作品の概要と感想(ネタバレあり)
タイトル:事故物件7日間監視リポート
著者:岩城裕明
出版社:KADOKAWA
発売日:2020年2月21日
リサーチ会社を営む穂柄は、あるマンションの一室の住み込み調査を依頼される。
そこは、7年前に妊婦が凄絶な自殺を遂げた事故物件で、事件後なぜか隣人たちも次々と退去し、現在はその階だけ無人の状態だという。
期間は1週間。
穂柄はバイトの優馬に部屋で寝泊まりさせ、その様子を定点カメラで管理人室から監視することに。
だが、そこで起きることは穂柄の理解を超えていて──。
タイトルやあらすじからずっと惹かれていて、ようやく読めた1作。
結論から言えば、とても好きで楽しめました。
岩城裕明作品は、『事故物件7日間監視リポート』の方が先に存在を知ったのですが、縁あって第21回日本ホラー小説大賞で佳作を受賞した『牛家』の方を先に読了していました。
結果、それは良かったな、と思っています。
本作のタイトルとあらすじだけ見たとき、思い浮かべたのはやはりと言うべきか『パラノーマル・アクティビティ』でした。
『パラノーマル・アクティビティ』で爆発的に増えた、POV視点のホラー映画。
『事故物件7日間監視リポート』も、そのような映像的なモキュメンタリーホラーの小説版かな?
意外とありそうでなかったので楽しみだな?
と、思っていました。
しかし、『牛家』を読んで確信しました。
この著者、めちゃくちゃ個性強いぞと。
独自の世界観すぎるぞと。
という心構えができていたので、本作も王道ホラーというよりはどこか独特の空気感が漂っていましたが、むしろそれを楽しめました。
もしかすると、本作を先に読んでいたら「思っていたのとちょっと違うかも」感を抱いてしまっていたかもしれません。
逆に、本作も『牛家』のごとき狂った世界観が展開されかねないと思っていたので、「普通の感覚の作品も書けるんだ……!」と感動すら覚えたほどでした(失礼?)。
それでも、妙に淡々とした登場人物の描写は本作でも健在で、好き嫌いが分かれるポイントかもしれませんが、個人的にはそこが好き。
コントのようなやり取りも、癖になります。
正直、本作の主人公・穂柄とバイトの優馬のキャラや関係性は、『牛家』の主人公・コバと新人のツネ君のキャラや関係性とほとんど被るような気がしますが、それでも楽しい。
『牛家』の感想で、岩城裕明作品について「たぶん自分は相性が良いです」と書いたのですが、本作でさらに確信しました。
穂柄の描写が淡々としているので、怖いシーンもあまり怖がっているように見えないんですけど、それが逆に読んでいる側への怖い感覚に繋がっているので面白いなと思いました。
行動面では腰を抜かしたりしていましたが、心理描写は妙に冷静なので、しっかりと現状を分析している視点との対比が、異常現象の恐怖度を高めていました。
しかも、穂柄も報告書に書いていた通り、異常現象だったのか確証がない点もポイントです。
個人的に一番ゾッとしたのが、9階の廊下から中庭を見下ろしたら子どもたちが全員見上げていて目が合ったシーンなのですが、その後、穂柄の行動も含めて何事もなかったかのように進行していくので、「え?何?あれは何だったの?」感がどんどんと積み重なっていく感覚が絶妙でした。
優馬が押入れで呆然と蹲っていたシーンも好きでした。
展開も独特なので、先が読めない面白さがあります。
『牛家』ほどトリッキーではありませんが、著者ならではの発想というか、定石にとらわれない展開が魅力的。
癖が強めの世界観が、うまいこと日常とのずれを生み出していました。
『牛家』のような狂気に振り切った作品も、本作のような地に足をつけた作品も、どちらもその個性を活かしている器用さがすごい。
遠隔で監視している映像を活かした演出も巧かったです。
POVホラーといえばやはり映像が重要なので、映画の方が相性が良いイメージですが、小説でも十分活かすことができる、というのを知らしめてくれました。
ただ、後半、というか真相は若干失速してしまった印象です。
「マナブくんはいますか?」の伏線はかなり良かったのですが、「あの部屋に住んだ男性の性欲が暴走する、それによって過去に死んだ子どもたちが増殖する(生まれ変わる?)」という流れが、個人的には少々いまいち。
あの部屋に女性だけが住んだらどうなっていたんですかね。
それはそれで、男性を連れ込んだりしていたのかな。
しかし、これらの妙に生々しい設定も、偶然か異常現象かの境界を攻めるという意味ではうまく機能していました。
加門七海『祝山』などに近い感覚ですが、「さすがに全部偶然というのは無理があるけれど、かといって異常現象という確証もない」といったような、解釈によってどちらにも取れる構造はやはり不安を煽ってきます。
細部というよりは、色々とゾッとする事実が明らかになっていくプロセスを楽しむ作品でしょう。
色々な子どもが「誰の子だったのか?」という点も含め、もやもやしたものが残る作品ですが、もやもやさせることこそが狙いだったのではないかと思います。
考察:出来事の整理(ネタバレあり)
