【小説】緒音百『かぎろいの島』(ネタバレ感想・考察)

緒音百『かぎろいの島』(ネタバレ感想・考察)
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『かぎろいの島』の概要と感想(ネタバレあり)

タイトル:かぎろいの島
著者:緒音百
出版社:竹書房
発売日:2024年6月20日

1990年代後半の、東京。
小説家・津雲佳人のもとに、彼の伯母と名乗る人物から手紙が届く。
幼い頃に父を亡くしてから天涯孤独に生きてきた佳人は、手紙を頼りに、記憶にない故郷《陽炎島》へ帰郷する──。


エブリスタ × 竹書房が推す第3回最恐小説大賞受賞作。
「かぎろい」は「陽炎(かげろう)」の別の読み方。
正直、ちょっとライトめな感じかな?と気軽に読み始めたのですが、圧巻の完成度で一気に引き込まれてしまいました。

著者である緒音百は、単著の小説としては本作が初めての書籍化のようですが、大学時代は民俗学を専攻しており、これまでに怪談関係の本を共著でいくつも書かれているようでした。
どうりで文章も読みやすくこなれているわけです。

本作は、著者自身によるエブリスタのあらすじ紹介では「孤島ホラーミステリー」と書かれていたり、他でも「孤島の怪奇ミステリー」と紹介されていたりする通り、ミステリィ要素も強く感じられました
王道の横溝正史路線、と言って良いのかどうかは、まだ横溝正史をちゃんと読めていないので知ったかぶりはやめておきましょう(横溝正史作品はすでに買ってあるのです、しっかり読んで勉強するつもりなのです)。
一方で、「土着信仰。民間伝承。なんと都合のいい言葉だろう」「──ここ(東京)も、島と変わらない」といった独白からは、メタ的な視点も感じます。

とにかく引き込み方が上手で、孤島モノはいかに孤島に行き、いかに帰れなくなるかの設定が難しいのではないかと思うのですが、天涯孤独だと思っていた主人公・佳人の故郷や家族を絡めることでどんどん巻き込まれて後に引けなくなっていく感覚が見事で、十分説得力が感じられました
いかにも怪しすぎる……という招待に乗ってしまうのも、孤独を抱え、生に執着がなく半ば自暴自棄な佳人だったからこそ、不自然ではありませんでした。

その後、島で起こる怪奇現象は、現実なのか?幻覚なのか?オカルトなのか?というのが最後までわからず、かつ恐ろしさもあり、とても好みの展開でした。
とにかく、ぎりぎり現実的にも解釈でき得る、というバランスが見事です。
佳人のキャラはちょっと感情移入しづらかったですが、現実的に現象を捉えようとする考え方や視点は安心して見ていられました。


登場人物も、それぞれ個性が強く魅力的。
みのりは、今では珍しいほどのテンプレのようなツンデレでした。
佳人も佳人で、いくら社会性に乏しいとはいえ、いきなり「あんた」呼びはドン引きな気がしますが、そんな主人公とヒロインがやや唐突に惹かれ合っていく展開も、良くも悪くも懐かしい感覚に。

外部との連絡を遮断するために舞台が1990年代になっていたのも、変に趣向を凝らさずシンプルに潔くて良かったです。
ノスタルジー漂うような空気感と、一方では陽炎島の閉鎖的なじめじめしたような不穏さと、雰囲気もとても好きでした

本作は真相が曖昧で、残された謎も多く、そこが一番評価を分けるポイントかもしれませんが、あくまでもメインはホラー作品だと思うので、個人的にはこれぐらいが丁度良く感じます。
結局、異人さんの亡霊が本当にいたオカルトとも、すべては喇叭草による幻覚・妄想とも、最後までどちらでも解釈でき得る構成は見事。
最後は少し駆け足にも感じましたが、こういう系は終わらせ方も難しいだろうと想像するので、うまくまとまっていたのではないかと思います。

しかしまぁ、ある意味典型的な因習村のパターンですが、ここまで閉鎖的な島は恐ろしいですね。
さすがに、いくら1990年代といえども成り立つのか?というのはさておいて、絶対に行きたくありません。
家の前に蝋燭、という風景は美しそうですが、島民が誰も信じられないので楽しんでいる余裕もなさそう。
そもそも夜、危険ですしね。

終始鬱々とした雰囲気で先が読めないのも、ホラーとして秀逸。
だいぶ救いのない展開となりましたが、そこまで後味が悪いわけでもありません。
エピローグはちょっと唐突感もありましたが、希望が感じられて後味をさっぱりさせる効果も。
今後の作品(すでにエブリスタで読めるのもありそうですが)も読んでみたい作家さんの1人となりました。

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考察:オカルト?幻覚・妄想?エピローグの解釈(ネタバレあり)

結局、オカルトだったのか幻覚・妄想だったのか?

