【小説】阿泉来堂『邪宗館の惨劇』(ネタバレ感想・考察)

【小説】阿泉来堂『邪宗館の惨劇』(ネタバレ感想・考察)
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作品の概要と感想(ネタバレあり)

タイトル:邪宗館の惨劇
著者:阿泉来堂
出版社:KADOKAWA
発売日:2022年9月21日

1年前の火災事故で親友を失った天田耕平は、恋人と共に慰霊祭へと向かう途中にバスが事故を起こし、山道で立ち往生してしまう。
雨風をしのぐため他の乗客らと共に近くの廃墟へと避難するが、そこはかつてある宗教団体の信者が集団死したといういわくつきの建物だった。
その夜、乗客たちが次々に殺害される事件が発生。
建物からの脱出を試みた耕平は、恐ろしい姿をした怪物に遭遇し意識を失う。
目を覚ました時、耕平は事故を起こしたはずのバスに乗っていた。
その後、まったく同じ流れで繰り返される殺人事件を体験し、耕平は自分がこの夜を「繰り返している」ことに気づく──。


『ナキメサマ』『ぬばたまの黒女』『忌木のマジナイ 作家・那々木悠志郎、最初の事件』に続くシリーズ第4弾。
以下、シリーズ過去作の内容にも少し触れるのでご注意ください

じ、

人宝教だったーーーー!!!

いきなり何を言っているのかとお思いの方、初めまして。
前作『忌木のマジナイ 作家・那々木悠志郎、最初の事件』の感想にて、「次の『邪宗館の惨劇』にとある宗教団体の館が出てくるらしいけど、もしや人宝教では?」といったことを書いていたので、それが当たった喜びの叫びでした。


さて、本作『邪宗館の惨劇』はシリーズ4作目にして、ターニングポイント的な作品でしょうか。
これまでは那々木悠志郎繋がりで様々な怪異や事件が単発で描かれてきましたが、シリーズ通しての軸となるストーリーもついに動き出したような印象です

その中で、思ったより重要な存在となりそうな人宝教。
というか、本作だけで判断すると、もはや敵対組織かつラスボスにすらなりそうな雰囲気
叔父那々木が「殺された」という真相も明らかになりましたが、その事件に人宝教が絡んでいそうな可能性すら出てきました(そこはまだ曖昧ですが)。

本作を単発で見てみると、これまでの作品とはやや異色で、メインとなるのは怪異そのものの恐怖よりも、惨劇が繰り返されるというループ性でした。
その分、過去3作以上にSF的なファンタジー色が強い作品ですが、しっかりと軸足はホラーに置かれていました。

抜け出せない夜に、どう足掻いても全員殺されてしまうというのは、絶望以外の何ものでもありません。
しかし、惨劇、ループ、毎回微妙に異なる展開や闖入者……というのは、どうしても「惨劇に挑め。」をキャッチコピーとする『ひぐらしのなく頃に』を思い出さざるを得ませんが、著者の阿泉来堂はゲームもお好きなようですし、わざわざタイトルに「惨劇」を使用しているのは意識している気もしなくもありませんが、深読みしすぎでしょうか。
いずれにせよ、その真相や展開は途中からまったく異なる路線になるので、似ているとかパクリとかそういった話ではもちろんありません。

四肢を切断されるという異様な殺され方も、恐怖を煽ります。
本格ミステリィ的な雰囲気からすぐにループに入るので、テンポ良く先の気になる展開。
ただ、主人公の天田耕平がループに入る直前、壮絶な死を遂げるわけではないので、その点の恐怖感は薄めでしょうか。
何回も悲惨な死を迎える、という方が絶望感や恐怖感は強かったかな、と思います。


ただそのあたり、メインはあくまでの怪現象の解明。
そしてそれ以上に、人宝教の背景が多く描かれていました。
途中から那々木と裏辺刑事が現れてからは、いつも通り少しずつ怪現象の背景が明らかとなっていきました。
民俗学や宗教的な豆知識を学べる那々木の講釈も、相変わらず。

