作品の概要と感想(ネタバレあり)
農場で生まれ育ったヘンリーは、とある事件によって羊恐怖症となり、実家を離れて暮らすことに。
それから15年後、実家での静養を勧められたヘンリーは久々に帰郷するが、そこでは兄アンガスが羊を使って恐ろしい遺伝子操作実験を行っていた。
そんな中、無思慮な環境活動家が突然変異した羊を農場に放したことから、何千匹もの羊が血に飢えた捕食動物へと変貌してしまう。
2006年製作、ニュージーランドの作品。
原題も『Black Sheep』。
羊 × ゾンビ!(?)
意外すぎる掛け合わせの、ホラーコメディ。
ニュージーランド作品を観たのは初めてだったかもしれません。
製作は2006年ですが、日本での公開は2020年でした。
映画館には観に行かなかったのですが、当時、ポスターを観て興味を惹かれたのを覚えています。
印象に残るポスターで良いと思いますが、「車で走っていたら羊の群れに襲われて取り囲まれて身動きが取れなくなるシチュエーションスリラー」みたいなイメージを勝手に持ってしまっていました。
全然違った。
あと、さすがに4000万頭はいなかったのでは。
予想以上にグロ表現とコメディ色が強く、気軽に楽しめた作品でした。
お下品でしょーもない雑な解決方法のラストも含めて、まさに勢いを楽しむB級ホラーコメディ。
イメージとしては、『YUMMY/ヤミー』や『アメリカン・バーガー』あたりに近いような印象です。
しかし、羊に襲われる恐怖というのは面白いですね。
のんびりと平和なイメージしかない羊。
『LAMB/ラム』も羊を取り扱ったホラーではありますが、メインの空気感は「恐怖」というよりは「不穏」ですし、羊そのものが怖いわけではありません。
そんな羊も、群れで襲いかかってくると恐怖の対象となるのが面白いところ。
とはいえ、だいたいの生き物は、凶暴化するか巨大化するか群れとなることで恐ろしい存在となるでしょう。
本作では、凶暴化プラス群れに加えて、噛まれると羊人間化するというトンデモなおまけつきでした。
科学的な設定?
気にしちゃいけません。
コメディ要素も強く、そもそもが馬鹿馬鹿しい雰囲気も漂いますが、しっかりとホラーしているところが好印象。
農場育ちで羊恐怖症という設定は滑稽にも思えてしまいますが、まぁ、幼少期にあんな驚かされ方をしたら仕方ありません。
冒頭の幼少期シーンのラストで兄のアンガスに脅されたのが原因なのだと思いますが、あれ、主人公のヘンリーが世話していた子羊を殺して皮を剥いでそれを被って驚かせたみたいなことですよね?
いたずらにしてはあまりにも過剰すぎて、あの時点でアンガスの人間性のやばさが垣間見えます。
しかも、羊への恐怖心と父親の死のショックも結びついてしまったわけですし。
羊の鳴き声にすら怯えるようになってしまったヘンリーはかわいそうですが、みんな羊の鳴き真似、めっちゃ上手かったですね。
「黒い羊」というのは、一般的には「身勝手によって要望や期待から逸脱していること」を指します。
欅坂46の曲でも『黒い羊』というシングルが発売され、少し話題になっていた記憶も。
心理学では「黒い羊効果」という用語があり、これは「内集団と外集団の同じ程度に優れた、もしくは劣った成員を比較する場合、内集団の優れた成員はより高く、内集団の劣った成員はより低く評価される現象」であるとされています。
つまり、身内の優れた者は外部の優れた者と比べてより高く、身内の劣った者は外部の劣った者と比べてより低く評価しやすい、というもの。
また、あまり使われているわけではありませんが、アメリカの精神医学者であるジョンソンとスズレクが提唱した概念に「黒い羊の仮説」というものがあります。
これは、親が医者や弁護士、教師や警察官といった、いわゆる社会的に立派と見られやすい職業に就いている家庭の子どもが、しばしば非行や犯罪に走るメカニズムの説明を試みたものです。
