作品の概要と感想(ネタバレあり)
タイトル:小説 シライサン
著者:乙一
出版社:KADOKAWA
発売日:2019年11月21日
親友の変死を目撃した女子大生・瑞紀の前に現れたのは、同じように弟を亡くした青年・春男だった。
何かに怯え、眼球を破裂させて死んだ二人。
彼らに共通していたのはある温泉旅館で怪談を聞いたことだった──。
映画『シライサン』の原作となる小説。
映画は未鑑賞ですが、本作はかなり楽しめて好きだったので、映画も観てみたいと思います。
映画の監督は安達寛高ですが、これは乙一の本名。
つまり本人による原作小説となります。
久々の乙一作品、というかそもそも『夏と花火と私の死体』と『暗黒童話』他数冊ぐらいしか読めていないのですが、安定のクオリティでした。
初期の乙一しか知らないのでファンタジーやジュブナイル色の強いイメージでしたが、ジャパニーズホラーに真正面から挑んでいた印象の本作。
金字塔である鈴木光司『リング』を彷彿とさせる感染・拡散系の呪いに、怪異、土着信仰、都市伝説、さらにはネット社会といった様々な要素が加わってしました。
『リング』とは異なりSNSが主流の現代が舞台なので、「現代において拡散系の呪いが発生したらどうなるのか?」といった思考実験や、都市伝説が広まっていく過程が描かれている点は半ばデマに惑わされる滑稽さを揶揄するようなコメディめいた面もあり、面白かったです。
古典的な側面と現代的な側面が、見事にミックスされていました。
『リング』の貞子や『呪怨』の伽椰子に対抗するべく生み出されたようなシライサンも、個人的には好きでした。
目が破裂して死ぬというのも、ややオーバーではありますがインパクトがあって好み。
『暗黒童話』も眼球が重要なアイテムではありましたが、御伽話のようだった『暗黒童話』とはまた異なる、現実的な恐怖感がありました。
鈴がついた紐を通された拝むような手、巨大な目、といった造形も不気味で良かったです。
鈴の音のアイデアについては、映画『ジェーン・ドウの解剖』からインスピレーションを得ているようです。
ただ、この造形は何となく脳内でイメージするから不気味なのであって、実際に映画版ではっきり登場してしまうとなると、どのような印象になるのかが気になるところ。
著者自身が監督なので安心感もありますが、怪異自体がはっきりと出現してしまうとやはり現実離れしてしまう感も否めないので、そのあたりも『リング』(小説の方)は巧みだな、と改めて思いました。
だるまさんが転んだ方式は、だんだんと可愛く見えてきました。
終盤は一気に呪いが拡散したので、全国あちこちへ飛び回って大変だったでしょう。
部下(死者たち)はいましたが、訪問と(命の)回収は自分でやらないといけないようだったので、過労死しないか心配でした。
周りに人がいても容赦なく殺されるのはエグいですし、映画『イット・フォローズ』に似た印象も受けました。
古典的なジャパニーズホラーを彷彿とさせる前半に対して、呪いの定義を探ったり、SNSやネットで一気に広まったり、あるいはあえての誤情報で呪いを抑え込むような、現代的な要素が一気に強まった後半は印象ががらりと変わり意外性もありました。
その意味では、メタ的なジャパニーズホラーでもあったのかもしれません。
SNSやスマホで呪いが拡散するという設定は、『トゥルース・オア・デア 殺人ゲーム』、『デス・アプリ 死へのカウントダウン』、『デッド・フレンド・リクエスト』など海外の映画でも見られますが、『シライサン』は日本の土着信仰や都市伝説が絡んでいるのが特徴的でした。
とはいえ、乙一文章は読みやすいこともあり、三津田信三作品のような重厚さがあったり恐怖の底が深いわけではなく、ライトに楽しめる1作。
シライサンの個性が強烈なのに対し、登場人物たちはそれほど個性が強くなく一般人めいていたので、それがリアリティにも繋がっていました。
ただ、ライターの間宮幸太は終始苦手でした。
好奇心から事態を悪化させるホラーの定番キャラであり、マスコミの嫌な側面が前面に出ていたのもありますが、一番嫌だったのは初対面で山村瑞紀や鈴木春男にタメ口だった点。
年上だからというだけで偉そうな人、とても嫌いです(超個人的感想)。
『リング』の系譜に連なるような作品だったので、瑞紀の苗字が「山村」であることを知ったときには「まさか瑞紀が黒幕なのでは!?」みたいに謎の深読みをしてしまいましたが、さすがに全然違いましたね。
にしても、明らかに『リング』が意識されている中でのあえての山村姓は、何となく意味深なような。
というのも、ただの考えすぎでしょう。
本作は全部が明らかにはされず、あえてぼやかしたままの点も多々見られ、それらは個々が好きに解釈するべきでしょうが、可能な範囲で自分なりに考察していきたいと思います。
考察:シライサンの正体と元凶と今回の仕掛け人(ネタバレあり)
石森ミブ=蔵の女?
