【映画】スパイラル:ソウ オールリセット(ネタバレ感想)

映画『スパイラル:ソウ オールリセット』(ネタバレ感想)
(C) 2020 Lionsgate Films, Inc. All Rights Reserved.
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『スパイラル:ソウ オールリセット』の概要と感想(ネタバレあり)

映画『スパイラル:ソウ オールリセット』(ネタバレ感想)
(C) 2020 Lionsgate Films, Inc. All Rights Reserved.

地下鉄の線路上で舌を固定され、宙吊りになった男。
猛スピードに迫った電車により、男の体は四散する。
それが、猟奇犯が警察官をターゲットに仕掛けたゲームのはじまりだった。
捜査にあたるジークと相棒のウィリアムを挑発する不気味な渦巻模様と青い箱。
やがて、伝説的刑事で、ジークの父であるマーカスまでもが姿を消し、ジークは追い詰められていく──。

2021年製作、アメリカの作品。
原題は『Spiral: From the Book of Saw』。

本記事には、前8作『ソウ』〜『ジグソウ:ソウ・レガシー』のネタバレも含まれるのでご注意ください。
前作『ジグソウ:ソウ・レガシー』については、以下の記事をご参照ください。


『ソウX』日本公開に向けた再履修マラソンも、ついに完結。
何回も観ているシリーズですが、『スパイラル:ソウ オールリセット』に関しては、公開当時に映画館に観に行って以来、家で観るのは初めてでした。

えぇ、まぁ、つまりは、そういうことですよね
配信が始まっても「また観たい!」とはなっていなかった、ということです。

別につまらないわけではありません。
どちらかというと連続殺人モノで『セブン』のようなサスペンス寄りの印象を受け、その点においては普通に楽しめました。

ただ、やはり『ソウ』シリーズに位置付けて考えてしまうと、うーん……と唸らざるを得ません
あくまでも本作の犯人ウィリアム・シェンクは、ジョン・クレイマーとの繋がりが示唆されているわけでもなく、完全なる模倣犯。
その点からも、本作は『ジグソウ:ソウ・レガシー』以上にスピンオフ的な位置付けで捉えた方が良いでしょう

原題も、前作では「jigsaw」と『ソウ』シリーズを連想させる単語が使われていましたが、本作ではついに「saw」の文字がメインタイトルからは消えました。
「From the Book of Saw」という副題も、やや距離感を感じさせます。
けっこう良い副題だと思うので、「ソウ オールリセット」はちょっと、何でそんなのになったのかな、という感じですが。


そもそも本作は、シリーズのファンであったクリス・ロックが、知人の結婚式でライオンズゲートのトップと知り合い、ライオンズゲートに売り込んだのが始まりのようです。
その企画スタートの時点から少々異色ですし、さらにはジーク・バンクス刑事として主演まで務めているというのは、若干私利私欲感強くない?とは思ってしまいました。
サミュエル・L・ジャクソンもシリーズのファンであるとか。

有名な人が出るとどうしてもそのイメージに引っ張られてしまうので、その点も本作はこれまでのシリーズ作品とは一線を画します。
クリス・ロックは、2024年8月現在ではどうしてもウィル・スミスとのトラブルの印象が拭えませんが、本作を観た当時はまったく知らなかったので良かった。
サミュエル・L・ジャクソンは、さすがに色々な作品のイメージが浮かんできてしまいました。

そのような有名人を起用している点も含めて、ある意味『スパイラル:ソウ オールリセット』は内容と構造が一致しているというか、本作自体が同人作品的な、模倣犯であるファンが作ったような印象も否めません
何だか辛辣な表現になってしまいましたが、そんなに批判したいわけでもなく、個人的には完全に別物として捉えたいという話です。
逆に言えば、シリーズを知らなくても特に問題なく楽しめる作品でもありました。

そのような批判的な観点は、製作側も理解していたように感じられます(勝手な妄想かもしれませんが)。
それを特に感じたのは、冒頭で『フォレスト・ガンプ/一期一会』の話をしていたシーンでした。
関係ない作品とはいえ、映画の中で映画の話をするのは現実的な視点を呼び起こし、メタ的なイメージを抱かせます
本作も、あくまでもシリーズと同じタイムラインの延長線上に位置していながらも、メタ的な作品として意識されているようにも感じました。

ジョン(トビン・ベル)を含めて、過去作の登場人物が回想シーンとしても一切出てこなかったのはとても潔く、賞賛したいポイントです。
トビン・ベルを出すかどうかは色々意見があったようですが、出さない判断に大きく影響したのが監督として舞い戻ったダーレン・リン・バウズマンのようでした。
英断でしょう

シリーズを多数手掛けてきたダーレン・リン・バウズマン監督ですが、本作は映像的にも今までのシリーズとはかなり異なる印象を受けました。
単純に技術的な変化もあるでしょうが、序盤ではお洒落な洋楽が流れたりと、これまでの終始緊張感が張り詰めていた作風とは異なり、だいぶポップな雰囲気になっています。
このあたりも監督なりに、既存シリーズとは異なる路線で作ろうとしていたのではないかと感じました。