とはいえミステリィ要素もちろんきちんとしており、「明彦(=神波圭伍)」が天田の息子だろうなというのを早々に予想したのですが、今回は見事に一歩上をいかれてしまいました。
ただ、殺人事件の真相を自力で見抜くのはなかなか無理があったかな……と思います(後述)。
本作は怪異そのものよりは人宝教のやばさが全面に描かれており、今後のシリーズに向けて、というニュアンスが強かったように感じました

ついに活躍した裏辺は、意外とチャラくて脳筋な感じでしたね。
何となく勝手にもっと真面目な印象を抱いていましたが、堅物の那々木とのバランスは良さそう。
バディものとしての今後の展開にも期待です。


とりあえず、ついにシリーズ全体のストーリーが動き出した感じがあるので次作が気になりますが、この記事を書いている2025年3月現在、まだ5作目は発売されておらず、発表もされていません。
1作目の『ナキメサマ』が2020年12月、2作目の『ぬばたまの黒女』が2021年6月、3作目の『忌木のマジナイ 作家・那々木悠志郎、最初の事件』が2021年12月、そして4作目の本作『邪宗館の惨劇』が2022年9月に発売されているので、半年ぐらいのペースでコンスタントに出してきたこれまでのペースが驚異的ですが、4作目以降の時間がけっこう空いていることになります。

この点は、もしかすると旧統一教会の事件が影響しているのかも……?という気もしなくもありません。
安倍元首相の銃撃事件が2022年7月なので、警察の証拠品をくすねられるぐらい公人を含めた社会全体に浸透しているカルト的な新興宗教、という設定はちょっと描きづらかったのかな、と邪推。

ただちょうど、著者の阿泉来堂のX(Twitter)で「ついに担当編集さんからオッケーが出たので、新たな原稿に着手します。約2年ぶりの『彼』の新刊になります。テーマは『決戦』」と2025年3月22日にポストされているので、これは!那々木シリーズでしかあり得なくないですか……!?と期待しているところ。

早く読みたいなぁと楽しみにしつつ、本作はそこそこ複雑さもあったので、後半では少しこれまでのシリーズも含めて整理してみたいと思います。

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考察:出来事の整理とシリーズの時系列(ネタバレあり)

出来事の整理:1日目

まず本作の惨劇の整理ですが、惨劇の起点は、辻井による大量殺人でした
その動機は、白無館(邪宗館)でかつで生み出された人宝教による「神」の力を使って、火災事故で車椅子生活となった娘の身体を回復させるため。
大量殺人を行った理由は、神に願いを叶えてもらうための生贄を捧げるためでした。
時期は、那々木たちの「現代」からすると18年前です。

この殺人事件は、正直ちょっと雑感も否めません
普通に追っていくと、天田が階段をおりていく光原夫妻を見送り、上がってきた辻井と話し、天田も1階におりる。
厨房で飯塚の遺体を発見し、応接室で光原夫妻の遺体を発見。

つまり、天田が2階で辻井と会ったときには、少なくとも辻井は飯塚を殺したあとだったはずですが、四肢を切断しながら返り血も何もないというのも不自然です。
しかも、飯塚の遺体発見後すぐ天田は応接室に行って光原夫妻の遺体を発見しましたが、いつの間に殺したのか?
飯塚と同じタイミングで殺したにしても、天田が飯塚の遺体を発見している間に殺したにしても、あまり時間がありませんし、四肢切断はいくら斧でも時間がかかるでしょうし。

そして、天田が真由子のいる2階に駆けつけている間に、エントランスで米山美佐と刺し違えたわけですが、いくら相手が死んだと思ったにしても、背中を刺されるというのも無防備なような。
そもそも、すでに飯塚を殺したあとなのだとしたら、なぜ2階で会ったときに天田を殺さなかったのか。

その後、真由子は窓から脱出、天田は復活した邪神に殺されてしまいます。
ここも結局、真由子が悲鳴をあげたのは何だったのでしょう?
生きていた美佐と鉢合わせたのだとしたら、美佐は犯人ではなかったので、一緒に逃げれば良かったような。
辻井を殺してしまった罪悪感から逃げたのだとしても、真由子が美佐も生きていることを隠す必要はなかったような。

