【小説】大石圭『湘南人肉医』(ネタバレ感想)

小説『湘南人肉医』の表紙
(C)KADOKAWA CORPORATION
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作品の概要と感想(ネタバレあり)

タイトル:湘南人肉医
著者:大石圭
出版社:KADOKAWA
発売日:2003年11月8日

湘南で整形外科医として働く小鳥田優児は、神の手と噂されるほどの名医。
数々の難手術を成功させ、多くの女性を見違えるほどの美人に変貌させていたが──。

角川ホラー文庫。
ずっと読みたかったのですが、ようやく読めました。

安定安心の大石圭作品。
読んだ作品はまだ少ないですが、今のところ、どれを読んでも亜種のような内容がほとんど同じトーンで進んでいくので、変わり映えしないと言えばしません。

『湘南人肉医』は特に、『殺人勤務医』とほぼ似たようなもので、違いといえばやっていることの内容ぐらいです。
途中でテーマに沿ったトリビアが挟まれる構成も同じ。
それでも、なぜか読みたくなってしまう中毒性

その要因は、個人的には文章のリズム感です。
『アンダー・ユア・ベッド』の感想にも少し書きましたが、淡々とした一定のリズムがとても心地よく感じます。

『湘南人肉医』含め、他の既読作品もそうでしたが、特に盛り上がるシーンがあるわけでもありません。
ストーリーも、あるといえるのかどうか微妙なところ。
それなのにこれだけ読ませる力。
決して「好きな作家」として上位に挙がる感じではないのですが、定期的に読みたくなるこの魅力

しかし、『湘南人肉医』ですよ、『湘南人肉医』。
確かに、湘南に住んでいて人肉を食べる医師の話でしかないのですが。
『殺人勤務医』といい、考えることを放棄して内容のイメージとわかりやすさに全振りしたかのようなタイトル、こだわりのなさがすごいです(それが逆にこだわりかもしれませんが)。

さて、『湘南人肉医』は、人肉の味に目覚めてしまった美容整形外科医の小鳥田の日常を描いたお話です。
日々、診察をして、手術をして、家に帰って、人肉を食べて。
ただそれだけの話

いわゆるカニバリズムを扱った作品です。
カニバリズムにも色々な種類がありますが、小鳥田の場合、いわゆる性的嗜好としてのカニバリズム。
女性ばかりがターゲットになっており、性犯罪と言えるでしょう。

ただ、その様態はリアリティがあるといったものではなく、フィクション色が強め。
なので、あまり小鳥田のカニバリズムについて、心理学的に考察するような作品ではありません。

というより、小鳥田の日常を覗き見ているかのような感覚であり、そこには考察はもちろん、感想すらありません。
ただそういう人間が生きている。
他人の人生にあれこれ口を出すことが野暮であるように、この作品に感想や考察を述べるのもまた無粋。

そんな狂った人間の日常を垣間見るのが、本作の魅了です。

ただ、彼は本当に狂っていると言えるのかについては、一考の余地があるかと思います。
『殺人勤務医』の主人公・古河もそうでしたが、彼らなりに逸脱行動には美学というか哲学があり、違法性は重々認識した上でそれらの行為を行っていました。

また、小鳥田が海外の子どもたちを支援して、彼ら彼女らに何かあると自分のことのように心を痛めたり、古河も虐待されていた犬を仕事が手につかなくなるほど心配していたりと、そこには通常以上の共感性も読み取ることができます。

社会的にそれなりに成功し適応しており、共感性も高い。
一方では、対象によっては極端な共感性の低さを示し、異常な行動をさも日常の延長かのように淡々と繰り返す。

その光と影のコントラストが彼らの不気味さを際立たせており、それが彼らの日常を覗き見続けたくなるような魅力に繋がっているのだと考えています。
ここまで極端ではありませんが、人間は誰しも表と裏を持っているものであり、他人には見せられない一面は誰にでも少しはあるでしょう。

著者の大石圭は、インタビューで以下のように述べています。

セレブな医師やパイロットを主人公にした小説も書いて、それも売れましたが、底辺でざわめいている人たちを書く方が好きですね。

石を引っ繰り返すと下にたくさんのヘンな虫がいるじゃないですか。
あんな虫の一匹、一匹にも生きる喜びがあると思うんです。

https://iki-toki.jp/5148/

社会的には影に属する者たちの日常や幸せを、それを正当化するわけでもなく、ただ粛々と描く
それが多くの大石作品の根底に通ずるものなのでしょう。

『湘南人肉医』に話を戻すと、フィクションとして楽しむべきであるのはもちろんわかっているのですが、『殺人勤務医』などに比べると、非現実さが特に際立って感じられてしまいました。
性的興奮を覚えるのが「食べること」だけであるというのもそうですが、約20年前という時代背景を考慮しても、いくら何でもさすがに無能すぎる警察はご愛嬌でしょうか。

特に、立花刑事が「どうしてももう一度だけ人肉が食べたい」と電話してきたシーンは、さすがに笑ってしまいました。
そもそも捜査中に焼き肉をご馳走になっていく刑事というのも凄まじいですが、捜査で知り得た電話番号に刑事が個人的な用件で電話するのなんて、今の時代だったらUber Eatsの配達員がLINEで連絡してくるような、個人情報で大問題になりますね。
ただこのシーンは、人肉の魅力に取り憑かれる恐ろしさをうまく描いたシーンでもありました。

終盤、赤ちゃんを殺したシーンはかなり攻めたな……と思いましたが、結局殺してはいませんでした。
飼育する、という発想もなかなか狂気ですが、あそこで赤ちゃんを殺害して食べていたら、かなり猟奇性が際立つ作品になっていたように思います。

ラストシーン、もしマンションから生首が降ってきたのを目撃したら、あらびっくりですね。
ただ、潰れてぐちゃぐちゃになると思うので、もしかしたら生首だとわからないかもしれません。
まかり間違って自分の頭にヒットなんてしたら、それはもう宝くじも足元に及ばない確率の悲劇。
アンパンマンみたいに顔が入れ替わっちゃったらどうしましょう。

最後に、本作で印象的だったのは、二人称が主語の文章です。
第1章の「あなた」や、最終章の「君」といった表現。

小説の書き方などを調べると、必ず地の文の視点について言及されています。
その多くが、

一人称:「私」「僕」など主人公視点
三人称:「小鳥田」「彼」「彼女」などいわゆる神の視点

のどちらで書くか、という論調です。
二人称視点については、「非常に特殊で難しいので、特に初心者は避けましょう」と言及されている程度。

実際に、多くの小説が一人称視点か三人称視点で書かれています。
その中で、2章だけとはいえ、二人称視点でさらっと書かれている『湘南人肉医』。
逆に言えば、他の章は三人称視点であり、二人称視点と三人称視点が混在している作品です。
視点の違いが違和感なく溶け合っている技術は、相当高度なものであると感じました。

また、本作ではそれがとても効果的に作用しています。
特に第1章については、作品がいきなり二人称視点で始まることに驚きと戸惑いを感じ、その戸惑いが冷めやらぬうちに「自分」が変態の餌食になっていく様が描かれるという、良い意味で最高に嫌悪感をかき立てる演出です。
人によっては悪い意味で作用して、嫌悪感で投げ出す作品になるでしょう。

と、自分が好きなテイストなのでそんな書き方をしましたが、一般的には嫌悪感覚える人の方が多い作品かもしれません。
しかし、そんな人はきっと『湘南人肉医』なんてタイトルの本に手は出さないでしょう。
そのためにも、わかりやすい丁寧なタイトルなのでした。

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