【小説】知念実希人『ヨモツイクサ』(ネタバレ感想・考察)

小説『ヨモツイクサ』の表紙
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作品の概要と感想とちょっとだけ考察(ネタバレあり)

タイトル:ヨモツイクサ
著者:知念実希人
出版社:双葉社
発売日:2023年5月17日

北海道旭川に《黄泉の森》と呼ばれ、アイヌの人々が怖れてきた禁域があった。
その禁域を大手ホテル会社が開発しようとするのだが、作業員が行方不明になってしまう。
現場には《何か》に蹂躙された痕跡だけが残されてた。
そして、作業員は死ぬ前に神秘的な蒼い光を見たという。
地元の道央大病院に勤める外科医・佐原茜の実家は黄泉の森のそばにあり、7年前に家族が忽然と消える神隠し事件に遭っていて、今も家族を捜していた。
この2つの事件は繋がっているのか。
もしかして、ヨモツイクサの仕業なのか──。


主にミステリィ作品で快進撃を続ける現役医師作家の著者による、初のホラー作品。
実によくお名前を見かけるので読んだ気になっていましたが、知念作品自体初読みでした。

そしてとにかく、ものすごい作品。
もともと乏しい語彙力をさらに失ってしまうぐらい圧倒される、知念実希人だからこそ書けるであろう完成度の1作でとても楽しめました。

トータルの印象としては、モンスターホラーというのが一番近いでしょうか
当然ながらヒグマのせいではないだろうな、と最初から予感させますが、ヒグマがメインの第一章も単なる時間稼ぎではなく、伏線になっているのはもちろん、アニマルホラーとしても1級品。
ヒグマの恐怖を描く第一章、未知の恐怖が出現する第二章、そして伏線を回収しながらド派手なアクションエンタメと化す第三章と、それなりにページ数がある作品ながら雰囲気がコロコロ変わり、飽きさせません。

中山七里・知念実希人・葉真中顕という豪華3人による『作家 超サバイバル術!』というエッセイ本も読んだことがあり、今の勢いからは考えられないほどですが、知念実希人はデビュー当初は(担当などにも恵まれず)苦戦されていたようであり、かなり戦略的に作品を生み出している印象が強いです。
恐怖を持続させるというのは難しく、長編ホラーはそれだけで難しさがありますが、章ごとにコンセプトを変えているのは、そういった飽きさせないための計算が強く感じられました
実際に、インタビューでもそのようなことが述べられています。


個人的には、第一章のヒグマの恐怖を描いているあたりが、正直一番怖かったです
近年は現実でもクマに襲われる事件が多発しており、怖いなぁと思っていましたが、正直、実態や生態をまるで知らなかったことを痛感しました。
映画『コカイン・ベア』の素早さなども決して誇張じゃなかったんだなと思いますし、何より一瞬で殺されるならまだマシだと思えるほど、生きたまま内臓を食べられたり土饅頭にされるのはあまりにもエグい。

そんなヒグマのアサヒが死んでいたという衝撃から謎が深まる第二章を経て、物語の後半はだいぶ壮大になり、もはやファンタジー色が強め
恐怖の正体が明らかになってから恐怖感を持続させるのもまた難しいですが、そこはアクションとスプラッタ、そしてミステリィ要素で牽引していくところはさすがです。
インタビューでも述べられていましたが、映画『エイリアン』→『エイリアン2』のように、ジャンルを切り替えているところが良いメリハリになっていました。

しかし、ファンタジーレベルの壮大さでありながらリアルな怖さが地に足をつけていたのは、徹底した科学的・生物学的な裏付け設定によるものでしょう
細かい設定や説明にはもはや、医師としてあくまでもバイオホラーを作り上げるのだというプライドや執念のようなものすら感じました。
瀬名秀明『パラサイト・イヴ』や貴志祐介『天使の囀り』などの系譜にあるのは間違いなく、近年の日本におけるホラー小説は怪異・オカルトものやモキュメンタリーホラーに勢いがありますが、本作のようなバイオホラーもぜひたくさん読みたいところ。

