼から聞かされた様々な話が、小夜を通じて坂口先生、糸川葵、浅井緑郎を救うこととなりました。
そして最後の「第4話 祭りの夜に」では、小夜に助けられた3人が小夜を助ける、という構成。
独立した3遍を経て、全員が登場して祭火小夜の謎が明かされる集大成的な最終話というのも、シンプルながら盛り上がりました。
少し残念なポイントとしては、キャラクター小説的な側面がある割に、祭火小夜のキャラがやや弱めに感じてしまったのですが、ただの個人的な感覚か、あるいは著者が理系であること、またはデビュー作であることに由来するものでしょうか。
ただ、全体的にライトな作りなので、ここであまりキャラが濃すぎてもラノベ感が強くなってしまうようにも感じます。
小夜には十分魅力があったので、程よいバランスだったのかもしれません。
著者が理系というのも、読みやすさや構成に活かされていたように感じました。
シンプルで読みやすい文章。
合理的な考えができる登場人物たち。
短編1話1話も、4話通しての全体の構成も、何だか数式を解いていくような美しさを感じました。
展開や真相は完全に明かされる前に予想しやすかったかと思いますが、かといって予定調和感が強く進んでいくわけでもなく、登場人物たちも冷静ですが人情的な優しさも持ち合わせていて、その点もバランス良く感じられました。
逆に言うと、その点がホラーとしてはライトな要因になっていたようにも感じます。
旧校舎の床下の「あれ」も、「にじり虫」も、「しげとら」も、魔物も、全部その存在自体は不思議で謎として残りますが、ストーリーとしてはいずれも綺麗に解決します。
最終話では、色々な伏線が回収され、小夜にまつわる謎も丁寧に説明されました。
怪異の存在自体は謎のままでも、ハッピーエンド(と言って良いでしょう)で不穏さなどはさほど残らずに綺麗に終わった点が、ホラーというよりはミステリィの読後感にも近いものでした。
主要登場人物もみんな良い人で、ストーリーも綺麗に終わるので、気軽に読める1作。
ちなみに本作は、ホラー大賞を受賞した時点でのタイトルは『魔物・ドライブ・Xデー』だったらしく、出版時に『祭火小夜の後悔』に改題されたようです。
『魔物・ドライブ・Xデー』もまた実に合理的なタイトルですが、このままだとなかなかタイトルでは注目されなかったのではないかと思います。
というわけで楽しめた1作でしたが、現時点ですでに続編『祭火小夜の再会』も発売されているようななので、いずれ追っていきたい。
以下、簡単に各話の感想と、一部少しだけ考察。
第1話 床下に潜む
ホラー小説という観点では、この話が一番シンプルにホラー、怪談っぽかった気がします。
旧校舎にふらっと現れ、行動が不可解だったり坂口先生を危険に晒したので、最初は祭火小夜もこの世ならざる存在かと思いましたが、ただのドジっ子生徒なだけでした。
ドジっ子属性はこの話だけだったような。
この床下の怪異だけはまだ解決していないというか、おそらくまだ旧校舎の床下にいるわけですよね。
床を全部ひっくり返してしまいましたが、あのあと彼(?)はどうするのでしょう。
まだひっくり返していないフロアに移動するのか、あるいは別の学校や建物に移動するのか。
「なぜひっくり返すのか」も完全に謎で、面白い存在でした。
第2話 にじり寄る
この話は、怪異よりもむしろヒトコワ系でしょうか。
虫嫌いには最悪な怪異、にじり虫。
長らく取り憑かれていたことで精神的に疲れ、不眠で判断力も低下していたのでしょうが、浅井くんはだいぶ人生を諦観していたというか、冷静に受け入れていた印象です。
そんな彼に真逆の助言をしていたいとこの葉月ちゃんは、果たして意図的だったのかどうか。
個人的には意図的だったと思っています。
おそらく、最初に葉月ちゃんと話したときの「自分たちは仲良くしようね?」という言葉は本心だったのではないかと思います。
まだお互い純粋だった子ども時代の、醜い大人たちの争いに対する嫌悪感。
しかしその後成長し、いつの間にか葉月ちゃんも大人の価値観に染まっていき、昔、蔵で見つけた本の話(にじり虫)をした時点では、すでに打算があったのではないかと思います。
動機はもちろん浅井家の財産であり、後継者争い。
あらかじめにじり虫の話をしておいたのは、もし浅井くんのもとににじり虫が現れた場合、まず自分に連絡させるため。
虫に選ばれた=後継者に相応しい浅井くんに逆の助言をしたのは、彼を追い詰めるため。
実際、彼は自殺寸前まで精神的に追い詰められてしまいました。
「自殺しても良い」とまで考えていたのかはわかりませんが、なかなかに恐ろしい葉月ちゃん。
この事件のあとも、頻繁に会うことはないとはいえ葉月ちゃんとの関係が続いていくのだと思うと、浅井くんが心配です。
ちなみに、祭火小夜が浅井くんを神社に引き込んだのは、おそらく偶然でしょう。
兄から聞いてにじり虫という存在を知っていたとしても、彼がそれに取り憑かれていることまではあの時点ではわからなかったはずです。
そう考えると、いくら思い遣りが強いとはいえ、遅刻しそうな後輩にいきなり声をかけて腕をつかみ強引に引っ張っていくというのは、どちらかというと内向的な小夜のキャラと合わない気もしますが、何かしら感じるものはあったのかもしれません。
