【小説】高田侑『うなぎ鬼』(ネタバレ感想・考察)

小説『うなぎ鬼』の表紙
(C) KADOKAWA CORPORATION.
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作品の概要と感想とちょっとだけ考察(ネタバレあり)

タイトル:うなぎ鬼
著者:高田侑
出版社:KADOKAWA
発売日:2010年4月24日(単行本:2005年6月21日)

借金で首が回らなくなった倉見勝は、借金の取り立て会社に身請けされることに。
ある時、社長の千脇から小さな漁師町の水産加工工場へある物を運ぶよう命じられる。
だが、何を運ぶのかは、決して教えてもらえない──。


とりあえず 表紙の圧が 強すぎる(川柳)

これがこの記事のアイキャッチ画像になるのはびっくりしてしまう方もいそうで、何だか申し訳なさも感じてしまいます。
でもそれは表紙のデザインをした人に失礼ですし、この作品の内包するテーマを見事に表している表紙でもあるので、攻めましょう。
それにしても、圧が強い。

さて、初読みの作家さんでしたが、知らず知らずのうちにすっかり取り込まれてしまいました
決して冒頭から吸引力が強いわけではなく、物語が動き出すまでは「面白いのかな、どうなのかな」と半信半疑でしたが、マルヨシに荷物を届けたあたりからはどんどん止まらなくなりました。

そもそも、読み進めても読み進めてもまったく先が読めません
角川ホラー文庫は取り扱っている作風の幅が広いことも、先の読めなさに拍車をかけます。

文章も、読みやすいですが、失礼ながら最初は「とても上手いな」といった印象ではありませんでした。
それなのに、なぜか止まらなくなってしまう。
それどころか、いつの間にか主人公の倉見勝の気持ちとシンクロしている。

描写が上手いというよりも、妙な生々しさや臨場感のある文章、とでも言いましょうか。
どう考えてもお馬鹿で共感しづらいキャラの勝なのに、勝と同じように焦燥感や絶望感が込み上げてくる感覚は不思議な体験でした。
しかも、一人称視点ではないのに。

ジャンルに関しては、読み終わってもなかなか表現するには難しいものがあります。
中盤の雰囲気は小川勝己の作品のような底知れないダークさも漂ってましたが、最終的にはがっつり容赦なく裏社会を描いているバイオレンスなノワール小説というわけではなく。
結局、真実がはっきりしない部分も含めて、現実的でありながらふわふわした感覚もある不思議な作品でした。

一方で、紛うことなきホラーだったという感覚もあります。
借金をきっかけに泥沼にハマっていき抜け出せなくなるプロセスの息苦しさは、恐怖以外の何者でもありません。


登場人物のイメージが二転三転する見せ方も素晴らしかったです
特に千脇やマルヨシのスタッフに関しては、「どう考えてもやばそうだ。いや意外とそうでもないのか?いややっぱりやばいじゃん!いやいやまさかのそんなことなかった!」と翻弄されっぱなし。

死んだはずのミキからメールが来たシーンが、一番ぞくっとしました。
もちろん誰かの偽装だろうというのはわかっていながらも、勝とシンクロさせられた感覚の中ではインパクトがありました。

しかし、上述した通り、勝がピュアでお馬鹿すぎる点は終始もどかしかったです
ピュアというか、やっぱりあまりにも自分で考える力がなさすぎるよ。
そもそものギャンブルからの借金地獄の時点で自業自得ですからね。
さらには誰がどう見てもハニートラップでしかないミキの罠に綺麗にハマり込み、挙句の果てに逆ギレして我を失い暴行の末に殺してしまうところなんか、救いようがありません。

それでもなぜか憎めないところがあるのが勝だったので、千脇なり周囲の人が助けたのはそういった面によるところが大きかったのでしょう。
終盤、勝が監禁されたシーンでは「まぁ助かるんだろうな」と思ったのが案の定だったので、あそこで本当に皮剥ぎ拷問がなされていたら、個人的には最高の作品でした

真相に関しては、若干インパクトは弱めに感じてしまいました。
マルヨシは実際に死体処理は請け負いながらもそれなりに倫理観が残っており、富田殺害も勝監禁も山木が暴走しただけ。
逆に言えば、あれだけ壮大な闇がありそうな伏線を張っておきながらそれは錯覚だったというのは、見事としか言いようがありません。


本作の大きなテーマとしては、終盤で秀さんが語った「見る者によって見え方が違う」というものでしょう。
富田は疑心暗鬼になっていたからこそ、すべてが怪しく見えていました。
その影響を受けたのは、勝も読者も一緒です。
特に読者は、勝が見た恐ろしい夢などに留まらず、「角川ホラー文庫」という媒体や「うなぎ鬼」というタイトルなどのメタ的な要素にもミスリードされながら、マルヨシや黒牟に対する曖昧な恐怖心を植えつけられていきます。

しかしそれは、ただの偏見でしかありませんでした。
いや、裏社会とも繋がりのある千脇や、事情が事情とはいえマルヨシは実際に死体処理を行っていたので、すべてが偏った見方だったわけではありませんが、見事にミスリードされてしまう。
それは、メタ的な要素も含めた先入観によるものでしかありません

そして勝こそが、そんな本作のテーマを象徴する存在でもありました
髪と眉毛を剃った巨体の勝を、周囲の人は避けて通ります。
きっと現実でもそんな風貌の人を見たら、ついつい威圧感を感じずにはいられないでしょう。
本作の表紙を見て圧を感じるのも同じです。

しかしその内面は、本作を読んだ方ならご存知の通り。
まるで子どものような純粋さや弱さですぐに泣き出してしまいますし、思い込みの激しさや計画性のなさ、そして感情のコントロールできなさなどを抱えていました。
ある意味では怖いですが、見た目の第一印象から抱く怖さとは違います。


そして本作でさらに見事なのは、すべてが明らかにはされず曖昧な余白が残されており、読み終わってなおどちらとでも捉えられる点です
つまり、千脇やマルヨシに対するイメージは偏見だったとも限らないのです。

まだまだ読者も知らない情報がある可能性も十分にあるでしょう。
モツ鍋に入っていた歯は、本当に勝の先入観による勘違いだったのか?
実はやはり、すべてに裏がある可能性も否定できません。
でもそんな見方をしてしまうのは、自分の心に潜む鬼のせいなのか?

エピローグで山木が訪ねてきたシーンも同様です。
やはり復讐のため、ついに勝を見つけて訪ねてきたのか。
気持ちの整理がついて、挨拶とお詫びに来たのか。
立ち直ったので千脇が再び雇い、本当に千脇の指示で届けに来たのか。
あるいは、最初から千脇が裏で糸を引いていたのか。

どれが正解でもなく、どれを選ぶかによって、読者の心に跳ね返ってくる
その意味では、自分の内面を突きつけられるような、とんでもなく恐ろしい作品だったのではないかと思いました。

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