さて、拗らせた信者ファンの愚痴はこの辺にしておいて、内容へ。
そんなに考察するようなポイントがあるわけではなく、本作の肝である犯人はシェンクであり、その目的は腐敗しきった警察組織の是正でした。
というのは表向きで、その根底には、無実の父親が当時警察官であったピートに殺された事件が大きな動機となっていました
半分ぐらい、いや、おそらくそれ以上は私怨が強かったのだろうと思います。

しかし、内部犯だったとはいえ、たった1人の若者にここまで翻弄される警察組織も相変わらずちょっと情けなくもありました
相変わらず単独行動が多すぎますしね。
警察署内だったので単独行動は仕方ありませんが、署長が自身の警察署内で殺されたというのはかなりの失態でしょう。
あれだけの装置を準備できるガバガバ具合も、ですが。

シェンクは特に後継者というわけではないので、わざわざジグソウを模倣したりゲームをする必要性はないようにも感じましたが、自身の信念に基づいて世の中を是正しようとしていたジグソウに実際にリスペクトを抱いていた部分もあったのでしょう
とはいえ、あくまでも自身の目的のために利用していたという方が圧倒的に強いと考えられ、ゲームの哲学的にはめちゃくちゃで、どう転んだところでゲーム被験者はみんな殺されていたのではないかと思います。

ちなみに、本作に出てきた第8条というのは、海外サイトも含めて軽く調べた感じでは、おそらく架空の設定のようでした(もし違ったら教えていただけるとありがたいです)。
捜査のために警察官に過剰な権限が与えられていた様子で、そのために冤罪も多発しまくっていたようです。

それを主導していたのがジーク刑事の父親である元署長のマーカス・バンカス(サミュエル・L・ジャクソン)で、その片腕が現署長のアンジー・ガーサ署長でした。
冤罪をでっち上げてでも検挙率が上がれば犯罪率が下がる、という理屈でしょう。
その方針で無実なのに殺されてしまったのが、シェンクの父親チャーリーでした。


これまでのシリーズを観ていなくても単体で楽しめるのが本作の特徴であり、単作として観れば面白いのも事実なのですが、一番致命的なのは、犯人がけっこうわかりやすい点でしょう
シェンクだけ殺害シーンや確定的な遺体が映らなかったので、『ソウ』シリーズファンならもちろん、シンプルにミステリィやサスペンスが好きであれば想像できた方の方が多かったのではないかと思います。

シェンクが犯人として姿を現したあとにももう1ステップあり、ラストシーンはなかなかインパクトはありましたが、正直、結局何だったのか若干よくわかりません。
あれもゲーム自体は、助けようとしたところで父親は助からない仕組みになっていたのは間違いなさそうです。
ジークは絶対に自分を撃つことはない、父親を助けるだろう、と読んでいたというのもまだ許容範囲。

ただ、シェンク自身の脱出がけっこう雑というか
怒り狂ったジークに、さすがに殺されることはなくとも気絶させられるぐらいの可能性は十分にあった気がします。
特殊部隊も、明らかにシェンクも視界に入っていたでしょうが、ジークにしか銃を向けなかったのはちょっとガバガバ。

わざわざあそこまで危険を冒してバンクス親子にゲームを仕掛けたのは、「動機は父上」と述べていたように、マーカスが一番の復讐の対象であったからでしょうか。
助けようとしたところでマーカスが死ぬようにデザインされていたとすると、ジークを仲間に引き込むつもりも端からなかったということになります。
全部ジークの仕業として押しつける計画だったということのかな。

さすがにシェンクも特殊部隊に目撃されていますし、色々な証拠からも無理そうな気もしますが、まぁそんなエンドロール後のことをあれこれ考えるべき作品でもないかもしれません。
元凶であったマーカスへの復讐を果たし、その息子に冤罪を押しつけるという構図は、綺麗な復讐になっていました


後継者ではなく模倣犯という設定は、現実にあり得そうなので面白かったです
前作『ジグソウ:ソウ・レガシー』の犯人ローガンも、半分は模倣犯的でしたがジョンとの関わりもありました。
ジグソウとはまったく関係がなく、ただただ模倣したというのはシェンクが初めてでしょう。
いや、細かく言えば、ホフマンが妹を殺害したセスをジグソウの仕業に見せかけて殺したのが初かな。

捜査なども含めて現代的なデバイスが使われていたのも新鮮でしたが、ゲーム説明の音声が合成音声で何だか棒読みだったのが、何となく緊張感が削がれてしまいました。
あれは、低音はジョンのイメージが強すぎるため、区別するためにあえて合成音声を採用した(人形が違うのも同じ理屈)ようなので仕方ないとも思いますが、どうせならジョンに匹敵するような魅力ある模倣犯が見たかったな、と思ってしまうのは贅沢でしょうか。
ゲームもあまり印象に残るものはなく。
まぁ、模倣が本家を上回ることなんて、あらゆるジャンルにおいてありませんからね

そんなわけで、「いつまでもジョンに頼らないと成り立たないのもいかがなものか」といったような生意気を以前書きましたが、やっぱりジョンが、トビン・ベルがいてこその『ソウ』シリーズであるというのを本作で再認識しました
そもそもシリーズを続けること自体の是非は置いておくとして、シリーズ再履修を完走した今、ジョンが主人公として帰ってくる『ソウX』、楽しみに待ちたいと思います。



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