そもそも、運転手の飯塚に頼んでわざと事故を起こさせたというのも、だいぶリスキーかつ不確実な気がします。
これは余談ですが、バス事故のあと「ボンネットから白煙が上がっている」という表現がありましたが、バスって基本ボンネットがなく、バスが正面から大木に突き刺さったら運転手の命はないような……。
と思って調べたら、一応ボンネットバスというのが存在するようなので、当時の北海道では多かったりして、時代背景の伏線だったのかな。

などなどかなり謎は多く、だからこそ最初から超常的な現象だと思っていたのですが、実は起点は人間による殺人だったというのは若干の不満も。
とはいえ本筋はこの殺人の謎ではなかったので、受け入れて進んでいきましょう。

年に1回の繰り返し

その後、生贄の力によって邪神が復活。
天田が殺されましたが、「もう一度真由子の笑顔を見たい」という願いによって、年に1回、虚像によって同じ惨劇が繰り返されることになります。

たまたまその日に部外者が訪れてきた場合、惨劇を再現するために木像たちによって排除され、生贄とされてしまうようでした。
肝試し3人組がやってきたのは、だいぶ初期の段階でしょう。
携帯電話をデコっていたという表現からするとガラケーだと思われるので、このあたりが時間軸の伏線となっていました。

そして、実際の惨劇から18年後の同日、那々木と裏辺がやってきました。
さらに、美佐を連れた神波圭伍も。

那々木がやってきたのは、生き延びた真由子から情報をもらったからです
天田耕平のことももちろん聞いていたはずなので、名前を聞いた時点で霊的な存在であることに気づいたはず。
その後、誰も那々木の名前を知らなかったのを気にしていなかったのも、18年前の霊たちであることを把握していたからと考えられます。

神波圭伍も同じ日にやって来たのは、おそらく那々木をマークしていたからなのでしょう
最初から明彦を名乗っていたので、那々木がいることを把握していたのは確実です。
那々木なら事件の真相を解くはず。
辻井の犯行とバレると教団に不利益となるので、美佐を犯人に仕立て上げるためにやって来た、というわけです。

ここも、神波圭伍がなぜ18年前の惨劇が父親である辻井の犯行であると知っていたのかが微妙ですが、美佐から聞き出したりしたのでしょうかね。
いずれにせよ、自分もけっこう危険な目に遭っていましたし、人宝教の幹部だからといって邪神が見逃してくれることはないと思うので、かなりのリスクを負ってやってきたことにはなります。

そして神波圭伍の思惑通り、那々木は美佐の犯行として事件の謎や人宝教の悪行を明らかにし、天田は繰り返しから解放されました。

シリーズの時系列

4作のシリーズの時系列は、刊行順と考えるのが妥当でしょう。
ただここも若干引っ掛かりがあるので、少し整理を。

まず、3作目まで具体的な年代が出てきませんでしたが、4作目にしてついに具体的な年代が明らかとなりました。
人宝教の初代教祖・柴倉泰元による手記です。

この手記によると、一番最後の「こんなはずじゃなかった」は日付がわかりませんが、その一つ前の文章からそれほど時間は経っていないと考えられるので、1999年であると判断して良いでしょう。
これが、白無館において64人の大量死事件が起きた年です。
この事件を機に「邪宗館」とも呼ばれるように。

そして、辻井いわく、その事件が起きたのは「5年前」とのこと。
つまり、辻井が白無館に天田耕平たちを誘い込み、事件を起こしたのは2004年。

そこから18年後が、那々木たちが白無館を訪れた「現代」。
ということは2022年で、作品の刊行年と一致します。

人宝教が創設されたのは「現代」から「30年近く前」とのことだったので、1992年頃。

整理すると、
1992年頃に人宝教が誕生
1999年に白無館で64人の大量死事件
2003年に烏砂温泉での火災事故
2004年に辻井による白無館での犯行
2022年に那々木らが白無館を訪れ解決

