作品の概要と感想(ネタバレあり)
タイトル:キャンプをしたいだけなのに
著者:山翠夏人
出版社:TOブックス
発売日:2024年10月1日
社会に疲れてなるべく人と関わらず、平日は会社員、休日はソロキャンプを楽しむ斉藤ナツ。
今日も山奥のキャンプ場で一人を満喫していると、暗がりで声をかけてきたのは、顔半分が無い女。
幽霊っぽいけど興味無いし、癒し時間を邪魔されたくない。
早くどっか行ってと願うが、始まった幽霊女の身の上話に付き合ううち、彼女は気づく。
このキャンプ場、幽霊よりもヤバい奴がいる──。
著者のデビュー作ですが、投稿サイト「小説家になろう」において2022年から連載されている作品であり、本作に収録されている以降の話もすでにだいぶ進んでいるようです。
書籍の表紙イラストは青依青で、幻想的なイラストが好きなのですが、最近よくホラー小説の表紙に使われているような。
ソロキャンプで殺人鬼に襲われるという、王道のようで意外とあまり見かけないような、個人的には絶対好きでしかない設定。
期待に違わぬ、いや、期待以上の面白さでした。
正確には、期待というかイメージしていたものとはけっこう違いました。
あまりあらすじなども確認していなかったので、読む前の勝手なイメージは、映画『13日の金曜日』のような、あるいは綾辻行人『殺人鬼』のような、さすがにあそこまではいかないにしても、本格的なスプラッタ殺人鬼ホラーをイメージしていました。
が、蓋を開けてみれば、笑いあり感動ありアクションありミステリィ要素ありと、色々な要素が詰め込まれたエンタメ小説。
サバイバルホラーと謳いながらも、メインはヒューマンドラマだったのではないかとすら思いました。
そもそもソロキャンプなので、そんなにリアルタイムで犠牲者が出ようもないですしね。
まずいきなり幽霊が出てきた時点で「あっ、そういう感じ?」と思ったのですが、過剰にオカルトやファンタジーに走ることもなく、あくまでもメインは殺人鬼とのサバイバル。
さらにはその幽霊要素が第二章の伏線にもなっているなど、構成も巧妙でした。
まさに「キャンプをしたいだけなのに」としか言いようがないタイトルも秀逸。
主人公の斉藤ナツは賢く、サバイバルホラー特有のもどかしい行動がほとんどない点も好印象。
だいぶドライでしたが、そのあたりの背景も終盤でしっかりと明かさる丁寧な作り。
個人的にちょっと抉られる展開で予想外のダメージを受けたのですが、過去を乗り越えて進んでいく姿も感動的で、ドラマとしても完成度が高いと感じました。
公式では「無気力系女子」として推されていますが、無気力とはちょっと違うような。
無気力というと何に対してもやる気が出ない感じなので、ソロキャンプを楽しんでいる時点で無気力ではない気がします。
「小説家になろう」における著者自身の紹介文では「社会に疲れ、人が嫌いなキャンプ女子、斉藤ナツ」となっているので、文庫化にあたっての出版社(編集者?)側の意向や戦略でしょうか。
確かに、「無気力系女子 VS 殺人鬼」というキャッチフレーズは吸引力があります。
ただ、このブログでは何回も言ってしまっていますが、「殺人鬼」に「サイコパス」のルビを振るのはやめていただきたいところ。
一方で、本格的なサバイバルホラーや恐怖感を求めてしまうとライトめ。
追われる恐怖は思ったより少なめだった印象ですが、これはナツが賢く立ち回って機転が利いていたからでしょうか。
むしろ戦略巧みに相手を出し抜くシーンの方が多かったように思います。
追われる恐怖を持続させるには、人間離れした殺人鬼か、愚かな逃亡者かのどちらかが必要なようです。
基本的にメインの登場人物は全員生き延びますし、(特に第二章においては)過去の被害者を思うと凄惨さもありますが、「DVくず野郎」こと石田勇気すら助かり奥さんの完全勝利になったり、紗奈子の家族も和解してお腹の子の父親もしっかりと責任を問われるなど、後味の悪さはほぼ皆無でむしろ爽快感。
感動の余韻はありますが、ほぼ完全に、ある意味綺麗すぎるほどにハッピーエンドと言って良いでしょう。
本格的なホラーやスプラッタが苦手な人にも勧めやすいエンタメ作品でした。
第二章のナツはさすがにタフすぎるアクションでしたが、そこは主人公補正。
本作の著者の山翠夏人は、大のキャンプ好きでキャンプインストラクターの資格も取っているほどのようなので、やはりキャンプに関する描写がリアルだった点も本作の魅力でしょう。
医療などを筆頭に、著者自身の専門性を絡めた小説は多数ありますが、キャンプ × ホラーの掛け合わせは、相性が良いようで小説では意外と少なかったのかも。