しかし、にじり虫が浅井家に伝わるものだとすると、そんな存在まで弦一郎に話した鳥は、なかなかマニアックですね。
浅井家だけに限った存在ではないのかもしれませんが。
第3話 しげとら
一番幻想的で印象に残ったのはこの話でした。
人間と契約を結ぶ「しげとら」。
「重さを取られるからしげとら」というのはさすがに気がつけませんでしたが、面白い設定です。
タイムリミットがあるというのも、恐怖感に拍車をかけます。
しげとらの恐ろしさは、取り立てに来ることだけではありません。
むしろ本質的な恐ろしさは、しげとらの存在を恐れるあまり、糸川葵のように人間不信になり、周囲を信じられず孤立してしまうことにあるのではないでしょうか。
誰がしげとらが化けた存在かはわからない。
周囲の人の記憶も消えてしまう。
第1話にも登場した石山先生がしげとらだったというのも、うまい伏線でした。
しかし、取引の条件を教えてくれないのは実に不公平ですね。
だからこそ恐ろしい怪異であり、欲が大きいほど犠牲も大きくなるわけですが、まだそんな判断がつくわけもない子どもに取引を持ちかけるのは、ある意味鬼畜の極み。
ただもちろん、それも人間側の倫理観・価値観であって、しげとらには何の関係もないことです。
余談的には、しげとらから与えられたものの重さが体重を超えていたらどうなるのか、気になります。
中学生になった糸川の前に現れたしげとらは、絵画を飾れる広い家を「取引できますよ」と提案していました。
半ばしげとらなりの冗談っぽかったですが、取引して家などもらっていたら、全身を差し出してもまったく足りないのは間違いありません。
糸川が初めてしげとらと出会った際、しげとらは犬を連れた男性の取り立てをしていましたが、そのときには「少々足りなそうだが、返せる分だけで構わない」と言っていたので、どれだけ莫大なものを与えても、しげとらが損をするということはないのかもしれません。
加えて、その男性に「これならどこを取っても一緒だろう」と言っていたので、取り上げる身体の部位は、極力今後生きていく上で支障がないように選んでくれていた可能性もあります。
実は良心的。
第4話 祭りの夜に
ここまでの登場人物が勢揃いして、祭火小夜の謎も明かされるメインの1編。
謎の巨大な魔物からの逃走がメインですが、ホラー度は一番低く、謎解き編といったミステリィ色が強めな印象。
魔物はむしろおまけと言っても過言ではなく、祭火小夜の後悔、そして坂口先生の後悔の解消が軸に。
過去をやり直せるというのは、とても贅沢です。
信用しきれないという設定もわかりますが、過去に戻るという点を曖昧にしたまま未知の危険にみんなを巻き込んだ小夜は、なかなかに大胆。
祭火小夜の突拍子もない話に協力するというのはなかなか無茶ですが、ここで前3話が見事に活きてきました。
「怪異に巻き込まれた人たち」を活用することで、怪異の存在を信じてもらう手間が省ける。
「祭火小夜に命を救われた人たち」を活用することで、危険な冒険を引き受ける理由が省ける。
便乗して坂口先生(というより東田里美)の過去も改変しようとするところも面白かったです。
車を追った魔物が橋の上を通れば重みで崩れるのかと思いましたが、まさかのアナログな壊し方。
魔物が折って投げてきた木とかは、あの夜が明けたあとどう扱われたのでしょう。
明らかな怪奇現象とまでは言えないので、「台風でもなかったのに不思議だね、怖いね」で終わっていたのかもしれません。
小夜、というよりは坂口先生の大活躍により魔物から生き延びた弦一郎は、残念ながら両親を殺害した強盗犯を探し出して1人で乗り込み、返り討ちに遭ってしまったようです。
それはそれで、まさかの展開。
一方、便乗して助けた坂口先生の恋人・東田里美は、その後も無事に生き延びたようでした。
ただ、エピローグ的な部分での坂口先生と小夜の会話や地の文では、東田里美の死を回避したことには一切触れられていません。
「家に帰ってから、すまに相談しようと決めた。彼女との出会いは大学時代。昔からの長い付き合いだ。部屋の数がちょうどいいマンションで、二人暮らしをしている」という表現は、彼女の死を回避した記憶は「なかったこと」になっているように読み取れます。
ただ触れていないだけという可能性もありますが、その前に「帰ってからも記憶が混乱したり、物事を忘れたりするような現象は見受けられなかった。……いや、もし何か忘れていたとしても、それは認識できないだけかもしれない」という文章がわざわざあったので、「東田里美が死んだ世界」の記憶、そしてそれを回避するために今回行動したことの記憶は、「なかったこと」になっていると考えた方がしっくりきます。
ただそうすると、弦一郎も東田里美も、「あの夜」によって本来の死は回避されたことになります。
なぜ弦一郎に関する記憶は残っていて、東田里美に関する記憶は消えているのか、というのは謎ですが、そこを考えるのは野暮かもしれません。
一応考えてみると、弦一郎は魔物に殺されましたが、東田里美は魔物に殺されたわけではありません。
つまり、あの夜、弦一郎の死は「直接回避した」と言えますが、東田里美の死については「間接的に回避した」と言えるので、そのあたりが関係していたのかな、と解釈しました。
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