プライベートでも「人格者」を求められやすい親は、悪い要素を「自分や自分の家族には存在してはならないもの」として抑圧しがちであり、それが子どもに投影されて暴走するというメカニズム。
『ブラックシープ』は、そんな真面目に考察するものでもないポップな作品ですが、遺伝子操作という人間の驕りによって、手痛いしっぺ返しを喰らうという構図を描いている作品とも言えます。
まさに、飼い犬に手を噛まれるどころか、飼い羊に食べられるという逆転した構図。
さらには噛まれたら羊人間になってしまうなんて、悪い冗談でしかない。
クローンで有名なのも羊のドリーですし、毛も刈り取られまくっていますし、羊が人間に牙を剥いた(まさに)のは遺伝子操作の影響だけではないかもしれません。
羊人間に変化する過程は、必要以上に気合いが入っていて恐れ入りました。
様子がおかしくなって次のカットでは羊人間と化している、というのではなく、変化の過程がしっかりと描かれるところにこだわりを感じます。
狼男の亜種のような感じですが、幼少期、ディズニーの『ピノキオ』の中でピノキオがロバに変化するシーンが怖かったのを思い出しました。
羊人間に追いかけられるシーンなんてもはや訳がわからない状況ですが、単純に羊に襲われるだけではない一捻りが本作の個性を際立たせていました。
迷惑な活動家エクスペリエンスが味方になるのも、意外性のある面白展開。
キスシーンはB級ホラーの典型でもありますが、さすがにどう考えてもあれで恋は芽生えないでしょう。
吊り橋効果でしょうか。
風水とかチャクラとかも信じているのが「いかにもだなぁ」と思わせておいて、2人とも「自分は木だ」という暗示で窮地を脱しているところもシニカルで好き。
しかし、友人(?)のタッカーの活躍がなければ人類全滅エンドでしたね。
拘束されていたあの状況からどうやって脱出したのかとか、マッドサイエンティストな女性は死んだのによく薬を見つけたなとか、ツッコミどころ満載なのが微笑ましいですが、最後に魅せてくれました。
足が羊になるシーンもインパクトがありましたし、なかなかに重要な人物でした。
羊人間は、ゾンビ的な存在でありながら不可逆的ではなく、これまた雑設定により治療(?)可能な点もユニーク。
あとはやはり印象に残っていると言えばマック夫人でしょうか。
出番は少ないながら、抜群の存在感。
運転しながらハイになってヒャッハーしているところなんか期待通りの活躍でした。
なぜか日本がちょいちょい出てきた点も興味深いです。
クレソン作ってくれてるんだ。
発表会には日本人も参加していましたが、本当に日本語を喋っていましたね。
ああいうのは日本人設定で中国人や韓国人が演じていることもあるので、珍しい。
ですが、ニュージーランドに来たのに日本語で「こんにちは、お世話になります」とか言っていたのはどうかと。
そんな日本人含め、大勢が死んでいるのにハッピーエンド風なのはシュールでしたが、まぁヘンリーには関係ない人たちでしたからね。
そんなツッコミどころを挙げていくとキリがありませんが、それでいてグロさに容赦がなかったところが個人的には高評価でした。
最初にカプセルの中から出てきた化け物羊の胎児の気持ち悪さ、人間が羊に食べられる姿、穴の底の内臓の山、羊人間への変化など、バリエーションも豊富。
ホラーとコメディのバランスはなかなか良かったように思います。
お気に入りか、おすすめか、と問われれば何とも言い難いですが、B級ホラーコメディとして思った以上にしっかりと楽しめた作品でした。
ニュージーランドの雄大な自然と、大量の羊の群れが見られたのも嬉しい。
犬も可愛かったですし、最後に犬が羊の鳴き声で鳴く不穏エンドも、唐突すぎますが定番を踏襲していて良かったです。
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