もちろん自分が知らないだけの可能性も高く、近年でも三浦晴海『歪つ火』などがありますが、ここまで生粋のキャンプ好きによる作品というのは珍しいかもしれません。
好きだったり詳しいものだとついつい細かく書きすぎてしまいがちですが(このブログのように冗長に)、デビュー作なのにそのあたりのバランスもとても良かったと思います。
細かすぎず、しかしキャンプのリアルな魅力が伝わってきて、インドアな自分も面白そうだなと思うほど。
まぁ、本作を読んだら女性がソロキャンプに行くのは怖くなってしまう側面もあるかもしれませんが。
でもそこも、後味は良いですし程よいフィクション具合だったので、絶妙な匙加減でした。
以下、各章の簡単な感想と、あまり現実的に検討するものではありませんが、それぞれの殺人鬼について少し検討してみたいと思います。
考察:それぞれの殺人鬼像(ネタバレあり)
第一章 林間キャンプ編 頼むから余所でやってくれ
第一章だけあり、シンプルでザ・王道とも言えるような構成でした。
やったことがなくてもソロキャンプの雰囲気がわかるキャンプの魅力紹介から始まり、美味しそうなキャンプ飯を経て、不穏な雰囲気になり、実は殺人鬼だった管理人との1対1の(いや、2対1の?)バトル。
幽霊とのタッグは、謎に熱いものがありました。
シンプルと見せかけていきなり幽霊が出てくるところが、やはり個性を放っています。
さすがに無関心すぎるナツの対応も独特で、ちょいちょい挟まるコントめいたやり取りも楽しい。
狩りの話も最初は若干冗長に感じてしまいましたが、それがのちの狩られる側になったときの伏線にもなってしました。
第二章もそうですが、冷静に分析して状況を把握したときには時すでに遅し、という構成も見事でした。
上の感想でも書きましたが、お馬鹿な行動をして自ら巻き込まれたり事態を悪化させることがない点は、恐怖感は薄まれどもストレスなく読めます。
殺人鬼の管理人の動機については、特に明かされなかったので正直わかりません。
わかることといえば、ナツと岸本あかり(幽霊)への対応からすると、脅したり暴行したりする目的はなく、比較的すぐに殺害することが目的だったようだということぐらいです。
第一章なので読者を引き込む意味合いも含めて、短めでシンプルな作りになっているのだろうと窺えます。
なので殺人鬼像も「(女性の?)ソロキャンパーを殺すことが好きなやばい管理人だった」という程度で留めるのが良いでしょう。
ただ、殺害相手の荷物を捨てたりせずに保管していた点からは、第二章の殺人鬼・白鳥幸男のような支配欲の片鱗も見られました。
勝手にもう少し膨らませるとすると、やはり狩り好きという設定が面白そうだな、と思いました。
岸本あかりなどは気づく間もなく頭を撃ち抜かれていたようなので、殺すこと自体が目的になっていたのだと思いますが、あえて自分の存在を知らせ、逃げ惑う被害者と鬼ごっこをして殺害するというのも猟奇的で面白そう。
第二章 湖畔キャンプ編 結局は全部他人事
思ったよりシンプル短めだった第一章に比べて、長めだった第二章。
上述した通り第一章は導入も兼ねていたと思うので、ある意味ここからが本番と言えるかもしれません。
実際、ナツを含めた各登場人物の人物像や人間ドラマなども、大幅に深掘りされてしました。
「人はね、都合のいいように、自分で思い込んじゃうものなんだよ」「外から見れば明らかな事でも、人は自分のことになると途端に気がつかなくなるんだね」といった台詞の内容がメインの軸になっているような構成で、とても綺麗にまとまっていました。
しかし何よりも、第一章でいきなり登場した幽霊のインパクトを逆手に取り、紗奈子が幽霊のようで実は幽霊じゃなかったという点が、一番してやられました。
全体的に、ミスリードがとても上手な印象です。
先にちょっと余計な話ですが、上述した通り、本作はキャンプに関する知識の織り込み具合のバランスも絶妙でした。
初心者にもわかりやすく、かといって冗長に説明しすぎず。
そんな中、まさかの第一章から続いて登場となった岸本美音。
彼女はまったくの初心者でしたが、ソロキャンプを止めたナツに対して、彼女は「だったら、ナツさんとデュオさせてくださいよ」と言いました。
1人のキャンプをソロキャンプというのは知っていましたが、2人でするのがデュオと呼ぶこと、知りませんでした。
なので、同じく初心者の美音が「デュオさせてくださいよ」と言ったのはやや違和感。