石森ミブに関する話は、すべてが石森ミブによる自分語りなので、信憑性は低めでした。
どこまで真実と捉えるかによってきますが、個人的な解釈としては「石森ミブ=蔵の女、つまりはシライサン怪談を作った人物」です(とりあえず以下では「石森ミブ」と呼んでおきます)。
実際に蔵の女とサポートする女性の2人が存在していたのかどうか、などは些事でしょう。
本当に2人いて入れ替わったのかもしれませんし、1人が二重人格のようになっていたのかもしれません。
遺体を燃やして鈴が鳴ったという話があったので、それを踏まえると2人いたと考える方が自然かもしれませんが、そもそもそのエピソードも作り話である可能性もあるため、どちらでも成り立ちます。
いずれにせよ、石森ミブなる女性がシライサン怪談の生みの親と考えています。
シライサン怪談を生み出した目的は、死んでしまった我が子を返してもらうため。
そのために目隠村の人たちの命を供物として捧げる必要があり、シライサン怪談を生み出したのです。
シライサン=死来山だとすれば、山岳信仰がベースであり、「山の神が大勢の命と引き換えに誰かの命を復活させてくれる」という風習がもともとあったのでしょう。
ただ、もちろん誰でもそれができるわけではなく、石森ミブは祈祷師だったからできたのだと考えられます。
そして、シライサン怪談を通して供物を捧げるシステムを作り上げたのでしょう。
いわば自分の手を汚すことなく供物を捧げられる、賢いシステムです。
むしろ山の神自らに回収に行かせているような感じなので、なかなかの策士。
シライサンの外見的ビジュアルは、火葬した女性をベースとしているのかもしれません(そう考えるとやはり、石森ミブとは別にもう1人いたのかな)。
今回の拡散の黒幕は間宮冬美
さて、過去の石森ミブが若かった時代には、目隠村が全滅して呪いは収束しました。
つまり、目隠村の外にシライサン怪談は伝わることなく、目隠村の村人たちだけの犠牲によって、石森ミブの子どもが返ってきたということです。
現代においてシライサン怪談が拡散したのは、酒屋の次男・渡辺秀明がきっかけでした。
彼は幼少期に学者の溝呂木弦からシライサン怪談を聞き、日記に書いていました。
大人になってからその日記を発見したことでシライサン怪談を思い出し、鈴木和人、加藤香奈、富田詠子の3人に喋ってしまったのが今回の発端です。
ただ、今回の大拡散の黒幕は、間宮冬美であったと考えています。
彼女は、石森ミブの孫でした。
目的は、事故死した娘の真央を取り戻すためです。
どの時点から冬美が暗躍していたのかは、定かではありません。
さすがに渡辺秀明が日記を発見し、大学生3人に話したのは偶然だったと思われるので、その死を知ってからと考えるのが一番自然でしょう。
冬美は石森ミブの孫であり、過去には祖母の介護をしていて溝呂木弦とも会っていることを考えると、シライサン怪談を知っていた可能性が高いです。
行きつけのカフェで目が破裂して死んだという事件の話を聞いたとき、シライサン怪談を思い出したのでしょう。
そして、事故死した真央のことを思い出した。
シライサンに頼めば、真央が返ってくる。
シサイラン怪談が渡辺秀明から大学生3人に拡散したのは偶然だった可能性が高いですが、その後は冬美の暗躍が窺えます。
まず、カフェで不可解な事件があったことを夫の間宮幸太に教えたのは、冬美でした。
夫の性格上、伝えればスクープ狙いで調べ始めることを読んでいたのでしょう。
真央の事故には夫にも原因があると考えていた冬美なので、彼が死んだとしても構わなかったのかもしれません。
間宮幸太に事件があったことを仄めかした直後、冬美は真央の夢を見ます。
その夢の中で、冬美は真央に「いいのよ。そのうちにまた目を覚まして、一緒に暮らせるようになるからね。だいじょうぶ。だから、安心しておやすみなさい」と言っています。
これは明らかに真央の復活が意識されており、この時点ですでに冬美の黒い思惑が動き始めていたことを示唆しています。
その後も、夫には「他にも何かわかったら教えて。脚本のネタになるかも」とさり気なく焚きつけていました。
半分ぐらいは運任せだったかもしれません。
それでも、真相に辿り着けば夫は記事を書き、呪いが拡散すると踏んでいたのだと思われます。
夫は目論見通りシライサン怪談に辿り着きましたが、まずその内容を冬美に報告してきました。
それを機に、冬美は自分の周辺でもその話をして、自ら拡散したのでしょう。
後半の間宮幸太視点で「ほどなくして、ネット上で例の怪談が出まわり始める。冬美の元から流出したものが、何者かの手によりテキスト化されていた」と述べられていましたが、おそらくこれは冬美自らがテキスト化して拡散したのではないかと考えられます。
そして、計画通り呪いは大いに拡散され、多数の犠牲のもと無事に真央は復活しました。
もちろん、終盤で「親戚の子どもを預かっている」と言っていた子どもが真央です。
冬美が呪いの抑止に協力したのは、別に人類滅亡を望んでいたわけではないからでしょう。