あえて曖昧に描かれており、まさに陽炎のようなゆらめきを味わう作品で、読者それぞれの解釈に委ねられるタイプだと思うので考察は野暮でしょうが、自分なりの解釈を整理しておきたいと思います。

個人的には、オカルト要素なしで解釈するのが面白いな、と思いました
すべて、島民の仕業であり、喇叭草による幻覚・妄想であり。
さすがに喇叭草の効果が抜群すぎますが、オカルトホラーじみた展開をすべて幻覚・妄想で解釈でき得るのはとても面白いです。

そうなるとやはり、セイに扮していた元河彦を殺害したのは、島民ということになります。
むしろその方が、異人さんの亡霊に殺されたよりも恐ろしい。
「結局怖いのは人間だ」とまとめてしまうとチープになりますが、目的を見失い形骸化した規律に囚われたコミュニティの暴走というのは、下手なオカルトよりよほど怖いです。

とはいえ、陽炎島の場合は目的が見失われていたわけではないのかな。
異人の亡霊を鎮めるしきたりというのもあるでしょうが、主な目的は、ミイラですかね
実際にミイラ効果でみんな若かったのかはわかりませんが。
しかしもしそうだとしても、まさに白家は家畜のごとき扱いでしかありません。
不老長寿まではいかないかもしれませんがミイラによる若々しさが主目的だったとすると、なおさら救いようのない話です。

ハルが殺されたのも、島民によるものである可能性が一番高いでしょうか。
恵利子が殺したのだとしたら、みのりがもっと取り乱していたのではないかと思います(知らなかっただけかもですが)し、恵利子は恵利子なりに白家を守ろうとしている様子が窺えました。
結局ハルは島民に見つかってしまったということなのでしょう。

オカルトなしで解釈すると、一番難しいのはやはりラストの佳人が死ぬシーンです。
ただこのシーンも、あくまでも佳人目線で描かれているので、実際にどうだったのかはわかりません
異人さんの亡霊に足を引っ張られた、下半身が引きちぎられた、というのもまた佳人の幻覚だったという解釈も可能でしょう。
幻覚に苛まれたまま、ただ溺死したのかもしれません。
本物のセイによる「津雲先生の推理は、まだ一つだけ足りません」という意味深な台詞からは呪いが実在したと考えた方が自然かもしれませんが、あの言葉も信じるに値する根拠があるわけではありません。


しかし、ここまでこう言ってきてあれですが、実際はオカルトまではいかないにしても超常的な要素も混じったハイブリッドだったのかな、とも思います

佳人の体験諸々は幻覚・妄想で解釈もできますが、それでは解釈しきれない点は多数ありました。
筆頭は、必ず双子が生まれる点でしょう。

佳人が陽炎島の風景を覚えていたのも、無意識の記憶とも解釈できますが、やはり「何かしら超越した運命的なものに導かれた」感は否めません。
そのあたり、宿命とも解釈できることで「展開の都合が良すぎる」という批判をかわせるのも巧みでした。

エピローグの解釈

やや唐突感のあった、みのりの都会生活が描かれた終章。
佳人の担当編集者であった小車とも連絡を取っていましたが、どういうことだったのでしょうか。

あれはおそらく、別に大きな裏があったとかではなく、単純にみのりが東京に出てきて、面倒を見てくれたのが佳人に遺言としてみのりを託された小車だった、ということかと思います。

もともと映画化の企画が進んでいた『ファミリーフォトグラフィ』の映画が公開されていたことから、みのりが東京に出てきてからそこまで長い年月が流れたわけではないと思います。
30年弱、陽炎島以外の世界を知らなかったみのりが、雑踏の中で携帯電話を軽々と使いこなしてネットの掲示板で反論したりしている順応性の高さは、ちょっとご愛嬌でしょうか。

それはさておき、佳人と同じく戸籍のないであろうみのりは、もしかしたら佳人の買った戸籍を受け継いだのかもしれません(性別的に難しいかもですが)。

また、みのりが映画を観に行ったのは、もちろん佳人の作品だからというのもあるでしょう。
しかしそれ以上に、個人的な解釈としてはみのりが「津雲佳人」になったのではないかと思っています。

小説『ファミリーフォトグラフィ』が受賞した際、編集部では作者の津雲佳人の正体は女性なのではないかと思ったという話もあったので、実は正体は女性だったとしても違和感はないでしょう。
佳人はあまり表には出ていないようですが、授賞式には出たようなので、すでに男性であることを知っている人も少なくはないかもしれませんが。
それでも、最後の電話でわざわざ小車と待ち合わせしていた点も合わせて考えると、みのりが作家・津雲佳人を受け継いだ可能性も十分あるのではないかと思いました

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