そんなわけで、考察するには明らかに(意図的に)情報不足な点が多々あり、はっきりしないからこそ不気味なのが本作。
そのため、細かく検討するというよりは、偶然で済ませるにはどうにも不可解な出来事が続いた一連の流れをシンプルに楽しむべき作品ではありますが、一応簡単に整理しておきたいと思います。
まず、「全部、偶然・夢・気のせい・幻覚でした」説を採用するとそれで考察が終わってしまうので、その説は一旦置いておき、異常現象があった説を採用します。
その中でも解釈は多様ですが、「一番最悪のパターン」で考えてみましょう。
起点となるのはやはり、909号室の上、後藤さんが住んでいた1009号室の押入れに塗り固め隠されていた子どもたちの遺体です。
これも結局明らかにはなっていませんが、後藤さんが犯人なのではなく、もっと以前に行われた犯行で、後藤さんもあの部屋に住んだことで影響を受けていたと捉えるのが一番良さそうです。
子どもの遺体については、あえて犯人も理由もまったくわからなくしているのでしょう。
さて、そんな子どもたちの遺体から染み出た体液でも染み込んだのか、909号室の押し入れも天井から侵食されていました。
押し入れと子宮の類似性は示唆的というかあからさまでしたが、優馬が入り込んで蹲っていたのも、やはり押入れが元凶であるからと考えられます。
なぜ現場である1009号室より909号室を中心に拡大していったのかは謎ですが、1009号室の押入れは塗り固められていた分、子どもたちの霊(?)の実質的な出入り口となったのは、909号室の押入れだったのかもしれません。
押入れが元凶といえば、各章のタイトルとして「一日目」「二日目」……と書かれている扉絵の押入れの戸が、進むにつれてだんだんと開いていっています。
もし読み飛ばしてしまっていた方は、ぜひ確認してみてください。
その部屋で影響を受けたと思しき大場紀夫と大場瞳夫妻。
奥さんの瞳さんは、妊娠していた7年前に驚異の切腹自殺。
その理由は、紀夫さんが無精子症だったから。
個人的には、瞳さんは不倫などはしておらず、性被害にも遭っていなかったのではないかと思います。
では誰の、いや、何の子なのか。
その恐怖と絶望が、瞳さんを壮絶な自殺に追いやったのでしょう。
その後、部屋の影響で性欲が暴走し、おかしくなった紀夫さんが、9階に住む女性たちを順番に妊娠させていった。
そうして、殺された子どもたちが生まれ変わろうとしていた。
こう考えると、子どもたちが死んで埋められたのがかなり以前だとすれば、だいぶ時間的な空白があります。
もちろん、遺体が少なくとも10人分だったのに対して、ラストの優馬と彼女の子が「11人目」だったので、後藤夫婦以前に住んでいた家族が同様のことを繰り返していた可能性もあります。
それこそもしかすると、909号室に入居したのが女性だけだったら、この現象が起こらなかったのかもしれません。
後藤さんちの娘であるモナちゃんが「千春」化していき、夢遊病様の症状が出てきたのも、瞳さんの事件後とのことでした。
千春というのは、瞳さんが生まれてくる子どもにつけようと考えていた名前。
それが生まれる前に死んでしまったので、いわばモナちゃんに逆流していったような形となります。
そう考えると、スムーズに事が進んでいけば、元凶である1009号室の子ども(モナちゃん)は影響を受けなかった可能性もあり得ます。
あるいはもともと、瞳さんの件のようなトラブルが起こった際のスペアだったのかもしれません。
そして、穂柄の妻である美海が産んだ子ども(学くん)は、穂柄に仕事を依頼してきた友人にして不動産勤務の藤木の可能性がありました。
穂柄に依頼する以前に藤木自身が909号室に滞在してみたとのことでしたが、この場合、さすがに美海を909号室に呼んだとも考えづらいので、影響はマンションの外にまで及ぶようです。
いやでも、誘ったら断られない不思議な力まで身につくのだとすれば、電話などで呼び出した可能性もあるでしょうか。
909号室に滞在した男性が、マンション外でも影響を受け続けるとしたら、もっと事態は拡大していたはずです。
知らぬところで拡大している可能性もありますが、影響が及ぶのはマンション内だけ、それも9階だけ、と考えておいた方が無難でしょうか。
探偵だった甘遣は、思わせぶりに登場した強烈キャラの割に、それほど活躍はありませんでした。
真相解明のためのヒントを与えてくれる便利キャラ、ぐらいの位置付けですかね。
後藤さんは、霊媒師を名乗る甘遣に操られていたわけではなく、勝手に影響を受けていたようでした。
しかし、心霊現象もさることながら、護摩行をしながら自分の汗で作った塩を渡されるという状況が、現実的には一番怖いような……。
あと細かいポイントとしては、おそらくトマトのキャラの段ボール箱というのは、現実には管理人室には存在しなかったのでしょう。
最悪パターンの想定としてはやはり穂柄が推理していた通り、子どもの遺体が入っていた箱だったのではないかと考えられます。
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