となります。


また、途中で出てきた「道東の小さな村で、神道と邪教を歪に融合させた邪教を見たことがある」「『神がかりの奇跡』を行っていた三門神社のある村に立ち寄ったことがある」というのはもちろん、『ぬばたまの黒女』の話です。
舞台となった皆方村はすでに別津町に統合されているような話し振りだったのと、「少し前に」と表現していたので、『ぬばたまの黒女』の事件も刊行の2021年あるいはそれより前ぐらいと捉えて良さそうです。
『ナキメサマ』は、おそらくその前。

さて、ここで問題となるのが3作目『忌木のマジナイ 作家・那々木悠志郎、最初の事件』の時間軸です。
刊行順で考えれば、編集者の久瀬古都美が「崩れ顔の女」の怪異に襲われたのは『邪宗館の惨劇』より前となります。

しかし、3作目において、古都美が見ていたニュースで「人宝教の長崎支部において支部長が児童虐待で捕まった」というニュースがありました。
さらに、22年前に古都美は実の父親によって人宝教の児童虐待の被害者になりかけました。
古都美の実家は北海道のはず。
つまり、長期間にわたって、複数の支部で児童虐待が行われていたことになります。
これは大スキャンダルでしょう。

その一方、『邪宗館の惨劇』では、裏辺は人宝教について「信者の大量殺人事件以来、トラブルはあまり聞かない」「公安がマークしている」と言っていました。
たとえ長崎支部の件だけが明らかになったのだとしても、かつて大量殺人のあった新興宗教が児童虐待事件を起こしていたとなれば、話題にならないわけもありません。
しかし裏辺らがそれに言及していないということは、3作目より前の話なのか?

さらに、3作目での古都美は「今でこそ数は減ったが、かつてこの町にも支部があった」と言っており、以前より人宝教の規模が縮小傾向にあることを示唆しています。
これは4作目での裏辺の「人宝教の信者数は以前よりもずっと増加していた」という表現や、神波圭伍の「あたたちが思うよりずっと広く、多くの人に浸透しているんだ」という発言と矛盾します・

3作目の時系列が4作目よりけっこうあとという可能性も考えられなくもありませんが、可能性は低そう。
この矛盾については、『邪宗館の惨劇』執筆にあたり人宝教の背景が掘り下げられたものとして、あまり突っ込んではいけないポイントかもしれません。


なので、好きなシリーズだけに細かく考えてしまったのが裏目となり、何だか重箱の隅をつついて揚げ足を取るような考察になってしまいましたが、時系列は刊行順と捉え、人宝教の現状に関しては『邪宗館の惨劇』で描かれたものをベースとして次作に臨むのが正解と考えられます

那々木が以前に人宝教の道南の支部で怪異譚に遭遇し、その支部を解体させたという事件がいつ頃なのかははっきりしません。
ですが、裏辺も知らなさそうですしけっこう前のよう。
那々木と人宝教、お互いにかなり因縁がありそうだったので、もしかすると叔父那々木の死が絡んでいるのがその事件だったりするかもしれません。

3作目を刊行時の2021年頃の出来事と考えて、改めてこれまでのシリーズでの出来事をまとめて整理しておくと、以下のようになるでしょうか。

1977年頃に坂井が巌永卑沙子を殺害、崩れ顔の女の怪異に
1992年頃に人宝教が誕生
1999年に白無館で64人の大量死事件
1999年頃に那々木が「崩れ顔の女」で初めての怪異に遭遇、叔父と初めて出会う
2003年に烏砂温泉での火災事故
2004年に辻井による白無館での犯行
2006〜2007年頃に那々木の叔父の死?(眞神月子の予言通りであれば)
???年に那々木が人宝教の支部で怪異譚に遭遇、その支部を解散させる
2009年頃に皆方村の三門神社が燃やされる
2020年頃に『ナキメサマ』の事件
2021年頃に『ぬばたまの黒女』の事件
2021年頃に久瀬古都美が「崩れ顔の女」に襲われる
2022年に那々木らが白無館を訪れ
解決、神波圭伍と出会う

以上を踏まえて、5作目、楽しみに待ちたいと思います。

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