というより、「2人でやるのはデュオって言うのか」と新たな知識を得ました。
彼女もいざソロキャプをするとなったら色々調べたでしょうし、ナツとの会話の中で出てきたなど、彼女がデュオの用語を使うことに何も不自然さはありません。
ただ、個人的には勝手ながら「キャンプ好きである著者にとって、2人キャンプをデュオというのは当たり前の常識」という前提で記載されているように感じました。
もちろん批判ではまったくなく、詳しい人が「全然知らない人」を描くのはやはり難しいんだろうだなぁ、細かい部分に出てしまうんだろうだなぁ、と改めて思った次第。
さて、本エピソードは一気にスケールが大きくなり、登場人物も増え、ナツの過去も描かれ、各自のドラマが交錯しました。
白鳥幸男の殺人鬼像も第一章の管理人ほど単純なものではなく(第一章の管理人は名前すら出てこないですからね)、それなりの思想が語られました。
彼の「旅立ちのお手伝いによる救済」という「Lake」の活動はおそらく後付けかつ表面的な理由で、真の動機はどうやらただ殺人行為自体に愉悦を見出していたようでした。
さらには「旅立ちの記録」というノートも作成していたことを考えると、支配欲やコレクション欲もありそうです。
これまで他作品の考察でも取り上げてきましたが、連続殺人犯のタイプを分類したホームズとデバーガーという研究者による「連続殺人犯の4類型」は、以下の通りです。
- 幻覚型(visionary):妄想性の精神疾患に罹患しており、幻覚妄想に基づいて殺人を行う
- 使命型(mission):偏った信念によって、特定のカテゴリーに属する者を殺害する
- 快楽型(hedonistic):拷問したり殺害することで、サディスティックな快楽や性的快楽を得る
- パワーコントロール型(power/control):他人の生死を自分がコントロールできるという、力と支配の感覚を得るために殺人を行う
これを白鳥幸男に当てはめると、おそらく使命型の皮を被ったパワーコントロール型と言えるでしょう。
快楽目的というよりは、相手の命を支配することに歪んだ万能感を見出していそうです。
カルトじみた「旅立ちによる救済」という理由は名目に過ぎず、根は相手の命に対する支配欲が窺えました。
その原因や背景まではあまり明かされませんでしたが、きっかけとしては中学時代の恋人である絵美ちゃん殺害が起点である可能性が高そうです。
絵美ちゃんに関しては邪魔だったり面倒だったから殺したのでしょうが、そこで殺人の快感に目覚めたのかもしれません。
両親は、邪魔だったのか、これまで苦しめられてきた恨みか、キャンプ場を自分のものにしたかったのか、あるいはもしかすると本当に苦しみから解放してあげたいような気持ちもあったのか。
ややこしいのは、「使命型の皮を被った」と表現しましたが、最初は自分への言い訳に使っていた「旅立ちによる救済という使命」を、いつからか本当に自分でも信じ込んでいた、思い込もうとしていた節がある点です。
だからこそナツに悪意を見抜かれなかったのでしょうし、徹の言う「都合のいいように思い込んでいた」というやつで、自己洗脳のようなものですね。
ただ、あくまでもベースは支配欲やそれが満たされることによる愉悦でしかなかったはずです。
この犯行形態で思い出したのは、2017年の座間9人殺害事件でした。
これは犯人である男性が、主にネットで自殺願望のある女性を誘い込み、殺害して遺体を解体するなどして隠滅しようとしたものです。
こちらは主に金銭あるいは性的な目的で、自殺願望のある弱った人ならつけ込みやすいから、というのが主な理由でしたが。
話を戻すと、相手の命を支配する快感にも、自分が相手を救済しているという万能感にも、とにかくひたすら自分に酔っていたのが白鳥幸男という存在でした。
終盤のナツの気づきと成長も大きな変化だったと思うので、今後が楽しみです。
指摘してくれる美音のような存在は貴重ですね。
この後もどれだけナツが出てくるかわかりませんが、「小説家になろう」の連載での章タイトルだけを見た限りでは、少なくとも第三章はナツが主人公のようでした。
とはいえ、第二章の時点で警察でも有名人になってしまっていたので、限界はあるでしょう。
まぁずっとナツが主人公でも、キャンプに行く先々で殺人鬼と出会すコナンくん状態になってしまいますからね。
別の主人公やキャンプのパターンが見られるのも、楽しみです。
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