とはいえ、知識や裏付け設定が非常に大変で、労力が尋常でないだろうというのも察するに余りあります。
特に、その分野の素人がいくら徹底して専門書や論文などを調べても、やはりリアリティや空気感の描き方は現場や第一線にいる人には敵わないと思うので、現役医師作家というのは強みを最大限に活かしたホラーでもありました。

だいぶ論理が飛躍する部分もあるでしょうが、本作で出てきた「マダガスカルに生息するカエルにヘビの遺伝子が水平伝播していることが確認された」といったような研究成果は、実際に2022年に発表されているようです。
常に本業の最新情報を集めている点も小説のストーリー作りに活きているのだと思いますし、もちろん、色々な情報や知識を取り入れて一つのフィクションに仕上げていくというのは、才能でしかありません。


と、何だか賞賛ばかりになっていますが、贅沢を言えば、ホラーとしてはまだ少し物足りなさも感じてしまいました
個人的には上述した通り、ホラーとしては後半より前半の方が好きでした。
もちろん、ヒグマのアニパルパニックで通してほしかったわけでもありませんし、後半も先が気になって一気読みでしたが、強引に地に足をつけてはいつつも、さすがにファンタジー度が高めに感じてしまった感も。

ただこれは自分の問題なのは間違いなく、何せ想像力が乏しいので、最後までヨモツイクサやイザナミの姿のイメージが固まらないままでした
そして、ホラーゲーム大好きの身としては、頭の中で繰り広げられていたのはもう完全に『バイオハザード』。
あとは、昔『サイファー』という漫画があり、それに出てきた人面クモがだいぶ不気味で怖かった思い出(小さい頃に読んだのもあり)。

文章が映像的なこともあり、本作はぜひ映像化に向いていそうなので映像化してほしい思いはありつつも、チープなCGなどで描かれてしまうとぎりぎりで保っていたリアリティのバランスが一気に崩れて、(悪い意味で)とんでもない作品になってしまう危険性がものすごく高そう。
いっそ、カプコンにフルCG作品として映像化してほしいところ。


ベクターの秘密に関しては、見事ではありつつも途中で予想できた方も多いのではないかと思います。
四之宮視点でも描かれるので病院関係者、それも手術時に卵を仕込んでいたのだろうというのは想像がつき、姫野由佳は年齢的に合わない、柴田教授だとあまり意外性がない(本編で影が薄いので)、そもそもメインの執刀医でないとそんな小細工できないのでは……?(現実的には執刀医でも厳しいでしょうが)というあたりから、消去法でも茜に辿り着けてしまいます。

無尽蔵な体力ネタなども頻繁に仕込まれていたので、考えながら読めば比較的容易だったと思いますが、それでもあくまでもホラーがメインの中では、見事としか言いようがありません
特に、小此木ベクター説でも納得できそうな作りは非常に巧妙でした。
ただ小此木さん、終盤はだいぶ警察官とは思えないなよなよキャラになってしまっていましたね。

そのあたり含めて、言い伝えの内容に無駄な部分がなかったように、全体的に「描写にほとんど無駄がない」点も印象的でした
これは良くも悪くもの意味で、良い意味では冗長にならず、悪い意味ではすべての描写に意味があるんだろうな、と思わせてしまう点でしょう。
無駄話のようなものもほとんどありませんでした。
ただ、本作は背景設定の説明も多く、そもそも最低限の描写でだいぶ長い作品になっているので、これで良かったとも思いますが、それがベクターを予想しやすい点にもなってしまっていました。

それで言うと「君だよ」で1ページ使った演出は、ちょっと狙った感が強めにも感じてしまいました。
「1行の衝撃」といえば、ミステリィ好きであれば綾辻行人『十角館の殺人』があまりにも有名ですが、あれぐらいさらっとしていた方が個人的にはゾクっとします。
もちろん、個人の好みの問題です。

個人の好みついででさらに言えば、スプラッタ描写はさすが医師と思わせるほどリアルで生々しいグロさがあり大好きでしたが、もっとエグくても良かったです
特に、もっとグチャグチャが良かったというよりは、精神的なエグさについて。
たとえば具体的には、鍛治が死ぬ場面です。
屈強かつ誰よりも頼りになった鍛治が弱々しく「喰わないで……」と懇願するシーンは十分すぎるほど凄惨でインパクトがありましたが、最終的にトドメを刺したのが茜だった点。