真央さえ戻ってくれば、それ以上の犠牲は求めていなかったのだと考えられます。
冬美のもとにシライサンがやってきた描写は一切ありませんでした。
また、それ以前の怪奇現象も、冬美には起こっていません。
「呪われた人が増えたから」「冬美にも起こっていたけれど描かれなかっただけ」と捉えることもできますが、祈祷師の血筋を引く冬美は呪いにかからない可能性の方が高いでしょう。
もちろん、真央復活を実現できたのも、冬美が祈祷師の血を引いていたからに他なりません。
間宮幸太の死
間宮幸太は、結局1人で目隠村跡へと赴き、実に愚かな死を迎えてしまいました。
誰もが思ったことでしょう。
自業自得だね、と。
しかしこれも、冬美の策略であったと考えられます。
まず第一に、真央が復活したことを知ったら、幸太はとんでもなく驚くでしょう。
真相を説明したとして、果たしてそんな大勢の生贄を差し出す黒魔術的な復活に納得してくれるかと言えば、微妙なところ。
だいぶ自己中な幸太だったので理解してくれた可能性もあるかもしれませんが、そもそも冬美は幸太を責めていましたし、夫婦間の信頼関係は崩れていたでしょう。
そう考えれば、このままいなくなってくれた方が楽、と考えても不自然ではありません。
あるいは、父親(あるいはどちらかの親とか、肉親とか)も生贄に捧げることが、死者復活の条件である可能性もあります。
石森ミブのときも、子どもの父親は目隠村の男性の誰かであったでしょうし、目隠村が全滅した=子どもの父親も死んだことになります。
幸太が三途の川(?)に辿り着いてしまった際、対岸の舟には真央らしき子どもが乗っていました。
幸太の死が、真央復活の最後の一手であった可能性は高そうです。
渡辺秀明少年はなぜ死ななかった?
本作のラストで学者の溝呂木弦からシライサン怪談を聞いていたのは、幼少期の渡辺秀明であったと考えられます。
では、彼はなぜシライサン怪談を聞いたのに死ななかったのでしょうか?
理由として考えられるのは、
- 子どもだったから
- 日記に書いてすぐ内容を忘れたから
の二つかなと思いますが、個人的な解釈は二つ目の「日記に書いてすぐ内容を忘れたから」です。
シライサンは、どうやら名前を知らないと襲ってこないのは明らかなようでした。
また、「シライサン」という名前だけでも効果はなく、ある程度もとの怪談のエピソードを含めた内容を聞かないと効果がないようでもありました。
また、終盤では中学生も襲われていますし、全滅した目隠村には小さな子どももいたでしょう。
「小学生までは見逃される」といったような基準だと、あまりにも人間界の基準すぎますし、曖昧すぎる印象です。
また、事故後に昏睡していたりお酒に酔ったときには襲われていないことも考え合わせると、シライサン怪談に関する記憶がないときには襲われない可能性が一番高そうです。
小学生だった渡辺秀明少年が、日記に書いて翌日にはその話を忘れてしまっていたとしても、不自然ではありません。
なので、すぐに忘れたから襲われなかった、と考えています。
怪異のルールあれこれ
最後に余談。
「怪異にもルールがある」というのはよく取り扱われますが、『リング』のような視覚的な条件ではなく、本作のような伝聞形式の場合、「どこまで揺らぎが許容されるのか」というのはとても面白いテーマでした。
たとえば、話が理解できないほどの子どもや知的障害・精神障害などを抱えた人が聞いたらどうなるのか。
耳が聞こえない人には話しても意味がないのか。
目が見えない人は、聞いてしまったら防ぎようがないのか。
外国人に話したらどうなるのか。
怪談を英語に訳して伝えても効果があるのか。
また、シライサンは見つめている間は襲ってこないとのことでしたが、人間、瞬きをします。
ちょっと目を離した隙に一気に接近してくるシライサンなので、瞬きごとにちょっとずつ近づいてきてもおかしくありません。
といったように、あれこれ考えると楽しいのが本作の魅力でもありました。
しかも、じっと睨み合いが続いて命を奪えなかった場合にも、次にシライサンが来るのは3日後なんですよね。
つまり、いずれにしても一旦川のところまでふうふう歩きながら(?)戻って、「みんな無事かしら」とこれまで集めた死者たちの無事を確認してから、また次の現場へと向かうわけです。
次の呪い対象者が海外旅行にでも行こうものなら、もう大変。
「呪われた人全員で集まってシライサンを見つめよう!」みたいな提案を瑞紀がしていましたが、そんなことをしたらシライサン、泣き出してしまうかもしれません。
ネット社会だからこそ急速に拡散してしまったシライサンに対して、ネットを利用して対抗しようとするのはとても面白かったですし、情報化社会によって怪異も動きづらい世の中になっているのかな、と思いました。
追記
映画『シライサン』(2024/07/30)
映画版『シライサン』の感想をアップしました。
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