何と優しく慈悲のある演出。

というのは半分冗談ですが、もういっそ、あのまま食べられて死んでいたらさらにインパクトは強かったと思います。
こういった点の容赦のなさは、諫山創の漫画『進撃の巨人』が尋常ではなく、人気だったりかっこよかったキャラがあまりにも惨めに死んでいく姿は、それだけで人間の小ささを思い知らさせれる恐怖感がありました。
ここはもう完全に好みの問題ですし、別に本作でそこまでしなくていいのは明らかですが。
しかし逆に、家族愛を持ち込んじゃうかぁ……と思わせてからの冷酷バッドエンド(茜にとってはハッピーエンド?)は好きでした。


最終的には茜がイザナミ化したわけですが、種の存続という意味では、これで良かったのか……?感もやや否めません
イザナミ候補がヨモツイクサを率いて現イザナミを殺すことによってイザナミが継承され、より強い種になっていく、という進化メカニズムでしたが、茜は単体としての強さがあったわけではありません。
というより、銃火器に頼って倒すという、まさに身体能力としては弱い人間が、知能を使って道具や武器を駆使してこれだけの支配力を得て発展したのとまったく同じ構図です。

道具がなければ茜イザナミはアミタンネにすら一瞬で殺されてしまうわけで、だいぶ運に恵まれて助かったに過ぎない場面も多々ありました。
ある意味ではクモベースから人間ベースに、身体能力重視から知能重視に移行したことになり、それは独自の種として強くなったのかどうなのか。
人間が覇権を握っている点を考えればある意味進化と言えるのでしょうが、これまでの積み重ねが若干無駄になってしまう気もしなくもありません。

ただ、満を持して人間を乗っ取れた、とも言えるでしょうか
黄泉の森の奥でひっそり生きていくしかなかったのが、一気に世界進出を狙える感じになったので、やはり成功なのかな。
巨大なクモイザナミだと、巨躯を維持するには大量の食料調達だけでも大変そうですし。

1点だけわかりづらかったのが172ページのところなのですが、

玄関扉を開けると、氷のように冷たい風が吹き込んできた。(……)排卵痛だ。
→茜は唇を軽く噛むと、車から降りてドアを閉める。
→吐いた息が、白く凍りつく。天を仰ぐと、満点の星空が広がっていた。


という流れ。
これ、玄関の扉を開けた直後に排卵痛を感じて、その後すぐに車から降りるシーンになっているのですが、排卵痛を感じたところで自動的にコントロールされたモードになって実家の牧場に行った(その間の記憶は飛んでいる)ということで合ってますかね?


というわけで、基本的に細かい点は丁寧に説明されるためあまり考察するような謎は残らず、シンプルにエンタメホラーとして楽しめた作品でした
精神的な恐怖というより、ゴア度が高めのスプラッタ寄りでしたが、文章が理系らしくドライなので、もっとねっとりしていたらさらに恐怖感が増すかもしれません。
それこそ手術のように淡々と人体破壊が描写され、だからこそ生み出される恐怖感も間違いなくありましたが、これでさらにニチャァァァ……と笑いながら書いているような文章も場面によって使い分けられたら、さらにエグいことになりそうです

最後に、これはちょっと余計かもですが、文章で言うと、上述した通り映像で浮かびやすく読みやすいのですが、比喩表現が単調な点だけ少し気になってしまいました。
第3位は「脳と身体の接続が切れたように動けなくなる」、第2位は「関節が錆びたように振り向く」、そして圧倒的第1位は「鼻の付け根にしわを寄せる」でした。
鼻の付け根にしわを寄せるというのは、だいぶ大袈裟に険しく、嫌悪感が強めに感じられる表情なイメージです。
「眉間にしわを寄せる」ぐらいのシーンで多用されていた印象なので、その意味合いで使われていたのかもしれませんが。
全然批判とかではないのですが、他の文章が表現力豊かな分、何だか浮いている感じで少し気になってしまいました。

本作が著者の初ホラー作品とのことでしたが、この記事を書いている時点で、SNSのプロフィールに「いま面白いホラーモキュメンタリーを構想中です」とあるので、とても楽しみに待ちたいと思います。

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